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#7 ドキュメンタリーの責任について考える


ドキュメンタリーの倫理と手続き

伊藤詩織監督の『Black Box Diaries』が話題になっている。日本人監督初のアカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネートという快挙の裏で、作品に使用された映像の許諾をめぐり異論が噴出した。ドキュメンタリー界隈のざわつきが、辺境で暮らす僕の元にも届いてくる。

問題の詳細についてここで掘り下げることはしない。ホテルの監視カメラ映像に関する「契約」と「公益性」、情報源の秘匿を守らなければいけない「ジャーナリズム」、そして作品によって「ズタズタにされた」と訴えた伊藤さんの元代理人である西廣弁護士の「心情」。論点が多岐にわたり、ここで十分に触れることは難しい。興味がある人は西廣弁護士たちの会見を見てほしい。

ドキュメンタリーを撮ることの責任について

ドキュメンタリーの制作において、このような問題が起こるのは『BBD』に限らない。出演している人の許諾を得るというのは、作品を完成させる上で避けては通れない重要な過程だ。僕自身、神経をすり減らし、頭を悩ませた経験は少なくない。

一例として、2024年に発表した短編ドキュメンタリーで起きたことを書こう。どの作品のどんな出演者だったのか特定できないように書いているので、わかりづらいことをご了承ください。

撮影の舞台は、とあるミーティング。メインの被写体が、他社を訪れての会合に同行させてもらおうということだった。突発的に決まった話だったので、撮影前に訪問先の会社に僕から直接連絡することができず、企画の趣旨を間接的に伝えてもらっていた。撮影当日に改めて説明し、「撮影はOKだが、発表前に編集を確認したい」という約束のもと、僕がカメラを回す中で会合が始まった。

その数ヶ月後、編集したものを確認してもらえるようにメールを送ったが、返信がない。発表予定の日時も迫ってくる中、再度連絡をする。胃が痛くなりはじめた頃にようやく届いた返信は、その会合の全シーンをカットしてほしい、という要望だった。「ここがダメ」というのではなく、全てカット、使ってくれるな、と。

編集の意図を伝えたり、使っているシーンを変えたり、粘り強くコミュニケーションを続けたが、最後には返信が返ってこなくなった。電話もつながらない。結果、その会合シーンはすべてカットし、別のシーンを追加撮影して差し替えた。最終的な作品のクオリティは落ち、発表は半年以上遅れた。この出来事は、心に残り続けるだろう。

このように、出演者からの許諾はドキュメンタリー制作の根幹に関わる。アメリカではリリースサインといって、撮影された素材を使って制作者が自由に創作することを許諾する書類に署名を入れることが基本だが、日本では書類にサインという文化は馴染みがない。制作者それぞれが、ケースバイケースで合意を形に残していることを想像する。骨の折れる作業ではあるが、現実に生きるひとの人生を作品として利用し対価を得ることの責任を考えれば、当然だ

この機会に、『おしごとなにしゆうがー?』における映像許諾についても改めて考えさせられた。

「障がい」を抱える人たちからどのように承諾を得るか?

画楽のメンバーが抱える「障がい」はそれぞれ異なる。ある人は自閉症と診断され、ある人はダウン症、両方の特性を持つ人もいる。共通しているのは、認知やコミュニケーションに困難を抱えていることだ。

今回は、ミズキちゃん(中)がレポーターとして初登場。ヨガ楽しんでくれたかな?

つまり、彼ら本人から「承諾を得る」「確認を取る」といっても、リアクションが本心を表しているとは限らず、こちらの問いかけがきちんと伝わっているかを丁寧に見極める必要がある。(これは「障がい」の有無に限らないが。)

たとえば、「これは大丈夫?」と聞いて「大丈夫!」と返ってきたとしても、それが単なるオウム返しであり、本人の意志を正確に反映していないこともある。

そこで、撮影前から撮影当日、そして映像を編集した後も、本人たちと細かくコミュニケーションを取ることはもちろん、「嫌だ」という兆しが少しでも見られた場合には、彼らの心情をケアすることを大前提としている。

コミュニケーションが難しいから避ける、では腫れ物に触れるようなもので、それは排除につながる。だから、細心の注意を払いながらも試行錯誤をやめたくない

『おしごとなにしゆうがー?』をつくる上で実践していること

以上のようなことを踏まえて、『おしごとなにしゆうがー?』を制作する上で実践していることを以下に挙げたい。これが絶対的な正解だとは思っていないし、今後も継続的な改善が必要だと認識している。ひとを撮る以上、ノーリスクはあり得ない。それでも、出演するメンバーにとってネガティブな影響を与えないためにはどうすべきか。常に考え、アップデートを続けていくつもりだ。(当然のことだが、撮影協力いただくお店の方には、テロップでの表現や名前表記なども含め、編集したものを公開前に確認してもらっています。)

◉撮影前
・撮影について親御さんに書面で通知し、了承を得る。
・本人に、撮影に行きたいかどうか確認する。

◉撮影
・撮影を止めるタイミングを制作側が決めない。本人たちが「止める」まで待つ。
・質問や行動を強制しない。
・質問用のカンペは用意するが、言いたくない場合は従わなくてよい。
・本人がしたい質問や行動を尊重する。

◉編集
・本人の意図をこちらが補足するようなテロップを入れない。
・本人の言動を装飾するような効果音を入れない。

◉確認
・完成した映像を本人たちと一緒に視聴する。
・視聴直後の反応だけでなく、時間を置いて継続的に彼らの気持ちに注意を払う。
・本人や親御さんから後からでも変更希望があった場合、対応する。

そもそもこの企画は、「障がい」を持つ人をコンテンツとして消費せずに、彼らといっしょに作り上げていくにはなにができるか?を考えて始めたものだ。今後も、メンバーが主体的に関われる環境を整えながら、よりよい表現のあり方を模索していきたい。

◉ #7 お店情報 ◉
Salon rre
高知県高知市小石木町27-39 blue in green 2F
https://salonrre.com


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