Furi fUri
「ママ、やめて。」
わたしの声を無視して、ママがインスタライブをはじめる。
あざやかなグリーンのポタージュ。
湯気の立つスパニッシュオムレツ。
お洒落な作家の器に注がれたコーヒー。
ついさっきお店の人から聞いたばかりの内容を、
ママはスマホに向かって喋りはじめる。
わたしはまたか、とうんざりして、あつあつのオムレツを黙って口に運ぶ。
新しくできたカフェ、屋上がすっごい良かったんだって!
と、ママが興奮して帰ってきたのが3日前。
るりちゃんが教えてくれたらしい。
るりちゃんは、ママが尊敬してやまない美魔女だ。
いつもフリフリの芸能人みたいな服を着こなしている。
どこから見ても普通なうちのママは、るりちゃんに出会ってから、
ファッションもメイクもすべて彼女を真似するようになった。
本当は男の子みたいな服が好きなのに、
ママは最近、わたしにまでフリフリの服ばかり買ってくる。
スマホを前に、ママはきゃぴきゃぴと喋り続ける。
ときどき思い出したようにコーヒーを飲んだり、オムレツをつつくけれど、
せっかくのランチもきっともう冷めている。
見てられない。
わたしは食べ終わった食器を返そうと階段を降りた。
途中、 踊り場のかべの前で足が止まる。
白いふしぎな模様。
...壁画?
上野の博物館で見た、ラスコーの洞窟画をふと思い出した。
あの時ママは、まわりに人がいることを忘れたみたいだった。
「早希みて、あの牛。内臓がでてる。」
ママが喋ったのは、たったそれだけ。
帰り際に絵はがきを一枚、選んで帰ったんだ。
ほんとは全然フリフリじゃないくせに。
ママは自分で気づいてない。
かべの模様を見つめていたら、泣きそうになって上を向いた。
屋上に戻ると、ママは冷たくなったコーヒーを飲んでいた。
隅の鉢植をぼーっと眺めている。
「ママ」
わたしに気づくと、ママは不思議そうな顔をした。
「早希、それ返さなかったの?」
わたしは食器を手に持ったまま、言った。
「ママ、ここの階段ね。壁画がある。」
わからない、という顔でママがわたしを見つめ返す。
「壁画?」
「上野で見たでしょ。牛の。」
少し間があって、あっ、とママが思い出す。
「あの内臓のやつ?」
ママの目が不意にきらきらする。
「うん。 牛じゃないけど、一緒にみよ。」
ママは残りのコーヒーをぐっと飲み干した。
そのまま食器を重ね、いそいそとこっちに向かってくる。
「ねえ、転ぶから。走んないで。」
変な人。 でも、わたしはそっちのママが好き。
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