荻原 裕幸『リリカル・アンドロイド』より

書肆侃侃房, 2020.

獏になった夢からさめてあのひとの夢の舌ざはりがのこる春

ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖

妖精などの類ではないかひとりだけ息が見えない寒のバス停

きみと歩けば五月の木々の内側を真直ぐにのぼりつめる性愛

生きてゐるかぎり誰かの死を聞くと枇杷のあかりの下にて思ふ

誰にも見せない表情をする梅雨時の月のひかりの屋上に来て

ことごとく名詞に鉤括弧がついたやうな口調でとまどひを言ふ

オカリナをどこかで誰か吹きさうな日和なのだが聞こえて来ない

夏めいた午後をしづかに座礁してことばの船が入江を抜けず

わたくしの犬の部分がざわめいて春のそこかしこを噛みまくる

秋がもう機能してゐるひだまりに影を踏まれて痛みがはしる

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