清世さん『new day』に、我あり。
清世ちゃんの絵が出来上がりました。
文中
彼女の熱量に対して自分の持ちうる熱量でお返事を投げたくなったし、それを良しとしてくれる度量をお持ちと信じたくなった。
という想いがあり、進めていたデジタル彩色を捨てて鉛筆オンリーに。
そして、こちらの添え書きと鉛筆画。
そのときどきの一句への熱量と生き方。
あなたを支えたひとふでと在りかたに、敬意を込めて。
清世ちゃん、よくぞ勇気をもって描いてくださいました。
これ、私ですよ、本当に。
私、元来は明るい、そして気丈。
でも、とんでもなくキツイ道のりでした。
45歳を過ぎてから、とうとう崩れ始めた。
50歳を過ぎ、もたなくなった。
この絵の特に下の部分。
驚きました。
この絵を見て、私も初めてしっかりと認識しました。
私は片方が真っ暗、片方は薄闇、その中に走る一本の細い細い平均台のような道を、生まれてこの方ずっと歩き、ときに走り、ときに跪き、進んできたのです。
途中からは、私の後を、娘と息子が追って。
(真っ黒の闇に私を引きずり降ろそうとしていたのは、実母です)
(薄闇から引きずり降ろそうとしていたのは、元の夫かもしれません)
そして、挫けそうな私を支えていたのは「筆」です。
確かにそうです。
若い頃は「書」であったし、45歳を過ぎてからは「執筆」でした。
「書く」ことと「創作」で、闇からの恐怖とたまった膿を吐き出しました。
ちょっとだけ笑ってしまったのは、メラメラ立ち上がっている情念のような色のない炎!
きっと出ていたんだろうな~(笑)
いや、今でも出ているかもしれない(笑)
(皆な怖がらないでね)
この絵のタイトルは『new day』
うん、今は道のどちらも明るいよ。そして、筆と一緒に進むのは、明るい未来だ。
・・・・・
文中に引用してくださった、私の言葉。
今、私は、人は懸命に「その時」を生きていたら、その人に合った「あたらしい時」がその人を待っているのではないかと思っている。
(夫の退院日の朝に思うこと。より)
これは、私のこれまでの人生の全てをもってして、全ての方々に伝えたい言葉です。
よくぞこれを見つけ出してくださった、清世ちゃん。
心からありがとう。本当に嬉しいよ。
そして、もうひとつ。
どの記事を読んでも彼女の熱量を感じるので、感性と熱量への信頼が自然と形成されていたのかなと思います。
私は、note は「感性の繋がり」だと思っているから、清世ちゃんと深い繋がりを持てているってわかって、本当に光栄だし嬉しいしありがたい。
やっぱり note ってすごい。
素晴らしい。
清世ちゃん、本当にありがとう。
来年の1月末の関東での展覧会は、できる限り行きたいと思っています。
頑張ってね!
(今、開催は東京ってわかりました。絶対に行くよ!)