人的資本経営を失敗しないための「たった一つのこと」
人を説得し行動に繋げてもらうとき、数字データは強力な武器となります。企業であれば、様々な財務指標を管理し、その増減を分析して対策を打っていきます。例えば、営業利益が落ちていれば、それが売上減少に理由があるのか、経費の増加に原因があるのか、他の指標の増減を見ていきます。さらに細かい指標を見ていくことで課題が明確となり、共通認識の下、直ぐに組織として動けるわけです。
これらの情報は適時適切に開示することも求められ、投資家の重要な判断材料となります。昨今では、非財務情報、特に、人的資本情報の開示が強く求められるようになり、今年7月には、参考とすべき人的資本の項目が政府から発表されます。今後、投資家は、その中で開示される、離職率や女性管理職比率、さらには男性社員の育児休業取得率等の数値情報を見ながら投資判断の要素としていくでしょう。
この人的資本に関する情報を基に社内で対策を検討する際には、前述の財務情報とは少し違うアプローチが必要になります。指標の分析によって比較的すぐに対策に辿り着ける財務データと違って、人的資本情報は時間をかけて丁寧に扱う必要があります。人や組織のデータは、その数値の裏にある文脈が複雑に絡み合っている場合があり、データだけで即断すると対策に誤りが生じます。例えば、社員満足度調査の結果で、人事評価制度への不満が高い場合に、評価制度を刷新しても不満は解消されないことが多く、実際に社員と対話してみると、実は、上司の評価面談の進め方に不満があったり、そもそも自分のキャリアプランが描けていないことが背景にあったり、データでは見えてこない部分も露呈します。
人的資本情報を開示していくことはとても大切だと思います。ただ、それが目的化してしまい、その数値を基にした対策検討が疎かになったり、適切なアプローチができないとなると、本末転倒です。人的資本経営を進めていく上で大切なのは、数値をヒントとして対話を始め、そこからは一旦数値からは離れ、その裏に流れる社員や会社の思いを丁寧に紐解いていくことです。それによって、本質的な原因に辿り着くことができ、効果的な対策案も生まれてくるでしょう。
また、折角、人的資本情報の開示の舞台ができるのですから、経年での数値、つまり単に“点と点”の開示だけでなく、数値を改善させたストーリーも含めた“線”を開示もしていくことで、ステークホルダーへのインパクトはより大きいものとなるはずです。