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胡蝶の夢


" いちばん星をみた。

 そこは夢の中だった。博士は日中、ほぼ全ての時間を安楽椅子に腰掛け、うたた寝することへ使っている。そんな彼はいちばん星を見つけるのが、私の知る限り恐らく人類で1番早かった。まだ天も高い昼間の時間に、ふと空中を指差し「あっ、いちばん星だ」と呟く。

 その声は誰に訴えるでも、共感を求めているでもなく、真の意味での独り言だった。わたしには見えない、そして彼が本当にいちばん星が捉えられているかどうかは検証のしようがない。だが、彼のさりげないその仕草は、どことなく確信に満ちていて、恐らく本当に見えているんだろう。と疑いようの無い何かがあった。

そして博士はまた 夢の世界へ戻っていく。"

 なんてヘンテコな小説を数日に分けてゆったりと読んでいたある日、博士のように天を見上げていた。もし懸命に目を凝らすといちばん星は見えるものなのか、大真面目にも試行する自分がいた。空は、気が抜けるほどの快晴だった。風もなかった。悠然と集中してとにかく目を凝らしてみた。

「あ、見えた。」

 そこで夢から覚めた。博士なら再び夢の世界へ戻っていくタイミングだろうか。いちばん星を捉えた優越感に浸りながら、なんて素敵な夢だったんだろうと気持ちが安らぐのを感じる。思わず彼女に 伝えたくなるほどに。



[ 胡蝶の夢 ] - 短編小説

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