コバヤシタカトモ

魔法練習帳 twitter: @monsieur_absolu

コバヤシタカトモ

魔法練習帳 twitter: @monsieur_absolu

最近の記事

断章: 雨のダンス、世界のリズム

 ちいさい頃に住んでいた家は駅からは離れていてどこへ行くにもバスを使っていた。僕のお気に入りの席はうしろから2番目の窓際で、いつもそこに座って窓越しに流れてゆく風景を眺めていた。  その窓も雨の日には曇ってしまい風景は覆い隠されるけれど、代わりにその上にひとつまたひとつとおとずれては競い合うように滑っていく雨粒たちを見ることができた。信号を待っている間やバス停に止まっている間は息を潜めていた雨粒がバスが走り出すとともに鮮やかに線を描く様にはいつまでも飽きることがなかった。

    • 川野 芽生『Lilith』より

      書肆侃侃房, 2020. ひとびとは老いて去りゆく 最愛の季節の花の庭を遺して 取りかへしのつかざるものを産むまへに非在の森の辺へとかへれよ 夜のもつうすき瞼は下ろされてこよひわれらはその外に立つ 瞑 (めつむ) れど降るいなびかり 熱はかる手のやうに来て夢にまじりぬ ぶらんこの支柱に凭れ少年は内を流るるきしり聴きをり 制服のむれへ春あらしのたびに少女のみ輪郭がくづれて わたくしをここで眠らせ心拍は先へさきへと歩む旅びと こころとは巻貝が身に溜めてゆく砂 いか

      • 中山 明『猫、1・2・3・4』, 『愛の挨拶』および『ラスト・トレイン』より

        『猫、1・2・3・4』遊星舎, 1984. 寝ころびて午後のうさぎを待ちてゐるアンニュイをほそき雨は埋めつ 幻の駱駝を飼へば干し草のごとく時間は食はれゆくなり 水風呂に夏の陽のさすひとときをわれは水夫の眸をしておらむ 闇に立つ大樹の蔭にやどりゐて周縁に降る雨を聴きゐつ やはらかき猫のまだらにやはらかききんいろの雨ふりてゐたりき とほく聴く四声のカノンいづこよりまじりきたれる一声ありき 存在の夜の河岸 選ばれし闇に言葉はしづかに立てり 曇天の雲の断 (き) れ間

        • 山崎 郁子『麒麟の休日』より

          沖積舎, 1990. あをぞらの加減を鼻でふれてみてきりんはけふも斑のもやう こんなにも風があかるくあるために調子つぱづれのぼくのくちぶえ たれも見ずたれも咎めぬかの瞳そこには宇宙がございました 海底にしづんだチャペルの鐘の音を人波にきく冬のゆふぐれ 銀細工の貝をいとしむひとあらばその冷えやすき指先を恋ふ あをぞらの染むまで立つてゐたいから夢でもはづさないでゐる手袋 ゆふやけはいつの約束せつなくて閉ぢるまぶたのうらの尖塔 夜の子供はさびしいままの深海魚そらのに

          春日井 建『未青年』より

          短歌新聞社, 2000. 底本は作品社, 1960. 学友のかたれる恋はみな淡し遠く春雷の鳴る空のした 太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋ふ 童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり 海草の花芽ふふみて恋ひやすき胸に沁みゐる舟唄を聴く 肋のなか潮騒は日日昂まれりしろき泡沫の愛育ちきて 白猫の眼にうつされし灯が揺れて父の胸奥(むなど)にねむる軍港 舌根が塩に傷つく沖にまで泳ぐともわれはけだものくさく 掠奪婚を足首あつく恋ふ夜の寝棺に

          春日井 建『未青年』より

          早坂 類『早坂類自選歌集』より

          RANGAI文庫, 2019. 『風の吹く日にベランダにいる』河出書房新社, 1993. あらかじめぬぐわれていてさらさらの快晴のもと光る草や木 ティンパニの音がかすかに鳴っている夢に出てくるみたいなカフェ 回転ドアのあの三角にぎゅうぎゅうと君といっしょに入りたかった どんなにか遥かな場所から僕にくる風の吹く日にベランダにいる ふかぶかと座れぬイスを捨てにゆく夢からさめて生きている朝 清らかにボタンを留めるひとつまたひとつひとつを祈りのように さあ僕はこんなに

          早坂 類『早坂類自選歌集』より

          荻原 裕幸『リリカル・アンドロイド』より

          書肆侃侃房, 2020. 獏になった夢からさめてあのひとの夢の舌ざはりがのこる春 ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖 妖精などの類ではないかひとりだけ息が見えない寒のバス停 きみと歩けば五月の木々の内側を真直ぐにのぼりつめる性愛 生きてゐるかぎり誰かの死を聞くと枇杷のあかりの下にて思ふ 誰にも見せない表情をする梅雨時の月のひかりの屋上に来て ことごとく名詞に鉤括弧がついたやうな口調でとまどひを言ふ オカリナをどこかで誰か吹きさうな日和なのだ

          荻原 裕幸『リリカル・アンドロイド』より

          村木 道彦『村木道彦歌集』より

          天唇 ここに死者いでよとばかりゆうやみは窓をおかしてわれにせまりく 逆説にわれは溺れて図書館の空あおあおと照りわたるかな 月面に脚が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを きみはきみばかりを愛しぼくはぼくばかりのおもいに逢う星の夜 天涯はみどりの孤独ここはどこ レインコートのえりたてるかな 孤独なる天のいとなみ雨がふる やや孤独なるひとのくちびる かんきりで切るきりぐちのぎざぎざは「恋人印」のもものかんづめ はなづまりなおらざるまま ガラス戸に砂うちあたる午

          村木 道彦『村木道彦歌集』より

          梅内 美華子『梅内美華子集』より

          邑書林, 2011. 『横断歩道(ゼブラ・ゾーン)』(雁書館, 1994) 膝頭に春の光をあつめつつ発泡性の年齢をいとう 空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道(ゼブラ・ゾーン)に立ち止まる夏 生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ 空すべるつばめが冷たく見えるとき君は話をふつりと閉じる シャボン玉こわれる音を待ちながら二度目のくちづけ思い返しぬ 新じゃがを茹でたる湯気は立ちのぼり青春にいまだ異変はあらず 若きゆえ庇われている羞しさの鶏冠のように

          梅内 美華子『梅内美華子集』より

          石川 信雄『シネマ』より

          復刻版, ながらみ書房, 2013. 底本は歌集茜書房, 1936. われの眼のうしろに燃ゆるあをい火よ誰知るものもなく明日となる 悪口(あくこう)の投げあふテエプ青に黄に入れまじる空に今は見とれる かなたから手はかざされぬいつかわれ真白い花のきもの着てゐる ひとびとの寄つてたかつて投げつける黄の花のしたにうづもれて伏す スポットで追はれてるやうなはにかみよ今日もあてどない街のさまよひ

          石川 信雄『シネマ』より

          栗木 京子『水惑星・中庭(パティオ)』より

          雁書館, 1998. 底本は『水惑星』雁書館, 1984. および『中庭(パティオ)』雁書館, 1990. 『水惑星』 観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生 誰彼にベル鳴らしつつ自転車で春浅き日の橋渡りゆく スカーフの赤も暮色に鎮まれば二人の舟を岸に漕ぎ寄す 溶け合へぬ気位を君も我も持ち夜更けて街へジャズを聴きに出づ 退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都 坐す君の耳朶あたり夕暮れて背後の窓に雨垂りやまず 風の尾を捉ふるごとく手を伸べて友は

          栗木 京子『水惑星・中庭(パティオ)』より

          飯沼 鮎子『プラスチック・スクール』より

          短歌新聞社, 1994. トラックの荷台に笑める少年兵オレンジひとつわれに抛りぬ 言い訳の代わりにいたく咳き込んでだんだん芝居じみて来るらし そんなにも大事なものがあるのかと問われてわれは潮風のなか 始まらぬ恋というのも楽しくてスコールみたいなジャズ聞かせてよ 恋人にあらざる背中雑踏に紛れゆくまで見て引き返す 干涸らびたフランスパンを噛みながら昨夜の夢をゆっくり語る 傷もたぬプラスチックの青春を楽しみながら蹴飛ばしながら

          飯沼 鮎子『プラスチック・スクール』より

          寺山 修司『寺山修司全歌集』より

          講談社学術文庫, 2011 (底本は1971, 風土社・沖積舎) 田園に死す (1964) 売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき 初期歌篇 (1957以前) ・燃ゆる頬 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり 列車にて遠く見ている向日葵は少年のふる帽子のごとし わが夏をあこがれのみが駆け去れり麦藁帽子被りて眠る 少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに ・記憶する生 やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆ

          寺山 修司『寺山修司全歌集』より

          正岡 豊『四月の魚』より

          書肆侃侃房, 2020. (まろうど社, 1990の原本に「風色合衆国」を加えて復刊) ヘッドホンしたままぼくの話から海鳥がとびたつのをみてる きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある 冥王星みつけた天文学者からすこしさみしさをわけてもらおう きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海外線に降りだす小雨 つきなみな恋に旗ふるぼくがいる真昼の塔がきみであります 生きてなすことの水辺におしよせてざわめきやまぬ海蛍の群れ 海に羽根ふるかに見えてわ

          正岡 豊『四月の魚』より

          穂村 弘『ラインマーカーズ The Best of Homura Hiroshi』より

          小学館, 2003. #01 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ 「とりかえしのつかないことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う 乾燥機のドラムの中に共用のシャツ回る音聞きつつ眠る 水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば 許せない自分に気づく手に受けたリキッドソープのうすみどりみて #02 脱走兵鉄条網にからまってむかえる朝の自慰はばら色 呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫

          穂村 弘『ラインマーカーズ The Best of Homura Hiroshi』より

          西田 政史『ストロベリー・カレンダー』および『スウィート・ホーム』より

          『ストロベリー・カレンダー』 書肆季節社, 1993. なお、作者本人のブログに全文が掲載されている (https://ameblo.jp/musouan24da/theme-10075922243.html). I 風さわぐ木曜なれば浴室の彼女からまた電話がかかる おとぎ話になりさうなとき両足で耳のうしろを掻けば安心 憂鬱はわりに好きだよなまぬるいピクルスに似たところもないし II われの知らぬ空いくつ経てしづまれる戸棚の中の模型飛行機 水彩の尽きたる空の色買ひに

          西田 政史『ストロベリー・カレンダー』および『スウィート・ホーム』より