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(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式⑫(最終話)

操の大学の卒業式から2日後、小池さんからアルバム風に台紙に整理された志帆の袴姿の記念写真が出来たと連絡があり、志郎と操はWISHに取りに行った。

志郎がWISHに着くともう既にビシッとしたメンズスーツ姿の操が大きな荷物と一緒に到着していた。

操のその大きな荷物には見覚えがあり、初めて出会った日に操が重そうに上げ下ろしをしていたあの振袖と帯・そして小物一式の入った鞄だった。

聞くと操は自分の代わりに志帆が袴姿で写っている写真を受け取ってその足でこのネクタイにスーツ姿で振袖一式の入った例の大きな荷物と一緒に実家に行くのだと言う。

操が実家に行くと云う事は大学の卒業報告とそして自分がFTMトランスジェンダーだと云う事を「報告」すると云う事なのだと志郎は悟った。

そして記念写真を小池さんから受け取って早速開いてみるとそこには艶やかな振袖に袴を合わせた清楚な「着物美人」が写っている。

「わー、志帆ちゃんきれいー。かわいいー。」

横から覗き込むように写真を見ていた小池さんがそう言うので改めてしげしげと見てみると少し修正を入れてくれているのだろうかいつもと違う着物によく合う和風のメイクを施されたおすまし顔の「女子大生」が袴姿で卒業証書を手にしているのが写っている。

「いいねー、まさに女子大生の卒業写真としてはドンピシャって感じじゃん。成人式の時の写真と比べても面影があるし、これ見たらうちの家族も俺が振袖に袴合わせて着て卒業式出たんだなって納得するよ。」

と操も志帆の袴姿の写真を見ながら別の意味で妙に感心したり納得している。

そして操は新幹線の時間があると云う事でWISHを後にしたが、志郎も見送りとあの重そうな振袖の入った鞄を運ぶお手伝いを兼ねて一緒に品川駅まで地下鉄に乗って行く事にした。

浅草から都営浅草線・京急線で品川までは乗り換えなしで行けるので荷物の上げ下ろしも1回でよく、品川駅到着後も志郎は入場券を買って新幹線のホームまで振袖一式の入った操の重い荷物を持ってあげた。

「悪いね、志郎クン。」
「いいって。たまには僕にも”男らしい事”させてちょうだい。はははっ。」

そう志郎は半分冗談めかして言うとこれからカミングアウトをすると云う事でいつになくこわばって緊張した表情だった操がクスリと笑う。

「じゃあ行ってくる。」
「うん、気をつけて。どんな結果でも僕は操クンの味方だから。」
「おう、ありがとな。」

そう言うとやってきた新幹線に操は乗りこみ、重い荷物と同じくらい重い気分と一緒に実家へと向かっていった。

その日の夜、志郎が自分の部屋で振袖女子の動画を見ながらなんとなくくつろいでいると操から連絡が入ってきた。

「志郎クン、今ヒマ?。良かったら台東飯店でこれからメシでも食わない?。」

操がもう実家から帰ってきたのかと少々驚いたが、動画を見ていてまだ晩ご飯を食べてなくてお腹も空いていたし、それにカミングアウトがどうなったのか正直気になっていた志郎はいそいそと台東飯店へと向かった。

台東飯店に着くと朝と同じスーツにネクタイ姿の操がテーブルに座って手酌でビールを飲んでいた。

「お、先に始めちゃってて悪いね。」

とやってきた志郎に気づいた操が座っているテーブルの上にはビールだけでなく既に例の山盛りの「若者定食」が乗っかっている。

「ささ、折角だから食べよ。そこ座って。」
「う、うん・・・・・。」

志郎が座ったタイミングで追加の瓶ビールが置かれると軽く乾杯し、そのうちに志郎の分の若者定食が運ばれてきて、料理と飲物がはみ出そうになったテーブルでしばし他愛もない会話をしていた二人だったが、思ったより早く操が帰京してきた事もあって「報告」がどうなったのかより気になる。

そして帰省とカミングアウトの件について聞いていいのかどうか分からなかったが知りたい気持ちが抑えきれなかった志郎は恐る恐る口を開いた。

「ところで操クン、実家どうだった?。」

すると志郎の問いかけに操は苦笑いのような表情を浮かべ、ポツリとこう言った。

「うん・・・・・お察しのとおり、かな。ま、そうなるだろうなーとは思ってたけど”勘当状態”になっちゃったね、へへ。」

そして操は志郎に品川駅で見送ってもらった後の実家での出来事をポツリポツリと話し始めた。

新幹線からローカル線に乗り換え、中高一貫校に通うために毎日乗り降りしていた最寄りの無人駅まで家族が車で迎えに来てくれていたが、スーツにネクタイと云ういでたちの操を見て最初は誰だか分からなかったらしい。

成人式以降も何回かボーイッシュな服装で帰省していたのである程度ラフな格好で来るのは想定内だったが、おとといの志郎に振袖と袴を着てもらった姿を操はこの恰好で自分は卒業式に出席したとひとまず写メしていた事もあり、今日は女らしい恰好で帰省して卒業後の事などを話してくれるものだと思われていた節があったようだった。

しかし、単なる「男装」ではなくスーツにネクタイと云う「正装」までして操がより男らしい恰好で帰省してきた事で家族は皆、肩透かしを食ったような気持ちに加え、同時に驚きも隠しきれない様子だった。

実家に着き、家族全員が揃った久しぶりの茶の間でやや重苦しい雰囲気の中、ひとまずお茶を飲みながら文字通り「お茶を濁す」ような他愛もない話をお互いしていた。

家族にとってみれば操は日頃はボーイッシュな恰好で過ごしているのは子供の頃からそうだったので理解できない事もなかったが、目の前にいる「娘」はメンズスーツにネクタイ姿で髪も短くしてまるで「息子」のようだし、その姿は「ボーイッシュ」の範疇を軽く超えていて「男装」どころか「きちんと正装した男性そのもの」に感じざるを得なかった。

そして写メで送られてきたあのおとといの卒業式の際の女らしい艶やかな和服姿とは似ても似つかぬこの操のメンズスーツ姿にどうしても違和感と不可解な気持ちを感じてしまう家族と操は会話はするものの、ぎこちない雰囲気がその場を支配するようになっていった。

その雰囲気は操も充分感じ取っており、この場を取り巻くぎこちない雰囲気が時間が経つに連れ、徐々に重苦しい雰囲気に変わってきているのも感じとっていた。

「なんでうちの娘はついこの前は艶やかな袴姿で卒業式に出たのになんでわざわざスーツを着てネクタイを締めて男の様な恰好をしてるんだろう?。」
「就職を期に男の子みたいな恰好は止めて普通にOLのような女らしい格好にこれからは切り替えると云う事で袴姿で卒業式に出たんじゃないのか?。」

と家族みんなそれぞれに心の中で呟きながら目の前のスーツ姿の操に接してきていたが、このぎこちない雰囲気に耐えられなくなったのか遂に操の祖父が重い口を開いた。

「ところで操、おまえの今日のその恰好はなんなんだ?。どうして女のお前がそんな男が着るスーツにネクタイ姿でわざわざ帰って来たんだ?。」

祖父がそう言うと他の家族も次々と堰を切ったように矢継ぎ早に口を開いた。

「そうよ、操ちゃん。あなた女の子なのにその恰好は何なの?。」
「ほんとだよ。おまえおととい母さんの振袖を着て女らしい恰好で卒業式に出たって写メしてきてたじゃないか。」
「もしかしてまさか東京ではファッションで操ちゃんのように女の子がスーツにネクタイって云うのが流行ってるのかい?。」

その言葉ひとつひとつには悪意はないものの明らかに「女である操がわざわざこんな男らしい恰好をするのは理解不能だ」と云う気持ちが込められていた。

ついおととい綺麗にメイクして着飾った袴姿で卒業式を迎えた筈だった操は一体何だったのか。

そしてこれまでよくしていたボーイッシュな恰好ではなく、まるで男性を「シンボライズ」させるようなメンズスーツにネクタイと云う男性そのもののこの恰好はなんなんだ?。

うちの操は「娘」「女性」のはずだがそうでないのか?・・・・・。

考えれば考える程、目の前の操の事が家族は理解不能に陥っていた。
そして誰もがまるで男性そのもののいで立ちの操に苛立ちややり切れないものが混ざった思いを感じていた。

そして矢継ぎ早に浴びせられた言葉を一通り聞き終え、再び微妙な空気に包まれて沈黙してしまっていた茶の間でお腹に力を入れ、息をふーっと吐くと操はこう言った。

「ゴメン、実はこれが”俺”の自分にとっての本当の姿なんだ。」

この地方の女性が年代を問わず使っていてこれまで操も使っていた「自分」と云う意味の「うち」と云う一人称を使わず、「俺」、そして「これが本当の姿」だと言った操に家族全員目を見開いて驚いた。

「ほ、”本当の姿”ってな、なんだ?。」

そう聞かれるのも無理はない。しばらくぶりに帰省してきた「娘」がメンズスーツ姿と云うだけでもかなり驚く出来事なのに、「俺」と云う一人称を使い「これが本当の姿」といきなり言われても理解できる訳も無かった。

ただ理解できそうにない、或いはして貰えそうにないと言ったところで始まらないし、そもそも今日実家に操が帰省したのは自分がLGBTQ・FTMトランスジェンダーだと云う事をカミングアウトする為に意を決してそうした訳だからここは理解してもらえようがそうでなかろうが自分の思いを伝えざるを得ない。

なので再度操は息を深く吸い、ひと呼吸おいてお腹に力を入れて話し始めた。

「あのさ、LGBTとかトランスジェンダーって聞いた事ある?。」

その操の問いに家族の表情は「へっ?」「えっ?」と云う風に少し変化した。

「LGナントカって時々テレビで見るけど”オ○マ”みたいに男が女の恰好したるするアレの事か?。」

予想はしていたが「オ○マ」とかその程度の知識と理解しかない自分の家族に落胆しつつ、またこれは説明しづらいし、しても到底一度や二度では理解してもらえないだろうと操は思った。

でも言わないといけない。
カミングアウトはトランスジェンダーとしていつかは必ずやってくるし、誰しもそれを乗り越えてきた、或いは現在進行形で乗り越えようとしているその第一歩なのだ。

そして操はどう表現しようか少し迷ったが「まあなんて言うのかひと言で言えば体と心の性が一致していない人の事だね。それに確かに世間では少数派ではあるけど、日本に限らずどこの国・地域でも潜在的な人も含めるとおおよそ人口の10%前後は俺のようなトランスジェンダーも含んだLGBTQに該当すると言われてるんだよね。」

と云うLGBTQ・トランスジェンダーについての一般的な操の説明を家族それぞれが分かったような分かってないようななんとも言えない複雑な表情で聞き、そして再び不穏な空気と共になんとも言えない沈黙がその場を包んだ。

こんな時どうすればいいのか、操は不穏な空気と沈黙の中で考えていた。
でも自分が何か言えば言うほど結果的にその場しのぎで取り繕ってしまうような状態になりそうで仕方なく自分も沈黙していた。

「あのな、操」
「ん?、何?。」

そしてしばらく続いた沈黙の状態から操の祖父がこう続けた。

「おまえ、頭おかしくなったのか?。おまえは女だろ?。そりゃ子供の頃から随分とおてんば娘だったけど、おっきくなって成人式や卒業式には着物を着たりして女らしい心も持ってるじゃないか。おまえの本当の姿は今のようなスーツにネクタイじゃなくて成人式や卒業式の時のような着物姿が本当のおまえの姿だろ?。違うか?。」

それを横で聞いていた家族たちは祖父が言うのと意を同じくしたのか先程と同じように矢継ぎ早に操に言葉を浴びせかけた。

「ほんとジイちゃんが言う通りだ。東京に行って頭おかしくなったかそれか都会の雰囲気に呑まれておてんばなおまえが自分は男だと錯覚してるだけじゃないのか?。よく考えてみろ。」
「操ちゃん、成人式の時も卒業式の時もとってもお着物似合ってたじゃない。あれ見てママも操ちゃんがママの振袖着てくれてしかもこんなに似合ってて女らしくなった姿見て感動したのよ。だからそのスーツにネクタイなんかより操ちゃんはスカートやワンピースの方がきっと似合うわ。だって操ちゃんは女の子なんだから。」
「そうだよ、なんならママやバアちゃんも振袖以外にも何枚か着物持ってるから今から着せてあげるよ。きっと化粧して着物着たら外見も気分も女らしくなって自分はやっぱり女なんだって実感するよ。ささ、着替えよっ。」

「頭がおかしくなった」とか「男だと錯覚しているだけ」とか言われ、自分がずっと体と心の性別の不一致に悩んでいた事は家族全員これっぽっちも気づいていなかったどころか頭も回っていないようで、それどころか強制的に着物女装まで求めてくる雰囲気にさえなっている事に操は悲しみを通り越して深く落胆していた。

田舎でしかも昔からの旧家でもある操の実家ではLGBTQやトランスジェンダーと云うのはまるで異次元の事なのだろう。
だから操にしてみればカミングアウトしても「ああそうなんだ」などと最初から理解してもらえるだなんて期待はしていなかった。

だけど自分の家族のLGBTQやトランスジェンダーへの知識と理解の不足度は操の予想を遥かに上回っていて、自分の心情をおもんばかる事なくただひたすらに「おまえは女なんだから女らしくしろ」とばかりに非難とキツい言葉ばかりを浴びせかけられている。

子供の頃から頭が良くて気も付くし、家の手伝いや地区の行事にも積極的に参加して人づきあいもよく、難関の中高一貫校から更に東京の偏差値のそこそこ高い大学に合格・進学した事もあり常に家族からも周りからも評判だったのにその自分のキャラや人間性は評価されずに世間一般で云う「女らしくない」と云う事でどうしてこんなにイヤな気分を味わないといけないのか。

思った以上にカミングアウトの反応が辛辣で理解が得られそうにない事に言葉も出ず、操も家族も茶の間で黙りこくっていると操の母親が「まあせっかく操が帰ってきた事だし、難しい話はちょっと置いときましょ。お夕飯は予定通りA5ランクの和牛ですき焼きにしますからそれまでみんなくつろいでて下さいな。」と取りなすように言う。

そう言われ祖父や父は重い腰を上げ、相変わらず今日の操は不可解だと云う表情のまま茶の間を後にした。

そして茶の間に残った母と祖母が「そう云う事だからお夕飯まで操ちゃんもゆっくりしたらいいわよ。あ、そうそうまだお夕飯まで時間があるから先にお着替えしたら?。ママが若い時に着てた可愛いワンピースやお洋服が確かまだ箪笥の中にあったし、それかお祖母ちゃんにお着物着せてもらう?。お化粧ならママが手伝ってあげる。」と言い方は柔らかいもののあくまでこの家では操は女らしい恰好をするべきだと言わんばかりに迫ってくる。

そう言われた操はもうこれ以上自分がトランスジェンダーだと云う事はいくら言っても理解してもらえそうにない事を悟った。

化粧して可愛いワンピースや女物の着物を着るのは操にとっては納得のいかない「強制女装」以外の何物でもない。

自分は強制女装をさせられるために帰省したのではなく、きちんとカミングアウトをするために帰省したのだがせめてものその願いはこれではもう叶いそうもない。

そして自分の居場所はこの家には無いのだなと強く実感した操は「いや、いいよ。ワンピースや着物とか着たくないし、化粧もしたくない。俺、東京に戻るな。」と言って腰を上げた。

「じゃあ、これで。」

玄関に直行し、靴を履くと操は短くそう言って家を後にし、門を出てひとまず路線バスが走っている県道の方角に向かって歩き始めた操だったが、家族の誰かが「待ちなさい!、操!」とでも言いながらドラマのように追いかけてくるのかと思いきやそれもなく、見送りもされないまま一人で実家を背に歩き始めていた。

見送りも引き止められる事もなく、まるで厄介者が出ていってくれてよかったかと言わんばかりに家族から家を出る際の冷めきった反応や態度に操はこれまで感じた事のない寂しさを感じていた。

実家も周りの山や森も大好きで、この自分の原体験・原風景があるからこそ建築家を目指してやってこれた。

だけどこのカミングアウトに対しての家族の反応に接して実家も地元も大好きだと云う気持ちは揺らぎ始めていた。

心と体の性が一致していないのはそこまで悪く言われないといけない事なのか?

勉強も出来て明るくて人づきあいの良い性格だと云う褒められて然るべき自分の人間性は性別不一致と云う事の前には霞んでしまう位の事なのか?。

女の子ならどんなに勉強が苦手で性格が悪くてもちゃんとメイクをして成人式には振袖、卒業式には袴を着て、普段はスカートやワンピースを着て過ごす方がずっと評価されるのか?。

そんな事を思いながら歩いていると県道に出るとそこにあったバス停に行ってみると20分程待てばバスが来るようだったので、操は横のベンチにひとまず腰掛けた。

そして20分が過ぎ、バスがやってきた。
このバスは操が中高一貫校に通うのに使っていたローカル線の駅の近くを通るのでそこまでしばし乗る事にした。

ただ乗車すると車内にはおかっぱ頭の少女がひとりうつむき加減で座っているのに気づいた。

いかにも今日切ったばっかりと言わんばかりの前髪は一直線のぱっつんで、後ろも襟に掛からない長さできれいに切り揃えられたおかっぱ頭のその少女を見て多分この女の子は来月中学校に入学するので例の「地区の慣習」に従って街の美容院で無理矢理おかっぱ頭にされたのだろうと操は察した。

まだこの地区ではあの中学入学時に嫌々男子は丸坊主、女子はおかっぱにされ、そして「お兄ちゃん(お姉ちゃん)になったね。」と言われる慣習が残っているのだろう。

よく見ると時折その女の子はハンカチを出して目頭を押さえていて、きっとこの子にとって初めてのおかっぱで初めてのショートカットなのだろうし、今まで伸ばしてきた大切な髪を「地区の慣習でこれまでずっと女の子は中学入学時には全員おかっぱにしないといけない」と言われたので嫌々ながら切ってきたようだった。

その姿を見て操はもしかして自分もこの子みたいに無理矢理おかっぱにされ、そして絶対着たくないセーラー服を無理矢理着せられたかも知れなかったのだとまるで自分の小6の時を見ているようでやるせない気持ちになった。

それは先程実家で自分がトランスジェンダーである事を否定された事と相まって余計にやるせなさだけでなく切なさも感じさせるものだった。

「男の子だから○○」、「女の子だから○○」って一体なんなんだ。

この子は自分と違ってトランスジェンダーではないにしても「女の子だから○○」と言われ、そして「地区の慣習だから」「地区のみんながしているから」と云うだけでまだ幼いこの子がジェンダーバイアス(性別・性差の圧力)に晒されて中学に上がるからと云うだけで強制的にしたくもないおかっぱ頭にされている。

自分は首尾よく中高一貫校に合格したのでおかっぱ頭にも丸坊主にもされなくて済んだけど、一歩間違えれば自分もこの女の子の様に無理矢理おかっぱ頭にされた上てセーラー服を着せられていた訳で、そうなった場合には多分心が耐えられなくなって学校へは通えていなかっただろう。

そう思う他人事とは思えなく、そして虚しくなっていたところにちょうど鉄道駅の近くに差し掛かったので操はバスを降りた。

通学や帰省のためにいつも使っていたこの駅は無人駅で、人口減少が言われるこのご時世もあって駅員もいなければ乗客も居ない。

でも地元の方がいつも手入れしてくれている花壇やホームの向こうの田んぼやあぜ道にはレンゲやタンポポが春らしく花を咲かせており、そののどかな風景は中高一貫校に通っていた頃と今もなんら変わりなかった。

決して本数が多いとは言えないローカル線の無人駅なので次の電車が来るまで1時間近くあるようで、する事も無いので駅のベンチに腰掛けて駅周辺ののどかな春の景色を操は眺めていた。

でも前と変わらぬのどかな景色のはずなのに先程の実家でのカミングアウトが理解が得られなかった事への虚しさと悲しさからか目の前の美しくて春らしいはずの景色が色褪せて見える。

「男らしい・女らしい」と云う事は「人間らしい」事より優先されて尊ばれる事なんだろうか。

身体の性別と心の性別が一致していなくて、表現したい性別を自分の気持ちに正直に沿って行動すると例えどんなに優秀であっても「気持ち悪い」「変人」「頭がおかしい」などと蔑まされなければいけないのか。

そう思うと操の目から不意に涙があふれて止まらなくなった。
そして乗降客のほとんど居ない無人駅と云う事もあって操は文字通り周りの目をはばかる事なく涙を流し続けたのだった。

しばらくすると上り電車がやってきたので操は腰を上げた。

「考えても、そして泣いても仕方ない。とにかく東京へ戻ろう。」

そう思って立ち上がった瞬間、来る時に持ってきたあの重い着物一式の入った鞄が無い事に気づいた。

もちろんあの着物一式は実家に置いてきたのだが、来る時と違って持ち運びに難儀する事が無かった事にカミングアウト自体は理解は得られなかったけど操の心の中にずっと持ち続けていた重たかった気持ちと、持ち運びに難儀する位物理的に重かった女物の着物一式を操はひとまず実家に降ろしてきた。

それはこの無人駅から始まる文字通り「新たなる旅立ち」なのだった。

そして4月になり、志郎も操も新社会人としての生活をスタートさせた。

操は就職した建築設計事務所が社長が和のテイストを盛り込む事でクライアントに好評だったこともあって今後その方向性を強化したいとの事で、常日頃から和の風景が身近にある場所が仕事にもいい影響を与えるだろうと云う意向で事務所を青山から浅草に移転してきていた。

志郎の方は配属された東京支社で上司や先輩社員にひと通りの業務を覚えるために時にはイジられながら雑用を含めいわば「見習い生活」を送っている。

志郎の就職した会社は女子社員の制服が無く、いわゆる「オフィスカジュアル」で出勤してきてそのまま仕事をするスタイルなので上司や同僚の「OL服」に今までの学生生活で女子学生たちが着ていた洋服とはまた違う大人ティスとが含まれた女子社員の服装についつい目が行ってしまう毎日を送っていた。

実は操はあのカミングアウト以降は実家で借りてくれていたあの高級マンションに勘当同然の身で住み続ける気分にもなれず、そんな時に偶然志郎のアアパートの隣の部屋が空いているのを知り、そこに越してきた。

志郎の勤務先は大手町なのでアパートの最寄り駅から学生時代と同様に地下鉄で通うのが一番便利だった事もあって志郎は学生時代と変わらず同じアパートに住む事にしていて、そこへ操が隣の部屋に越してきた事でまるで寮生活のような感じになっていた。

操にしてみても事務所が浅草に越してきてくれた事もあってこれまで住んでいたエリアなら通勤にも便利なので渡りに船とばかりにホイホイと操は志郎の隣の部屋に越してきて自転車で通勤するようになっていた。

また時には志郎は女装して志帆の姿になり、操の部屋に遊びに行く事もあり、その姿はまるでカノジョがカレシの部屋に遊びに来ているようだった。

そして今日もまた志郎は女装して志帆になり、外見も心もまったく年頃の新人OLとなって操の部屋で他愛もない話をして楽しんでいる。

志郎はこれからも女装して志帆になる事は止めるつもりもなく、就職してある程度自由に使えるお金が増えた分より女らしくなる為に、そして自分らしくなる為に手間暇掛けるつもりだ。

操も同様にホルモン治療を進め、いずれは性別適合手術を受けて心と体の性を一致させ、志帆と同じように自分らしくなる為に手間暇掛けるつもりだ。

ひょんな事から知り合い、そして友達付き合いを通して今やお互いにとって志郎・志帆も操もかけがえのない理解者だ。

これからも二人は「自分らしさ」を追い求め、いつまでも「男友達」、そして「一番の理解者」で居続けるつもりだ。

(おわり)

※おことわり※
文中で成人式に他人の招待状を出して会場に入場するシーンがありますが、本来褒められるべき事では無いですし、あくまでそれは小説と云うフィクションの中での設定の一部分ですからくれぐれも真似されませんようお願い申し上げます。
(仮にトラブルになりましても当方は責任は持てませんので予めご了承の上お読みください)。

最後まで拙文にも関わらずお読みいただいてありがとうございました。
引き続きよろしければ次回作もご期待下さい。










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