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骨盤骨折。Part.44

歩行器で入浴。

「あっ、歩行器ある。〇〇さん、病室でも歩行器で歩けるようになったんですね。おめでとうございます。」
ありがとうございます。リハビリ室からここまで歩くのがやっとですけどね(笑)。
「すぐ慣れますよ。回復早いから。そうだ。今日からお風呂入れますね。私今日、お風呂担当なんです。サポートしますね。」
お願いします。

病棟で一番若そうな看護師さん。
嫌なこと、辛いこともあるはずなのに、いつも明るく、優しくしてくれる。
凄いな。尊敬するよ。
僕は彼女の2倍は生きてるのに、あんな笑顔で人に接して来なかったな。
退院したら、歩けるようになったら、笑顔で生きられるといいな。

そう言えば、歩行器での入浴って、どうするんだろう。
毎日入浴できることしか考えてなかった。
車椅子と大して違わないよな。
時間になったら、いつもの入浴グッズを膝に乗せて……。

あ。
膝に乗せられない。
立って歩いて行くんだった。
荷物、どう運べばいいんだろう。

棚に置いたお風呂グッズを見る。
シャンプーとボディソープ、洗体タオル。洗面器。バスタオル、着替え。
結構ある。歩いて運べる気がしない。

渡された歩行器を見る。
小さいプラスチックの箱が付けられてるけど、
財布ぐらいしか入らないよな。

もっと大きい箱を付ければいけるか。
洗面器が入る大きさのプラケース。
100円ショップで見たことあるな。
妻に買ってきてもらって、シャンプーボトル2本の重さに耐えられるように
太めの結束バンドを2重に巻いて締めればイケるかな。
そもそも、付けていいのか。
まあ、怒られたら外せばいいか。

「奥さんが荷物持って来てくれましたよ~。何か今日、大きいですね。」
ありがとうございます。

妻が、洗った着替えと一緒に届けてくれた。
暑いのに、いつもごめん。

ベッドに座って、歩行器の改造にとりかかる。
完成イメージは、自転車の前カゴだ。
2kg乗せても動かないように、しっかり固定しよう。

うん。いい感じ。
我ながら上手くいった。
不格好だけど、これでイケるかな。

入浴の時間だ。
歩行器に身体を入れて、風呂場に向かう。
急造のカゴに入れた洗面器も落ちなそうだ。

脱衣所で服を脱いで、全裸で歩行器に入る。
浴室のドアを開く。
水色のタイルが濡れてる。
滑って転んだら大変だ。
足を小幅に動かして、慎重に進む。

「あ、〇〇さん、こちらへどうぞ。私、支えなくても大丈夫ですか?」
昼間の看護師さんだ。
はい。一人で行ってみます。

僕が安全に洗い場まで移動できるかか見てくれてる。
慣れたけど、若い女性に見られながら全裸で歩くのは、まだ恥ずかしいな。

歩行器はブレーキがないから、浴室の壁に当てて動かないことを確認する。
手を壁に、洗い場の椅子に。
座れた。
「大丈夫そうですね。」
はい。ありがとうございます。
やっぱりこの笑顔。ホッっとするな。

シャワーで身体を流し終えて、湯船を見る。
できれば、お湯に入りたい。
あと2mくらいの移動なら、いけるかな。

あの、お湯に入ってもいいですか?
「いいですよ。転ばないように気を付けて、移動してみてください。」

洗面器を歩行器に戻す。
椅子と壁に手をついて立ち上がる。
歩行器に身体を入れて、濡れたタイルを小幅で歩く。
湯船の壁についた。
歩行器を湯船の壁に押し付けて、湯船のへりに座る。

幅20cmくらいのタイルに座れた。
お湯に手を入れてみる。いい湯加減。気持ちいいだろうな。
両腕で支えて、慎重に身体を廻して、右足を上げてみる。
右足がお湯に入った。

続いて、痛む左足。いけるかな。
手で左足を持ち上げて、風呂のへりを超す。
イケた。
両足のふくらはぎが、お湯に浸かった。
もう一息だ。

両腕で体重を支えながら、ゆっくりと腰を前にずらして落とす。
お湯の中の段差に座れた。
下半身がお湯の中。気持ちいい。

お湯の中の階段に両手を降ろして、支えながら身体を伸ばしていく。
ゆっくり。ずらして、頭を湯船のへりに載せる。
首から下、全部お湯の中に入った。

首と踵だけで、お湯に浮いてる。
全身から力が抜けていく。
ゆったり、心が穏やかになっていく。
24時間我慢している痛みまで、薄れていく。
凄い開放感。
最高だ。
天国だな。

自業自得。

翌日。歩行器入浴2日目だ。
もう、看護師さんの付き添いはない。
一人で全部、やらなきゃな。
脱衣所から風呂のドアを押し開けて、転ばないように慎重に歩く。

風呂場に入った途端、湯船に浸かって話していた人達の声が止まった。
洗い場の椅子に座ると、背中と腰に視線を感じる。
みんな、他の人の手術跡が気になるんだな。

お湯に入ると、60歳台っぽい人が話しかけてきた。
「背中えらい手術跡やな。骨折か?」
はい。骨盤と腰椎です。
「現場で?」
いえ、パラグライダーです。墜落しました。
「なんや。仕事ちゃうんかいな。」
はい。遊びです。
「そんなら、自業自得やな(笑)。」
そうですね(笑)。

この人は、ビル建設現場で怪我をしたらしい。
労働災害。危険な仕事。
リハビリして職場復帰したら、また同じ現場に戻るのかな。
大変だな。

僕も、イベント器材に挟まれて親指の爪を割ったことがあるけど、
基本はデスクワークだ。
仕事で怪我する可能性は低い。
休日に趣味で空を飛んで、怪我したんだ。
遊びで会社に迷惑かけて、たくさんの人に助けてもらってる。
自業自得。
本当にそうだな。

奇跡。

入院棟毎。男女別に指定された入浴時間。
毎日、同じ人と顔を合わせる。
自然と、挨拶を交わすようになる。

僕と同じ歳くらいの男性。
「パラグライダーって、怖くないんですか?」
怖いですよ(笑)。
「飛べたら気持ちよさそうだけど、高所恐怖症だから俺は無理だな。」
僕も高い所は苦手ですよ。
「そうなんですか?」
実際飛ぶと、低い方が怖くなります。
高度が1,000mあれば、風で翼が潰れても落ちる間に回復できますけど、100mだと地面に落ちて死にますからね。
「そんなもんですか。」
まあ、着陸失敗で怪我した僕が言うと説得力ないですけど(笑)。

「僕、ビルの6階から落ちたんです。」
え?
「事務所の窓拭きしてて、気が付いたら落ちてました。」
6階って。普通、死にますよね。良く助かりましたね。
「右足からフェンスに落ちたんです。緑色の金網の、よくあるやつです。
右足はぐちゃぐちゃになりましたけど、他は打撲程度で済みました。
気が付いたら手術終わってて。
損傷が酷くて再生できない右足に、尻の肉を切り取って張り合わせたみたいですよ。」
凄い。よく回復しましたね。奇跡的っていうか、奇跡ですね。
「そうかもしれませんね。じゃあ、お先に。また明日。」

湯船から上がり、杖も歩行器も使わずに歩く後ろ姿は、健常者に見える。
6階から落ちて命が助かっただけで奇跡なのに、この人は今、自分の足で歩いているんだ。
右足ぐちゃぐちゃって……。
痛いよな。
リハビリも痛かったはず。
どれだけ長い時間を耐えて続けたんだろう。
想像するだけで、痛々しい。
凄いな。

奇跡って、実は、そこらじゅうにあるのかも知れないな。
諦めずに努力すれば、あんな風に歩けるようになるんだ。
僕も、きっと大丈夫。
歩けるようになる。

頑張ろ。

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