【読書録】最高のコーチは教えない(吉井理人)
筆者は、元プロ野球選手で現在千葉ロッテマリーンズのピッチングコーチを務める吉井理人。現役時代は、近鉄バッファローズのストッパーとして活躍した後、低迷期を経てヤクルトスワローズに移籍。そこで、野村監督と出逢い、3年連続で2桁勝利を挙げエース級の活躍を果たした。90年代のヤクルト黄金期を支えた一人だ。次いで米大リーグに渡り、ニューヨックメッツ、コロラドロッキーズ、モントリオールエクスポズに移籍し、先発、セットアッパーとして活躍。野球人として新たな経験値を獲得した。
現役引退後は、投手コーチとして日本ハムファイターズでダルビッシュや大谷という超大物をアシストし、米大リーグへと羽ばたかせている。千葉ロッテに転じてからは、今年から「球界の至宝」佐々木朗希を預かっており、その手腕も注目されるところだ。
筆者のことは、若いときから見ていたが、能力は高い一方で、切れやすい投手のイメージがあり、失礼ながらコーチ業に適性があるとは思わなかったが、MLBでの経験などが彼のキャリアを形成した点はあるのだろう。
本書は、コーチングに関して述べており、筆者がコーチとしてどう選手と向き合うべきかを模索してきた日々を結晶化したものである。野球界のコーチとは名ばかりで、体型的かつ理論的なメソッドなどなく、選手時代の実績にモノを言わせ、選手達に「押し売り」した結果、その指導方法が合わず、挫折した選手は多い。そんな現状に疑問を思いながらも、何から始めればいいのか分からなかった筆者は、筑波大大学院に通い、スポーツコーチングを一から学んだという。そこには野球だけに留まらず、私たち一般のビジネスパーソンにも普遍的にささるポイントが盛り込まれている。
少しだけ、本書の内容を紹介しておこう。プロ野球におけるコーチは監督と選手の間に位置する、いわば企業における中間管理職と類似したポジションを定義づけている。監督の指示を選手達に翻訳するという立場だ。一般の大企業では、トップが発する言葉はどうしてもビジョンやスローガンといった概念的なものに留まり、ミドルがどうかみ砕き、落とし込んでいくのが肝要かといった点に似ている。
また、本書のタイトル通り、いいコーチは教えてはならないという。勿論、段階に応じた指導方法や向き合い方があるが、自身の言葉で振り返りを徹底させること、つまり言語化が重要と説いている。コーチが答えを言ってしまっては、自身で考えることを諦める習慣がついてしまい、言語化レベルも上がらないため、何が課題かを自分で発見することができないのだ。質問を投げかけることで、とことん語らせることで、言語化レベルは上がってくる。
また、その課題設定は「仮想敵国」や「外部環境」ではなく、自分がコントロールできることにフォーカスしたうえで、「小さな」課題を設定すると説く。課題をクリアできたことで達成感が得られ、モチベーションを生み出し、次の課題設定・アクションへと駆り立てることができるという正のスパイラルが生まれる。
また、筆者は好奇心の重要性についても触れている。例えば、ダルビッシュはどうやったらXXの変化球を投げられるのだろう?と好奇心が常に旺盛であり、どんどん自分で課題を発見し、クリアしていくんだという向上心が高く、全ての行動が好奇心が起点になっているのではないかと筆者は分析している。確かに、好奇心が旺盛な人は、結果として、目標の立て方が上手く、行動的な多い人が多いなと実生活で私も感じるところである。
あと私が特に印象に残ったのが自己効力感を持つように仕向けるのもコーチの重要なミッションだというところ。傍線部は目から鱗だ。本書を通してコーチとしての視点と、プレイヤーとして自分自身を振り返ることができる。自分自身を振り返ったときに、「これは痛いところを突かれたな・・・」と感じる方も少なくないのではないだろうか笑。
~引用~
本来殆どの選手が自分に対する期待を持っているはずだ。しかし、謙遜という名の逃げを打ち、失敗したときの言い訳を用意している選手も多い。そうなると、モチベーションは上がっていかない。失敗を恐れているのではなく、失敗した自分を見られるのが嫌だという発想である。プロの選手は、自尊心が高い。プライドもある。二軍からなかなか這い上がれない選手は、わざと練習せずに「俺、努力してないからできないんや」という選手もいる。臆病な選手には、根気強く説いていかねばならない。・・・(中略)ダルビッシュ選手は、自分に対する期待度が大きかった。好奇心が強い人は期待度が大きいように思う。期待が大きければ、結果が出たときの自身も大きくなる。・・・(中略)何かのきっかけをつかみかけている選手に対しては、自分を期待させるように仕向けていった方がいいと思う。
以上は、私が印象に残った点のごく一部でしかなく、興味ある方は手に取って参照されたい。
良書には、“Something New”な視点、知見を獲得できるというタイプのものと、目新しさはないかもしれないが「あー、なるほどな」と頭が整理されるイメージを持つに至るタイプのものとに分けられる。本書は後者にカテゴライズされる。コーチングを学んでいる人や部下を育成する立場にある人には、プラクティカルな事例が豊富な本書を手にとり、自身の行動を振り返ってみると良いのではないだろうか。