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(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式②

志郎が帰京の為に乗っている新幹線は発車して20分程すると減速し始め、車内アナウンスが間もなく次の停車駅に到着すると告げた。

そのうち列車は滑り込むように駅のホームに入り始め、何気に外を眺めていると帰京・帰阪すると思われる人をはじめ多くの乗客が寒い中並んで待っているのが見えたのでこれだけ並んでいるのであれば横の空いている席は多分この駅から乗ってくるお客で埋まるのだろうと志郎は察した。

ほどなく新幹線は停車し、ドアが開くと並んでいた乗客たちが乗り込んでくる。

「横、いいスか?。」

そう上から声がするので見上げると志郎とほぼ同年代とおぼしきスタジャンに野球帽の若い男性が荷物を持って立っている。

どうやらこの若い男性が隣の窓側席の「主」らしく、キャリーケースのほかに何やら大きめの荷物を2つも抱えている。

「あ、どうぞ・・・・・。」
「すんませんね、ヨイショっと。」

そう言うとその若い男性はキャリーケースを抱えて重そうに持ち上げると頭の上にある荷物棚へと置いた。

「荷物棚空いてますけど置いちゃって大丈夫スか?。」
「ええいいですよ、僕はもう荷物ないんで。」
「そうスか。じゃあもう一つ置いちゃいますね。」

そう言うと男性は発車したばかりという事や緩いカーブが続いているのか車内はまだ少し揺れているせいもあるのだが、少しヨタヨタしながら持っていた大きめの荷物を棚に置こうとしている。

ただ結構重いのか案外持ち上げるのに難儀していて、それを見た志郎は彼が荷物を持ち上げている時にバランスを崩して自分の上に落ちてこられても困るのもあり、そっと立ち上がって棚の上に載せるのを手伝ってあげた。

「あ、すんません・・・・・。これ重いっしょ。悪いスね。」
「いえ・・・・・。」

志郎も帰省した時にはキャリーケースを持っていたが、恵美が「どうせなら身軽で帰んなさいよ」と持ってきたキャリーケースを宅配便で東京の下宿先へお金を出して送ってくれたので、帰りは小さめのリュック1つで新幹線に乗っていたから荷物を置くスペースは充分あったし、日頃からどことなく「ボランティア精神」が旺盛なところがある志郎は彼の荷物を棚に載せるのを自然に手伝ったのだった。

ほどなく車掌が検札に来て、荷物を置いて窓側の座席に落ち着いた彼の切符を改めると「東京までですね。」と言いながら印を入れて返しているのが耳に入り、どうやらこの彼も東京まで行くようだと云う事が分かった。

その後は志郎は車中で特に隣の彼と会話する事もなく、スマホにダウンロードしていたお気にいりの音楽を聴いたりSNSをチェックしたあとは車窓から見える富士山に気づく事もなく居眠りをしてしまい、いつも流れる「列車は定刻で小田原駅を通過しております・・・・・。」と云う車内アナウンスで目を覚ました。

隣にふと目をやると例の彼は熱心にスマホの画面を覗き込むように見ていて車窓に興味はないようだし、イヤホンをしているので恐らく先程のアナウンスも耳に入っていないと思われた。

そして遅れる事なく新横浜、品川と停車した新幹線は東京タワーを左側に見ながらゆっくりと減速し、定刻に終点の東京駅に停車すると志郎は隣の彼に「荷物降ろしちゃっていいですか?。」と声を掛けた。

置くときも重くて結構大変そうだったので当然降ろすのも大変だろうし、それに載せるのを手伝って降ろすのは手伝わないのも何か変だと思い、そう声を掛けた。

「あ、いいスか。なんかスミマセンね。サーセン。」
「いえいえ。」

そして志郎は彼の荷物を棚から降ろすのを手伝い、一緒に車内から出て改札を抜け、在来線のホームへと向かった。

「手伝ってもらっちゃってスミマセンでした。では。」
「じゃあお気をつけて。」

そう言って彼と別れて山手線外回りホームへと向かった志郎だったが、ホームにちょうど上がったところで電車が出てしまい、仕方なく次の電車が来るのを待っているとさっきの彼が重そうな荷物と共にエスカレーターで上がってくるのが見えた。

彼も山手線なんだなと思っていると次の電車がやって来たので乗り込み、下宿先に戻るのには地下鉄に乗り換える必要があるので上野で志郎は山手線を降り、帰省客や新年のあいさつ回りなど用務客で混雑するコンコースを抜けて地下鉄の乗り場へと向かった。

「やっぱり東京は田舎とは違って人も多いし、活気もあるよな。」

1週間ぶりに東京に帰ってきた志郎はすっかり気分は「都会の大学生」に戻り、そうつぶやきながら地下鉄乗り場に行くと何やら信号トラブルとかで電車は少し遅れているようだった。

とは言え運休とかではなく、トラブルの影響で少しだけ電車が遅れているだけみたいだったので特に慌てる事もなく、下宿先の最寄り駅の改札口に近い号車の停車位置で遅れている電車を待っていた。

するとしばらくしてなんと先程まで新幹線から山手線まで一緒だった例の彼があの重そうな荷物を持ってヨタヨタしながら地下鉄のホームに現れた。

しかも彼は志郎が立っている辺りにやってきて、志郎に気づいたのか「また会いましたね」みたいな顔をしてぺこりと軽く会釈をする。

「地下鉄まで一緒とはな・・・・・。」

そう思っているうちに遅れてやってきた地下鉄のステンレス製の車両に乗り込むと分かってはいたが例の彼も志郎と同じ電車・同じ車両に乗ってドアのすぐ近くにあの重そうな荷物を持って立っている。

「でも、あの彼ってどこまで行くんだろう?。」

この電車は地下鉄区間が終わってもそのまま私鉄に乗り入れて結構遠くまで行くのだが新幹線と違って検札がある訳でもなく、気にはなるけど彼の下車駅がどこかをわざわざ近寄って聞くような事でもないなと思っているうちに電車は志郎の下宿先の最寄り駅に到着した。

ところがドアが開いたので降りようとするとなんと例の彼も重そうな荷物を持って電車から降りるではないか。

「えっ?!、駅まで一緒なんだ!!。」

さすがに驚く志郎だったが、ほどなく彼と目が合い、仕方なく「いやあ・・・・・また会いましたね・・・・・。」とお愛想を言う。

「ホントっすね。よく会いますね・・・・・。」と若干恥ずかしそうに、そしてなんとなくバツの悪そうに言う彼を見て志郎は次の瞬間「荷物重くないですか?。いや、重いでしょうから手伝いますね。」と彼の荷物のうちの一つに手を掛け、運ぶのを手伝っていた。

今日初めて会ったばかりで挨拶程度の会話しかしていないこの彼になんでここまで親切にするのか自分でも分からなかったがとにかく志郎はこうして今日2度目の彼の荷物運びのお手伝いをし、一緒にエレベーターにその重い荷物と一緒に乗った二人は改札を抜け、地上に出た。

外は晴れているが冬らしい冷たい北風が吹いていて、それにそろそろ日暮れ時が近づいているのか段々と日も陰ってきているようで結構寒い。

「ところでこの後時間ってあります?。」

そうこうしているうちに彼が何気に聞いてくる。

「あ、はい・・・・・後は家に帰るだけだし、特には予定はないですけど。」

なんならついでに家までこの重い荷物を運ぶのを手伝ってくれと言われるのかと思った志郎は寒いので早く家に帰りたい気持ちも若干あった為、少し訝しがるような口ぶりでそう言った。

「あーそうなんスね。だったらよかったらそこの町中華で晩飯でも一緒に食いませんか?。なんか腹減ってきちゃったし、荷物持ってもらったお礼もしたいし。」

「そこの町中華」と云うのは駅の近くに「台東飯店」と云う中華料理屋があるので多分その店の事だろうが、そこは志郎も何度か利用した事があった。

台東飯店は町中華と云う事もあって学生でも払える位のリーズナブルなメニューばかりなのでさして懐は痛まないだろうし「お礼もしたい」と言ってくれているから支払いや気遣いもそんなに気にしなくてもよさそうだったのでOKし、引き続き二人は例の重い荷物を持って台東飯店へと足を運んだ。

「こんちわー、二人いいスか?。」
「おー、”ミサオちゃん”イラッシャイ。田舎帰ッテタノ?。」
「そうなんスよー、また東京戻って来たんで。あ、今年もヨロシクお願いしますね。」
「ハーイ、こちらこそヨロシクネー。新年好!。」

と彼は店主らしい外国人とおぼしき男性に名前で呼ばれ、しかも親しそうなところからしてどうやらこの店の常連らしい事と、”ミサオちゃん”と呼ばれている事からして”ミサオ”と云う名前なのだと云う事を志郎は察した。

志郎も東京に来て2年近くになるので何回かこの店には来た事はあるが回数としては数える程だった。

でも”ミサオちゃん”の方はこのお店に足蹴く通っているいっぱしの常連のようでお店も本人もそのように振る舞ったり対応している。

「ミサオちゃん、じゃあ今日ナニにスル?。」
「そうっスねー、とりあえず瓶ビールとあと”若者定食”二つお願いしやーっす。」
「アイよー、瓶ビールと若者定食二つネー。」

と慣れた感じで注文した「ミサオちゃん」は頼んでから「すんません、いつもこんな感じなんで勝手に頼んじゃって。嫌いなものとか無いですよね?。」と気を遣って聞いてきた。

ただ志郎としてはこの店のメニューで特に食べられそうなものは無かったのでその点はいいのだが「若者定食」と云うのが気になった。

と云うのはメニューに「唐揚定食」や「ラーメン定食」はあるのだが、「若者定食」なるものはどこにも載っていないし、新メニューなのかと思ったが年末にここに来た時には若者定食はメニューに無かったのでどんなものが出てくるのか気になったのだった。

「ええ、特に嫌いなものや食べられないものは無いんですけど、ちなみに”若者定食”ってなんですか?。」

と気になる志郎はミサオに聞いてみたのだが「あー、これって若者の常連客限定の裏メニューなんスよねー。すっごいお得だし、見たらビックリしますよ。」と答えてくれている傍からビールと「若者定食」が運ばれてくる。

「えっ!!・・・・・。」

志郎は運ばれてきた「若者定食」を見てびっくりしていた。
それもその筈でお皿にはみ出んばかりの大量の鶏のから揚げや豚肉の天ぷらに焼き餃子がキャベツの千切りと一緒に乗っかっているではないか。

「あと”サービススープ”と大盛ライスネー。」

とびっくりして皿を見つめている志郎の横にザーサイと一緒にてんこ盛りのライスと「スープ」が入ったお椀が運ばれてきたのだが、よく見ると「スープ」のお椀の中に麺が入っている。

「若者定食の”サービススープ”はミニラーメンだヨー。ライスはお代わり自由だから欲しかったらいつでも言ってネー。」

確かにラーメン屋や町中華に行くと「ラーメン定食」と云うのはどこにでもあるが「ラーメン」を「スープ」代わりに出すところは余り聞いた事がないし、そもそもこのライスの量もおかず類の量も半端ではない。その上ライスはお代わり自由とは一体これは・・・・・。

「びっくりしちゃいました?。まあそうですよね。でもこれって裏メニューですからいつでも誰でもある訳じゃないスから。まあ食べましょ。」

そうミサオは言うと一緒に運ばれてきた瓶ビールを手に取ってグラスに注いで志郎の前に置くと、これまた慣れた手つきでそのまま自分のグラスに持っていた瓶ビールを注ぐ。

「こっから先は手酌でやりましょ。今日は重い荷物持ってもらってスミマセンでしたね、カンパーイ!。」
「か、カンパーイ・・・・・。」

と軽くグラスを合わせて乾杯してビールで喉を潤すとお腹が空いていたのかミサオはまずは皿の上の唐揚げに箸を伸ばす。

「そう言えばお互いまだ自己紹介とかしてませんでしたね。遅くなりましたが俺、森脇 操(もりわき みさお)っス。2つ先の駅の近くにある大学の建築関係の学部の2年生っス。ヨロシク。」

なるほど、「操」と云う名前だからそれで「ミサオちゃん」なのか。それに確か2つ先の駅の近くに割と大きな大学の建物ってあるけどあそこの学生なんだ・・・・・。

そう思っていると「俺の事、”ミサオ”でも”ミサオ君”でも”ミサオちゃん”でも適当に好きに呼んでもらっていいっスから。で、そっちは?。」と言ってこられたので志郎は自分の事を話しはじめた。

「あ、すいません。僕・・・・・松永志郎です。この近くに住んでますけど山手線の内側のエリアにある大学の2年生で今乗ってきた地下鉄で通ってます。森脇さんの大学とは逆方向ですね。」

「そうなんスかー、俺もこの近所に住んでて大学はそこの駅から地下鉄で通ってるんスけど逆方向だから会った事無いんスねー。あ、そうそう、さっきも言ったスけどそんな”森脇さん”だなんて堅苦しく俺の事呼ばなくていいスよ。”ミサオ”でもなんでもいいんで。」

そう言うと操はまた目の前の料理が大量に盛られた皿に視線を落とし、唐揚げや餃子を箸でつまんでは美味しそうに食べている。

操は多分あっさりと云うかさっぱりした性格で、それに話してみて頭の回転が非常に早い印象を受けた。だから細かいことは気にしても仕方ないと云う感じで誰にでもあっさりと接しているのだろうと志郎は思った。

志郎はあまりベタベタした人づきあいが苦手だったので操のようなあっさりとしてそれでいて適度な心理的距離を取ってくれるスタイルだと安心でき、初対面、しかも普段はどちらかと言えば口下手な志郎にしては気が付けばあれこれと食事をしながら操と話し込んでしまっていた。

それにこの下町の町中華と云うシチュエーションもだし、そこにやってくるお客や主人をはじめとした店員も誰も気取ったところの無い人ばかりで、また女っ気の無いところも含め店として「オシャレ」ではないがその分気が楽でいつしか長居をしていた。

そして例の若者定食のてんこ盛りになった食べても食べても減らない唐揚げや餃子を肴にビールや紹興酒を一通り呑んでいるうちに打ち解けてきた事もあり、志郎はずっと気になっていた事を操に聞いてみたくなっていた。

それは何かと言うと今日新幹線の車中で隣に乗ってきた操がずっと大事そうに抱えていたあの重そうな二つの荷物の事だった。

普段の志郎なら他人の荷物に仮に関心はあってもそれの中身がなんなのかなんて聞いたりはしないが、志郎にとって操はとても話しやすい感じがして実際に初対面とは思えないくらい会話は弾んでいたし、またいわゆる「酒の勢い」もあって自分が運ぶのを手伝ったあの荷物の中身がなんかのか聞いてみてもいいんじゃないかと思うようになっていた。

そして会話がひとまず途切れたタイミングで志郎は何げなく操に気になっていた事を振ってみた。

「ところで操クン、今日新幹線に乗る時からずっと大事そうに抱えてたあの重そうな荷物って一体何が入ってんの?。」

するとそう言われた操は複雑な表情を一瞬ではあるが見せた。
それは今日ここまで見せた事のない表情で、喋っている時に感じさせるさっぱりとしてまたあっさりとした癖のない性格からはちょっと違うような「訳あり」のような表情をしたのだった。

「ヤバ・・・・・。俺、ひょっとして聞いちゃいけない事聞いたのか?。それにもしかしてあの重い荷物って何かヤバいものが大量に入ってるとかなのか?。だったらもしかして荷物運ぶの手伝った俺も共犯になっちまうかも・・・・・。」

と、その複雑な表情をする操を目の前にして志郎は少し焦りはじめ、いくら自分が荷物運びを手伝ったからと言って興味本位で中身がなんなのか初対面の人に聞いたりするもんじゃないかったと後悔したがもう遅い。

そして二人の間に微妙な空気が流れる中、操はひと息置いてこう言った。

「やっぱあの荷物って重いし、何が入ってるか気になるっスよねー。」
「ええ・・・・・まあ・・・・。でもどうしても知りたいって訳でもないから答えたくなかったらいいからさ・・・・・。」

ともしかしてヤバい物が入っていたらと思う焦りからかしどろもどろになる志郎に操は「いいっスよ、何入ってるか教えますけど・・・・・。」と言い始めた。

「あれの中身って振袖なんスよ。」
「ふ、振袖?!。」
「そうっス。成人式やお正月に女の子の着る着物の振袖っス。あと帯や草履に着付用の小物類一式も入ってんスよね。」

志郎も女装が趣味なので女装サロンやSNSで仲良くなった同じ趣味の女装子たちから結構振袖に限らず着物はあれこれ付属品が多いのは聞かされていたから荷物がどうしても重くなるのは合点が行った。

ただ操は男性だし、なのになんで振袖一式をこうして持ち歩いて運んでいるのかそれに関しては合点が行かなかった。

「そうなんだー。でも振袖って事はもしかしてこっちに兄妹とか親戚の女の子が居て、その子用にって事で操クンが運んであげてるとか?。」

と志郎は男性である操が大事そうに重い振袖一式を持ち運んでいる事について思いついた「仮説」を口にしたのだが操の答えは意外なものだった。

「いやこれって一式全部俺のっスよ。」
「へ?!。お、”俺の”って?・・・・・。」

「俺の」と言っている事はこの振袖一式は操の所有物と云う事になる。しかし操は男性だし、普通は女装趣味でもない限りは男性は振袖は着ない筈だがもしかして操は自分と同じ女装子と云う「同業者」なのだろうか?・・・・・。

訳が分からなくなって困ったような顔をしている志郎を見て、操は事も無げにこう言った。

「俺、トランスジェンダーなんスよ。LGBTQのうちTのトランスジェンダーって聞いた事あるでしょ?。で俺ってトランス男性なんスね。いわゆる戸籍や身体の姓は女だけど、心は男って云うアレっす。」

(つづく)





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