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初恋 第10話

 保護区に入るや否や、バスの乗客は命と本能の壮烈な戦いの場に出くわした。ライオンの群れがシマウマをぐるりと取り囲んでいた。そしてシマウマは僕たちの目の前で、本当に食べられた。命は、拷問のように少しずつ削られた。彼は、断末魔の鳴き声を上げながら、その美しい目が徐々に生気を失っていった。彼は、大自然の命のパズルからこぼれ落ちて、嵌め込む場所のないピースになった。僕は心が凍った。バスがエンジンをかけて出発すると空では黒い禿鷹の群れが食べ残された死骸を目指して飛んでいた。

次の場所では、巣穴のそばで楽そうに遊んでいたイボイノシシが、いとも簡単にハイエナに引き裂かれた。三十分程走った大河では——そこは有名なスポットらしいが——クロコダイルがヌーの子供に群がっていた。皆が自分の分前を主張して譲らない。白いお腹を回転させて小さな四本の足を引きちぎって自分のものにした。引き上げる途中、バッファローの子供が生まれるシーンを見た。母親の体内から吐き出されて、地面に初めて足をつけ、立ち上がった。その喜びも束の間、忍足で近づくライオンの姿を目で追ってしまった僕は、ホテルに戻っても——僕は両親には決して告げなかったが——殆ど眠れなかった。

自然は何て残酷なのだろう。だがそれを誰も止められない。僕たちは傍観者で見学者で観客だった。僕以外はみんな感嘆符のついたセリフを吐き続けていた。ダレンとタバサは、
「こんな千載一遇のチャンスにはもう二度と出会えないだろう。なんて我々はラッキーなんだ!」
とはしゃいだ。(昨日のあの、七顛八倒は七転び八起きだった!)クレジオとアメリもキスと抱っこの間に猛獣たちを見て興奮した表情だった。(良いシーンが撮れたからすぐSNSにアップしようとしたが、あいにく圏外だった。)父はそれほどじゃなかったが、母も驚きとため息を繰り返していた。

「そうでしょうとも。本当にお客様は運がいい方ばかりで。私もメアリーもこんなに興奮した日は何年かに一度の、いえ、多分一生に一度有るか無いかだと——。もちろんルートはこちらで綿密に計画しておりまして」
と、自分たちの努力のおかげだと言わんばかりの口調で微笑んでいた。(後で、みんなが彼らにチップをたんまり弾んだことは間違いない。自然は添乗員達の味方だった!)

でも僕は、本当に辛かった。そしてどうして自分はこんな悲しい場面にいるのだろうと涙が溢れた。こんな時、やっぱり自分の今の気持ちを分かってもらえる誰かがいて欲しい……僕は、父でも母でもなく、なぜかラメラの顔を思い浮かべていた。自分と同じ年頃の人間じゃないとダメな気がした。彼女が今ここに一緒にいたら、彼女もきっと辛くて僕の手を握るだろうか? あのブルーの瞳で辛さを分け合うように涙ぐむだろうか? でもそんな思いはすぐ消え、悲しさを通り越して心が麻痺状態になった。強烈なシーンを見続けたせいだ。

 夕食は今夜もバーベキューが出た。肉がたくさん並んでいたが、僕はあまり食べられなかった。夜、ベッドの夢の中でも、殺戮の風景を見ていた。次々とシーンが現れた。だがそれはとても幻想的だった。ヌーの頭だけが足だけのチーターから逃げ回っていた。サイが角を振り上げると、そこに雷が落ちた。サイは、黒焦げのまま歩いているうちに、腹に穴を開けられた古い乾電池みたいに黒鉛となって散っていった。ハイエナの鼻と口だけが見えて、牙の隙間から血の涎を垂らしていた。それが地面に吸いこまると真っ赤な草が生え出して瞬く間に赤い草原になった。僕の心臓はいつもの倍以上の速さで打ち続けた。

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