日本最南最北の甲州を利く
こんばんは、じんわりです。
ゴールデンウィークも「おうち時間を工夫で楽しく」お過ごしでしょうか。
外出できない不自由が続くとはいえ、「災い転じて福となす」といいますか、外出できない連休にしかできないことを考えました。
いくつかあるアイディアの中で、前々からやろうと思っていたのが今回の「日本最南最北の甲州を利く」というお遊びなのですね。
現時点で私が知る限り、日本の最南と最北で造られる甲州をブラインドテイスティングして利き分けられるか。利き分けられたとしたらどのような違いを感じるのか。やや大袈裟な煽りですが「南北テロワールの違いを見出せるのか?」という好奇心のもと“オトナの自由研究”をやってみようというお話です。
比較ワイン
最南代表
甲州プライベートリザーブ 2017 都農ワイン
Alc. 11% 総酸およびリンゴ酸含量不明
最北代表
ソレイユ・ルバン甲州シュール・リー 2017 月山ワイン山ぶどう研究所
Alc. 12% 総酸およびリンゴ酸含量不明
eコマースサイトで上で今回の2つのワインがワンストップで買えるところが一か所しかなく生産年を選り好み出来ませんでしたが、2本とも偶然2017年が届きました。甲州のような比較的早飲みのタイプにとっては2年半前だとやや不安には感じますが、比較にあたって生産年という条件が揃ったことをポジティブに捉えましょう。
両産地の気候
降水量
一瞥すると鶴岡の方が降水量が多いように見えますが、グラフの縦軸目盛りが異なるので、都農の方が降水量は多いですね。一般に収穫期前の降水量が多い方が病気、水膨れや実割れのリスクはより高くなり、収穫判断も含め栽培のコントロールが難しくなるでしょう。また、香味成分の合成を考えてもベレゾン期以降の降雨は少ない方が良いはずですね。
都農の甲州収穫期を9月上旬頃、鶴岡の甲州収穫期を10月上旬頃とみて、都農の8月と鶴岡の9月の降水量をそれぞれ比べてみます。雑な比較ですが遊びの延長線上ということでご容赦くださいませ。
2017年の収穫期前降水量については私が想像していたより両地に開きがないと言いますか、むしろ鶴岡って降るんだなあという印象を持ちました。
日ごとの降水量比較のグラフは割愛しましたが、都農の9月上旬と鶴岡の10月上旬の降水量はそれぞれ中下旬に比べ少なかったので、それぞれ上旬のタイミングで収穫されているなら降雨の面ではナイス判断という印象ですね。
気温
都農の観測点では降水量しか観測していないようで、代替案として都農の最寄りの観測点である日向のデータを引用しています。
こちらも一瞥すると「都農って山形くらい寒いの!?」となるわけですが、縦軸目盛りが異なるのですね。
仮想都農とした日向は8月平均気温が20℃を超えており、8月夜温で15℃を下回る日もありませんでした。一方鶴岡の9月平均気温も20℃を上回り、9月夜温で15℃を下回る日は4日だけでした。(それぞれグラフ割愛)
気温条件によるぶどう中での香味成分の合成蓄積という意味では両産地とも難しい環境にあるかもしれず、仮想都農の日向の方が温かいので鶴岡と比べて糖度は高くなり酸度は低くなるだろうなあと推測する程度でしょうか。一部のワインスタイルを覗き甲州を楽しむうえで適度な酸味は欠かせないでしょうから、その点鶴岡にアドバンテージがあるようにも思われます。
日照
ぶどうの果房に日光が当たるほど青臭さは解消され、好ましい香味成分は合成蓄積されるはずですので日照も見ておきましょう。
仮想都農たる日向の7、8月と鶴岡の8、9月の日照を比べると、イメージ通り日向に軍配があがりますね。
土壌は・・・
調べる根性がありませんでした。テロワールとか煽っときながらヘタレですみません。難しいですしね、土壌。
3STEPの比較試飲方法
さて、長めの前振りにもう少しお付き合い下さい。ここから3種類の方法でブラインドテイスティングを進めて行きます。
試飲温度については両ワインのいずれかが不利にならないような設定にすべきという考えはあるのですが、その最適解は飲んでみるまでわからないので、冷蔵庫から出した際の温度(約9℃)で分注後1~2分でブラインドテイスティングを開始しました。
比較試飲STEP1:仲間外れ探し
Duo-trio testとも呼ばれ官能評価法(平たく言うとテイスティングです)における国際標準(ISO)のひとつとして利用されている方法を模倣しています。
2つの異なるワインに対してINAOグラスを3脚用意して2脚に一方を1脚にもう片方を同量注ぎ、それぞれに乱数表で提示された3桁の番号をラベリングします。乱数を自動生成してくれるwebサイトから548、830、381という3ラベルを拾いました。
これら3脚のグラスそれぞれを利き、仲間外れを識別できるかどうかで2つのワインに違いがあるかを判断するという流れです。
本来なら3つのグラスのうち1つが別のワインであるという前提も知らされないままに3つのグラスをテイスティングして、3つとも同じワインか、異なるワインがひとつ紛れ込んでいるかの判断から入る方が結果に対する信憑性は高まるのですが、企画者(私)が被験者(私)であるため、それが不可能なのですね。
また両被験ワインの色調が違う可能性を事前に見越しておいて、黒いワイングラスでテイスティングする方が盲検性を高めるのですが、黒いグラスも持っておらず自前のINAOをマジックで黒塗りする根気もなく・・・。
次善策として、私がアイマスクで目隠しした状態で以下の手順を介助者にお願いすることにしました。大の大人が↓をつけて大真面目にワインを啜るのです。
3つのグラスサンプルを調製しグラスを私に手渡す、私の識別結果・コメントを記録する。
比較試飲STEP2:差異の詳細比較
もしSTEP1で違いが識別できたならば、ブラインドを継続し両ワインの違いを具体的に探っていきます。
ブラインドテイスティング後に以下の表に特徴を書き込んでいきます。
比較試飲STEP3:選好
まだアイマスクをしたままにします。
最後にどちらのワインが好みか、それは何故かについて考え言葉にします。
ここまでたどり着いたら、ようやく種明かしですね。
(ここまでの内容はテイスティング前に書いたものです。
以下、テイスティング後に記載しました。)
比較試飲の結果
比較試飲STEP1:仲間外れ探しの結果
グラス番号548、830、381のうち548が仲間外れであると感じました。つまり、830と381は同じワインと感じました。違いが歴然過ぎて肩透かしを喰らった感がありました。
この瞬間、ワイン選択の段階で致命的なミスを犯したことに気付きます。樽熟成の有無です。830と381のワインは樽の香味が強めに感じられたのでした。
南と北の端の甲州を比べて寒暖の差がワインの香味に表れるかを書きたかったのですが、片方に樽という要素が入ってしまうと対等な比較が難しくなり、比べること自体がどうなのかという話にもなりますね。
ワインを買ってせっせと原稿の下書きをして介助のお願いまでしたところでこの結果・・・。
はい、白目です(苦笑)。
面白みのある比較にならないのでこの記事自体をボツにすることも考えました。
しかし、私の勝手な持論として「テロワールには人的要素も含まれ、その寄与度も小さくない。場合によっては産地の特性よりも大きな影響をワインに及ぼす。」という信条があり、読者さんに実例をもってそのことをお伝えするのも悪くないと思い直し、本稿をアップすることにしました。
比較試飲STEP2:差異の詳細比較の結果
2つのワインの比較を以下一覧にまとめています。
548のワインはフレッシュで酸素暴露が非常に制限された造りの印象を受けました。
フェノールやシュールリー由来の香味からステレオタイプな甲州の特徴を感じさせるものの、火打石の匂いもありシャブリとのハイブリッドのような趣も感じさせるのでした。
一方、830と381のワインは良くも悪くも樽の味香りが前面に出ており、個人的にはあまり経験したことないラム酒のような香りもあり、ステレオタイプの甲州にはない面白さがありました。この甲州をステンレスタンクのみで発酵・貯酒熟成させたらどうなるのか、トロピカルな仕上がりになったのではないか、と思いを巡らせたりもしています。
比較試飲STEP3:選好の結果
私の中で「甲州はこうあって欲しい」という願望もあり、私の好みは548のワインでした。ほとんどの場合甲州に樽は必要ない、使うとしてもステンレスタンクバッチとのブレンドで比率を少なくするか、新樽ではなく一空き二空きを使うなどという抑制が必要と考えている派ですなのですね。
ちなみに介助者にもテイスティングしてもらったところ、830と381のワインがより好みとのことでした。好みは人それぞれですね。
答え合わせ
最後に答え合わせを。
548 → ソレイユ・ルバン甲州シュール・リー 2017
830 → 甲州プライベートリザーブ 2017
381 → 甲州プライベートリザーブ 2017
香りの面では北の青りんご、南のトロピカルフルーツを感じた点に、酸味の面では北でよりシャープな酸(南も想定以上に強い酸味を感じましたが)を感じた点に、テロワールの違いが出たようにも感じられました。反面、ぶどう産地の違いの影響よりも樽関与の有無および醸造方法の違いの可能性が大きいように感じられました。
先にも述べたようにヒトの介在、寄与もテロワールの概念を形成するものであり、ヒトがぶどうとワインを造る以上、その影響はかなり大きいと私は考えています。
ソレイユ・ルバンの生産者は寒冷地の良さを最大限引き出そうと考えた結果、この造りに至ったのかもしれません。
プライベートリザーブの生産者は甲州栽培の南端で造るワインをさらに面白くするために醸造方法を選択したのかもしれません。
醸造家の選択ひとつひとつがワインのキャラクターを大きく変える可能性を持っている。選ぶぶどうがたとえ同じ品種であっても。ということですね。
それを多様性と捉えてワインを楽しめればいいなと思う次第です。
今夜も甲州の新発見と多様性に、さんて!
じんわり
関連稿:
日本ワインの未来展望です。
シャルドネでもブラインドで比較試飲(仲間外れ試験)をしてみました。
今回も利き分けられるでしょうか?