まだらうさぎと春の雪
春のはじめのうららかな日に、まだらうさぎは生まれました。仲間のうさぎたちが、みんな茶色い毛並みをしていたのに、まだらうさぎだけが茶色とこげ茶のまだらもようをしていたので、まだらうさぎと呼ばれるようになったのでした。
春のさなかの、ある日のことでした。毎日がぽかぽかとあたたかく、おだやかなやさしい天気が続いていたというのに、その朝はとても寒くて、まだらうさぎは、ふるえながら、巣穴の外へ出てみました。
「いったい、なにが起こってるんだろう。足や耳がちぎれそうに痛いし、ふるえが止まらないよ」
外は見わたすかぎり一面に真っ白でした。昨日までたしかにあったはずの景色が、すっかりなくなってしまって、どこもかしこも、知らない白い木や白い原っぱになっています。にわかに、日の光が雲の間から差してきて、一面の真っ白な景色をはねかえり、まだらうさぎの目に飛びこみました。まっすぐにお日さまを見あげたときのようなまぶしさに、まだらうさぎはびっくりして、両方の前足で目をおおいました。
「うわあっ」
まだらうさぎは叫びました。すると、すぐ近くから、くすくすという笑い声が聞こえてきました。まだらうさぎはまだ目がくらんで開けられないので、耳だけをぴくぴくさせて言いました。
「そこにいるのは、ぶどううさぎだね。笑わないでよ。ねえ、いったい何が起こってるの?」
ぶどううさぎは、あいかわらず笑っています。このうさぎは、片方の目が黒く、もう片方の目が赤かったので、その目をぶどうにたとえて、ぶどううさぎと呼ばれるようになったのでした。
「はははっ、まだらうさぎ。きみはこの春に生まれたばっかりだから、知らないんだ。これは雪と言うものだよ」
「ゆき?」
まだらうさぎは、うっすらと目を開けてみました。太陽がまた少し雲の向こうにかくれて、景色はよく見えるようになっていました。
「それなら、教えてよ」
まだらうさぎは、いばって得意げに話すぶどううさぎに言いました。
「どうしてこんなふうに、草も木もみんな雪になってしまったの? 雪はどこから来たの?こうして雪を踏んでいると足が痛いのは、どうしてなの?」
ぶどううさぎはへそを曲げたように言いました。
「そんなにたくさん、おいらだって知るもんか。知りたいなら、向こうの穴に住んでる、ゆきうさぎさんに聞いてみろよ。ゆきうさぎさんは、おいらたちより年上だし、冬に生まれたから、雪のことはくわしいんだ」
ぶどううさぎだって、本当はよく知らなかったのです。まだらうさぎは、ぶどううさぎに、べーっと言ってやってから、さっそくゆきうさぎの巣を探しはじめました。雪でいつもの景色がすっかり変わっているので、迷子になりそうです。まだらうさぎは、他のうさぎの姿を見つけて、挨拶しました。
「あ、かたみみうさぎさん。おはようございます。ゆきうさぎさんのおうちをしりませんか」
かたみみうさぎは、左の耳だけ真っ黒なおとなのうさぎでした。
「ああ。おはよう、まだらうさぎ。雪のことを聞きに行くんだね。あそこに、枯れてたおれた丸木があるだろう。そのすぐ向こうが、ゆきうさぎの巣だ。気むずかしいやつだから、気をつけなさい」
かたみみうさぎはそう言うと、雪をほって、その下から食べられそうな草や葉っぱを探しはじめました。まだらうさぎも、そういえばおなかが空いたなと思いました。そこで、雪をほってシロツメクサの葉っぱを見つけると、五本自分で食べ、十本つんで、ゆきうさぎへのお土産にくわえていきました。ゆきうさぎの巣の前に来ると、まだらうさぎはていねいに毛並みをととのえ、こほんと、小さなせきばらいをしてから、言いました。
「おはようございます、ゆきうさぎさん。ぼくは、まだらうさぎです。雪について教えてもらいたくて来ました」
まだらうさぎの元気な声が、巣穴にひびいてかえってきました。けれども、ゆきうさぎの声はかえってきません。まだらうさぎは、もう一度、声をかけてみました。
「あのう、ゆきうさぎさん」
「おはよう。入っって来たらどうだ」
巣穴のおくから、ゆきうさぎの声がしたので、まだらうさぎは安心してシロツメクサの葉っぱをくわえ、なかへ入りました。
「おはようございます。はじめまして、ゆきうさぎさん」
なかにいたのは、まるで雪のように真っ白な毛をしたうさぎでした。
「それで、雪がどうしたんだ」
ゆきうさぎは、静かに、少しそっけない調子でいいました。
「おしえてください。どうしてなにもかも真っ白に、雪になってしまったんでしょう。雪は、いったいどこから来たんですか。どうしてあんなにやわらかいのに、触ると痛いんでしょうか」
まだらうさぎが、あんまりたくさん、いっぺんにたずねたものですから、ゆきうさぎはちょっと黙って前足で耳の後ろをかきました。それから一つうなずいて、順に答えていくことにしました。
「周りのものがすべて白くなってしまったのは、雪になってしまったのではない。雪がすっぽりと、覆い隠してしまったんだ。雪は空から降ってくる。それから、雪に触れたときに痛いのは、痛いのではなく、冷たいと言うんだ。雪はとても小さな氷の粒でできているから」
まだらうさぎは首をかしげました。氷って、なんなのでしょう。ゆきうさぎは言いました。
「もう一度外へ出て、よく雪を見るといい。とても小さくて透き通った、花のようになっているから。氷というのは……まあとにかく、こういうものなんだ」
まだらうさぎは言われたとおり外へ出て、もう一度よく雪を見てみました。すると、ゆきうさぎの言ったとおり、雪のなかには、まるで花のようにきれいな透明の粒があって、それが集まって、まるで白い粉のように、そして白いかたまりのようになっていたのです。少し離れたところへ目を遣ると、やわらいだ日差しのもとで、白い雪のなかのその小さな粒が、七色にちらちらと輝いているのでした。
「分かったか」
巣穴のなかから、ゆきうさぎの声がしました。
「分かりました。ゆきうさぎさん、雪ってほんとうにすばらしいですね」
まだらうさぎは大きな声でいいました。
「そうか。あまりながめすぎて、凍えてしまうなよ」
ゆきうさぎは、なんだかもうこれ以上話したくないようでした。そこで、まだらうさぎはお礼を言って、ゆきうさぎの巣穴を少し入ったところにシロツメクサの葉っぱを置きました。
それから、まだらうさぎはうちへ帰ると、冷えきってしまった足や耳を、前足でこすって温めました。
「ゆきうさぎさんは、きれいなうさぎだな。まるでほんとうに雪みたいだ。ぼくなんか、こんなまだら模様だものなあ」
雪のうつくしさがすっかり気に入ってしまっていたまだらうさぎは、首をかしげて考えました。
「お日さまの光よりもっとやさしいお月さまのしたでなら、もっとよく見られるかもしれない。それに、もしまた夜に雪が降るんなら、ぼくの毛なみだって、真っ白にすっぽり覆ってくれるかもしれないぞ」
そこで、まだらうさぎは、巣穴のそばの雪をほって見つけたオオバコの葉っぱをいくらか食べ、夜になるのを待つことにしました。
とさとさっと言う音におどろいて、まだらうさぎは目を覚ましました。木の枝から雪が落ちたのです。まだらうさぎは、夜を待ちくたびれて、いつの間にかねむってしまっていたのでした。
「外はどうなっているかな」
巣穴から出たまだらうさぎは、またびっくりしました。昼間よりもすこしかさの増えたような雪が、雲の間から照らす月の光のために、さらに白銀色に、さらさらとかがやいていたのです。ちらちらと降る雪の一ひら一ひらまでも、まるで光っているようでした。まだらうさぎは、うれしくなってとび出しました。巣穴の外はとても寒く、足もとの雪はとても冷たかったのですが、ちっとも気になりませんでした。はねて、とんで、まだらうさぎはほかの仲間たちが住んでいるところからも、ずいぶんと遠くまで来てしまいました。
「ほう。こんな寒い晩にひとりでどうしたんだい、子うさぎ」
ふいにどこかから声がして、まだらうさぎはどきりとしました。立ち止まってあたりを見まわすと、ふくろうのおばさんが、太い木の枝から見おろしているではありませんか。このままでは食べられてしまうと思い、まだらうさぎは逃げようとしました。すると、ふくろうのおばさんは落ち着きはらった声で言いました。
「まあ、お待ち。あたしもこの歳で狩りをしようなんざ思わないよ。それで子うさぎ、こんな時間にどうしたの」
「雪を見に来たんです。あんまりきれいだったから」
まだらうさぎは、もごもごと答えました。
「それから、ぼくのぶちの毛を、この景色みたいに真っ白にしたくて」
ふくろうのおばさんは、それを聞くと、その黄色い丸い目を細めました。そうして一つ、ほっほうと鳴くと、まだらうさぎをまた見おろしました。
「それじゃあ、そんなに動きまわってちゃいけないね。あの木の枝や、地面をごらん。あれらはじっと動かなかったから、あんなに白くなれたんだよ」
ふくろうのおばさんは、うそをついたのです。めんどうな狩りをしないでも食事にありつくために、まだらうさぎが寒さで動けなくなってしまうのを待とうとしていたのでした。でも、まだらうさぎはそんなことは知りません。素直に大人しく座りこんでしまいました。
「これでいいの」
まだらうさぎは、たずねました。ふくろうのおばさんは、くるりと首をまわしながら言いました。
「あそこの雪だまりにとびこんでごらん。もっと早くに白くなれるから」
言われたとおりに雪のなかへとびこむと、まだらうさぎの体はほとんど雪に埋まってしまいました。冷たくて、寒くて、まだらうさぎはたずねました。
「どれくらい、こうしていればいいの」
ふくろうのおばさんは、羽をばさばささせてから言いました。
「まだまだ、もっと待たなきゃ。ここで見ていてあげるからね」
まだらうさぎは、ふるえながら、うずくまりました。耳や手足の先が冷たくてたまりません。でも、どうしてか、やわらかい雪のなかは外よりもあたたかい気がしました。まだらうさぎは、なんだかねむくなってきてしまいました。
「どうだい、白くなってきたかい」
ふくろうのおばさんの声がしましたが、まだらうさぎは答えませんでした。返事をするのがおっくうだったのです。それを見て、ふくろうのおばさんは、さっと音も立てずに、まだらうさぎ目がけて飛び立ちました。
「あぶない!」
と言う声がして、まだらうさぎは雪のなかから突きとばされました。誰かがまだらうさぎと、ふくろうのおばさんとの間に割って入ったのでした。ぼうっとする頭であたりを見まわすと、真っ白な雪の上ににじんだ真っ赤なものが見え、もう一度まだらうさぎは突きとばされました。
「逃げるんだ。早く!」
まだらうさぎはこわくなって、走りました。走って、走って、走りました。どれだけ逃げて来たのか自分でも分からないまま、いつの間にか、まだらうさぎは、自分や仲間たちのすみかの近くまで帰って来ていたのです。
「ふくろうは、おまえのような子うさぎでも食べてしまうと、知らなかったのか。そもそも、あんなに雪のなかでじっとしていたら、凍えて死ぬぞ」
後ろから声がして、現れたのはゆきうさぎでした。走って来たので息を切らせています。
「助けてくれてありがとう、ゆきうさぎさん」
そう言って、ゆきうさぎを見たまだらうさぎは、目を丸くしました。ゆきうさぎの真っ白な背中が、真っ赤な血で染まっているではありませんか。それに気づいたゆきうさぎは言いました。
「大丈夫、ちょっと背中の皮がやぶれただけだ」
まだらうさぎより深い巣を持っていたゆきうさぎは、すっかりこごえてしまったまだらうさぎを自分の巣につれて帰りました。
次の日は、もう朝から晴れでした。まだらうさぎが目を覚ますのを待って、ゆきうさぎはたずねました。
「昨日の晩、ひとりで出ていく君を見たんだ。もっと強く注意しておくべきだった。雪のなかに埋まったりして、いったい、なにをしようとしていたんだ」
まだらうさぎは、しょんぼりとして答えました。
「ぼくは、ゆきうさぎさんみたいな、雪のようなきれいな毛なみになりたかっただけなんです」
ゆきうさぎは、しばらく考えて、言いました。
「この毛はあまりいいものではない。冬以外は、きつねやたかなんかに見つかりやすいし、だから仲間も私が近くにいるのをいやがる。茶色いうさぎのほうがいいだろう」
まだらうさぎは言いました。
「でもぼくは、みんなみたいな茶色のうさぎじゃありません。こんな、ぶち模様なんです」
「なあ、まだらうさぎ」
ゆきうさぎは言いました。
「私たちの仲間が、一度にひとところに集まっても、私は君を見つけられるだろう。それは、その毛並みがあるからだ。反対に、私の毛は白いから、君にもすぐに私が見つけられるだろう」
まだらうさぎは、うなずきました。たしかに、ゆきうさぎの言うとおりです。
「だれかとちがうというのは、悪いことではないと思う」
ゆきうさぎは、外へと向かいながら言いました。まだらうさぎも、それについて行きました。
「あれ、雪がない」
外に出てみて、まだらうさぎはびっくりしました。草や土が少しぬれているくらいで、雪はほとんど消えてしまっていたのです。まだらうさぎのあとをついて来たゆきうさぎが言いました。
「日の光がとかしてしまったんだ」
「じゃあ、ぼくは、あのまま雪のなかにいてもだめだったんですね。なあんだ」
まだらうさぎは、がっかりしたように言いました。ゆきうさぎは笑いました。
「まだまだたくさん知ることがあるな」
まだらうさぎは言いました。
「ぼくは、なんにも知らないんだ。ねえ、ゆきうさぎさん。ぼくと友だちになってください。もっとたくさん、いろいろなことを教えてください」
ゆきうさぎは、おどろいたように言いました。
「私と友だちにだって?」
まだらうさぎは、うなずきました。
「そのきれいな毛並みで、あまり外に出られないんなら、ぼくが葉っぱをとって来ます」
「ははは、それは助かるな。そう言えば昨日のシロツメクサの葉、おいしかったよ。ありがとう」
ゆきうさぎは、ほほえみながら言いました。まだらうさぎも、にっこり笑いました。
「実は、おいしい草や葉があって、安全な、とっておきの場所があるんだ。よければ食べに行かないか」
「はい。ぼく、ぜひ行きたいです」
まだらうさぎは、とてもうれしそうに、ゆきうさぎの顔を見ました。
雪がとけてできた草つゆが、あちらこちらできらきらと光っています。まだらうさぎは、ゆきうさぎのとなりを、ぴょんぴょんはねながら、どこまででもかけて行けそうな気がしているのでした。
ふたりのうさぎは森のなかを元気にとんで行き、いつしかどこかの茂みに飛びこんで姿を消してしまいました。春の温かな日差しは、どこまでもそんな森中を見おろして照らしているのでした。雪はもうひとつのこらず、夢だったかのようにすっかりとけてしまいました。今にきっと春の花々が咲き乱れ、小鳥たちはさえずり、ふたたび、かがやく春の日々がかえってくることでしょう。
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