![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/163261989/rectangle_large_type_2_30f54121c8ae65cb687f4de53352e635.png?width=1200)
産まれ変わったら犬か猫になりたいとグズって困らせた子供時代。
子供の頃、僕が思い出すのは広い土地だった。何故そんな場所に住んでいたのかは知らないが、祖父は農業か何かで儲けたらしい。祖父は常にその家に誇りを持ち、いつしか僕が生きていく上で苦労がない様に残してやりたいと思ったのだとか。
ただ僕はその土地が少し嫌だった。ただっ広いあの庭も、僕には持て余すだけで、魅力を感じる事は無い。だから深く覚えていない。というよりも僕の記憶から消そうとしていたのかもしれない。
僕は6代目の男の子で、いつしかその土地を継承するのだ。そして自分はこの場所で一番凄いのだ、多くの住民は皆この家を羨ましく思っている。等…。そんな祖父の言葉が嫌いだった。
逆に母型の祖父は、とても真面目でユニークで差別をしない人間だった。そして身の丈の合った生き方をし、生涯祖母を愛し続けたナイスガイ。子煩悩で、孫を懸命に愛した。
僕は双方を天秤にかけた結果、母型の祖父の生き方を貫きたいと思った。
僕にとって、この広い土地は障害以外何者でもなく、多くの妬みややっかみを引き寄せる物など無くなればよいのだとも思っていた。
そして人の裏側を知れば知るほど、僕の憧れの対象は常に架空の物になっていった。僕にとって、そのほうが都合が良く、人の内側にへばりつく世俗的な話を聞くくらいならば、縁側で豪快に寝転がり、愛情を振りまく犬や猫の生き方が美しく見えたのだ。
優雅で、そして逞しい。これほどまでに強烈に生を感じる生き物はいない。仄かに温かく、獣臭い匂いもまた、僕の心の奥深くに眠る愛情を掘り起こしてくれた。
親戚一同が集まり、酒を浴びて、どこどこの知らぬ人々の生活や苦労話を永遠と話している声。時に怒号まで聞こえる日もあり、僕はそんな声が嫌いだった。
「何故人は言葉という美しい物を頂いていながら、こうも薄汚い言葉を吐くのだろう」僕はそんな声を聞くたびに耳を塞ぎたくなったのだ。
そんな幼き頃の僕は祖父の気持ちなどこれっぽちも考えてはいなかっただろう。祖父の優しさも、気遣いも、僕には違うと感じていた。でも、そうだ彼には悪意は無い。只管自分の気持ちに正直だったのかもしれない。
思えば僕の憧れた犬や猫たちもそうだ。僕は彼らの気持ちを察してあげてはなかった。ある一面だけを見て、彼らを心底羨ましがったが、彼らからすればよっぽど人間の方が羨ましいと感じるだろう。
そしてその土地も今では、新築の家が立ち並ぶ住宅地をなっている。隅から隅までびっしりと立ち並ぶ家たち。改めて見ると、沢山の思い出も、祖父や親戚の顔を思い出して少し悲しくなったのを覚えている。そしてそうなって始めて、僕は祖父の優しさに気がついたのかもしれない。形が綺麗ではないにせよ、祖父は僕の事を心底愛し、祖父が愛したあの土地を継承して欲しいと願った。
僕が嫌った世俗的な大人の姿も、大人になった今では、その気持ちを痛いほどに理解出来た。多くの犠牲の上に立ち、震える足で懸命に立ちながら、両腕でがっしりと支えているのだ。
そして外で震えて眠る彼らもまた、彼ら自身の戦いに身を投じている。自然界は決して甘くはないだろう。だからこそ、お互いがお互いを理解できないのであれば、双方の領域に立ち入る権利など無いのかもしれない。
彼らが見ている世界。そして僕が見ている世界。同じでいて同じではない。交わっている様で交わっていない。だけどお互い共通している事は、愛を知り、愛を残していくことだと思う。
流れる景色を眺めながら、何処までも広い土地には、沢山の人々の生活が流れている。そしてその立派に立ち並んだ家々の土台には、僕が嫌ったあの土地がある。
だけどその土台には、沢山の思い出や愛情が眠っている。
そして僕は祖父の願いを最後まで叶えてやることが出来なかった。だけどきっとその願いは形となって、多くの人々を癒す物となるだろう。多くの人々が、その地に移り住み、そして愛が根付いていくのならば、祖父が残した愛情と絡まり、更に大きな愛情の塊になれれば良いのだと僕は願ったのだ。
そしてその家々の間をまっすぐに伸びる道を見つけた。
汗だくになりながら、僕をおぶって歩いた道。親戚の家を周り、僕の顔を見せて歩いた道。
どんなに変わり果てようとも、その道だけはしっかりと残っていたのだ。
「爺ちゃん、爺ちゃんの愛した場所は変わってしまった。でも今でもそこには爺ちゃん愛したものはしっかりと残っているよ」
そして僕は、その道を今度は歩いてみたいのだ。
小さいあの頃目線ではない。
爺ちゃんが眺めた、その景色を。今の僕の目線ではっきりと見つめてみたいと思ったんだ…。