ケース-1271364⑦
江藤の見る夢はいつも特定の場所から始まる
それは何処かの通路であったり
縁側であったり
オフィスであったり
自分が認識している記憶上の原風景とは少し違った
ドアの配置であったり
照明であったりした。
時間は朝日や夕陽がさしていたり
昼間だったり
よるだったり
まばらである。
場所のみが固定されていた。
そして眠りながらも自分で
夢であると薄く認知しているのだ。
「また夢だなこれは」
今回も例に漏れず夢だと薄く認知している。
場所は街の中、
監視カメラの少なさや駐車している車を見るに
おそらく2090年後半だろうか
東出の最期を見届けたあの街、あの景色だ。
唯一違うところと言えば現場に行ったのは夜、
そして今見ている夢は真っ昼間だった。
嫌な場所に来た、と思った。
仕事で出かける時も、
無意識か意識してか
惨劇が起こったあの街は通らなかった。
長らく通ってないがアパートや立ち並ぶビル、
配色は見事にあの区域だった。
白い巨大な丸いものが遠くに浮いていた。
不思議と興味はなく、嫌な印象は受けなかった。
通りの角に東出少年が立っている。
笑顔でその方向に一歩踏み出すと
少年との間にはいつの間にか大きな溝が出来ていて
溝からは分厚い強化ガラスが生え、
東出少年と江藤を隔てた。
東出少年は何かを言ってるが
聞き取れない江藤は近付いて行く
そこで夢が終わった
目を擦りながら江藤は見渡した。
何が起こってるのかわからなかった
教会の2階の詰所に居た
洞と会った場所である
「おぉ、なんや変な夢見とったんやな」
洞がラジオをいじりながら一瞥する
「寝言…言ってましたか」
「謝っとったで」
ボンヤリとしか思い出せないが、
そんな夢を見た気がした。
目をこするとちょっと泣いていた様だ。
明かりの感じを見るに、朝とは違っている
「夕方ですか?」
「せやで、ほんで江藤さん、アンタ偉い人やったんやな」
「なんです急に」
「個人のオーソライズデータが完全に抹消されとる
紐付けられたデータも、何もかも」
「あぁ…」
江藤は警視総監をしていた頃、
利害の為には正しきを捻じ曲げ、
ルールを消し、時には危ない橋も渡りながら
22世紀の警察という機関のバランスをとっていた。
その交換条件の一つに
プログラムナン
というのを用意していたのだ。
派閥争いがある以上、
自分が巻き込まれる事も織り込み済みで
罠にハメられるかも知れない、
でっち上げられるかも知れない
というのを予測していた。
そしてその槍玉に上がる以上、
どう自分で動いても無駄だというのも昇進する度、
上の人間が挿げ替えられる度にわかっていた。
一部からは怖がり過ぎだろと訝しげに笑われたりもした
が、それが今回功を奏した。
監視社会に於いて個人が
全てデータ化されているならば、
そして状況証拠から判断されるなら
自分というデータを消し、どこか遠くへ行く。
コレには様々なセクションの協力が必要だから
余計に色んな部署に、
「このプログラムが来たら頼む」と
リスクを負い、種を蒔いていたのだった…
「オーソライズデータ消されたらそら本人は実在せんから犯罪も起きてへんって言われるわな、テクニシャンさんや」
「ハメられるだろうなと思っていたので」
「…人殺したことは?」
「実は…ないです」
「あそ」
洞はラジオいじりを再開した。
「…それ、ラジオですか?」
「せやで、AIが繋がっとるweb7.0 とは
全く干渉せんヤツや。でもコレ、動力源がわからん
…ソーラーも塗布されとらんし」
「バッテリー入れるんですよ」
「バッテリー?を?何?どこに?」
江藤は得意げにラジオの後ろの空洞を見つけ
洞に見せる
「いやデカいて!そんなん…えぇ…
あっ!一生聴けるんか?」
「いえ、一年ぐらいです」
「よーわからんなぁー!」洞はキラキラしている
「私が10代の頃はね、まだ売ってたんですよ、懐かしい…デカいタンニーとかタンサンとか言うバッテリーがね」
「ほーか…ホンマにジジイなんやな」
「市崎戻りました」市崎が帰ってくる
「おう、ありがとうな」洞はラジオを江藤からひったくり、テーブルに置く。
「起きたんですね」
「ご心配をおかけしました」
市崎はソファに腰掛ける
江藤はラジオを取られて棒立ちになっていたが、
居心地が悪いので入り口の横の本棚にもたれかかる
「ほんで見つかったか?」
「いえ、まぁ二、三日は見つからないんじゃないですかね…それよりも江藤さん」
急に声色が変わる市崎
「如何しましたか」
「事態は少し厄介になったかも知れません」
「なにいうとるんや」
「江藤さんがオーソライズデータを消した事により
殺し屋が動いているようです」
江藤は理解が出来なかった。
「どこでどうなったんですか?」
「知りませんけど不審な死が相次いでいます…
これ新聞」
見出しにはこう書いてあった
"警視総監の殺害隠ぺいの疑いある者の不審死相次ぐ"
「関係者もいるんじゃないですか?」市崎が聞く
新聞をひったくって読みはじめて
「…本人の可能性も否定出来ない…」江藤は呆然とした
市崎は哀しそうな声で告げる
「スラムにも追っ手が来るかも知れません…
もちろん、江藤さん自身がその事件に
関与してないのは我々は知ってます…
ですが抹消自体に不備や綻びはあったんじゃないでしょうか」
江藤は考えながら口を開く
「独立させて、情報は私との一対一で行なう
相手には"こういう状態になればこうする"という
プロトコルしか与えてないはずだ…」
目を細めて見ている洞が
「でもそれって、人が言う通り動いてたらの話やんなぁ」
と言った。全員が洞を見る。
「どっかで誰かと誰かが別の指示貰ってるって
擦り合わせてたら、そら死ぬし、
人の口に戸は立てられんで」
洞の言う通りだ。
そしてさらに言われて冷静に見ると
口を割りやすいヤツが殺されたのではなく
人と大勢接する部署のヤツから死んでいっている
人の口に戸は立てられない
どんなに秘密だと言っても…
焦りがジンワリと毛穴から出てくる
もう一度戻って、素直に捕まるか?
やってもいない罪に屈服するか?
現状でも迷惑をかけている、
今、
こうして、
息をして、
思考をしてる
だけでプログラムナンに関わった
信頼のおける者達が…
江藤の呼吸は荒くなった。
そして、上を見上げ、深呼吸をした。
目に光が宿る。
「洞さん、質問があります」
「なっ。どっ、なに?」
洞はいきなりの変化球に慌てた
市崎は上を見ている
「洞さんにスラム街で手に入らない物、
ありますか?」
「ほぼないで」
「続いての質問です、まだドローン空輸する貨物や、
関東のエリアで動ける人は居ますか?」
「金次第ってトコやな…リスクはあるから」
「…フィラメント電球を、丁寧に梱包して、
関東のある場所に運んで下さい」
「フィラメント電球…なぁ…あるやろけど…
あるやろけどまぁ、はい…そしたら
現金になるけど5000円や」
江藤はカバンの中から5000円出す
住所も書いて一緒に渡す
「承りましたで、なんやよーわからんけど」
お金をヒラヒラさせながらニヤニヤして
詰所から洞は出ていった。
一瞬の静寂。
市崎は何が起こったかわからない様子で
とりあえず何かは言っとこうといった感じで
「そういえばかすうどんの代金
貰ってないんですが…」
と無理矢理会話を投げた
カバンの中から60円を出して渡した。
「受け取りましたで!」
60円を握りしめ
洞と同じ様に出ていく市崎
ドアが閉まり、江藤は一人になった。
ドアが開いた、市崎が帰ってきた。
「今のどうでしたか?」
「ど、どうと言われても…」
江藤は言葉に困った
してやったりと言う顔をしてどかっと市崎が
ソファーに腰掛ける
江藤は、心の中でKAに「なんとか理解してくれ…」と強く念じていた。