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(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式⑪
「あら志帆ちゃん、すてきねー。袴もすっごく似合ってるじゃない。」
「えへ、そうですか?。でも可愛く着せてもらってありがとうございます。」
成人式から2年と少々の月日が過ぎた春先のある日、志帆は再びWISHで着物を着せてもらっていた。
今日は振袖に袴を合わせて卒業式を迎えた女子学生風に着物を着付けてもらっていて、そのうちの振袖は成人式の時に着たあの操の豪華な赤い振袖で、今日再び志郎はあの振袖と袴を着る事で和服姿の志帆となる。
小池さんのパス度が高くて和装にも合うそれでいて豪華な着物に負けない本格的なナチュラルメイクを施され、袴と云う事でウィッグもダウンスタイルにし、大き目のリボンを結んでアレンジしてもらって「卒業式の袴女子」が完成した。
あれから志郎と操は例の「性別取り替え成人式」が終わってからも住まいが近い事や何より気が合う事もあり、相変わらず仲の良い「男友達」としての付き合いを続けていた。
普段は男友達としての付き合いだったが、時には志郎がWISHで浴衣を着せてもらって操と一緒に花火大会に行ったり、またドレスアップしてクリスマスデートを楽しみ、バレンタインやホワイトデーには志郎が女装して志帆になった上でまるでカップルがデートをするように二人でおしゃれなスポットに出かけてみるなどしてイベント時には成人式の時と同様「束の間の疑似恋愛気分」を味わったりしていた。
ただそうする事で恋愛感情が本格的に芽生えたかと言えばそれは無く、あくまでベースにあるのは「男友達」としての付き合いであり、志郎が女装して志帆になって出かけるのはよりイベントを楽しむために「コスプレでイベントに参加する」ような気分からだった。
だからたとえ志郎が着飾って可愛らしい女の子の志帆の姿になったとしてもなんとなくそれ以上の一線は越えないだろうと云う阿吽の呼吸みたいなものがお互いの間にあった。
なのである意味安心して二人は仲睦まじいカップルの「ふり」をして疑似恋愛気分でイベントを楽しんでいたのだった。
そんな事をしているうちに時は流れ、志郎も操も順調にそれぞれの大学で単位を取得し、卒論も書き上げてめでたく卒業の運びとなった。
志郎は実家からUターン就職を強く希望され、本人も大学入学時にはどちらかと言えば地元での就職を望んでいたが、成人式に振袖を着ただけでなく花火大会には浴衣も着たりと徐々に女装外出もするようになり、またそれがパス度が高くて全くバレなかった事もあって女装をする事によりハマった志郎としては実家に戻る事で女装する頻度が減るのも嫌だったので前ほどは就職に関して地元志向は薄らいでいた。
かと云って全く実家の意向を無視する訳にも行かず、自分の地元に本社があって且つ首都圏にも拠点があるような会社をメインに就活を続けたところ、首尾よく本社は自分の地元だが東京にも大規模な支社がある会社に採用され、ひとまず当面は東京支社の配属と云う事で内示をもらっていた。
そして操はと云うとインターンで行った会社から独立した社員が経営する小さな建築設計事務所に就職する事となった。
その人とはインターン中に気が合い、インターン終了後も何度か飲みに行ったりする仲だったのだが、何気にある日飲み会の席で自分がゲイである事をカミングアウトされていた。
そして彼に操は自分も実はLGBTQ・FTMトランスジェンダーなんですと告げると「分かっていたよ。そんな“匂い”がしたもの。」と反対に言われてしまっていた。
操は小さいころから家の近所の山林が遊び場で、実家も山林を保有したり代々地区の森林組合の役職を歴任するような家柄だったので自然と木材に興味は持つようになっていたし、ゆくゆくは実家の山林から切り出した木材を使った建築に携わりたいと云う事で東京の大学に進学を許してもらっていた事もあり、元々自分のセクシャリティとは関係なく建築業界や木材・森林関係への就職を目指していた。
ただこのFTMトランスジェンダーと云う自分のセクシャリティが消せない、そして消したくない以上はいわゆる一般の会社勤めは難しいだろうなと云うのも肌で感じていた。
LGBTQの会合やイベントで何度となく「トランスジェンダーって云うだけで案外と食っていくのが大変なんだ」と云うのを当事者やアライから聞かされていた操にとって実際自分が社会に出る段階になってその事は痛感せざるを得なかった。
ただ大学在学中からクリニックに通ってホルモン治療等少しずつ出来る事から自分の心と体の性を一致させる事を具体的に始めていた操にとってはゆくゆくは性別適合手術を受けて完全に体も男になりたいと思っていたし、その為には安くない医療費を稼がないといけないので何らかの形で就職はしたかったところ、縁あって小さい事務所ではあるが雇ってもらえたのだった。
操が建築関係、それも設計士や建築家を目指すのは自分の設計や企画・考案したものが評価されるのには男も女も無いからでもあった。
当たり前だが建築関係のコンペに参加するのに性別がどうとか云うのは全くなく、日本はもちろん外国にも有名な女性の建築家は多数居て、つまり実力さえあれば評価される世界なので、そこには性別による加点や減点は無い。
だからこの評価に性別が持ち込まれない世界・業界で、男女が関係ないのであれば更にトランスジェンダーの自分にとっては実力さえあれば性別が云々と云う余計な心配を最低ひとつはしなくてもよい。
それもあってゆくゆくは独立して自分の事務所を立ち上げたかった操はその第一歩として修業を兼ねてLGBTQの先輩が経営するこの建築設計事務所にお世話になる事を決めたのだった。
ただ実家には実のところ操はまだ自分がFTMトランスジェンダーだと云う事は告げていなかった。
成人式に志帆に実家から持ってきた例の振袖を着てもらい、アリバイ写真を撮って実家に送り、それを見てからはやっとうちの娘も少しは女らしくなってきたかと安心したのかボーイッシュな恰好で帰省しても前ほどは両親や祖父母からは口やかましく言われなくなっていたし、それどころか就活用に必要だろうと女子学生が着るようなレディーススーツまで送ってこられていた。
成人式にやっと振袖を着てくれた操に(実際は志帆が着たのだが)もうおてんば娘は卒業してこのままちゃんと世間一般で云うところの女性らしくなって、できればいい人を見つけてお嫁に行って欲しい、そう思う操への実家の気持ちや期待は痛いほど感じていた。
それに確かに何もない田舎ではあるが慣れ親しんだ故郷の山林や景色も決して嫌いではなく、むしろあの原体験があるからこそ自分は建築家を目指せていてその第一歩を踏み出せている訳でもあり、故郷は自分の原点であり大好きな場所でもあった。
だけどもうここらが自分がFTMトランスジェンダーである事をカミングアウトする「潮時」のように操は強く感じていた。
そこで大学の卒業式であの実家から持たせてもらっている振袖に袴を合わせて志帆に着てもらい、その姿を実家に送り二重の意味で大学生からも女性からも「卒業」すると告げるのがベストではないけれどベターではないかと考えていた。
正直最後に1回くらい自分もリアルでメイクして振袖・袴を着て、家族が望む女の子らしい恰好をするべきではないかと云うのは操も考えない訳ではなかった。
ただどうしても成人式の時と同様に「女装」する事への踏ん切りがつかなかったし、また自分自身もホルモン治療を始めているせいか体つきや顔つきもどことなく男性化し始めている事もあって「女装」が似合わないのではと云う懸念もあった。
反対に志郎はと言えば本心では卒業式には袴で出席したいのはやまやまだったしきちんとメイクして着付けしてしまえば似合うのは分かってはいたが、かと言って女装子である事をひた隠しにしているのに振袖に袴で卒業証書を受け取るのはさすがに出来ず、実は自分が女装子だとバレてしまうのも避けたかったので嫌々メンズスーツを着て自分の大学の卒業式には出席した。
志郎の方が操より早く卒業式は終わっていて、就職してからの勤務地も東京と云う内示が出ていて入社式までは特にする事もなくのんびりと自宅アパートで過ごしているだけだったので振袖に袴姿で自分の大学の卒業式会場に来てくれと云う操からの申し出に志郎は飛びついた。
さすがに今度は卒業式と云う事で操の関係者ばかりで当然周りの目もあり、部外者がそれも袴姿で成人式の時のように卒業式会場に紛れ込むのは色んな点で無理があると思われたので式自体には操はスーツで出席し、式が終わった頃を見計らって袴姿の志郎(志帆)が会場周辺で合流すると云う形を取る事にした。
「じゃあ行ってらっしゃーい。卒業おめでとー。」
「はぁーい、行ってまいりますぅー。」
成人式の時に着たあの操の赤の振袖に紺の無地の袴を合わせ、ダウンスタイルの髪型に大き目の髪飾りを付けてもらったどこから見ても「卒業式を迎えた女子大生」の姿に変身した志帆はお仕度完了後にWISH内のスタジオで自分の大学の卒業証書を持った袴姿を「本当の卒業写真」として撮ってもらい、そして操の大学の卒業式会場へと向かった。
時期的に都内そこらかしこで卒業式が行われているシーズンと云う事もあって街を歩いていても袴姿の女子学生は珍しくなく、志帆もそんな巷の卒業式シーズンの風景に溶け込んで特に女装子や男性といぶかしがられる事なくいっぱしの女子大生の様な顔をして袴姿で電車に乗っていた。
「もうあれから結構経つのね、だけど早いな・・・・・。」
何をする訳でもなく、電車の窓から何気に外を眺めていた志帆はあの「性別取り替え成人式」の日の事を思い出していた。
帰省した帰りの新幹線でたまたま隣に座った操の重そうな荷物を上げ下ろしをちょっとした親切心で上げ下ろしを手伝った事で始まった二人の友達付き合いは大学生活の後半を鮮やかに塗り替えるくらい彩り豊かに過ごす「マストアイテム」となった。
女装に興味を覚えていたのが大きかったとは言え、近い将来毎日スーツ姿で会社勤めをしなくてはいけないのになんで男子と云うだけで今からそんな地味な姿で晴れの日の式典に出なくちゃいけないのかと疑問に思い、女子たちの着るあでやかな振袖姿に憧れていた志郎はその操との友達付き合いを通じて思わぬ形で成人式当日に振袖を着る事が叶った。
反対に身体の性別が女子だからと云う事で心は全く男子そのものの操にとって周囲の気持ちや期待は分からないでもないが、成人式当日に強制女装的に振袖を着せられそうだったのを志郎と出会ったお陰もあって「身代わり」に志郎に振袖を着てもらってアリバイ写真を撮る事で周りからのプレッシャーを乗り切った。
「身代わり」とはとても言えない位志帆の振袖姿は似合っていたのと何より志帆本人も本当にうれしそうだったし、操自身もメンズスーツを着て自分の望む恰好で成人式に出席する夢が叶った。
あの新幹線での出会いが無かったらお互い悶々とした想いを引きずったまま成人式当日を迎え、志郎も操も何をする訳でもなく寒い自宅アパート・マンションでカップラーメンでもすすりながらテレビやスマホを見て過ごしていただろう。
でもあの新幹線での出会いが友達付き合いに発展し、そしてお互いが一番したかった恰好で「性別取り替え成人式」に臨む事が出来、途中トラブルになりかけたりしたが何とかつつがなくその日を終える事ができ、色濃い想い出だけが二人の心に残った。
そしてあれから数年が経ち、大学だけでなく操は女性からも「卒業」しようとしている。
その言ってみれば「けじめ」に友達として志郎は志帆の姿で一役買う事となり、こうして袴姿で会場へと向かっている。
そう思うと自分がこうして再びこの豪華な着物に袖を通して卒業式を迎えた袴姿の女子大生に変身できたのは心の底から嬉しくて喜ばしい事だが同じ位そうする事での責任と操の重い決断を感じ、着物を着ている事も手伝っていつもより背筋が伸びる思いがしていた。
そして卒業式会場の最寄り駅に到着すると改札口で操が待っていてくれていた。
「おおっ!、志帆ちゃん相変わらず着物似合うねー。めちゃ可愛いじゃん!。」
「あ、ありがと・・・・・。それとまたこの豪華なお振袖を貸してもらってゴメンね。」
同じ大学の同級生カップルの卒業式ってきっとこんな感じなんだろう、と凛々しいメンズスーツ姿の操に自分の袴姿を褒めてもらった志帆は今までのイベントの時と同様に少しだけ「疑似恋愛気分」に浸っていた。
最寄駅から会場まではそう遠くないとの事で歩いて向かっているともう式は終わっているので駅に向かっているスーツや袴姿の卒業生たちが何人も操と志帆が歩いている反対方向にすれ違っていく。
元々操の通っている大学は共学ではあるが、専攻内容や学部のせいもあって男子学生が多く、最近になり「リケジョ」(理系女子)と云うのが一般的になってからは女子学生も増えては来ているが3割と少数派だった。
それもあって袴・振袖の華やかさも相まって必然的に女子学生は目立つのもあるし、志帆の袴姿がリアル卒業式女子大生と全く遜色ない事もあり、すれ違う人が「おっ!」「あれ?」と云う表情ですれ違っていく。
だけどあの成人式以降和装・洋装に限らず女装外出を積極的にするようになった志帆は場数を踏んで慣れてきている事もあり、今日もまた誰も志帆の事を元は男子・女装子と疑う事なぞ無いようだった。
そして式が終わってしばらく経ち、大分人影もまばらになってきた会場前に設置されている「令和〇年度 卒業証書授与式」の大きな立て看板の前の横に志帆は立ち、操の卒業証書を手に持ってアリバイ作りの撮影会が始まった。
「志帆ちゃんこっち向いて―、ほらそうそう、も少しニッコリー。」
「こ、こう?。」
元々清楚系の女装を好んでする志帆だったが今日は和服姿と云う事で余計にお淑やかな気分だったので最初の頃はおすましした表情でカメラに収まっていたが、操にスマイルをリクエストされ、作り笑顔を浮かべてみる。
でも操にとってもこの袴姿でいられる事が自分にとっても「本当の卒業式」と云う気持ちでもあったし、何よりもきれいに着飾った袴姿と云う事で「着物女子」としてのテンションも上がっていたのでその作り笑顔はすぐに自然な笑顔へと変わっていった。
そしてひと通り立て看板とその周辺にある映えそうな場所でポーズを取り、アリバイ作りの為の撮影会が終わると二人は連れ立って浅草へと戻った。
成人式の時と同様いつまでも振袖・袴を着ている訳にも行かなかったのもあるし、今日はWISHで着物を脱いでメイクオフするようにしていたので浅草に舞い戻って来たのだが、メイクオフの時間まで少しあったので時間つぶしを兼ねて二人で浅草寺・仲見世界隈を散策しているとあの成人式会場だった浅草公会堂の前を通りかかった。
浅草にはあれからも何度か来ているが、そう言えば公会堂の前を通るのは成人式当日以来だった。
「ここであたしたち成人式したんだよね。」
「そうそう、志帆ちゃんと俺で招待ハガキをあべこべに出して中に入ったり、智樹がチャチャ入れてくるから”この子大使のお嬢さんだから気をつけた方がいいよ”って撃退したり、あの日ハッタリの連続だったよな。ははは。」
「うふふ、そんな事もあったねー。だけど今思うとあの日の成人式は本当にいい思い出になったなー。」
「俺もそう。色んな意味で思いが叶ったから余計にそう思う。」
「色んな意味で思いが叶った」と言うその操の言葉には実感がこもっていた。
自分がトランスジェンダー、LGBTQと云う事だけでどうして成人式に出席する事にここまで四苦八苦しないといけないのだろう。
成人式に女の子が振袖で着飾って出席する習慣は華やかだし艶やかで本当に素晴らしく、和の文化を継承・体験すると云う点からも非常に意義深い。
でもその「女の子」と云う枠にはまり切らないキャラの場合は素晴らしい習慣だからこそ他の行事と比べて自分自身もだし家族や世間等からのジェンダーギャップにより悩まされてしまう。
だけどそれを操と志帆は協力してアイデアと少しだけ度胸で乗り越え、逆に思い出深いものに替える事ができ、次の一歩を踏み出す事ができた。
そして操は更に大きな一歩を今、踏み出そうとしている。
カミングアウトは容易でないのは分かっている。
だけどカミングアウトをしないと先に進めないのも分かっている。
操にとって決断の春がやって来ていた。
(つづく)