クラフトジン蒸溜所探訪記:ボトルと作り手をつなぐ記憶
クラフトジンの蒸留所を訪ねるまで、ジンそのものを意識的に味わって飲むことは、ほぼほぼありませんでした。というのも、ジンはカクテルのベースとしてのほうがなじみ深く、「ウイスキー蒸留所でもジンをつくるらしい」程度の認識しかなかったからです。
ところが、作り手の方の顔とボトルとがすぐに結びつくような蒸留所を訪問したことが転機となり、どんな方がどんな思いでそのボトルをつくっているのか、あるいはその蒸留所がどんな土地にあったのか、旅行の楽しかった記憶とともに焼き付けられ、ジンに魅了されることとなりました。
私にとってジンは、かつての記憶を呼び覚まし、思い出にひたってしまうとともに、まだ見ぬ世界への冒険心を駆り立てるお酒です。味わいだけではなく、そんな感情の動きを求めて棚から手にとることもあります。
当時の自分のインスタグラムの日記を引用しながら、魅力的なクラフトジン蒸留所と作り手の方々をご紹介します。
はじめに:クラフトジンと“土地の記憶”
ジンは、ジュニパーベリーと植物由来のボタニカル成分等を、土台となるベーススピリッツにとけこませてつくられています。詳しくは、上記のURLにある酒育の会の谷嶋元宏代表の「LIQUL」での説明がものすごく分かりやすいので引用します。
ジンを特徴づける要素
ジンは、香りの元となるボタニカルとベーススピリッツによって特徴づけられます。
①ボタニカル botanical
…植物の葉・根・樹皮・種子・花・実など、フレッシュなものから乾燥したものなど様々に使います。また、クラフトジンではその土地のボタニカルを使用することで個性的な香味を付加させ、ローカルな独自性を表現しています…
②ベーススピリッツ
ベーススピリッツとは、ジンの元となるアルコール分のことで、ボタニカルの香味成分を抽出する溶媒のことです。
大手メーカーのジンでは、小麦やトウモロコシなどを原料としたアルコール度数96%程度のニュートラルスピリッツが用いられます。…クラフトジンの中には、その土地産の穀物や果実を原料としてベーススピリッツを造っているところもあります。例えばフランス産のジンでは、ブドウやリンゴを原料としたベーススピリッツを用いているものもあります。日本では、米焼酎を再蒸留したライススピリッツや、焼酎や泡盛を使用しているものもあります。
蒸留所ゆかりのボタニカルにはどのようなものがあるか、
ボタニカルをどのような独自配合で組み合わせるのか、
土台にはどのような個性をもったベーススピリッツを持ってくるのか(ニュートラルか味わいを活かすか)、
ボタニカルは後から漬け込むのか蒸留して抽出するのか、
蒸溜する場合には漬け込んだボタニカルごとスピリッツを加熱するか蒸気を通す方式か、等々
ジンづくりには無数の選択肢ごとに決定をしていく必要があり、だからこそ蒸溜所ごと、作り手ごとに千差万別で、個性豊かなジンができあがります。
とりわけクラフトジンと呼ばれる少量生産のジンの個性は際立っています。
自分の記憶のなかの、その土地の風景や空気感、貴重なその日の出会いといった思い出がそのボトルのなかに閉じ込められているような気がして、ますます味わい深く感じるのです。
1.Lussa Gin Distillery(スコットランド・ジュラ島)
ジュラ島にあるルッサジン蒸留所を知った経緯は、まったくの偶然からでした。もともとはアイラ島旅行の行程を検討していたところ、アイラ島案内ブログに掲載されていた蒸留所一覧に、聞きなれない名前の蒸留所として「LUSSA GIN」が掲載されていたのです。
ウェブサイトにあった“ WE’RE NOT JUST GIN LOVERS. WE’RE ADVENTURERS. ”という言葉に惹かれて、アイルオブジュラ蒸留所のあるクレイグハウスからさらに車で45分かけて訪問しました。
ジュラ島北部のアードルッサに移住してきたことで偶然出会ったジョージナさんとアリシアさんとクレアさんという3人の素敵な女性が、かつては馬小屋だった建物で2015年から「ルッサジン」を作っています。
3人が、住んでいる土地で植物を育て、あるいは自生している土地ならではの植物や海藻を収集し、ジュラ島の自然そのものを閉じこめて蒸留したジンをビジネスとして世界各地に送り出していく姿は、実に素敵で、ああ私も(生まれ変わったら)こんな生活をしてみたいなあと憧れます。
ルッサジン蒸留所では、フレッシュな薔薇の花びらや自生しているハーブをその季節に収集し、ときに冷凍しておいたものを、浸漬法と蒸気抽出法の併用によるワンショット蒸留をしています。
ボトルのネックには、蒸留所オリジナルのパターンで作ったキルトが一つ一つ巻いてあり、とてもかわいいです。
〔ボタニカル〕15種類
①レモンタイム Lemon thyme、②コリアンダーの種 Coriander seed、③バラの花びら Rose petal、④レモンバーム Lemon balm、⑤ライムの花 Lime flowers、⑥西洋ニワトコ Elder flower、⑦スイカズラ Honeysuckle flower、⑧西洋ヤチヤナギ Bog myrtle、⑨ニオイアヤメの根 Orris root、⑩ジュニパーベリー Jura juniper、⑪沼薄荷 Water mint、⑫アオサノリ Sea lettuce、⑬ヨーロッパアカマツの針葉 Scots pine needle、⑭イワミツバ Ground elder、⑮バラの実 Wild rose hip
〔蒸留所URL〕https://www.lussagin.com/
2.Bruichladdich Distillery(スコットランド・アイラ島)
アイラ島のブルックラディ蒸留所では、2010年から、閉鎖されたインヴァリーブン蒸留所のローモンドスチル「アグリーベティ」をつかって、ジン「ザ・ボタニスト」をつくっています。
この蒸留所の“ Iron Fist In A Velvet Glove ”と表現されたウイスキーが好きで、2018年9月当時で3種類あった見学ツアー「Distillery Tour」、「Warehouse Experience」、「Botanist Experience」の全てに参加しました。
Botanist Experience
Learn all about gin! Its history, production, the botanicals, visit the gin still, then back to the shop for tastings, including two cocktails, which you make yourself! (1½ hrs)
このうち「Botanist Experience」では、ボタニストジンの歴史や製造工程、使用しているボタニカルについて学習するとともに、ジンを使ったオリジナルカクテルづくりを蒸留所ショップ内で体験できました。
ボタニストジンを飲むたびに、アイラ島の風景、とりわけ紫色に染まったアイラ島のヘザーの花と、ピート掘りをする際の虫除けに使ってきたという「ボグマートル」を思い出します。ヘッドディスティラーのアダム・ハネットさんと、一緒に働く妹さんにもお会い出来、ラッキーだったなあとしみじみします。
〔ボタニカル〕22種類
①アップルミントAPPLE MINT、②カモミールCHAMOMILE、③西洋トゲアザミ CREEPING THISTLE、④ヨーロッパ白樺 DOWNY BIRCH、⑤西洋ニワトコ ELDER、⑥ハリエニシダ GORSE、⑦サンザシ HAWTHORN、⑧ヘザー HEATHER、⑨ジュニパー JUNIPER、⑩西洋カワラマツバ LADY’S BEDSTRAW、⑪レモンバーム LEMON BALM、⑫西洋夏雪草 MEADOWSWEET、⑬ヨモギ MUGWORT、⑭ムラサキツメクサ RED CLOVER、⑮スペアミント SPEAR MINT、⑯スイートシスリー SWEET CICELY、⑰西洋ヤチヤナギ BOG MYRTLE – SWEET GALE、⑱ヨモギギクTANSY、⑲沼薄荷 WATER MINT、⑳シロツメクサ WHITE CLOVER、㉑ワイルドタイム WILD THYME、㉒ウッドセージ WOOD SAGE
〔蒸留所URL〕https://www.thebotanist.com/
3.NUMBER EIGHT DISTILLERY(横浜)
横浜・みなとみらいのナンバーエイトディスティラリーは、吉祥寺のRIGOLETTOをはじめとするおしゃれで素敵なレストラン事業を展開するHUGE社が、2019年10月にオープンした都市型蒸留所です。
ニューアメリカンレストランQUAYS pacific grillに併設されており、ジン蒸留所だけでなく、ビール醸造所とコーヒー焙煎所も併設されています。
食事とジンを楽しみながら眺める、埠頭のフェリー船や海、そしてみなとみらいの景色は最高です。
トニックウォーターFever-Treeのブランドアンバサダーも務める深水稔大さんによる「レストラン屋がつくるジン」、重厚で華やかでとてもおいしいです。とりわけ湘南ゴールドとバジルをつかった限定版NUMBER EIGHT GIN 2020 Gold Editionがお気に入りです。
ナンバーエイトジンを飲むと、何より、深水さんの気さくでサービス精神旺盛なお人柄を思いだし、つい微笑んでしまいます。美味しくて楽しい、素敵なジンです。
〔ボタニカル〕8種類
①ジュニパーベリー、②イエルバブエナ、③レモンバーベナ、④神奈川みかん、⑤無農薬レモン、⑥生ホップ、⑦コーヒー豆、⑧アボカドの種
〔ベーススピリッツ〕
茨城・月の井酒造の粕取り焼酎
〔蒸留所URL〕
https://www.huge.co.jp/restaurant/new-american/quayspacificgrill
4.虎ノ門蒸留所(東京・港区)
都市型蒸留所つながりで、ナンバーエイトディスティラリーの深水さんからご紹介いただいた虎ノ門蒸留所は、DEAN&DELUCAやCIBONE、GEORGE’Sなどを手掛けるウェルカム社によって、2020年6月に虎ノ門ヒルズの一角に開設されました。
活気に溢れる広々とした“酒場”併設型で、座席や目の前のスタンディングバーからスチルを眺めることができます。
一場徹平蒸留家がつくる「TOKYO LOCAL SPIRITS 東京の地酒」としてのジン「COMMON(虎門)」、移り変わる季節をその時々のボタニカルで表現し、蒸留によって封じ込められていく世界観がとても美しいです。
〔ボタニカル〕2種類
①ジュニパーベリー、②チコリルート
〔季節のボタニカル〕
カモミール、みかんの花、青梅の梅、ラベンダー、八丈島のパッションフルーツと月桃、東京のキンモクセイ、赤丸薄荷、桃、ホーリーバジル、ダンデライオンチョコレートのカカオ
〔ベーススピリッツ〕
八丈島の減圧麦焼酎「情け嶋」、新島蒸留所の減圧麦焼酎「嶋自慢 羽伏浦」
〔蒸留所URL〕
https://www.welcome.jp/brands/toranomon_distillery
5.常陸野ブルーイング 東京蒸溜所(東京・千代田区)
秋葉原駅高架下の常陸野ブルーイング東京蒸溜所は、2019年12月、クラフトビール「常陸野ネストビール」で有名な木内酒造によってダイニングバー併設型でオープンされました。
木内酒造は、2016年から茨城県那珂市の額田醸造所に蒸留室を設置し、2020年2月には茨城県石岡市の八郷蒸溜所を稼働して、ウイスキーを製造しています。一方、こちらの東京蒸溜所は、ジンに限らず、ウォッカなど様々なスピリッツの製造を構想しているとのことです。
コロナ禍において「SAVE BEER SPIRITS」プロジェクトを立ち上げられ、無償で自粛や休業を求められた飲食店舗の樽ビールをジンに蒸留された心意気、大いに感じ入りました。
ビールからつくるジンは、ウイスキー好きな私からすると馴染み深い“ニューポッティーさ”があります。ここにどんなボタニカルを加えていくのか、店長にしてジン蒸留の責任者である石崎さんの挑戦がとても楽しみです。
〔ボタニカル〕
ジュニパーベリー、ホップ、山椒、レモン、夏みかん など
〔ベーススピリッツ〕
自社でつくるビール、焼酎、ウイスキーのニューメイクなど
〔蒸留所URL〕
https://hitachino.cc/visit/tokyodistillery.html
6.京都蒸溜所ブランドハウス The HOUSE of KI NO BI(京都・中京区)
日本初のジン専門蒸留所である京都蒸溜所が、2016年10月から販売している「季の美 京都ドライジン」は、「海外の方への贈り物として日本らしいジンを選びたい」と東京・八重洲のリカーズハセガワ本店でご相談したときにおすすめ頂いて以来、憧れのようなものがありました。
いつかこの目で見たいと思いながらも、南区にある蒸溜所では見学受け入れがなかったところ、2020年6月1日、待望のブランドハウスである「季の美ハウス」が、京都市役所からすぐの場所にオープンしました。
ロンドンでのバーテンダー経歴をお持ちの佐久間雅志店長による充実したセミナーを通して、ボタニカルごとに分けて蒸留するといった製法について学びながら、至るところが細部まで練り込まれたクオリティの高い空間とボトルを堪能させて頂きました。独自性が突出していて、コンセプトが味わいに直結する見事さ。ペルノリカール社との資本提携もあり、今後さらに世界進出していく未来への期待に胸ふくらむ思いです。
次回には、併設された「ジンパレス」で季の美の世界を堪能したいです。
〔ボタニカル〕11種類
①ジュニパーベリー、②オリス、③檜、④柚子、⑤レモン、⑥山椒、⑦木の芽、⑧生姜、⑨笹、⑩赤紫蘇、⑪玉露
〔ベーススピリッツ〕
ライススピリッツ
〔蒸留所URL〕https://kyotodistillery.jp/
まとめ:ジンのアプリとまだ見ぬ世界への冒険
記憶をたどりながら堪能するジンは、今時の言葉で表現するところの、最高に“エモい”味がします。
クラフトジンは、季節の移り変わりや土地の要素、作り手のコンセプトが直接的にボタニカル構成に反映される点に魅力を感じています。
クラフトジンの蒸留所を訪問させて頂いてから、いろいろ興味津々に、スマホアプリの「Ginbase」や「JUNIPER」などを使って調べものをするようになりました。どうやらバオバブの実やらデビルズクローやらが封じ込められたジンもあるとのこと、ビザールプランツ好きな血が騒ぎますので、まだ見ぬ世界への冒険を夢見て、飲んでみたいものです。