穂村 弘『ラインマーカーズ The Best of Homura Hiroshi』より

小学館, 2003.

#01
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

「とりかえしのつかないことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う

乾燥機のドラムの中に共用のシャツ回る音聞きつつ眠る

水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば

許せない自分に気づく手に受けたリキッドソープのうすみどりみて

#02
脱走兵鉄条網にからまってむかえる朝の自慰はばら色

呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

真夜中の大観覧車にめざめればいましも月にせまる頂点

#03
終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて

なきながら跳んだ海豚はまっ青な空に頭突きをくらわすつもり

#ドライ  ドライ アイス
シャボンまみれの猫が逃げだす午下がり永遠なんてどこにも無いさ

ガードレール跨いだままのくちづけは星が瞬くすきを狙って

風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり

天使にはできないことをした後で音を重ねて引くプルリング

「人類の恋愛史上かつてないほどダーティーな反則じゃない?」

叫びながら目醒める夜の心臓は鳩時計から飛びだした鳩

#蛸足配線
透き通る受話器のなかのカラフルな配線を視る勃起しながら

描きかけのゼブラゾーンに立ち止まり笑顔のような表情をする

惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」

ジューサーとミキサーの墓場想いつつおまえの脚を折り曲げる夜

約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき

隕石のひかりまみれの手で抱けば君はささやくこれはなんなの

夏空の飛び込み台に立つひとの膝には永遠のカサブタありき

こんなめにきみを会わせる人間は、ぼくのほかにはありはしないよ

#手紙魔まみ
恋人のあくび涙のうつくしいうつくしい夜は朝は巡りぬ

知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて!

それはそれは愛し合ってた脳たちとラベルに書いて飾って欲しい

サイダーがリモコン濡らす一瞬の遠い未来のさよならのこと

なんという無責任なまみなんだろう この世のすべてが愛しいなんて

憧れで胸が張り裂けそうなのにきちんととまるブラウスの釦

嘗めかけの飴がティッシュの箱にある世界へもどる道をおしえて

#ラヴ・ハイウェイ
情報処理試験会場にぼくたちはキューピーみたいな髪型でゆく

きみ去りし朝のシーツにきらきらと蛍光ペンの「NASAへゆきます」

ハイウェイを歩む少女は出来たてのフルーツパフェをあたまに乗せて

きらきらと海のひかりを夢見つつ高速道路に散らばった脳

#あとがき
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、きらきらとラインマーカーまみれの聖書

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