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33歳 生きるか死ぬか半々と言われて俺がすがった神はキリストでも池田でもアッラーでもなかった

神や仏はなぜ産み出されたのか。私は宗教に詳しくないが、想像するに人間が打ち克つことのできない恐怖、すなわち「死」と闘うためではないかと想像する。これが根源なのだとしたら、無神論者の私にも神にすがる気持ちが理解できる。それ以外何もできない場面が人生には何度かある。

最近、電話が鳴ることはめっきり少なくなった。連絡はLINEで十分だ。こんなご時世、電話が鳴ると心臓に悪い。ましてや家族からだと尚更だ。
父は言った。八つ歳下の弟が病院に運び込まれた、と。

彼は先天的に多くの病気をもった男だった。それらが身体に重大な影響を与える場面も多かった。小学生時代には脳の近くに腫瘍ができた、と半年近く入院したこともあった。多くの病気を経験し、高校を卒業した頃、医者に運動も納豆も(常飲している薬との相性が悪いらしい)禁止された。今回倒れた理由も、おそらくはそれらの病気の一つだと容易に想像できた。
簡単に言うと彼の血管はかなり弱いらしい。わずかに詰まっただけで血管は爆発し、体内で出血する。最悪なのは脳や心臓の近くの血管がその状態になった場合。もちろんそれは命の危険を意味する。今回はその最悪のケースだった。

深夜に弟が胸の痛みを訴えたとき、父は気が動転して地元の人間は誰も行かない西葛西の有名なヤブ医者に彼を連れて行った。腕は酷いのに金もうけだけは上手いのか、規模をどんどん拡大し綺麗な自社ビルに建て直されたその病院での診断は《特に異常なし》。それでも明らかに様子がおかしい。改めて連れていったまともな病院のまともな医者は「一歩も歩かせるな」と言って、弟を車椅子に乗せた。動かさないようにそっと彼は大学病院に運ばれ、緊急手術の準備がされた。

夕方4時。手術が始まった。
手術室の脇に家族の控室がある。手術中に緊急事態が発生した場合(つまり非常にリスキーな判断が必要になる場合)、家族の承諾が必要になる場面がある。だから家族がずっと控室にいなければならない。

医者からの説明はかなり絶望的なものだった。手術時間は約5時間を予定。生きるか死ぬか、可能性は半々。仮に生き残ったとしても麻痺等何らかの障害が残ることを覚悟するように、とのことだった。

家族全員が揃った控室。手術が始まった。家族に断って私は一旦外に出た。5時間は長期戦だ。母の狼狽ぶりは見てられないほどだったが、私は比較的楽観的に考えていた。何とかなる。生きるか死ぬか五分五分なんて多分医者の嘘だ。もし私が医者なら絶対に厳しめに伝える。多分本当は8割大丈夫に決まってる。命はきっと大丈夫。多少の障害が残ってもそこをどうフォローしていくかだ。前向きに考えよう。そんなことを考えながらコンビニで飲み物や漫画本を買った。電器屋でゲーム機も手に入れた。勝負はいかに気を削げるかだ。恐怖になんて負けないぜ。

いかに手術のことを考えずに過ごすか。作戦は概ね成功していた。ゴルゴ13のたくさんの文字に神経を埋没させ、少し疲れたらゲーム機に持ち替え熱中した。気づけばもう4時間ほど経過していた。さすがにあと1時間か、と思うとソワソワする。障害はどの程度のものなのだろう。
なーに、残りたったの1時間なら恐怖に襲われても潰れずにいられるさ。

5時間が経った。もう漫画を読んでも何も入ってこないし、ゲーム画面を目で追うこともできない。だが、座っていることもできず、控室の前でウロウロしながら手術室の扉が開くのを待った。さあ、来い。どうだ?

6時間が経った。そりゃあ多少伸びることもあるだろう・・・わかっている。わかってはいるけど、落ち着いてはいられない。なんでだ?どれだけ前向きに考えようと思っても無理。時間が伸びて良いことなんてあるわけない。私は『医者は厳しめに見込みを伝える説』を提唱していた。だから4時間経過時にそろそろ終わるだろうと思い、落ち着かなかったのだ。手術開始当初に楽観的な気持ちでいられた分、この一時間、苦しみが何倍ものブーメランとなって私に突き刺さる。

7時間が経った。医者サイドは何も言ってこなかった。悪い想像しか浮かばず、もはや気が狂いそうだった。前向きな言葉をひねり出しても、同時にそれを否定する声が聞こえる。
気付けば
「もし死んだらどうする?」
どうするもクソもねー・・・
自分はその時どんな気持ちになるんだろう?
母はどうなってしまうのか
「死ぬってなんだ?」
恐ろしいことを、ついぼんやりと考えてしまう。暑くもないのに汗が出る。座っていられない。大きな声を出したい。
たまりかねて父に言った。「遅くね?」
父はうん、とだけ言った。きっと父もその一言を我慢していた。
母は手術が始まってから何も食べず、何も飲まず、ただじっとしていた。とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではなかった。
絶望的な雰囲気が控室に漂っている。本当に発狂しそうだ。
「外に出てきてもいい?近くにいるから手術が終わったら連絡して。」
そう伝えて外に出た。

8時間が経った。外はもうすっかり夜中。人はほとんど歩いていない。とにかくじっとしていられなかった。遠くには行けないから、病院の周りを何周も何周も歩いていた。そうだ、とイヤフォンを耳に押し込んだ。少しでも気を紛らわせたかった。最初はいつも聞いているラジオ番組を聴いた。いつも笑わせてくれる大好きな芸人の声がラジオから聞こえてきた。声は聞こえたが、話は入ってこなかった。そして結局、私はまだ恐怖に支配されたまま。
音楽に切り替える。

そうだ。ザ・クロマニヨンズなら。
助けて。ヒロト、マーシー・・・

何曲目かで「エイトビート」が流れた。

ただ生きる 生きてやる
呼吸を止めてなるものか
エイトビート エイトビート

堰を切ったように涙が出て止まらなかった。
そうだ。そうだよな。生きなきゃ。生きなきゃだめだよ。まだ25そこそこでよ、これまで病気ばっかで大変な思いしてきてよ。これからだろ馬鹿野郎。
俺もよ、いかに気を散らすかじゃねえよ馬鹿野郎。血を分けた兄弟が闘ってるのによ。逃げようとするから恐怖に追いつかれるんだよ。闘うったって祈るしかできないけどよ。逃げんじゃねえよ!

人が恐怖に侵されて気が狂いそうになる時に勇気をくれる存在を神とよぶなら、俺にとっての神はヒロトとマーシーだったみたいだ。俺は俺と闘うしかできない。ザ・クロマニヨンズの力を借りて、せめて、自分には、克つ。

9時間が経った。
ずっと「エイトビート」を再生しながら病院の周りをぐるぐる歩き続けている。心の中で(時に口からも出ていたけど)何度も何度も「ただ生きる 生きてやる 呼吸を止めてなるものか」と歌いながら。
心臓よ。もう一度エイトビートで動き出せ。

10時間が経った。控室に戻った。家族はもう疲労困憊で、父の表情からは諦めさえも見て取れた。母の目は真っ赤で、明らかに衰弱していた。俺は手術室の前に立った。心の中で「エイトビート」を歌う。手術室を睨みつける。俺はまだ諦めていない。

11時間が経とうとした頃、突然扉が開いて医者が出てきた。
声が出ず、ただすり寄っていく。答えを最初に聞くのは怖かった。
しかし、彼は言った。
「うまくいきましたよ。」
嘘つけよ・・・じゃあ、どんだけ長引いてんだよ・・・
だが、結果として命が助かったどころか、麻痺などの大きな障害は一切残らなかった。

私は神も仏も信じない。無神論者である。
神を信じると人は束の間、恐怖から逃げることができる。そういう意味では神を持つ人々をうらやましく思う部分もある。
だが、良いのだ。他の神のように万能ではないが、私の神はロックンロールで私に生きると思わせてくれる。それだけでいい。

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