(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式①
「じゃあ気を付けて帰るのよ。あ、そうそう今度いつ帰省するの?。春休み?、それとも5月の連休?。」
「んまあ、また決まったら連絡するよ。」
ここはとある地方の駅の1月初旬の新幹線ホーム。
お正月の3が日は明けたものの、分散型の帰省や旅行が定着している事もあり、結構な人が寒い中ホームで新幹線が来るのを列をなして待っている。
その列をなしている中のひとりとして松永 志郎(まつなが しろう)は缶コーヒーを手に持ち、暖を取りながら並んでいた。
志郎に先程から何かと話しかけているのは志郎の母親の恵美(えみ)で、この新幹線の停まる駅までは自宅の在来線の最寄り駅からでも電車で簡単に来れるのだが、息子可愛さなのか「在来線は本数が少ない」だの「荷物が多くて大変でしょう」と理由を付けて見送り方々駅までやってきていた。
「でもなんであと数日でこっちでもせっかくの志郎の成人式なのに参加しないの?。勿体ないし残念だわー。」
志郎は都内の大学に通う学生で、今年二十歳の成人式を迎える。
今年はカレンダーの関係で成人式の行われる1月の第2月曜日が三が日が明けてすぐにあり、実際に正月の帰省を少し延長して地元で成人式に出席してから帰京や帰阪する友人も少なくなかった。
「まあ前にも言ったけど、研究室の担当教授主催の新年会やらサークルのイベントやら重なってててさあー。他にもバイトもあるしそれに教授の新年会は参加しとかないと単位くれるのに厳しくなったりするって噂だし、俺も何かと役職上いろいろあるしー。」
といかにもわざとらしく「俺は東京の大学生だぞ」と云った感じの今風の若者が話す口調で恵美の質問に答える志郎だったが、教授の新年会もサークルのイベントもバイトもあるにはあるが実際はそこまで参加を強いられている訳でもなく、地元での成人式に参加せずに帰京するのは別の訳があった。
志郎の地元の成人式は市長や来賓の挨拶や実行委員長の「二十歳の宣言」と云ったひと通りのセレモニーの後は各中学校区別に分かれてブースを設け、当時の恩師を招き、昔話に花を咲かせながら友人同士再開を喜び合うと云う趣向になっていたのだが、この各中学校区に分かれてと云うのが志郎にとって耐え難いものだった。
実は志郎は中学時代ひどいイジメに合っていた。
特に中2がそのピークで、クラスでいじめに加担しているグループの同級生からなんでもない事で「あいつムカつく」「ちょっと利口ぶりやがって」「なんか生意気」とある事ない事理由をつけられ、しょっちゅうイジメの対象になっていた。
彼らは非常に狡猾で、同じクラスの生徒の中の数人を対象にし、まるでローテーションを組むかのように対象にしている生徒を周期的にターゲットを変え、いじめに及んでいた。
それでもある時に学校でいじめが社会問題となっている昨今、当校でも大きな問題になる前にいじめの芽を摘まねばと云う事で定期的に生徒に対して匿名でアンケート形式で探りを入れた事があった。
いじめだけでなく、その他色んな生徒の心の闇や様々な問題をあぶり出して早期に対応・解決していこうと云う事で始めた取り組みの一環で、志郎もアンケートが回ってきた時にはたまたまいじめのターゲットになっている時期だったので自分の窮状を回答の中で遠回しな表現で訴えた。
いじめがあると遠回しではあるが書かれてあるのを読んだ学校側はこれはマズいと思ったのか志郎のクラス担任とも協議して、先ずはいじめグループと思われる生徒に間接的にこのクラスにいじめがあるようだがそれに関与していないかを問いただしてみる事にした。
しかしいじめグループはここでも実に狡猾で担任の問いかけに「あれはギャグですよ。俺って芸人目指してるの知ってるでしょ?。だからコントの練習の一環です。」といじめではなく「おふざけ」の一種だと答えたのだった。
確かに日頃から口調をはじめとして彼らが行ういじめ自体はおふざけとの区別がつきにくい内容ではあった。
ただされている方はおふざけでもいじめでもとにかくからかわれている事が苦痛な訳であり、それにおふざけを装ってはいるが本心では悪意丸出しのいじめなのは明白だった。
ただそう言われた担任や教師側がひと言「〇〇ってのも”おふざけ”なのか?。」といじめグループがするグレーゾーン的な発言や行動に対して「ツッコミ」を入れてくれていれば多少なりとも抑止力にはなっただろうにそう云う事はせず、「おふざけ」と云う言い分をそのままにしたのだった。
そしてそれどころか「おふざけ」と云う名目でよりいじめグループが行う行為は「からかい」の部分の割合が増していった。
ふざけた調子にてからかい半分でやってれば「いじめ」じゃなくて「ギャグの一環・コントのネタ合わせ」や「おふざけ」で逃げきれると云う認識を結果的に学校側がいじめグループに与えてしまった訳で、より恥ずかしく、そしてみじめな思いをいじめられる側はしないといけなかった。
そんな事もあって志郎は高校は敢えて地元から離れた場所にある高校に進学したのだが、遠距離通学やそれに伴う早起きや夜遅くの帰宅は少なからず負担だったし、自宅から通うのに不便な地域にある高校と云う事で当然同じ中学から進学した他の生徒は皆無で、知らない人ばかりの中に入って新しく人間関係を作るのは苦手だった事もあり、高校でも孤立していた。
そう云う経緯もあり、志郎は絶対に地元での成人式になんか絶対に行くもんかと早くから心に決めていた。
どうせ行ったところでまたからかいの対象になるか誰にも相手にされず無視されてポツンと一人で居て、能天気に騒いでいる筈の相変わらず調子のいいだけがとりえの当時のいじめグループメンバーやいじめを見て見ぬふりをしていたあの当時の教師や同級生たちに会うのは絶対に御免被りたかった。
そう言った心情的なものが大きかったので地元での成人式には参加しないと決めていた志郎だったが、実はもうひとつ参加するのに気乗りしない理由があるのだった。
それは何かと云うと男子はほぼ全員がダークスーツにネクタイと云ういでたちに気乗りがしないので行く気が失せていたのだった。
ダークスーツにネクタイだなんてまるで就職活動中の学生か新入社員と変わりなく、それ以外だとヤンキー系が揃いの白の羽織袴で参列したりしているが何故か羽織袴姿で集団になると何とも言えない威圧感とガラの悪さを醸し出すのでそいつらと一緒にされたくなく和服はより一層選択肢に無かった。
なんで仮にホワイトカラー的な業種や職種に就いたら今後数十年間ずっとスーツにネクタイで1年の大半を過ごさなくてはいけないし、その上地味なその恰好でわざわざハレの日の式に出るだなんて考えられないと心情的にも着ていく服装的にも志郎にとって成人式は避けて通りたい行事なのだった。
「でも女の子はいいよな・・・・・。だって振袖が着られるんだしな・・・・・。はあ羨ましい・・・・・。」
東京の大学に進学してからはさすがにいじめは無かったが、元から人間関係を作っていくのが余り得意でない志郎にとって友人の数は大学生になってもさほど増えてはいなかったのだが、男女半々と言っていいキャンパスでは聞き耳を立ててなくてもここ数カ月は女子学生どうしで成人式に着て行く振袖の事を喋っているのを頻繁に耳にしていた。
そして同世代の女子学生たちからどこそこの着物屋さんであんな色、こんな柄の振袖をチョイスし、髪形や髪飾りはどうすれば可愛く、写真はどう撮ったら映えると云った会話がそこらかしこから聞こえてくるキャンパスでそんな話題が耳に入るたびに志郎は彼女たちが羨ましくて仕方なかった。
何故志郎が女子学生たちの友達同士で交わす着物トークが羨ましくて仕方ないのか、それには理由があった。
ひとつは自分のように地元があまり好きでなかったりいい思い出が無く、仮に友達がいない・少なくて成人式会場でひとりで居たとしても着飾る事は女の子だったら嫌でないだろうし、楽しいだろうと思うからだった。
そしてもう一つ、これは志郎ならではの理由なのだが実は志郎には女装趣味があり、密かに振袖姿にも憧れているからなのだった。
志郎が女装に目覚めたのは高2の秋の文化祭の時にクラスの出し物で「メイド喫茶」をする事になり、クラスの男子の何人かが女装してメイド役として接客をすると云う趣向でその際のメイド役に志郎も駆り出されて女装をさせられたのがきっかけだった。
遠距離通学をしていてその上部活動までやっていると更に家に帰るのが遅くなるし、活動内容もさして興味深いものが運動部・文化部共に無かったので帰宅部をしていた志郎は「おまえヒマだろ?。」のひと言でメイド要員に抜擢されてしまった。
こうして初めての女装をした志郎だったが、元からどこかオドオドしたところがあり、更に女装をさせられていると云う恥ずかしさもあって接客態度は決して褒められたものでは無かったのだが、身長が163センチと男子にしては小柄で、且つ華奢な体格と云う事もあって女装自体は案外ナチュラルな「その辺に居そうな女子」に仕上がったのだった。
「でも松永君ってさあー、色白いし肌きれいだよねー、なぁーんか羨ましいんだよねー。」
「そ、そう?・・・・・。」
「ほんとそうだよー。それにぃー、スカートから出てる足だって細っそいしぃー、おまけになで肩でこのメイド服がよく似合っててカワイイよねー。」
「え・・・・・そうなんだ・・・・・。」
と文化祭当日にクラスの女子にファンデーションを塗られ、つけまつ毛を乗せられながらメイクされている最中に志郎は生まれて初めて自分の容姿について他人から「羨ましい」「カワイイ」と言われ、そしておかっぱボブのウィッグを被ってレースのヘッドドレスを付け、完成したメイド姿の自分をスマホで撮ってもらうと画面には「その辺に居そうな女子」が写っていた。
そしてメイド喫茶では志郎と他の何人かのメイド女装した生徒に加え、クラス一のイケメン生徒と学年でも常に上位クラスの成績をキープしているこのクラスの学級委員長がメインのメイドとして接客をしていた。
イケメンの方は元々整った顔立ちと云う事もあって女装をしてもその整った顔立ちがアドバンテージとなり結構な美人顔になっているし、秀才の方もやはり自分が持っている理知的な雰囲気に加え、女装する事で女の子の持つ清楚さも併せ持った仕上がりとなり、あのイケメンと秀才が女装してメイドになっていると云う事も手伝っていつしか口コミで話題を呼び、お客がひっきり無しにくると云う大繁盛状態となっていたのだった。
そんな状態だったので主にこの二人を見に来る目的の客も多く、いわば「対象外」の志郎は粛々とオーダーされたものを「お待たせしました、ご主人様。こちら○○になります。」と言って運ぶだけで特にそれ以上は可も無く不可も無くと云った感じで見向きもされなかった。
ただ女装をさせられ、しかもメイドの恰好と恥ずかしい事この上なかったが、逆に見向きもされなかったのはある意味自分の女装した姿が「普通に女の子に見える」と云う事のように思え、それはそれで女装させられた事は恥ずかしすぎて出来たら逃げ出したい位だった志郎にとってせめてもの救いでもあった。
それに自分が接客をした相手からあからさまに自分の女装姿をからかわれたり揶揄されたりされる事もなく、メイクをしてくれた女子生徒からはお世辞なのだろうが同様に否定的な言葉は聞かされなかった事で文化祭が終わってからの志郎はもしかして自分は女装が似合うのではないのだろうかと思うようになっていた。
そして冬休みになり、貯めていたお小遣いに貰ったばっかりのお年玉を足したなけなしのお金と青春18きっぷを手に志郎は各駅停車と快速電車を乗り継いで自宅から離れた都市部の量販店へと向かった。
そこのお店に着くと宴会とかで使われそうな「変身用コスチュームセット」の中からセーラー服とおかっぱボブのウィッグを買い求め、その足で100円ショップに行って文房具やその他の品物に紛れ込ませるように化粧品や小物類・下着類を買い物かごに入れ、そしらぬ顔でしかし内心はヒヤヒヤしっぱなしの中なんとか怪しまれずに買い物を済ませ、家に持って帰った。
家に帰るとすぐに買ってきたものを使いたかったのだが我慢し、自分の部屋の押し入れの奥深くに買ってきた女装用品一式を隠すようにしまって女装ができる家族全員が居ない時間帯まで数日待ち続け、遂にその日が来た。
いそいそと押し入れの奥深くからしまい込んでいた女装用品一式を出して並べてまずは100円ショップで買った女性物の下着を付けてみる。
本来なら「アダルトショップ」かそれに準ずる店に行けばもっと本格的な女装用品が手に入るのだが、志郎はその時まだ18歳未満でおまけに比較的童顔だった為大人を装うのは無理があるように思い、もし通報でもされたら大ごとになりそうで仕方なく量販店と100円ショップに売ってあるものを買い込んだ。
なので量販店や100円ショップには売っていないブラに入れる胸のパットの代わりにストッキングを丸めてブラのカップに入れてホックをはめ、パンティを履き、買っておいた別のパンティストッキングもパンティの上から履くと今度は量販店で買ったセーラー服を被るように下着の上から着て、スカートに足を通した。
ひと通り着替えが終わると志郎は机の上に100円ショップで買ってきた大きめの鏡の横にスマホを置き、動画投稿サイトにアップされていた男性が女顔になるための女装用メイクのHOW-TO動画を見ながら100円ショップで買ってきたプチプラコスメを並べてセルフメイクに取り掛かった。
化粧水をコットンに含ませ軽く拭き、下地にBBクリームを塗る。色見をよく見ずに焦って買ったのでその辺は少し気になるがまずは練習だとばかり余り気にせずBBクリームを薄く延ばし、同じく焦って色見を余り確かめずに買ったファンデーションを乗せる。
その後はぎこちない手つきでつけまつ毛をなかなか思うような位置につけられなかったり、左右対称にならなかったりと悪戦苦闘しながらもなんとか形にし、マスカラを入れ、瞼にアイシャドウをメイク動画にあるようにグラデーションしながら乗せて行く。
そしてチークをブラシでこれまたメイク動画にあるように軽くはたくように「ポンポン」と乗せるように塗り、そしてピンク色の口紅を紅筆に取って輪郭を描くように外側から塗った後は一気に中まで塗ってみた。
最後にグロスを口紅塗りたての唇に重ねるように塗り、ティッシュを軽く口に挟むとそこにはキスマークが付いている。
グロスを塗っているせい、それも初めてのセルフメイクと云う事で量の加減が分からずについ多めに塗ってしまった事もあり、余計にツヤツヤした感じのキスマークを見ながら同じく量販店で買ってきた忘年会等でコスプレする時用のおかっぱボブのウィッグを被ってヘアピンで留めた。
「できた・・・・・。」
こうして女物の下着一式を付け、セーラー服を着てセルフメイクをし、おかっぱボブのウィッグを被り終えた自分は「女子高生」になっている筈だが、果たしてどんな風な女子高生になっているんだろう・・・・・。
そんな風に期待と不安を胸に志郎は今度は姿見の前に行き、セーラー服姿の女子高生になった自分の姿を鏡で見る事にした。
「俺、どうなっちゃてるんだろう?・・・・・・。初めてのセルフメイクだったから自信はないけど少しは女の子らしくなれてるかな?・・・・・。」
そう思いながら志郎は伏し目がちになっていた顔を上げ、鏡を覗き込んた。
「えっ!・・・・・、か、かわいい・・・・・。」
するとそこには清楚な感じの「おかっぱボブのセーラー服姿の女子高生」が映っているではないか。
メイクはセルフメイクで且つ慣れていないので適当に化粧品を塗っただけと言えなくもなかったが、逆にそれがそこまでフルメイクでない薄化粧に仕上がった事で結果的に自然でナチュラルな女子高生な感じを醸し出していた。
おかっぱボブのウィッグも着ているセーラー服も忘年会等のイベントで余興用に使う分と云う事もあって作りも素材も雑で安っぽいものではあるが、それでもパッと目には充分「女の子」に見えた。
まだ志郎は17歳と若くてニキビのほとんどない綺麗な肌で、おまけに普段からインドア派と云うのも手伝ってか色白だし、身長も男子にしては小柄でその上マッチョには程遠い華奢な体型なのだがかえってそれが女装する際には好都合となっていて、動画を見て自己流でメイクをし、余興用のセーラー服を着てウイッグを被っただけなのにそれでも結構女の子に見えてしまう。
自分でもどことなくまだ不自然なところや上手にメイクできてない箇所があるのは分かるのだが、それにしてはそれなりに女の子として自然な仕上がりになっているし、これからメイクの練習を積んだり、ファッションについても研究したり知識を深めればより可愛くなれるのではないだろうか?・・・・・。
そう思った志郎はその後も家族の目を盗んでは練習を兼ねてメイクに励み、例の余興用のセーラー服を着て女子高生になった気分に浸っていた。
そしてスマホやパソコンで「同好の士」のSNSやブログを見るようになり、世の中には同好の士の欲求や願望を満たす「女装クラブ」なるものがあるのを知った。
あれこれネット上で検索してみるとスナックのような形態のお店もあるし、そうでない昼間から営業しているどうみても風俗的なにおいのしない男性が女性の恰好をする事そのものを楽しませてくれるシステムやスタイルのお店も多くあるように見受けられ、お店は名古屋や福岡と云ったところにも何軒かあるようだがそのほとんどは首都圏か大阪周辺にある事も分かってきた。
しばらくしてそれもあって志郎は高校卒業後は上京して東京の大学へ進学する事を決めた。
高校は自宅から敢えて遠くの高校に通っているとはいえ、自宅は以前のままなので駅や街で中学時代の知り合いに会う事もあるし、通っていた中学校や塾の付近を通る事だってある。
その度にあの嫌な時期の事を思い出さざるを得なかったし、時には例の元いじめグループのメンバーが目ざとく志郎を見つけて近寄ってきては相変わらずのあの調子でからかうような事さえされていた。
なので地元に元々いい感情を抱いていなかったので出来る事なら家を出て都会の大学なり専門学校に進学したかった志郎としては東京や大阪には女装クラブと云う自分にとって夢のような場所があると云う事を知ってしまった事もあり、両方の意味で上京する事を心に決めたのだった。
そして上京する事だけでなく、女装する事もモチベーションになり、見事志郎は東京の大学に現役合格を果たしたのだった。
それもあって普段は東京で学生生活を送り、盆暮れには帰省すると云う暮らしをするようになっていて、こうして帰京するために新幹線に乗ろうとしているのだが指定席を取っていた便の出発時刻が近づき、ホームには列車がやって来たことを知らせるチャイム調のメロディーが流れ始めた。
「じゃあ気をつけて帰るのよ。忘れ物ない?、風邪ひかないようにね。あとちゃんと食べて大学に休まず行くのよ。」
「はいはい、分かったから。心配ないよ。」
もうすぐ成人式を迎えると云うのにやはりどこか息子の事は心配なのか幾分子ども扱いが過ぎるように思いつつ、志郎は切符を見ながら券面に書かれてある座席に腰を落ち着けた。
切符に書かれていた座席は二人掛け席の通路側で、見ると隣の窓側の席は空席だった。
ただ駅の改札横の電光掲示板に今志郎が乗っている新幹線の便は「普通席 終点まで ×」と既に満席と表示されていたので東京までのどこかの駅からこの席のチケットを買ったお客が乗ってくるのだろう。
席に座り、とりあえず先程まで暖を取る為に握りしめていた缶コーヒーのプルトップを空け、ひと口啜るように飲むと大嫌いな地元を離れた安堵感のようなものも手伝って妙にホッとした気分になった。
ただそのホッとした気分が長続きしない事を志郎はまだ知らなかった。
(つづく)