こだわりと失敗。
とにかく、よく泣く子で甘えん坊だった。
もちろん幼少期は自分の障害について、病院に通院はしていたが意味がよく分かっていない。階段を上がるのは苦手だったけど、身体は成長していくので幼稚園で元気に遊んでいたと思う。
当時、私にはこだわりがあった。
それは干支だ。私は通常であれば丑年生まれなのだが、それがなぜか嫌だった。そう、私がなりたかったのは午年だ‼︎
一体なんのこだわりだったんだろうか?そのことで姉と喧嘩して、バカにされ、泣かされた記憶がある(笑)
ある日、幼稚園帰りに母の職場に寄ったときのことだ。
お母さんの背中を見つけ『わぁーい、お母さんを見つけた!』と思って私は走り出し、背中をぎゅっと抱きしめた。
そして、振り返るお母さん…えっ⁉︎お母さんじゃない‼︎誰この人?…もうパニックで後退りする私であった。見た目だけで判断してはダメなことを初めて知りました。
末っ子の影響もあるかもしれないが、お母さんにくっついて、甘えてばかりだったかな。
次回に続く…