Mich★との遭遇。
青山通りの横断歩道。
信号が変わるのを待っている。
この信号、長いんだよな。
今、何時だろう。
12:40
昼過ぎか。何か食べようかな。
背後から複数の足音。
石のタイルを歩く2つの革靴に、ヒールの音が混じっている。
男女混合。若い3人組かな。
ランチを終えてオフィスに戻る同僚ってとこだろう。
来年の今頃は、僕も社会人だな。
うまくやっていけるかな。
その前に卒論…
「キャーー!!!」
「びっくりした。何だよ。」
「マイケル!!!」
「まさか(笑)。居るわけないじゃん。」
そうだよ。こんなとこに居るはずが…
彼女が指差した先。
道の向こう側に停車した黒塗りのワンボックス。
先に降りた黒スーツの大男が周囲を警戒する中、
洋書店へ歩く薄手の黒シャツを着た細身の男性。
全身に鳥肌。
間違いない。
マイケルだ。
「ほら、絶対そうだよ!」
「本当だ!」
「マジか。凄えな!」
洋書店へ入って行くMJ。
店員が急いでシャッターを下ろす音がここまで聞こえる。
信号が、青に変わった。
一斉に走り出す僕ら。
心臓が高鳴ってる。なんだこれ。
店の向こうからも、気付いた人達が走ってくる。
シャッターの前は、もう人だかりになってる。
「えっ?なになに?」
「マイケルだって。今、中にいるらしいよ。」
「うそ!マジで?」
どんどん増えていく。
世界のスーパースター、KING OF POPを一目見ようとする人で歩道が埋まっていく。
大丈夫か。これ。
パトカーの音が近づいて来る。
複数の警官が規制線を張って、洋書店から人垣を遠ざけていく。
「下がってくださーい。もっと下がって。もっともっと。」
随分遠くなってしまった。
これじゃ、店からマイケルが出て来ても見えないな。
「ねえ、道の向こう側の方が見えるんじゃない?」
「そうだな。」
「戻ろうか。」
さっき渡った横断歩道を戻って、道の反対側。店の正面に来た。
「見えるね。ここ。」
「うん。でもやべーよ。もう時間がねえ。」
「いま何時?」
「12時55分。」
「俺、会社戻るわ。」
「えー、戻るの? 私は待つよ。もう一生こんなことないもん。絶対。」
「そうだけどさ、俺も…、くそっ、戻るしかねーよな。」
2組の革靴が走っていく。
サラリーマンだもんな。
13時にはデスクに戻らなきゃいけないよな。
残った彼女は、胸の前に両手で財布を握り締めて洋書店を見つめている。
その目に迷いはない。
待つつもりだ。
マイケルが出て来るまで。
3人の行動を見て、ふと思った。
どっちが正解なんだろう。
社員として正しいのは、戻った2人。
死ぬ前に後悔しない人生という目線なら、残った彼女。かな?
13時から大事な会議とか、それぞれ状況は違うだろうけど、
この奇跡的なチャンス、もうないだろう。
僕は今日、学生でよかったな。
「本当にマイケルなの?人違いじゃない?」
「いや、間違いないね。」
疑う女性に、MJファンらしい男性が、興奮ぎみに答える声が聞こえる。
そう。間違えようがないんだ。
後ろ姿で、一瞬だったけど、歩き方でわかる。
先輩の部屋で、何度も見たんだ。ミュージックビデオ。
最初は完コピを目指して、カウントをとって覚えようとした。
1,2,3,4, 1,2,3,4…
動きはこれで合ってるはずなのに、何か違う。
もう一回再生してみよう。
鏡を見ながら二人で踊ってみる。
「やっぱ、全然違うよな。」
ですね。
VHSが擦り切れるほどに巻き戻して、繰り返し再生してわかったこと。
この動きは、真似できない。
黒人特有のアフタービート。
音楽に少し遅らせて刻むリズム。
そんなんじゃない。
天賦の才能がとんでもない努力で生み出した、完全なオリジナルなんだ。
世界中から選抜された超一流のダンサー達を只の背景にしてしまう、
遥かに超越したDanceは、まさに別次元。
僕らが完コピなんて、できるわけがなかった。
それでも、1ミリでも近づきたい。
巻き戻して再生。
もう一回。もう一回。
「もう終電ないよね。泊ってく?(笑)」
いつも、すみません(笑)。
だから、見間違えるわけはないんだ。
13:37か。ちょっと疲れてきたな…
シャッターが開く音。
「出てきた!」
「マイケル~!」
「マイコー!!」
店に寄せられた車と屈強なボディーガードに隠されて、乗り込む姿が見えない。
ワンボックスのドアが閉まった。
窓ガラスは真っ黒で、中は見えない。
ゆっくり走り出す車。
長く待ったけど、姿は見れなかったな。残念…
「キャー!!!」
開いたサンルーフから上半身を出したマイケルが手を振ってる。
ほんの一瞬だった。
「マイケル~!」
歓声が聞こえたのかも知れない。
アンコールに応えるように、もう一度手を振るマイケル。
今度は、声も聞こえた。
「キャー!!」
車は走り去ってしまった。もう見えない。
でも聴けた。マイケルの生声。
会社に戻らなかった彼女も、感激の表情だ。
待ってて良かったな。
ソロとして初のワールドツアーで、来日することは知ってた。
プレミアチケットは即完売。
買える金もないし、偶然会えるなんて考えもしなかった。
こんなこともあるんだな。
心から会いたい人には、会えるようになってるのかも知れないな。
とにかく、この幸運に感謝しよう。
ありがとうございました。
【1987年 東京 23歳】
※もう、37年も前のこと。
あの時、MJを待たずに会社へ走った2人の男性も、待った女性も、
還暦を越えてますね(笑)。
午後の始業時刻に大遅刻した彼女は、上司から怒られたかな?
同僚がうまく誤魔化してくれてたらいいけど…。
後で女性から話を聞いた男性達は、どう思ったかな?
気になります(笑)。
そしてつい、考えてしまいます。
結局、どっちが正解だったのでしょう?
もしも同じ状況で、世界一憧れる人に出会ったら、
貴方なら、どうしますか?