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ケース-1271364⑩


助松埠頭へ向かう道、2106年
かなりツタの張っている建造物はかつて高速道路として使われていたらしい、それに覆い被さる様にして二倍は大きく広い超高速道路がある

その下を這う下道を市崎の車で走る

助手席には洞、運転席に市崎、後部座席には江藤が座っている。

「かなり真っ直ぐな道ですね」

「せや、さっき通った堺っちゅう所はかなり監視がキツいから一方通行グネグネ行くしかなかったけど
もうさっきの所越えたら安全圏も安全圏」

「洞、マーキングはもう大丈夫ですか?」
「マーキングちゃうわ漏らされたいんか市コラ」
「ずいぶん久しぶりですね、こんなに外に出てるの、いつぶりですか?」
「覚えてへん、久しぶりやけど、スラムよりはおもろない所や…久しぶりでよかったわ」
市崎は洞を目を細くして見る

同じタイミングで江藤を二人が見ると、江藤は思い詰めた様な顔で外を見ている

「市、なんか音楽とかかからへんのか」
「そんなに良い車じゃないので、最新の音楽とかはかかりません」
「しょーもないのー!」
「ブチ降ろしますよ」

二人が時折その江藤の物憂げな表情を伺っていた

目的地に着く

プリペイドがいかに優秀かはわからないが
下手をすれば位置をバラす様な行為だ

車をすぐ出られる様に待機させ
携帯にトリモチを貼りつけて、古いフェリーの前で電話をする
相手は東京のKAだ


呼び出し音がなる

「東出だ」

「KA,少し話せるか?すぐ終わる、情報を取り込んでおいて、あとで東出と話せ」

「承知しました」

「今回の警視庁内の暗殺、ワシは大阪にいてなにも噛んどらん、出来れば捜査して欲しい」

「何を手掛かりに調べますか?」

「誰にも明かさず、暗殺について追っておいて欲しい…ケースの担当になれればなお良いが…それじゃあ切るぞ」

「どうかご無事で」

「あぁまた仕事のついでにでも来い」

電話が終わったのでトリモチの接着面の方のシートを剥がす

念の為出来るだけフェリーに近付いて投げる

フェリーの艇体後方にピタッとくっついた

杖をつきながらそそくさと車に乗る

ドアが閉まるより前に車は出発した。

フィラメント電球の事聞けなかったのを思い出したが江藤にとっては久々にKAと電話出来た事や自分はなんとか生きていけてる事が嬉しかった。

帰りの車も市崎と洞の終わらない会話を聞きつつスラムへ帰ると、スラムは夜だった。


街灯がない分余計に夜が早く来た様に江藤は錯覚した。

「もうこの時間だったら、帰るしか無いですよね」
江藤がため息混じりにいう

「なんや?オッチャン、どっか行きたいんか」

昼間女将さんに頼まれた事を伝える
那篠の血縁者との面会だ

「…むずいやろな、まぁわかった、そういう意思があるってのは、まぁ伝えるけど、ええ感じになるかは知らん…揉めさせたくないしや」

洞が困った顔をしながら少しずつ市崎と江藤と距離を取り振り返る

「宿の場所わかるな?オッチャン。まっすぐ帰り!」

小走りで洞はスラムの闇に消えてった。
市崎と江藤の二人が取り残された

「江藤さん、なんかごはんでも食います?」
「お腹減ってますか?」
「まぁ…」

そして二人はかすうどんの露天の並びにある人工肉の焼肉屋に入った。

「この"人工夜食セット2つください"」
市崎が頼んだ。
しばらくしたら人工肉が来た。
サラミの様な色合いでそれを七輪に並べていく。
発酵した米で作る白い酒をヤカンからブリキの平皿へ入れて二人で杯をあげる

「江藤さんどうですか?」
肉を裏返しながら市崎が聞く
「どうって?」
「無理はしてませんか?」
「無理がわからないもので…そういえば、洞さんはどちらに行かれたんですか?」
「情報収集ですかね」
「情報収集ですか」
「2時間はスラムを空けたので、その分のいつも回って話を聞く所を回れてないんですよ」

この数日、洞が一箇所にとどまる事は無かった
詰め所でラジオをいじってた時ぐらいである
「久しぶりに外に出た」と市崎が言っていたのを江藤は聞いていた。
ずっとこのエリアにいて、揉め事や異変を察知する為にウロウロしている、ウロウロの洞(うろ)、その言葉の質量が伝わってきた。

スラムの広さを考えると一日中回るのが大変なことは予想出来た

焼けた人工肉の表面の脂が焦げた表面から小さな泡となって弾けている。
江藤は口に頬張る。
表面の焦げた所はサクッと音を立てて割れて
肉の弾力が歯を押し返す
脂が口に広がるが、あまり健康的な油分ではない
塩味も強い
それを発酵酒で無理やり流し込むと
口がスッキリした。ヨーグルトの様な後味だ。

「私は…まだスラムについて何も知らないに等しい」

「教えましょうか?」
「よろしいですか?良い機会ですんで」

よく焼かないと食べられない人工肉は安価だった
市崎は値段の高い自然肉とヤカンの発酵酒を少し頼み

「説明には時間がかかりますから」と微笑む。


同じ夜、東京、KAの住んでいる廃墟

KAは自分の脳内でシミュレートした東出と話す

東出「資料は?なんて書いてある」
KA「資料はありません、極秘裏で動いていたプロジェクトの様です」
東出「犯人にはどういうシナリオがある」
KA「読めません。犯行自体に痕跡が無い、ですが順番としては接するセクションの多い部署から狙われています」
東出「犯行から感情的な一面は感じられるか?」
KA「…」

感情は無い、感情を広義的に捉えれば恐らくあるが
それはKAにとって結果として行き着いただけで
そこに人間の様にバイアスがかかっているというのを信じきれなかった。

高いところから地面に向かってボールを叩きつけた際
俯瞰的に見てそこに重力を感じるか

と問われているような感覚に近い。
個々人の解釈や意見によっては重力が働いている
というだろう

だが投げた本人がピッチングマシンなのだ
命令を遂行している、遂行出来る様に努力を惜しんでいない、それだけの話
感覚に、実感が伴う事が無かった。

故にこの東出とのシミュレーションでこと感情の話となると
KAは頭の回路が熱を持ってしまう

KA「私に出来る事は…私に出来る事は…」

狼狽えながらも模索する
止まっていられないのだ

また東出とのシミュレーションを開始する

「連続性をわかってるだけ書き出すんだ」

「承知しました」

day0
・警視総監に容疑がかかる
・元警視総監が私の所に来る
day1
・必要な物品を調達し去る
・元警視総監に言われた通りにメモ書きを出す
・元警視総監の関係者、派閥の人間だと噂のある庁内の人間の不審死、一人目(死亡推定時刻参照)
day2
・二人目(死亡推定時刻参照)
・ニュースが流れる
・三人目(死亡推定時刻参照)
・元警視総監よりフィラメント電球が届く
day3
・四人目
・事件として立件、元警視総監の関係者、派閥内の人間である、とケースに補足が入る
・元警視総監から電話

「ペースが早い」KAが過去の事件などと照らし合わせながら言う

「連続性は本当に存在するか?根拠は?」
KAの中に落とし込んだ仮想の東出、という人格は
容赦無くアウトラインからえぐってくる

「そうか…」KAは江藤の無意識の脚色に気付く


江藤が無実の罪を着せられた時に亡くなった人も広義的に言えば"江藤の関係者"ではある。

このシナリオがもしかしたら偶発的に起こって
ニュースの報道もあってそう見えているだけかも知れない

そうなれば、接するセクションの多い人から暗殺された、というのも嘘になるし
接するセクションが多い人で殺されていない人にも説明がついた。

KAはノートを見ながら、月明かりの下、人形の様に静止していた。
「事件の輪郭を、追え…か」
ポツリとつぶやいた。



同じ夜、スラム
喧騒の人工肉焼肉屋の角で、良い成人達が言い合っている
「ですから、スラムを実質的に治めてはいますが、それは全員に好かれてるというわけではないんです」
市崎が発酵酒を口の横からこぼしたまま座った目で
熱く語る

「あんなに良いヤツなのにか!」江藤も顔が真っ赤である

「無理矢理りーだーにして治めた事にした、その軋轢はまだ残ってるんです、おさまっている事にしないと、コントロール下にある事にしないと」

そこまでいって市崎は口をつぐんで肩をすくめる

「…わかるぞ、市崎さん、アンタはよくやったよ」

暴徒の鎮圧や粛清は2000年代初期よりかなり躊躇わず行われていた。
コントロール下にある、という事にならなければ
暴徒鎮圧の為にアンドロイド兵や傭兵達が街を焼く事も無い話ではなかった。
10年で1〜2回程度だが起こった事はあったのだ。

「ところで、市崎さん、亜城さんを最近見ないんだが、元気しとるかい?」

「元気…っちゃあ…元気です」
言い淀んだ市崎に江藤は気付く

「やっぱりワシかの…」
「仕方なくないですか?!だって!!…だってねぇ…」

七輪の上の良い肉は端がこげている。

「なんとも言えん事が、多いのう?」
「まだ時間はかかります…すみません」
「アンタが謝ることじゃあないとも、誰も悪くないさ」

江藤はこの身体の産みの親の事や那篠の事を考えずにはいられなかった。
洞の反応を見るに、あまり印象も良くないだろうというのがわかった。
そういった事もあって、洞を嫌いなヤツはいるのか?という話題のスタートから
スラムにもある軋轢などの概要を市崎から聞いていた。

やれる事はした。
暗殺が解決するか、はたまた自分が死ぬかはわからないが
それでも後は情報をまとめて行くだけだ
ここで暮らすのか、出て行くのか
考える猶予は少しは出来た。

市崎はフラつきながら
「僕出しますよ」と言って立ち上がった
焼けた肉を口に入れながら
「ワシはもう少し残る」とお金を市崎に手渡す

市崎はウインクして、お会計して出て行った。
あの千鳥足だが無事に帰れると良いな、と江藤は思った。

喧騒の店内にポツンと一人、角に座る江藤
誰にも見られていない、というのが少し心地良く感じた。

残ってるヤカンの発酵酒を一口啜りながら、残った肉を焼き、網の上で裏返す

立ち上がる煙を見ながらボンヤリと今日までを思い返していた。

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