逃げる? でもどこに?

福部さんは、とても丁寧に私の話を聞いてくれた
子どもが保育園に通っていたから、お迎えは何時まで? 今日は何時までなら大丈夫ですか? と気遣ってくれたり、せっかく書いてくれたのに二度手間で申し訳ないんだけど、これに書いてくれる? と相談シートを渡されたりした
相談シートに記入してるあいだ、私が書いたメモ(といってもノート6ページ分くらいあった)をコピーしてくるね、といったん退室された
相談シートはチェック式になっていて、あてはまるものにチェックをしてくださいと書いてあった
身体的暴力はなかったのでそこは飛ばして、多分あてはまるかな? と思うものにチェックをして(本当に当時は自信がなかった)、福部さんを待った
すぐに福部さんが戻ってきて、私のメモを返してくれた
そしてシートに目を通した
「たくさんチェックがついて…あれ」
福部さんはひとつ、指摘をした
「ここ…メモには性的暴力のことがあったのに、チェックはついていないね」
「あ、それはあてはまるかわからなくて…」
性行為を強要される、避妊に非協力的、卑猥な言葉をかけられる、子どものいるところで性行為に及ぼうとする、そんなものは多かれ少なかれどこにでもあるものだと思っていた

「それはすべて性的暴行、他人にしたらレイプで捕まるでしょう?」

福部さんが思いがけず強い口調で言ってきたので私はとてもびっくりした
そうだ、何度も調べていたとき見たグラフでは、DVを何度も受けた人は1割にも満たなかったじゃないか、私が受けたものはそうあることではないんだ
思い直して、性的暴行のところにもチェックをした

「これから、あなたはどうしたい? もし逃げるならば、私たちはその手伝いができます」
思いもかけないことを言われたと思った
身体的暴力もないのに、逃げてもいいの?
でも、本当にそんなことが実現できるの?
あの夫に見つからず、そんなことができるの?

迷いながらも、もう、限界が近いことはわかっていた、あれだけ心身に影響があらわれていて、息子が暴言からかばおうとしてくれて、その度に申し訳なさと自分の不甲斐なさに悔しいと泣いていたのに、これ以上耐えきれる自信がない、と思った

「逃げたいです」

私はそう宣言していた
夏の終わりのことだった


それから福部さんと次回のアポイントを取って、名刺やパンフレットを渡された
その中には、逃げる際に持ち出す物のリストがあって、それがとても具体的だったので、脱出計画が現実味を帯びてきたことを覚えている
これらのものは、必ず夫に見つからないよう保管をお願いします、それから、脱出しようとしていることを誰にも話さない、子どもにも秘密にしておいてください、と言われた
それから、荷物を少しずつ片付けてください、なるべく気づかれないように、とも
たくさん泣いてしまって目が腫れていたので、相談室で少し休んでお迎えに行ってね、と言われて嬉しくてまた泣いた

役所を出ていつもより少し遅く迎えに行って、いつものとおりの日々を過ごした
家族はもちろん、AさんBさん、店長、誰にも言わなかったし、もらったものもすべて鍵がかかるところに置いた
当時は私のバイト代をすべて夫に渡して、私はお小遣い月5000円と食費・雑費を週1万円もらっていただけだった
残りは夫がきちんと貯金してくれていると思っていた
だから、自分の通帳を見てびっくりした
引き落とし分しか入ってなくて、息子の名義は積立やら定期預金やらあるのに私の名義のお金はまったくなかった
そこでやっと、ああ、私のことなんて夫はタダで使える労働家事セックスマシーンくらいにしか思っていなかったんだ、とはっきりわかった
セックスのときに言う「愛してる」は嘘だと前々から思っていたけど、そのときにその証拠があらわれたと感じた
私のことなんて誰も大切に思っていなかったんだ


次のアポイントを取った日、私は福部さんに連れられて県庁に来ていた
役所の車に初めて乗せてもらったけど、昔ながらのバンで椅子が固くて荷物をたくさん載せられる感じの車だった
ぼろくてごめんね、と言われたけど、そのバンはとても頼もしい車だなと思った
県庁の担当の人ふたりと、福部さんと、私が面談室に入った
私は実家も遠く頼れる友達(これは本当に聞かれた、友達に頼れる人なら多分相談には来ないと思う)もいないので、避難所に入りそこから母子寮で生活を立て直すことになるだろう、とのことだった
県庁の人のうち、ひとりはおじさんでもうひとりは女性だった
おじさんは気難しい人だと事前に福部さんに言われていたので覚悟はしていた
てっきりDVを否定されるのかと思ったら、そうではなかったので安心した
だけど、ここで問題が起きた
私が行く避難所は、夫の職業の関係で、夫が所在地を知っている可能性があるのだそうだ
これにはみんなが頭を抱えていた
もし夫が私の避難先に来れば、私たちだけではなくそこにいるすべての人に迷惑がかかってしまう
県外に行くにしても、近隣の避難所はどこも定員間近で、生命の危険がない(身体的暴力がない)私は今すぐ入れる、というよりは入れたらいいね、くらいの感じになっていった
県庁とは言ってもそこには決定権はなく、さらに上の判断を仰がないといいとは言えないそう
ネットでかなりのことを調べていた私だったけど、もし避難所に行けなかったらどこも頼るところがなかった

計画に暗雲がたちこめてきた


#DV #モラハラ #離婚 #PTSD #相談

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