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ケース-1271364⑨



江藤は目を覚ました。

真っ暗な部屋、布団がどこか湿度を含んでいて重たい。
今が何時なのかもわからないがよく寝た。

部屋の密閉度合いにも慣れた、静かで良い所だ。
光が何も入らないので、部屋の電気をつけ服を着替え
何時間ぐらい寝たのか外を確認しようとドアノブを引いて開けた

昼頃だろうか
受付の入り口真ん前の部屋なので受付を確認したが
おかみさんはいない

妙に静かだと気付く。
人気が無い、電気もついていない
探索型ドローンの音がすれば確実に粛清に近い何かだろう
出入り口は、階段は、部屋は外観からみてどうなっていた、と
あらゆる情報を思い出しながら
一度広げたカバンの中身を整理する

また逃走の日々が始まるかも知れない…
江藤は身支度を済ませ痕跡を消し
静かに上の階へと登っていく
軋む段は飛ばしつつ、手すりを引っ張り静かに登る

2階も3階も人の気配は無かった
そこまでは広くないが
泊まってる客はいないんだろう。
歓楽街の連れ込み宿で、そもそも泊まる人間が珍しいんだろう。

最上階の4階に上がる。
幸い監視カメラやIDのチェック端末は無いので、
来るとしたらドローンだろう、窓に近付いて外の様子を伺う。

通りにも人がいない。100mくらい先の開けた場所で人がワラワラと集まっている
群衆が対象にしているものを探す。
ドローンは飛んでいなかった。

人混みに押し返されている中心にいたのはアンドロイドだった。
おそらく警察から派遣されている、独特のジャージみたいなモノトーンの服装。

そしてアンドロイドのみの時は鎮圧が出来ないので、ただただ押し返されるだけだった
洞の姿は無い、亜城も市崎もその場にいなさそうなので江藤は少し安堵した。

ただし自分がここにいるという事はもうバレているようだ
江藤は次にいつどのタイミングで逃げるか、やり過ごすかを考えていた

「ん?」しかし妙な事に気がついた。

オーソライズデータが完全に消去されたなら、ここにアンドロイドを派遣した所で自分は認識されないので逮捕されない

江藤の嗅覚が再び危険を察知する。
陰険なやり口、人でなしのやり口、そしてよく使う手口

一部前線を盛り上げておいて、後ろからコソッと奇襲する
江藤もあらゆる突入作戦の時に似た様な手段を上から指示された。

ーと、するなら別働隊がいるなら江藤の今いる位置を知る為には女将さんか洞に接触しないといけない
そのあたりにすでに接触し尋問が為されていたとするなら…
クソ、助けに行くか?

と少し感情が入ってしまう。
引いた目で見ないと最善策を見失なう

街を腕っ節で収めて好かれてる洞がコソッと奇襲されるだろうか
それは無い
女将さんは接触したとしても部屋を用意した事までしか知らないし吐けない

とするなら誰を襲う…?
思いを巡らせている時に階段の下から物音がする
引き戸の音、足音。
自分のいた痕跡はある程度消したが
それでもやはり怪しいか?足跡か?

仮に刑事が捜査特化型アンドロイドを連れているのなら足跡でバレてもう詰みだが
そもそもこんな事件にランクの高い刑事や捜査官を送ってはこないのもなんとなくわかっていた。
とするなら殺し屋…?


静かに息を殺しつつ、壁にピタリと背をくっつけてゆっくりと立つ
人間ならまだ大丈夫だ

洞の声が聞こえる
「言いましたやろ?警戒心バケモンやて」

引き戸が閉まる音がする。
二人とも出て行った。

このままこの場に止まるか、本当に出て行くか
いよいよもって悩み始めた。
こんなのが何回あるかわからない
自分を裏切った部下も余念が無いほど徹底的な人間だったので
死体でも見つけない限りは何度となくこのスラムを叩いてホコリを出すのだろう

やり過ごすのは難しい。

江藤は次の目的地を決めた。
海だ。
上手くいけばかなりの時間を稼ぐことが出来る。

自分のために動いてくれている人間の為にも少しでもリスクを減らさなければ。
江藤は、まず服を着替えたかった。
あまり汗をつけてもと深夜に一度起きて、浴衣に着替えたが
部屋を出ていく前に着替えた、元々着ていた服は、若者の代謝の良さもあり
とても臭いがした。

一旦夜になるまでをやり過ごした後は、洞の所に行き、服の調達の仕方を教えて貰おうと思った。

手段と目的が次々と思い浮かぶが
ひとまずはアンドロイドとスラムの住民の小競り合いを見届ける様に窓辺に座った。

そういえば、KAのところまで命からがら逃げた時も
同じ様な構図で窓際でへたり込んでいた事を思い出す。

KAのところにフィラメント電球は届いたろうか。
プログラムナンの関係者の暗殺は止められるだろうか
そもそもわかるだろうか、そんな電球一個で
このメッセージが…

杞憂にキリはない。

窓の外の人混みの中に警察と洞が一緒になる
刑事を守りながらアンドロイド2台が帰っていくのが見えた
住民たちが言葉を浴びせながら出口のあるであろう方向についていく

一旦は収束したろうか。
また引き戸の音が一階から聞こえた
体重やかったるそうなやや早い歩き方

階段を登る音がする、洞だ

2階、3階と上って来ている

4階についた

「あっ?!…あぁ…おったんかいな」
洞がビックリしている

手で招く江藤

「盗撮や盗聴をしてる可能性がある、とにかくあの刑事が歩いた所をよく調べてください」

「えぇ、エグ…そんな事しよんのかいな…それがクリアになったら降りて来るんか」

江藤は頷く

「2階3階4階は商売の場所やから、おかみさんにも話通すで…ええな?」

江藤は頷く
洞の身体に盗聴器や盗撮カメラが仕込まれてる可能性も考慮してだ。
人につけるには触れなければならないし
人混みへ合流する時の距離を見るに
近付ける程刑事も会話は上手くなかったようだったので
おそらく装着されてないとは思いつつも江藤はリスクを恐れた

いつもより歩速を緩めながら注意深く階段を降りて行く洞
外で「おばちゃーん!おかえり、すまんなぁ…」と聞こえたのでもうすぐ女将さんも帰って来る

引き戸が開いて、真っ直ぐ4階まで女将さんが来た

「ご迷惑をおかけして、申し訳ない」
「ええねんけどね、夜まではここら辺人も使わへんし」
おかみさんはすっぴんだった
夜にここへお邪魔した時よりは肌面積が広く
化粧というのは輪郭まで変えるのかと驚いた

「あの子なんも言わへんけど、なんか失礼な事とかしてへん?」
「いえ、大変お世話になってます」
「せやったらええねんけど…ホンマ大変やね」
「私が、ですか?」
「せやんか、身体もろたおもたらその子の身体で、冤罪で指名手配、命からがら逃げて来て…私やったらもう身体貰うのも諦めるけどね」
「…そうですね」江藤は口を濁す

濁しながらも自分も脳移植はやりたくてやったわけじゃない
と言えたらどんなに良いか、と思った。

江藤が警視総監という立場をしている時
国定評議会という警察組織と行政の間にある組織があった
国定評議会のみが公にされておらず
ここには財界の人間であったり裏社会の人間
おおよそ海外から日本を守るのに必要な財力と実質的な武器が結集していた。

2050年ごろに日本は土地を海外資本に買われ
移民がそこで働き、実効支配を出来ていない状態
というのが密かに行われていて
日本という国として立ちいかなくなるんじゃないかという所まで国土を買われていた
その流れで日本の国土を守る事や日本という国の"体面"を保つ為の組織が
警察の上に出来た。

それが国定評議会、各メンバーは顔見知りだが
お互いの名前を言わず、警視総監に対して匿名で
方針を伝えて警察という組織に根深く影響力を持っていた。

そしてその国定評議会により、定年を過ぎた江藤の身体は
全国民ID化運動を推進する為に"終わりそうな身体"から"警視総監を続けるに相応しい身体"としてドナーを探し続けられ、ありがたく頂戴するに至ったのである。

そこまでを言えればどれだけ楽か。
江藤は口を閉ざした。

「その子、那篠って言うねんで」

「洞君からうかがいました」

「そ…、ちょうどこっからやったら、あそこ、見える?あの煙立ってるとこ」

覗き込む江藤
距離にして300m先ぐらいのブロックだろうか

「あそこら辺の子やねん、私は洞しか知らんかったけど、なんか半グレみたいな組織入ったから
もう親には顔合わせへんて、言うてたみたいやけどね」

少しその親御さんを心配している様だった

「ドナーする事は親御さんには」

「スラムに了解取ると思う?」
女将さんは少し哀しそうに笑った

「勇気はいるかも知れへんけど、もしええんやったら、会うてあげてよ」

関西人特有の対象者にわざと話しかけない話し方で呟いた

「そうしましょう、ちょうど僕もこの授かった身体、どういう人だったのか知りたかったんです」

「アンタの噂もよー広まってるねんで…でもよかったな」
「何がですか?」
「アンタの身体やんか那篠さんの身体でよかったな言うてんのよ…よその人間の身体やったら、扱いはこんなにやさしゅないで」

…確かに。
偶然に生かされてると江藤は強く感じた。


洞が帰って来る

「ええの見つけたわ、これすごいな」
光るバトンの様なものを持っている

これは盗聴器や盗撮機を見つける為のサーチバトンだ
古い機種だが、アンチアンドロイド期と呼ばれる時代に監視される事を嫌がる国民達がこぞって持っていた
江藤もバリバリやっていたうら若き30代の事である。
新品同様のサーチバトンまで探せばあるのだ
サーチバトンを見ながら懐古してしまう。

「コレで見た感じ、もうあらへんと思うで…オッチャン飯くてないやろ」

「ホンマやんか!食べてきい」

洞と女将さんに勧められてピタパンの店に行く
洞は当たり前の様についてきた
ピタパンの店の店主は無口で口髭を蓄えたアラブ系の人だった

「45円」

先払いシステムだった。
フリーズドライのキャベツを水でもどしてピタに入れ
焼いた薄切りの鶏肉と謎のソースをかけて紙に包んで渡される

そこら辺にある椅子に腰掛ける

「洞さん、行きたいところがあるんですが」
「どこ」
「海です、出来ればフェリーが止まる様な」
「乗るんか?」
「いえ、捜査を撹乱させたくて…何度も今日みたいな事があって皆さんに迷惑をかけ続けるのは耐えられません…」

「どないすんねん」相変わらず洞は食べるのが早い

「監視の薄い港でフェリーが止まるところで
わざとこの電源の入れてなかったプリペイドで
刑事の一人に連絡を入れます。
そこから探知するのに少なくとも3時間
探知した後警察が電波を拾うのが
「フェリーか…なるほど、ほんならまずフェリー自体も監視が薄ないとあかんな…タンカーでもええんか」
「確かに」
「ちょ電話してくるわ、適当に宿に帰り」
「電話はやめといてください」
「なんで」
「気を付けておいた方が良いです、記録に残るので」
「そうなん?!…ヤバいこと喋ってなかったらええけど怖なってきたな」
「私が用心深いだけです」
「まぁ船詳しいオッサン、探してみるわ、宿帰っとき」

いつもの早足で歩いて洞はピタパン屋から出ていく

ふと女将さんの言った「よその人間の身体やったら、扱いはこんなにやさしゅないで」

という言葉がジンワリと痛い
洞もそうなんだろうか、とふと思った。

江藤もピタパン屋を出て明かりの入らない部屋に戻った。



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