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解離性障害当事者から見るserial experiments lain(ゲーム版)


私はserial experiments lainが大好きだ。

世界のゲームの中で一番好きだ。いまは。

まず大前提として、私は今、岩倉玲音のように完全なる人格乖離まで至っているかはわからない。
ついでに多分サヴァンでもない。

でも、彼女のように解離性で、幻聴と幻覚があり、離人症があり、記憶が消え、親に愛されず、孤立し、友達が少ない。

幼少期からのカウンセリングと、カウンセラーとの不和も同じ。

"投影"って、やさしいものだったんだな、と、
このゲームに出会えて思った。

私は、自分の記憶が消えていくことも幻覚が見えることも幻聴が聞こえることも
理屈っぽい話し方も離人症も、人と話すと浮くこともなにもかも大っ嫌いだ。

それは自分の人生を破壊されていっているからでもあるし、差別を受けてきたからでもある。

だけど、このゲームを見ていると、私と彼女にそれらの症状があるおかげで、ほんの少しだけ岩倉玲音に自分を投影する。

ただしくは、岩倉玲音の中にほんの小さな自分のカケラを見つける。

彼女は可愛い。声が特に好きだ。
アニメ声っぽくはないけれど透き通っていて
それがより一層彼女の狂気を際立たせる。
幼なげで無垢な、純粋な悪は可愛い。

私はそんなんじゃないけど、でもどこか、どこかで、ホッとする。

岩倉玲音という魅力的なキャラクターの中と、お揃いの病で悩んでいる。

それはたとえば、大嫌いなそばかすがあったとして、でもとあるアニメキャラクターなり女優なりとお揃いだったときに、好きになってしまう感覚と、きっと似ている。(私は結局、病気のことは好きになれてはいないけど。)

この大嫌いなコンプレックスは、大好きなあの子とお揃いのコンプレックス。

岩倉玲音もこの病気が嫌だと言ってくれたから、私もそうだよねと本当は居ない彼女の隣で泣く。

お父さんもお母さんも愛してくれないよねって、彼女の隣で泣くことができる。

彼女が「私って変?」と言っているとき、同時に「私たちって変?」と反響する。

彼女を見ている間だけは、この喋り方も、この文の打ち方も、人と馴染めないと何百回と泣いている事実も、人に理解不能だと怒られて泣いた日も、きっと岩倉玲音ならおんなじだねって言ってくれる気がする。

治療者も必要だけど、一緒に泣いてくれる存在も必要。
それが私にとっては岩倉玲音だった。

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