おしゃれ泥棒

まさとし。東京在住。読書、映画、音楽、語学、革靴、歴史、ギター、カラオケなど。X: @oshare_dorobow

おしゃれ泥棒

まさとし。東京在住。読書、映画、音楽、語学、革靴、歴史、ギター、カラオケなど。X: @oshare_dorobow

最近の記事

エレベーターホテル⑥

チン、と鈴の音が遠くで聞こえた。濁った響きがその経年劣化を伝える。エレベーターが到着したのだろうか。 アレクサンドラは濡らしたタオルを僕の額に乗せて優しく微笑む。ホテルのどこかの部屋で僕はベッドに寝かされていた。淡い日差しがまだ昼間であることを告げる。鳥の声。時計の秒針。時計の方へ目をやると時刻は13時。地震の影響が全くないホテルにいるという事実が僕を混乱させた。混乱させたが、僕はそれを受け入れた。少なくともアレクサンドラがいることで安心できた。彼女はどうなったのだろう。ま

    • エレベーターホテル⑤

      扉が開くと瓦礫の山が目に入った。土埃の匂いで甦る懐かしさと眼前に広がるダークグレー。 洞窟のように暗いがどこかから光が当たってコンクリートの塊やテーブルがかつての生活を不気味に浮かび上がらせる。自分の足音しか聞こえない。 僕の鼓動は早くなった。早くなったと感じた。緊張していると認識した。久しぶりに感情を自分で捕まえたような気がする。いつもはただ通り過ぎて行ってしまう。僕はいつも目の前をよく見ていない。その先ばかりを見ていて足元の小石に躓く。そしてある筈のない正解を探すのに忙

      • エレベーターホテル④

        僕たちがテラスを離れて別れた後にホテルは大きな地震で半壊した。 僕は一人でまたパブに顔出したりしていたが喧騒に飽きてきて廊下を散歩している時だった。酔い過ぎたと思ったらガラスの割れる音、壁の軋む音が古い絨毯の匂いを消してゆく。むしろ酔いを冷まさせる。地震が収まる頃には僕は座り込んでいた。大きな揺れのわりに、そして古い建物の割りには僕は無傷のようだ。アレクサンドラといる時に地震が起こっていたら英語で何て言えば良かったのかと無駄なことを僕は考えていた。点滅を続けるようになったラ

        • エレベーターホテル③

          なぜか僕の身体は驚いた時ほど反応を示さないと書いた気がするがあれは嘘だ。 僕はアレクサンドラの腰に手を回し「ちょっと失礼」と気取ったまでは良かった。しかしその後の不格好さはここには書くつもりはない。何を必死になっているのかと周りの客は思ったに違いない。僕は彼女を追いかけた。まだ名前を聞いていない。 パブの奥には何があるのか知らない。知らないし興味もない。君だけに興味がある。いやこれも嘘だ。僕は自分に嘘をつく。自分に対して本当のことは言わない。本当の気持ちは押し込めるように

          エレベーターホテル②

          1階で降りると夜になっていた。 外はインディゴブルーに塗り替えられ、廊下は嘘のように明るい。レトロなランプ風の電灯が光のカーテンとなって窓の向こうに潜む小さな星を隠していた。夜の帳が下りるのをすんでのところで止めているのは、ホテルのどこかで聞こえる喧騒だった。 声の方へ歩いてみるとそこにあったのはブリティッシュパブだ。店内は立ち飲み客で賑わっている。一瞬、客の視線が僕を貫く。全員が僕を認識したように思えた。新しい客は珍しいのか。いくつかの丸テーブルを囲んで立ち話をしているの

          エレベーターホテル②

          エレベーターホテル①

          どこへ連れて行かれるのだろうか。 古い造りなせいでやたらと揺れる。僕はここへ何しに来たのか、だんだん忘れかかってきていた。洋館、と呼ぶには貧相だが戦前の金持ちが建てたようなハイカラなビルの中はどこも薄暗く、それでいて窓から貫く陽射しは容赦なく萎びたカーペットを浮かび上がらせている。 昔の人はこんな暗い中で過ごしたのだろうか。ヨーロッパからの旅行客なんかは日本の家が明る過ぎるなんて言う。昼間でもリビングの電気をつけたりするからだ。僕に言わせれば外が暗くなってきているのに家の

          エレベーターホテル①

          言語の向こうに何がある

          僕は一体何をそう躍起になって新しい言語を次から次へと勉強しているのだろうか。たまに我に返る。 英語、ドイツ語、韓国語、イタリア語、フランス語、その他思いつくままにやっている。 大して話せもしないのにその国の人に話しかけたりするから僕はコミュ障ではないと思う。 でも核心をつくようなパーソナルな部分を言葉にするのが苦手だ。いや、ウソ。怖い。本当は怖い。否定されるのが、そういう素振りを見るのが、怖い。まぁ人は皆そんなもんかもしれない。 うまくコミュニケーション出来ない、仲良

          言語の向こうに何がある

          最近書きたいことがないなと感じていて、前はもっとあった気がするけどな〜と思ったところで気がついた。 それは「歌」を作るという行為があったからだ。 以前僕はギターで弾き語りをしたりバンドで歌ったりMacで曲を作ったりしていた。 歌を作るには歌詞が要る。歌詞を書くために言葉を捻り出していた。それならばまた歌を作ってみようか?歌に乗せてなら言葉が出てくる気がする。 もし曲が出来ても人前で歌うことはないかもしれない。でも自分の喜びのために作ってみるか。自分への報酬は自分で用意

          モチベーション

          モチベーションは下がって当たり前である。 仕事でも趣味の語学学習でもモチベーションはしょっちゅう下がる。でもかつてイチローが言ったように「50%しか出せない日でも、50%は絶対に出す」というのが大事だ。僕ら一般人は50%しか出ない日は30%くらいでやってしまう。 ハードルを下げる 始めるハードルを下げるというのも手だ。ハードボイルドの始祖とも言える小説家レイモンド・チャンドラーはモチベーションが落ちたときでも机には向かっていたそうだ。一定時間座っている間のルールは「書くか

          モチベーション

          休日は突然に

          noteには書いてなかったけど6月に3週間休職をしてみたんですよ。 多分あと3ヶ月くらいは頑張れたけど「きっとこの辺で休むのが良いだろうな」というところで心療内科で診断書をGETしてそのまま「月末まで休みます」と連絡した。 6月のその帰り道には紫陽花が咲いており、いつもより鮮やかだった。 その時の開放感、どこかで感じたなと思ったら去年イギリスに行った時のそれだ。 あの時も思った。 「何も予定ねぇけどこのあと何しようかな?」 たったこれだけ、これだけのことがイギリス

          休日は突然に

          幸せになる権利くらいはある。

          高身長は出世しやすいそうだ。人間の潜在意識に何かあるんだろうな。威厳を感じるのだろうか。頼りになるように見えるのだろうか。まぁ見えるよね確かに。 僕は168cmなので日本人の平均よりも小さい。出世したいわけではないので別に構わない。ただあと5cmあればスーツが似合っただろうなとかもう少しモテたかもなという気持ちはあるいや思わせてくれ。性格が悪いのではなく身長のせいだと思わせてくれ。 このように先天的なもので評価されることって実は多い。 実力重視というルールだけど無意識に

          幸せになる権利くらいはある。

          雑談の手札

          相手の家庭事情や性的嗜好などをあんまり自分から話題にしないなぁと思った。 相手が話したい人なら良いけど自分から質問することは殆どない。 別にこれは人権だとかLGBTQがどうしたこうしたとかいう話ではなくて。単に他人のプライバシーには興味がないんだよね。 それならどんな話をするだろうか? 例えば「最近暑いね〜」という言葉から始まる会話。ここから何を話すかなと考えてみた。 ・30年くらい前の8月の天気を検索すると面白い。最高気温が35℃くらいでしかも1〜2日しかない。最

          物知り博士はなんにも知らない

          物知り博士はインターネットのお陰で要らなくなった。そういう頭の良さは不要だと思われるようになった。 でも実際にはその膨大な知識を適材適所いかに使うか(あるいは使わないか)という能力こそが頭の良さだ。多くの人はその能力には気付かない。 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ プロイセンの鉄血宰相ビスマルクの言葉。 科学を否定し、歴史を曲解して熱狂する政治政党や外国のデモなど、見ていてとても恐ろしい。  彼らはマジョリティにはなり得ない…とは言い切れない。それこそ歴史上にはカ

          物知り博士はなんにも知らない

          他人の感情に責任を持つな

          まさとしへ。 まさとしより。

          他人の感情に責任を持つな

          劇場

          全てが上の空だった。 身の回りのことがフィクションのようだった。10代の僕の話だ。リアリティが感じられず、対する僕のリアクションも映画のように計算されたものだった。僕は自分に悲しむこと、怒ることを許可しなかった。本当の気持ちを認識する前に周りの空気に従い、あるいは「こうありたい自分」を演じた。  末っ子長男としてふんだんに甘やかされた幼少期。何かを要求をする前に欲しいものは用意された。気持ちを言語化する必要などない。欲求はその発生前に満たされるから怒る必要もなかった。往々に

          元の水にあらず

          ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。 方丈記。 全ては変わり続けているんだな〜。 人との関係性、好きなモノ、お気に入りの場所。楽しい時間は過ぎ去り、嫌なことがまた起こる。だがそれもいつか終わる。 世の中は目紛しく変わってゆく。素敵な人や嫌な人が入れ替わり立ち替わりだ。 いつの間にか疎遠になった友を思い出す。 時々ふと寂しくなるが今彼らと会っても話は合わないだろう。 我々はどこかの分岐点で分かれてゆく。そのズレは始めはほんの僅かでも5年10年と時間が経て

          元の水にあらず