ケース-1271364⑫
KAは警視庁、警視総監室に居た。
綿倉警視総監、江藤元警視総監が失踪後、すぐに内閣総理大臣より任命を受けそのポストについた。
太い眉毛と、鉤鼻、黒縁の大きなメガネが特徴の厳粛な男だった。
綿倉はため息をつきながら資料を読んでいたがキリが良いところで
メガネ越しにKAをまじまじとみつめた
「東出、きみはえらく功績を上げてる様だね、資料、目を通したよ」
「ありがとうございます」
「それで、だ、これは公式な捜査では上がってない情報だが、君、江藤のヤツから連絡来てないか?」
「来ました」
「そうかそうか、突然かね?どんな繋がりがある?」
「かつての捜査の時に連絡先を交換しました」
「どれよ」
「人間の夜明けのメンバーが」
「あー、はいはいはい、それでか!いやー驚いたんだよね、なんで東出君に?と思ってね」
ポイントは得ない話し方、だが確実に何かの外堀が埋まっていく様な感覚がKAにはある。
「で?なんで?」
綿倉の目は大きく開いて、一挙動も逃さんとしていた
KAが人間ならこの圧でたじろいだだろう
だが幸か不幸かアンドロイド、会話に関しても
ポイントを得ないので、普通に聞き返す
「で?というのは」
「…どんな話をしたんだ」
「電話の際、江藤氏は"私はやっていない"と言っていました」
綿倉は考えを巡らせる
何故東出なのか、何故あのタイミングなのか、何故船に乗る前だったのか
江藤という人間を近くで見てきた綿倉にとっては
近くで見た故の江頭の狂気や、近くで見た故の江藤への畏怖があった
深入りすれば、足元をすくわれるかも
と下剋上が上手くいったが故の"奪われる恐怖"がヒシヒシと蝕んでいた。
この席は呪われてる、と江藤が言っていたのを思い出した。
「それで、東出君はどう思うね」
「それは捜査として、という事ですか?」
「印象だよ印象!硬いなー!」
「印象…ですか」
KAには感情が無い
「不審死ですからね、不審に思います」
綿倉が大声で笑う
息が出来ないほど、腹を捩らせて笑う
綿倉は確信を得た
ヤケクソだ、江藤自身との関係を持っている人間は電話をかけるとバレる
一度会った東出に、堅物なコイツに、成績の良いコイツに、賭けたんだ
だがコイツはそれを理解していない
イタチの最後っ屁が、露ほども功を奏さなかったのだ
笑わずにはいられなかった
「…はー、そうだよな、不審に思うよなー、ハハッ…
そっかそっか、意味わからなかったろ急にかかってきて」
「ええ」
「事件を追うつもりはあるかね」
「担当になったケースならやります」
綿倉は良い事を思い付いた。
「そうだ東出君、君今回のその事件の担当してみるか?」
「その事件、というと不審死ですか?証拠が無いんですよ?」
「成績も良いんだし!解決すれば昇格だよ!期限も多めに見繕おう、何、また端末に送る」
綿倉は端末から資料課へ申請を送りながら、
"解決出来ない事件"の後、このケースの未達成を理由に東出を人事異動する事まで考えていた。
綿倉の理想の帝国には羽虫も蟻もいる隙は無い
「退室を許可する、東出君、頑張ってね」
綿倉はありったけの笑顔でKAを送り出す。
KAは敬礼をし、ドアを閉める。
綿倉のデスクの、古い機種のPHSを取り出す。
どこかにかけるのか、番号を押したと思うと、腕時計の端末のアプリが起動する
「すまんが、今の任務のリストにもう一人追加だ、映像と現在地を送る」
綿倉はまた警視総監の椅子に座り、肘置きの手触りを楽しんでいた。
次の日の朝、大阪
洞が朝からスラムの北部の事務所に行く。
一番遠い所だった。
暫定市民線との区別が曖昧な地域で
一般市民の店がどうどうとスラムに構えていたりする
小走りで横道や細い道を進む
メインストリートには物乞いが多くいて、洞を捕まえて話そうとする人間が多かった
大抵は喧嘩をしたい60代のかつて腕利きだった人間達だが
それ以外にも洞なら金を持っている、と吹聴されたせいで
北部に行くのは気が重かった。
北部連絡会という窓に鉄格子のついた建物に入っていう
二階建てのレモン色の建物だったが
汚れがひどく、窓の鉄格子も錆びていて虎柄の様な外壁になっている。
「えらいすみません昨日は!洞です」
「遅いやないの、え、今来てるのはおとついの分?」
白髪混じりのチョッキを来たおじさんが出て来る
「あ、いや昨日の分です」
「おとついの分の報告はええわけ?」
「いえ、おとついの分も昨日の分も報告お願いします」
洞が頭を下げる
「しゃーないなぁ、おとついから、死亡3、窃盗0、喧嘩8、不審者0
昨日は死亡5、窃盗2、喧嘩4、不審者1」
洞はメモをする
「しんしゃ1っと、死亡者は老衰とかですか?」
「喧嘩でやりおったな、メスカルフラワーってバーや」北部の連絡会の長はタバコに火をつけながら言う
「あっこえらい喧嘩出てません?」
「ほんなもん店主が悪いがな、賭けもやっとるみたいやしな」
「賭けかー、それやったらしゃーないですね」
スラム北部に限らず
外部の人間がスラムで賭け事をするのはよくあることだった
北部はかなり盛んで、暫定市民線との境界が曖昧なので警察もガサ入れに来ることもしばしばあった。
洞がメモを見ながら聞く
「不審者0とか1って、だいぶ珍しいんとちゃいます?」
「ほんまに、皆目ぇ腐ってるか、えらい金もろたか、知らんけど」
「ありがとうございます」
「おい洞、茶飲んでいかんのか」
「今日は北部に、いの一番に来たんで、あとが残ってるんですわ、すまへんえらい」
「早よ行き早よ行き」
洞は階段を降りて一応大通りを歩いた
目を逸らす者がいるかどうかチェックしながらスラムの東の方向に歩いて行く
スラム街東部、ここは住宅街と犯罪が蔓延っている。
一般市民と市民外に分ける暫定市民線、その線のすぐ向こうに駅があり警察が警戒している。
駅の周りには鉄条網が張り、厳重警戒がされている。
それでも駅に近いのは利点であり、北部、南部、東部、西部の中では唯一マンションなどが立つエリアだ
歩いてなら北部と東部は近いが、トラムで行こうと思うと乗り換え込みの計三駅。
東部連絡会とかいてある表札の家のインターホンを押す
「入り」ドスの聞いたマダムの声がした
ドアがピピーっとアラーム音を立てて開く
ドアを開けて入ると先ほどの声の主が居た。
白い髪を後ろで括った、セピア色のメガネの壮年のマダム
眉毛だけは描いているがほぼ化粧はしていない
疲れた目、下がった口
那篠の母である。
「昨日のは死亡2、共に老衰。窃盗13、空き巣6押し込み強盗7、喧嘩0、不審者15」
バツが悪そうに洞が立っている
「なんやの」突き放す様な言い方をする
「聞いてるやろおばちゃん、那篠の身体が」
「…別人やろ」
「別人やけど」
「ほんなら殴ってもしゃーないがな」
洞はその言葉の裏にある苦い物を感じた。
那篠母の言うとおりだ、会う事に意味があるかと言われたら
那篠母には特に意味もメリットもない
ならずものの尻についていって、案の定死んだ
その怒りは到底埋められるものでは無かった。
しょぼくれてる洞を見て、マダムは続ける
「しっかりしいや、アンタ、ヨシのリーダーなんやろ、なんやみっともない」
返す言葉も無い、喧嘩はすれど、正当な怒りを持つ相手に対して洞は滅法弱かった
今まで暴れるしか出来なかったのだ。
暴れても泣いても何も解決しない、ラーズを作った彼にとっては
皆が明るい方を向いてくれる、実感を持って進める方向
そう思っていた。
「出ていき」
「おばちゃん!」
洞は言葉を遮った
そして頭と手が瞬時に床につく
「俺全然わからへんねんけど…こんな方法しか思い浮かばんけど…頼むわ!」
人生で指折り数える程しかない土下座だった
洞は何故土下座をしてるのかも
何に謝ってるのかもわからないが、とにかく打破したかった。
「それ見て何したらええの」
「頼む!…頼む!」
「みっともないて、はよ出ていき、腹立つわ」
マダムの声は冷たかった。
ゆっくりと立ち上がり
「報告、ありがとうございます」
と洞はドアを開けて去った。
那篠母の後ろの壁の裏には、隠れる様にして那篠の妹が立っていた
妹は
「冷たいよ」と言った。
「アレはアレでお灸据えなアカン。アレは育たなアカン、なんぼでも耐えて、耐えてせな、一回この地域守ったぐらいで、幅きかせとったらアカン」
と、那篠母は紙幣を数えながら言う。
深いため息をつきながら、壁に飾ってある
生前の写真を眺めた。
「ヨシはホンマ、アホや」
那篠の母は噛み締める様に写真を見てつぶやいた。