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あじさい診療所 ②【ショートショート 1669文字】

コイツ、誰かに恋でもしとったか?

所長の心の声を、俺は聴き逃さなかった。
そのとおりだよ、真剣に恋をして、真剣に失恋した。
二年越しの恋は、散ったんだ。

よく、心は外見に現れるって言うだろ?
それ、ヒトだけじゃないらしいよ。
だって、俺、あじさいなのに顔に出たもん、熱い思いが。
植物にだって、ココロはしっかりあるのさ。

三日三晩、しっかり凹んだ。
意識朦朧だった。

四日目のこと、何だか騒がしいんだよ、俺の周り。
やけに女の子が集まる。
スマホのシャッター切る。

うるせぇなぁ、ってマジ思った。
俺、まだ元気ないんだから、そっとしておいてよ、ってさ。

でも耳がさ、聞き取っちまう。
どうやら、俺、この辺の人気者になったらしい。

所長のオヤジは、案外ニマニマしてる。
隣のオバちゃんに、
「『高円寺の診療所のあじさいがハートって聞いてきたんですけど、ここですかぁ?』
ってカワイコチャンに聞かれたんだよ。
どうやらうち、人気になってるらしい!」
って自慢してた。
ミーハーオヤジめ。

女の子が、カシャカシャする理由がわかったよ。

これがキッカケで、少しは診療所の患者さんが増えたらいいなって俺だって思うけどさ、悩ましいよね。
心の診療所は閑古鳥の方が、ホントはいいからさ。


俺、こうやって初めて恋をして、初めて失恋しただろ?
だから、ようやくあの猫の気持ちがわかったんだ。

あいつ、辛かったんだなって。
だから、俺のところにいたかったんだなって。

     ・・・・・

あれは何年前だったかな。
ある朝、俺の足元に1匹の猫がうずくまっていてね。
コイツ誰?邪魔だからどいて欲しいなって思った。

そしたら、猫が俺のこと見上げて、話しだしたんだ。

     ・・・・・

キミもヒトの言葉わかるんだね。
僕もなんだよ。

僕ね、4丁目のムラカミさんとこの庭の井戸に住んでるの。
いやね、最初はあちこち場所替えしてたんだけどね、ある冬の凍えるような寒い朝、あの井戸を見つけたんだ。

その井戸、中に階段があるから底に落ちないの。しかも中が暖かいから、すごく居心地よくてね。
だから、しばらくねぐらにさせてもらおうとしたんだ。

でもさ、毎日ほんの少しだけ、変なこと起こるのよ。
例えば、ヒトの言葉がだんだんわかるようになるとか。
美味そうな鼠が井戸の奥にいるとか。
たまに魚が降ってくるとか。

僕にとっては、ある意味天国みたいな場所なんだけれど、どうも居心地はよくない。
妙な気分になるんだ。

だから、ここには長くいちゃいけないって気づいてね。
だんだんと、野良は止めよう。
ちゃんとしたヒトに飼ってもらおうと、思い始めた。

どうせなら、素敵な女性がいい。
そりゃそうだよね?男なら大抵は。

だから、僕はムラカミさんちに訪ねてくる女のヒトをしっかりチェックするようになったんだ。

魅力的な女性が多かったよ。
でも、レイコさんにも、クミコさんにもあっさり振られた。
皆んな最初は優しいけれど、僕が好意を示すと、ちょっと悲しげな顔をして、さらっといなくなっちゃうんだ。

だけどね、今回は絶対にいける!と思ったんだ。
僕に「一緒に暮らそうか」って言ってくれたし。
「来週迎えにくるね」って、眉間をクシュクシュって撫でてくれた。

僕、今度こそ大丈夫!
きっとサエキさんは来てくれる、って待っていたの。

でもね、もう3ヶ月も待ってるけれど、来ないんだ。

僕、また失恋しちゃった。

ねえ、しばらくここで休ませてもらってもいい?
キミの足元は、とっても居心地がいいんだよ。  

      ・・・・・

俺はその頃、まだ本気で恋したことなかったからさ、猫の寂しさとか理解できなかったんだ。

だから、
「今夜はいいけど、明日はだめだよ。
 俺、頼られるの嫌いだし、足元が暑いのも苦手なんだ」
って言っちゃったんだよね。

猫は
「そっか、そうだよね。
 今夜だけでいいよ、だから少しだけ側にいさせて」
って。

翌日は帰って来なかった。


ゴメンよ、あのとき力になれなくて。

今は、誰かいいヒト見つかったかい?
そうだといいなって、心から思ってるよ。

もしも、見つかってなかったら戻っておいで。
今度は気が済むまで、俺の足元にいていいよ。

    ・・・・・ end ・・・・・

かなり私の好みのショートショートになってしまった。

ぼんラジさん、穂音さん、わかったかな?(笑)

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    ・・・・・

タイトル画像 : ハート形のあじさい。

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