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君は「フバーハ」を感じたことはあるか?~『モノノメ』フロナカ書店 訪問記

 宇野常寛さんがこの9月に新創刊した雑誌『モノノメ』は日常の面から多様な視点を与えてくれ、読み返すたびに洞察や刺激をもらっている。この雑誌、Amazonや大手書店には置かれていないため、オンラインショップで購入するか限られた書店へ訪れるしかない。「どこで売ってるの?」と聞かれることもあるのでオンラインショップページにある販売書店リストをチェックしていると、新着NEWが付いた「西小山東京浴場 フロナカ書店」というお店を見つけた。どうやら文字通り風呂(銭湯)の中にある書店のようだ。銭湯や温泉の大きな浴場でのんびりと湯につかるのは好きだし、面白そうなので行ってみることにした。

 フロナカ書店のある西小山東京浴場は、東急目黒線西小山駅のそばにある。営業時間は朝5:30-8:00、14:00-2:00。ちょっと朝風呂としゃれこもうかと、朝6:00頃に伺ってみた。

 現地へ行くと、「ゆ」の字や温泉マークと本棚が一緒に描かれている看板がそびえ立ち、いきなりのパワフルさに驚く。外の立て看板を見るだけでも、手ぶらで来れて飲食やマンガも楽しめることがわかる。なんとも僕好みではないか。

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 日によって色々な種類のお風呂もあるようだが、この日はイベントの狭間で通常営業だった。まずは券売機で入浴料(大人480円)と貸しタオルを購入し、番台に渡す。そして、その奥に「フロナカ書店街」はあった。

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 こちらでは、ボックス状の棚スペースを「書店」として貸し出している。そこに自分の好きな本を置き、装飾もできる。もちろんそれぞれの「書店」の本は購入することができ、売上は「書店」の主が得る。それらの「書店」が集まった棚の並ぶスペースが、「フロナカ書店街」なのだ。ボックスの1つ1つが思った以上に個性的な書店になっていて、眺めて回るだけで飽きない。
 宮城県気仙沼の海の写真の表紙が鮮やかな『モノノメ』もきちんと置かれていた。良書なので、是非ここを訪れた方々も手に取ってみてほしい。

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 さて、風呂屋に来たからには入らないわけにはいかない。銭湯は久しぶりだ。脱衣場や浴場は昔ながらの雰囲気を残している。居並ぶ蛇口の列、浴場のタイル絵、昭和風な人魚のデフォルメ絵の入った摺りガラスなどなど。そして、昔ながらの「ケロリン」の黄色い湯桶にもちょっと感動した。小学1年頃までは近所の銭湯に時々通っていたので、懐かしさもある。当時の銭湯はまさにご近所コミュニティで、見知った顔ばかりで賑やかだったのを思い出す。
 が、この日は朝なので客が数名だったのに加え、この浴場には「黙浴しましょう」との張り紙があり、とても静か。そして(ひとり初訪問なので当然だが)周囲は見知らぬ人ばかり。互いに会話せず全く関わり合わないのだが、同じ場所で同じく風呂に入っている。そのぼんやりとした共同意識の中、一人でのびのびと風呂につかるのが妙に心地よい。

 そして、浴場内で否応なく目を引くのが2つ置かれた大きな木のタルである。このタルは水風呂になっているのだが、そばにはなぜか観葉植物が置かれており、明らかに追加で設置された異質感を持ちながら佇んでいる。これは試さずにはいられない。ある程度風呂で温まった身体でタルの前に座り、まずはケロリンで冷水を一杯かぶる。当然ながら冷たく、ぼんやりしていた頭が一気にシャキッとする。そして、おそるおそる水タルの中へと入る。火照った身体が一気に冷えるが、少し経つと身体の熱でじんわりと冷たさがゆるむ。なかなか良いのだが、まだ少し熱が足りない。そこで、再度ノーマルとジャグジーの熱い風呂を行き来する。壁にはスタッフさん発行の新聞や、風呂上がりのおススメメニューなども貼ってあり、それを読んだりしているうちに十分身体が熱くなった。いざ、水風呂へ。

 ああ、良い。身体の熱で周囲の冷水が完全にゆるみ、ほどよい温かさの膜が身体を包んで冷水から守ってくれているようだ。

その時にふと思った。

 そうか、これは「フバーハ」なのだ。
 自分はまさに今、あの「フバーハ」を体感しているのだ。

と。

 「フバーハ」とは、僕が中学の頃に全国的ブームを巻き起こしたゲーム『ドラゴンクエストIII』で同シリーズに初登場し、以降はレギュラー化した防御系魔法である。このゲームシリーズの攻撃用魔法としては主に炎系(熱い)と凍結系(冷たい)があるのだが、事前に「フバーハ」を主人公や仲間キャラたちにかけておくと、こういった温度系攻撃のダメージを軽減してくれる。遮断ではなく、あくまで軽減である。つまり、ゆるやかに外部と繋がっているほんわりとしたバリアなのだ。中学当時のゲーム攻略本では「フバーハ:熱や寒さから守る光の衣で仲間たちを包み込む」などと解説されていた記憶があるが、水タルの中で味わっているのはまさにその感覚である。それが自分の身体から自然と出ている感じがして、不思議さと共に心地よい。
 しかし、この水風呂版「フバーハ」は非常にもろい。よくサウナに併設されている複数人用の水風呂などでは、他の人が出入りした水の動きだけですぐに崩れてしまうだろう。だが、ここならばタル内に1人のみ。自らじっとしてさえいれば良いのだ。この「フバーハ」に心地よく守られながら、目の前で無言で身体を洗ったり入浴している見知らぬ人達と同じ「場」を共有している感覚があり、とてもリラックスできる。

 しかし例えば渋谷のスクランブル交差点を渡っている時、「渡る」という等しい行為を皆がしながら会話もせず目の前を行き交っているが、場を共有している感覚は全くない。互いに干渉せず、それぞれが1人であることも保証されているが、1人の気ままさのような楽な気分も全くない。むしろ、互いにぶつからぬよう若干ピリピリしている感すらある。この差はなんなのだろうか?
 ふと、『モノノメ』の「飲まない東京プロジェクト」ウニモグでのひとり遊びの記事で語られていたコミュニティの在り方を思い出す。スクランブル交差点のように互いに完全に断絶してるわけでもなく、飲み会の場で「俺たち仲間だよな?」と何かの一員であることを半ば強要されるムラ社会でもない。「友達ってわけじゃないけど、とりあえず居ていいよ」といった、個でふるまいながらも場に存在が許容される心地よさ。それが今回感じたものなのだろう。


 風呂から上がって脱衣場を出ると、そこは漫画喫茶ばりのマンガコーナーだ。ロフトの様な2階部分含めて、人気タイトルを中心にずらっと並べられている。この銭湯の客は、無料でここのマンガを好きなように読めるのだ。しかも、ここでは本棚と一体化するかのようにおひとり読書席が設けられていて、秘密基地感がありワクワクする。
 実際に、本棚に本のように収まる席で好きなマンガを読んでみたが、外の景色を見ながらも小さな洞窟にひきこもっている感じで、読みふけってしまった。ここでも個人と「場」の面白い融合が図られている気がした。

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 今回の訪問は何の気なしでやってみたことだが、フタを開けてみれば

・個性的な本と出会える書店
・懐かしさや心地よさが味わえる風呂
・好きなマンガが自由に読める秘密基地空間
・総じて1人で気ままに過ごせつつ、孤独ではない「場」

といった、好きなものがてんこ盛りの大満足ツアーだった。

またお気に入りの場所が1つ増えた。再訪が楽しみだ。

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野中健吾
好き勝手なことを気ままに書いてるだけですが、頂いたサポートは何かしら世に対するアウトプットに変えて、「恩送り」の精神で社会に還流させて頂こうと思っています。