初恋 第9話
これが旅行の日でなかったら、僕はさらに思考を深化できたはずだ。しかし、次の日はそれどころではなかった。ちょっとした事件があった。ダレンが昨日の夕食に食べた肉に当たった。メニューは羊と牛のバーベキューだった。彼はレアが好物だったから、あまり焼かなかった。それで、夜中に七転八倒の苦しみだったらしい。タバサは青い顔で医者と薬の手配に走り回った。
朝になっても彼はお腹の調子が悪くてすぐに出発できなかった。彼を見捨てるかどうか?–——なんてケチはことにならず、みんなはダレンの回復を待つことにした。昨日、一日中一緒の旅で、お互いに何となく親近感が湧いていた。彼と奥さんを置いていくことはできない。
「今日は午前を休息にして、午後からナイロビ市内観光にしても良いのでは? 国立博文館とか」
という父の意見に、クレジオは、
「少しでもいいから野生の動物を見たい」
と反対した。
結局、三時間遅れでバスはホテルを十時に出発した。その遅れを取り戻そうと、ジョンは必死だった。彼はナイロビから保護区までの三百キロ近くを一気に走り切ろうとしていた。ビュンビュンと風がなった。メアリは、途中までは同じルートだからと、車窓からのガイドをしなかった。その代わり、僕が気にしていたあの高音のヒソヒソ話をジョンと始めた。
僕は耳を澄ませた。が、車のエンジン音と風に遮られて、よく聞こえなかった。時々断片的に、
「一時間」「合図して」「ディナー」
といった、どうにでも解釈できる音声を拾う程度だった。そこで僕は目を閉じ、もっと集中して耳をそばだてた。いきなり、暗闇で急にライトを浴びせられた目のように一瞬何も感じなくなった。次の瞬間、彼らの声以外に他の様々な音が入り込んできて音の洪水になった。音は僕の鼓膜の上で渦を巻き、それが破裂せんばかりに振動した。頭が割れそうで思わず耳を塞いだ。
それは音というより、叫び声か鳴き声のようだった。それぞれが違う音色を持っていた。僕は目を開くと慌てて集中力を下げた。何が起こったのか分からない。それは別の世界の声? まさか死後の世界の死者の声? 僕はビクッとした。しかし、そうではない気がした。もっと原始的な単調な声。人間の声じゃない。とすると——、僕は窓の外を見続けた。