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(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式⑧

入口での係員のチェック(受付)を済ませて成人式が行われる建物の中に難なく入りこめた志帆と操は会場となっている大ホールの後ろの方で他の新成人たちと少し距離を置いて座席に腰掛けた。

「うまくいったね、うふふっ。」
「当たり前っしょ。俺は普段かどうみても男っぽい恰好しかしてないからこれが普通だし、志帆ちゃんだってすっごくその赤の振袖が似合ってるからちょっと見た位じゃ実は男だなんて誰も思わないよ。」

それぞれが女装・男装し、そして区から届いた成人式の招待ハガキをそれぞれがあべこべに出して受付を済ませると云う奇策で会場内に「潜り込んだ」二人だったが、「潜入」が上手く行った事でひとまずホッとしたのか改めて言葉を交わす余裕が出てきていた。

式が始まるまではまだ少し時間があるし、外では旧友と再会し「久しぶり~」の連発で会場に入らずに周辺で話に花が咲いている新成人ばかりと云う事もあって大ホールには大半がまだ入っておらず、多数の新成人が公会堂付近に居た割には式典会場の中は未だまばらな入りだった。

それもあって二人が座っている席の辺りには他の新成人は誰もいないし、会場に潜り込んで少し時間が経ったせいで周りを見渡す余裕みたいなものが二人の心の中に芽生えていた。

先程までは会場に入るのに自分宛の招待ハガキをそれぞれあべこべに出してバレないかとか、それに加えて志帆にとっては初めての振袖女装で艶やかな姿に変身できた事が嬉しい反面、同時に初めての振袖外出なので慣れない分洋服での外出の時とは勝手が違う事や自分が男性・女装子である事がバレないかと云う事も気になって心の中はあたふたし、混乱していた。

でも実際には会場には難なく疑われたりする事も無く入れたし、WISHを出てからここに来るまでずっと振袖姿の志帆を他の誰かから実は男性・女装子ではないかと疑われたようにも無く、少しずつ振袖や踵の高い礼装用の草履にも慣れてきたのもあって段々と安堵感が増してきていた。

それに加えて操が見せる志帆に対してのさりげない気の遣い方も初めてでまだ慣れない振袖姿の志帆の心を安心させてくれていた。

そんな事を思いながら二人はたわいもない話をしていたが、まだ式の開始まで時間があるので混まないうちに志帆は館内の「多目的トイレ」で先程WISHで教わったように長い袖をまとめ、裾を左右に分け、腰まで一気にめくりあげた後は女の子らしく座って用を足していた。

見た目はどう見ても女の子だけど、かと言って女性用トイレに入るのは「犯罪」になるので志帆は普段から女装で外出をする時には必ず多目的トイレを使うようにしていたのだがここは区の公共施設でもあり、元から設備があるので安心して用を足す事ができた。

用を足し終えて手を洗っている時、ふと鏡を見るとそこには赤の古典柄の振袖を着た「お嬢さん」が手を洗っている。

「あたし、ほんとに”振袖女子”になっちゃったのね・・・・・。」

と手を洗い終えた志帆はしばし鏡に映っている自分の振袖姿をしげしげと見いると和装バックからコンパクトと口紅を出して鏡に向かって化粧直しを始めた。

まだ小池さんにメイクをしてもらってからさほど時間が経ってないのでファンデーションが剥がれているとかは無いのだが、鏡に映った余りにもいつも以上に女子化している自分の振袖姿を見ているとなんだか無性に「女の子らしい仕草」がしたくなり、志帆は少しだけ化粧パフにファンデーションを取り頬に軽く塗り、そして紅筆に口紅を乗せて軽く唇に塗ったのだった。

塗り終えて軽くティッシュを噛むとそこにはキスマークが付いていて、それ自体は何気ない出来事なのだがそうする事でより今の自分は成人式を迎えた振袖女子なのだと云う気持ちがより高まり、心の中はもう女の子の気持ちにほぼ染まっていた。

用を足し終え、席に戻ると今度は代わりに操が「多目的トイレ」に席を立った。

考えてみると操だって男子トイレを使うのは「違法」な訳だから多目的トイレで用を足すしか合法的な選択肢は無いのだが、ひとりになった志帆はする事もないし、心の余裕も出来てきていたので改めて周りを見渡してみるとさすがにこの寒い中いつまでも外で立ち話もどうかと思ったのか先程より多くの新成人が会場内に入ってきていた。

会場のキャパシティの関係なのか付き添いの保護者や家族は中に入るのが認められていない事もあってここに居るのは大半が同性の友人どうして並んで腰かけている新成人ばかりで、華やかな振袖姿の新成人の女の子が数多く座っている一角は上から見るとまるでお花畑のように見えなくもない。

その反面ダークスーツ姿の男子が多く座っている一角はまるで入社式で男子新入社員がまとまって座っているみたいで、初々しさはあるが華やかさとは程遠いものだった。

「あたし、”あっち”に座ってなくてよかった。」

そして風景の会場内を見渡していた志帆の口からはこんな風にふと独り言が漏れていた。

「あっち」とはダークスーツを着た男子の新成人がまとまって座っている一角の事で、そのいで立ちが嫌で地元の成人式に出るのをパスした志帆にとってその言葉には実感がこもっている。

「やっぱりスーツってやだなー。だけど色々お金も掛かるし、お仕度だって大変だけど成人式に関しては女の子の方が断然イケてる。」

そうしていると操がどこでもトイレから戻ってきてぼんやりと会場を眺めている志帆に気づいた。

「志帆ちゃん、どうしたの?。」
「あ、操クンお帰り。いえねほら、あの辺りのスーツ姿の男の子達の一団を眺めてたらあたし今日は”あっち”じゃなくてよかった、って何気に思っちゃってたんだ。」
「”あっち”ね。確かに。俺もトイレから戻ってくる途中にそこら中で輪になって立ち話したり、ホールの中でもまとまって座っておしゃべりしてる振袖姿の女の子たちを見て志帆ちゃんとは逆の意味で”あっち”じゃなくてよかったって思ってたとこ。」

操のその言葉にも志帆と同じように実感がこもっていた。
田舎の旧家の「長女」でもある操には成人式くらいは女の子らしく振袖を着て出席して欲しいと云う周りの気持ちは痛いほど分かるが、それはFTMトランスジェンダーで性自認が男性の自分にとってまるで大勢の人前で強制的に嫌々振袖女装をさせられるのと同じであり、御免こうむりたいものだった。

確かに晴れ着姿の女の子たちは見ていて華やかでいいなと思うがそれは自分の持っている美意識から来るものであり、だから今日だけは我慢して自分も振袖を着ようと云う気にはならないのだった。

そうこうしているうちに式の開始時間が迫ってきたせいか受付を済ませた新成人たちが続々とこの大ホールに入ってきた。

ここは日頃はコンサート等のイベントにもよく使われている施設だけに大ホールにはまとまった席数があるのだが、昨今の少子化もあってか満席と云う訳でもなく、付き添いの人は会場内に入れないのもあって振袖姿とダークスーツ姿の新成人だけで程良い入りになったところで式典が始まった。

式は最初はお決まりの区のお偉いさんや来賓の方からの祝辞から始まり、一番前の方に座っている白の袴姿のヤンチャそうな男子の一団が退屈して「チャチャ」でも入れるのではと思っていたが、小声で私語をする程度でつつがなく挨拶タイムは終わった。

その後は新成人からなる実行委員会の面々による企画タイムとなり、ちょっとしたアトラクションが始まった。

よくある「恩師からのビデオレター」は志帆も操も台東区出身ではないので画面に映る先生が誰なのか当たり前ながら全く知る由もなく、盛り上がる一団を横目で見ているしかなかった。

ただそれが終わってさすがに浅草と云う土地柄で演芸にゆかりがあり、この会場でも時たまお笑いライブが開催されているご縁なのか「サプライズ」と云う事で若手芸人が登場すると会場はにわかに盛り上がった。

「えっ?ウソ・・・・・。」

すると志帆はすっかり振袖姿に馴染んだ事もあって気持ちも完璧に女子化しているのかまるで年頃の女の子がするように手で口を覆い、ビックリした表情で壇上に上がった若手芸人を見つめている。

志帆は実はその若手芸人のファンで、彼の出ているお笑いライブも一度だけ行った事がある。ただ学生なので自由に使えるお金は限られているし、その自由に使えるなけなしのお金は大半を女装関連に使っている事もあって、またライブには行きたいと思っているものの仕方なくテレビや動画配信を見て楽しんでいた。

ところがこうしてミニライブではあるが彼達は自分の目の前でトークをし、ネタも披露してくれて会場に充満しつつあった退屈な空気を一掃し一気に盛り上げてくれているし、推しの芸人の生ライブがしかも無料で見る事ができ、なんだかトクした気分だった。

「あははっ!、超ウケるぅー!。」

と振袖姿の女の子らしく軽く手で口元を押さえながらネタに笑っている志帆の横でふと見れば操も彼のネタに同じように「超ウケて」いた。

そして若手芸人のミニライブが終わり、盛り上がった会場は最後に新成人からなる実行委員の締めの言葉の後、クールダウンするように幕を閉じた。

成人式はこうしてよくあるヤンチャな新成人が起こす大きなトラブルもなく、また志帆と操もそれぞれ自分の「正体」がばれると云う最大のトラブルもなくつつがなく終わり、まだ出口付近がごった返しているだろうからすぐには席を立たずにしばらく壇上の片づけを見ながら席に座っていた。

「志帆ちゃんってさっきのお笑いミニライブの時、超ウケてたね。」
「やだ、恥ずかしい・・・・・。あたしね、実はこの芸人さんのファンなの。でもまさか生で見られるなんてうれしい。」
「え、そうなの?。俺もあの若手芸人好きでさ、よく動画とか見てるしSNSもフォローしてるんだよね。」
「そうだったんだー、それは奇遇だねー。」

と期せずして出口がすいてくるのを待つ間、二人はしばし「推し談義」をして時間をつぶす事となったのだが、志帆はまさか操がお笑いに関して自分と「推し」が一緒だとは思っていなかったし分、余計に話が弾んだ。

話しが弾んだだけでなくこの推しが一致していた事を通じて志帆は自分と操が何かと気が合う事や縁の濃さみたいなものをより感じていた。

数日前に帰京する新幹線の指定席がたまたま隣だった事から始まり、東京でのお互いの住まいが近かったり、何より志帆は女装子で操はFTMトランスジェンダーと人には表立って言えない面を持っている「マイノリティ」と云う共通点でこうして繋がっている。

正直なところ志帆にとっては操に自分が「志郎」と云うB面(男性の時の姿・恰好)でいる時もだし、反対に「志帆」としてA面(女装した時の自分)でいる時でも操と一緒に居るとなんだか居心地の良さを感じていた。

まだ出会って数日しか経っていないのにまるで操がずいぶんと前からの友人であるかのようにB面(女装子の男性の時の姿)で居る時はデカ盛りの若者定食を一緒に箸をつつきながら他愛もない話をする「男友達」として、またA面(女装子が女装した時の姿)で居る時は自分の事を女の子扱いしてくれて頼りになる「男友達」として何でも話せ、そして一緒に居る事自体が居心地がよくて楽しい時間を過ごさせてくれる。

人づきあいそのものがそれほど上手にできる訳ではない志帆・志郎にとって操の存在は数少ない「親友」を感じさせてくれるし、そして「いいヤツ」である事も感じさせてくれる。

志帆にとって、そして志郎にとって操は男としてじゃなく、ましてやトランスジェンダーとしてでもなく、つまり性別がどう・セクシャリティがどうとかではなく自分にとって「いいヤツ」と思えるからこんな風に友達付き合いができるのだ。

それは操にしても全く同じで女装をしていない男のままの志郎に対してもそして女装をして女の子の姿になっている時の志帆に対しても、性別も外見もセクシャリティも全く関係なく「いいヤツ」と思えるからこうして大切に実家で保管されている高価な振袖一式を無料で貸してあげているのだった。

そんな感じで推し談義をしていると会場からは新成人の人影もまばらになり始め、壇上では片づけも本格化してきた事もあって志帆と操は席を立って、建物の出口へと歩き始めた。

「志帆ちゃん、大丈夫?。」

しばらくぶりに履かれた事もあって草履の鼻緒が固くなっている事や足袋自体も結構ぴっちりとした履き心地と云う事もあり、また慣れない振袖姿と云う事もあってどうしてもちょこまか歩きになってしまって辛そうな志帆を見て操が気遣って声を掛けてくれる。

「うん・・・・・お振袖にまだ慣れてないからちょっとだけ歩きにくいかな・・・・・。」

志帆にとって今日は折角振袖を着たんだからお淑やかにしようと思っていたのもあるし、どちらにしても着物を着ると志帆に限らず誰しもが自然といつもより余計に内股になる事もあり、鼻緒のきつさと相まって正直つま先も痛いし、歩きにくいのはあった。

だからと言って草履を脱ぐわけにもいかないし、とにかく今は慣れるしかないのとこれも成人式を迎えた振袖女子の「宿命」と美しくあるための「修業」のようなものだと割り切って志帆は辛さに耐えていたし、それに少々足が痛い事よりも振袖を着れた事のうれしさの方が勝っていた。

とちょこまか歩きで出口を目指していた志帆とそれを気遣いながら寄り添うように並んで歩いていた操の背後から「お?、操じゃね?。」と半分呼び止めるように男性の大きな声がする。

「やっぱり操じゃん!。成人式出ないって言ってたのにどしたの?。それに”女の子”連れてるし、もしかして”カノジョ”にせがまれて一緒に成人式出たとか?。ははははっ!。」

呼び止められ、そのデリカシーの無い大きな声がする方を振り向くとダークスーツを着た新成人の男性がニヤニヤしながらこちらを見ている。

「だれ?、この馴れ馴れしくて品の無い男の人・・・・・。」

そして彼はニヤついた表情のまま志帆と操の方にゆっくり近づいてきた。

(つづく)


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