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ケース-1271364⑧


しばらく市崎の"どうして身体を鍛えようと思ったのか"という
自己啓発本の様な内容の話を聞きながら過ごしていた。

洞が詰所に帰ってくる。

「おー、オッサン、出かけよや」

「用は済んだんでしょうか?」

「ん?おう」

出て行って20分もしないうちに帰ってきたのに江藤は驚いた。

「市は家帰るやろ」
「はい、そろそろ」

家が別にあるということを予想してなかったわけではないが
帰るのか、と江藤は市崎を見た

ボケる空気をだす市崎
「そら家ぐらいありますでオッサァン!おう、ハジキかせ!殺したる!」と市崎が洞の物真似をする

似ていない。

「ワシほんなんいっぺんも言うてないぞ市!!」
「言いそうですよね?言ってそうですよね?!江藤さん!」
怒る洞を尻目に嬉しそうに江藤に話題を振る市崎

「初めはそんな人だと思いましたけどね」
「こんなにマイルドやのに…」
凹む洞。
そして突如ムクっと復活する

「せや!ちゃうねん、朝にスラム案内する言うてたのに案内でけんかったから、今から行くでって話やオッチャン」

「あぁ、うどん屋に行く前に」

「はよ用意せぇ、色々見せとかなアカン」

洞の言う"色々見せとかなアカン"の真意を、この時江藤は知る由も無かった。

外に出ると街とは比べ物にならない臭気
そして湿度と夜なのに風は熱かった。
季節は秋に差し掛かろうとしているのに、蒸し暑かった。

ジャラジャラと鍵束を鳴らしながら洞が最後に出て来る。
所々でドラム缶で火を焚きながら一杯やっている老人たちがそこかしこで見えた。

「ま、ついてきぃ」


何故が市崎もついてくる。
彼の場合コレがボケなのか本気なのか分からなかったがボケならば洞がつっこんでくれるだろうと放置していた。

街頭の明かりもまばらで、火を焚いてるドラム缶と、家屋から漏れる明かりしか無かった。

江藤が大阪についてから「空が綺麗だな」と思ったのは二度目だった。

しばらく歩くと「ここが亜城ん家」洞が歩きながら紹介する

「ほんでここの筋グーって言ったら賭場あるわ」
「洞さんが今日5000円賭けた所ですね」
「んなわけあるかボケ」

市崎はつっこまれてニヤニヤしている
夜に出歩く太めのヤンキーとムキムキスーツと細身の男
個性が強いなと江藤は思った


「ほんで、ここの線から向こうが暫定市民線
ここ以降は俺は越えられへん、IDもなんもあらへんからな。
市はこの向こうの区画に住んでる」

市崎が「良い夜を」と会釈して去る
車を持ててるのは暫定市民だからなんだろう、と江藤は思った。

自分もかつては向こう側の人間で、この線を越えたから生きてるし捕まっていないんだろう

そう思わせるには十分なほど、暫定市民線の中と外での建物の出来が如実に表れていた。

「次行くで」洞は少し遠くまで行っていた。

トボトボと二人で、少し砂の混じった砂利の路地を歩く。

「市がこの組織のホンマのリーダーやねん」
唐突に洞が言う

「初めはケンカ引き受けて代わりに殴り合うのを、わっかいときに俺がやっとって、市は街の人間やのに
よーその殴り合いに出とってな。
賭場の賭けの一個や。

そっからまぁツルむ様なって、お前と亜城がその半グレ隊に合流したんや。
皆でスラムを良くしよなー言うとった

やってる事は暴力で捩じ伏せとるだけなんやけどな」

洞はクスッと笑った

「ほんでまぁ、月日は流れて、ええオッサンになる頃には市はおらんかった
むこっかわの人間やから、色々あるんやろ、言うて
あんま話題に出さんかった。
その時の俺の手下は25人ぐらいおった。

ほんで、市帰って来たんや。
なんかよー分からん…なん…あの…」
正式名称が思い出せてない様だったので、江藤が補佐する

「治安維持特殊組織」

「それや、それが出来るから、頼むから中からと外からで、どうにか出来んか言うて
頭下げに来たんや」

どうやってラーズがうまく成り立ったのかてんで分からなかったが
江藤はそれなら確かに上手くいきそうだ、と
偶然の産物を崇めずにはいられなかった

「そうなるとタトゥーはどのタイミングで?」

「ノリやな、いつかは忘れた」

「の…ノリで…の、ノリで?」

「俺が初めに入れた、その頃は人間の夜明けっつーめっちゃデカいテロ組織おったやろ
それを壊すんやったら太陽神やろ、ほやからラー」

ラーズ…太陽神達…エジプト…

「ま、あの時は俺らも自分の事神さんや思ってたからな」

「何歳ぐらいの時ですか?」

「30…ヤク中の巣皆で潰したんもそれぐらいん時やったから多分30」

江藤は驚いていた。
人は何も規範がない混沌の中でもおかしいという善悪のセンスがあれば自らの正義を行使するのだと

東出少年の言葉が過ぎって江藤はチクっと心が痛くなった

「なんでその巣、潰そうと思ったんです?」

「ほらお前、アホやなおもたからやろ」

警視庁にいた時、スラムに関しては
自治区として保護するか、スラム自体を潰すか
その論議がされていた。
そんな事を左右されてる中、彼等は彼等なりに
居場所をよくしようと動いていた。

「ここの通り、あの階段登ったら街がよー見えるねん」
一際高い建物がある
歩くスピードがあがる洞、あそこが好きなのかも知れないな、と江藤は思った。
階段とはなばかりの急な梯子を、一生懸命ついていく
登ると洞はあぐらをかいて座っていた。

高い所に座って風を感じている様だった

「まぁ座りや」洞は江藤に地面に座る様うながす
渋々江藤が横に座る、身体がよく軋む。

街の明かりが点々と燃えている
土壁の建物の向こうには舗装された道路と高いビル群が見えた
ビルの壁にあたり一体が囲まれている様に見える

「結構いつでも、こっからよー見ててんな」
「そうですか」
「よお街見て覚えとき、逃げ回る時も来るかも知れへんしな」
「いかにも」
「危ななったら、そこら辺におるやつに洞おる?って聞いたらええ、だいたい皆場所わかっとんねん、便利やろ?」

そんな事を言っているのに洞は
風を気持ちよく浴びてる様な
街を憂いている様な、そんな顔をしていた。
街を眺める江藤。

「あれ?今立ってるここ、これ教会?」
「せや!後ろから登ったらこんなんなってるねん」

「まぁあと何ヶ所か回ったら今日のプログラムしゅーりょーや」

洞が先に梯子じみた傾斜の階段をカンカンおりながら言う

「こっち行くで」
アーケードから来たが、教会は街の南西側にあり、中心にはまだ一度も行ってないというのがわかった。
中心街にはネオンがあったりして、電力も使っている形跡があったのを洞の後ろを歩きながら江藤は覚えようとしていた。

「ほんであっこが歓楽街や…改造人間もよーさん働いてる」

紹介されているのは江藤の耳には届いていなかった
自分がいる事で、ここをどうよく出来るのか
それを調べていきたい、と思った。

「ほんで改造人間やから言うても見えへん所とかな…」
洞が話している

少し情報や感情が多すぎてボーッとしてしまっていた
洞の話が次第に消えていく。

「…次、行くで」

江藤は少し足に違和感を感じていた。

「次がこれからオッサンが寝泊まりするとこやから、もうちょい歩き」

洞がカバンをひったくって前に出る

「階段登れるか?」
「えぇ、まぁ」

かなりの段数石段を登る。
廃棄された高速道路の下にいかにも歓楽街という宿があった。

引き戸をスライドする洞

「遅なってごめんおばちゃん!この人やねんけど」

「はよ連れてきいゆたやろ!!いらっしゃい」
50代半ばだろうか、
恰幅の良い女将さんが出て来る

「客やけどお客さんちゃうで」

「あホンマ、そうかいな、ほんならコチラです」

杖をついているのを考慮してか、一階の受付のすぐ横の部屋を案内される。

「布団あったらええ言うてたけど」
「ええ、ええ、これでええ、完璧」

洞が荷物を部屋に置いて、つっかけを玄関で履きながら言う

「水は飲める、トイレもある、これ以上もてなせんけどすまんなオッチャン」

引き戸が閉まる

案内された部屋に杖をつきながら入る。
6畳あるかないかの狭い部屋だ。
これから幾度となく刺客に狙われる可能性もある
窓がないこの部屋は、江藤にとって安心出来るものだった

寝る前に血流をコントロールする薬を飲む
若い身体と古い脳みそで
脳も処理が追いつかない時が幾度となくあった
薬を摂取するのを怠ると
痺れて動かない箇所が増えた

とにかく色んな事があった三日間だった。
KA、亜城、市崎、洞、そして女将さん

これから関係を深めていかないとなぁと
少し湿った布団に寝転びながら思った

電気を消すと窓がない部屋の機構上、静けさが轟音の様に聞こえた

江藤は誰にいうわけでもなくおやすみを言った

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