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『救世主監督 片野坂知宏』にまつわる3つのトリビア

2019年6月1日、わたしの書いたサッカー本としては4冊目となる『救世主監督 片野坂知宏』が発売になりました。タイトルのとおり、大分トリニータを率いる片野坂知宏監督とそのチームを描いた一冊です。今回は、この本にまつわる3つの裏話を明かしてみたいと思います。

書きはじめた当初のタイトルは『地上最大の作戦』だった

昨年7月に出した前作のタイトル『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』は、かの有名なスタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情-または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb、1964)のパロディーです。そのスピンオフ企画的な要素もあった本作もパロディー路線を踏襲する方向で、当初はジョン・ウェイン主演で第2次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦を描いた『史上最大の作戦』(The Longest Day、1962)に由来して『地上最大の作戦』としようかと考えていました。

理論派の片野坂監督は、コンセプトにそったチーム戦術をベースに、試合ごとに細やかな相手対策を施します。それ自体も実に興味深いのですが、サッカー監督の仕事はそこで終わりではありません。ボード上で組み立てた戦術をトレーニングを通じてピッチ上に落とし込み、さらには実戦で相手チームと駆け引きしながらその策を遂行して勝利を目指すまでがミッションです。
しかし、これが難しい。個々の人格を持つプレーヤーはその技量や性格、その日のコンディションなどによって監督の思いどおりにはなかなか動かないし、ピッチコンディションや相手チームとの関係の中で、想定外の事態が発生することもあります。
だからその作業は非常に難儀なのですが、これこそがサッカー監督の最大の腕の見せどころでしょう。われわれは戦術ボードでコマを動かしながら好き勝手言っていればいいのですが、実際のゲームは盤上ではなくピッチで繰り広げられるものです。そんな理由から、この本の原稿には『地上最大の作戦』という仮題をつけて書き進めたのでした。

スポ根マンガのような本を書きたい!という野心は達成できたのか

現場での作戦遂行にまつわるあれやこれやを描き出すにあたり何よりも重視したのは、読者をワクワクさせる躍動感でした。勝敗を分けたポイントや相手チームとの駆け引きなど試合のツボを押さえつつゲームの流れをたどり、読みながら試合を見ているような気分になれる臨場感と昂揚感を醸し出したかった。また、そうやって文章による“試合観戦”を楽しむうちに、自ずと片野坂監督のサッカーに対する戦術面での理解も深まっている、という欲張りな仕掛けも盛り込もうとトライしました。
そのためにイメージしたのがスポ根マンガです。名作『キャプテン翼』に代表されるスポ根マンガには、奇想天外なものも含めていろんな技が登場します。

さらにはそれを上回って封じる技も。

このキャッチーさをもって片野坂監督や対戦相手の指揮官たちの繰り出す作戦を伝えられないものだろうか、というところで「秘技・猫じゃらし」や「戦術・伊佐」といった“必殺技名”を勝手につけました。マンガと違って視覚的説明ができないので、なるべくベタでシンプルな技名にすることが大事です。
キャッチーさを成立させるもうひとつのポイントは“キャラ立ち”。名だたる名作の数々がわれわれを魅了してやまないのは、登場人物ひとりひとりが実に魅力的に描かれ、思わず感情移入したり好きになったりするからでもあります。サッカーチームは元々はひとりひとりの集団であり、個別にスポットをあててみればそれぞれにドラマティックな日々を生きている。その群像劇が結果的に大きなひとつの物語を織り成していくようにと、主人公の片野坂監督をはじめ選手たちや相手チームの監督の人物像をややデフォルメ気味に描くことで、個々のキャラを際立たせるよう努めました。
ノンフィクションでありながら、フィクション・ストーリーのように物語性豊かでエンタメ要素に富んだ読みものに仕立てたい。果たしてその試みは成功したのでしょうか。書き上げてからあらためて振り返ると、スポ根マンガというよりはTVのバラエティー番組の中の再現ドラマ的になった気もしつつ、あらためて高橋陽一先生の偉大さを思い知るばかりであります。

Jリーグサポーターの共通言語を駆使し“適度な内輪感”を醸し出す

ここ数日のあいだに、Jリーグ界隈ではこんなことがありました。

“セレ女”ことセレッソ大阪女子サポーターによる、ブルーノ・メンデスのチャント動画。ツイッターで他サポを含むJリーグファンたちに拡散されるや否や、これを見た全員の脳内がブルーノ・メンデスチャントに完全支配されるという事態に。まさに意識の汚染、一種のテロであります。
その4日後に開催されたルヴァンカップ・プレーオフステージ第2戦のセレッソ大阪対FC東京の試合中。62分にブルーノ・メンデスに先制弾を叩き込まれたFC東京サポの面々は、ただでさえ脳内ノンストップになっていた相手チームの選手チャントを、まさにライブで聞かされる屈辱を味わいます。
しかし75分、矢島輝一のゴールで同点に追いつくと、FC東京サポはなんと、こんな報復に出ました。

さすがのFC東京サポとしか言いようがありません。アウェイ各地でスタグルを食い尽くして“蝗”と畏れられる彼らは、スタグルのみならずJリーグの全要素を根こそぎ楽しみ倒す欲望に満ちているのです。
そしてこの日、スタジアムではセレッソ側スタンドでもこんな現象が。

マーベラス。
Jリーグをめぐる場ではしばしば、サポーターの方々によるこういったムーブメントが自然発生的に湧き起こります。シャレのわかる、ノリのいい方々が非常に多いのです。ほかに『監督の異常な愛情』でも取り上げさせていただいたアビスパ福岡サポのHIRORINさん発祥「反町さん見てる」ハッシュタグとか、ファジアーノ岡山サポによる「桃太郎チャント」とか、かつて横浜F・マリノスサポと大分トリニータサポの間でかわされていた「ダンマク合戦」とか、例を挙げれば「ああー、あったあった!」と手を叩きたくなるような案件が目白押し。これらはJリーグ元年の1993年以来、誰が仕掛けるわけでもなく「Jのある日常」の中で培われてきた、これぞオリジナルのサッカー文化に他なりません。
SNSの普及にともなって文化は拡散・浸透力を増し、Jリーグサポーターたちは従来以上に“共通言語”を持つようになりました。この言語を駆使することによって同じクラスタとしての親近感が生じ、事象を共有できる喜びも味わうことができます。“内輪感”のもたらす盛り上がりの強度はなかなかのものです。
この“内輪感”は匙加減が難しく、あまりに強すぎると外側の人を弾き出してしまいます。ですが、適度に醸し出すことができれば、輪郭のグラデーション部分の“内輪予備軍”的な人たちを、より内側へと誘う引力も持つ。そんな力も借りるかたちで、本書にはJリーグファンやサポーターだからこそ受信できるジンクスやスラングを、ふんだんに盛り込みました。
それらは彼らにとっての日常語なので、さらりと読めばただの“口語”で書かれた一連になります。敢えて細かな説明なく意図的にやや乱暴に放り投げた価値観を違和感なく享受してもらうと同時に、そういったジンクスやスラングがひとつの文化の域にまで高まっていることをアピールできればいいなと、Jリーグを取材している立場として、少しばかり欲張ってみました。

以上、本書にまつわる3つの裏話をつらつらと書きました。別にこんなことは意識する必要もなく楽しんで読んでいただければいいのですが、書き手側からの工房的な種明かしをすることで、よりディープに堪能していただくのも著者にとっての幸甚と思い、したためた次第です。


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