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ケース-1271364⑪
江藤は飲み過ぎた。
案外座っていると気づかないモノで
立ち上がった途端重力を多方面から感じた
それのバランスを取る為にフラつくという様なメカニズムになっていた
「ありがと、うん」店主に介抱されながら店の外に出る
とりあえずこのアーケードは迷惑なのでアーケードの出口入り口、どちらでも良いから抜けきって
その付近の壁の辺りで一旦腰を下ろそう
やっていない露店や、道に置いてある荷車に身体をひっかけたりぶつけたりしながら
二足と杖で歩行する
抜けた先は教会だった。
あの広場があった、教会の広場で遊んでる老人達もテントで寝静まっているのだろう、ドラム缶で焚かれた火の燃え残りが、わずかに赤かった。
月明かりに照らされた広場は青白く、コントラストが効いていた。
「休むだけ、休むだけ、仕方ない」と、教会前の階段で少し腰を降ろした。
市崎と話した色んな事にお互い仕方ない、と言い合っていたせいか
「仕方がないことだらけだな」と江藤は嘲笑を溢した。
何時ごろなんだろうか、えらく静かだ。
かつて住んでいた街と違って車通りもない、時折ドラム缶の中で燃えている何かがパキッと爆ぜる音がするだけだった
後ろの教会のドアが開く音がする
「(真夜中だ、不審に思ったシスターが追い払う為に出てきたんだ)」
振り返る前にそう思ってフラつきながら立ち上がり振り向いた
そこに立っていたのは、亜城だった
「亜城さん」
「…」
江藤はそれ以上の言葉を失う。
自分と同じ風に育って来た地元の友達に、金持ちの脳が移植され、姿形は同じなのに
別人。
好いてたのかもしれない、その人が別人になって帰って来るとはどういう心境なのか
脳移植した江藤自身でも想像は出来なかった。
ただ深く傷付けたのだけはわかっていたので、会わない様にはしないととどこかでは思っていた。
そんなもん、会ってしまった今言ってもどうしようもないのだが。
「…ごめんなさい」亜城が頭を下げる
江藤は混乱する。亜城の何も悪くないと思っていた
不意の謝罪にあっけにとられてしまう
「こちらこそすみませんでした」
身体をベロンベロンにして、フラついているからだろうか
江藤は謝りながらも、何について謝っているのかは
あまり定かではなかった。
「私なりに考えたんですけど、あなたの身体について、那篠を一番近い所で見ていた私が
どんな人だったか、教えるべきだった」
亜城は言葉を絞り出している様だった。
いつもは人の表情の挙動をうかがうのに長けていた江藤だったが、この時は気まずくて見られなかった
「なんでも聞きます。身体を引き継いだ、と思う事にしましたから」
「そう、ですか。とりあえず中に入りますか?」
亜城は敬語が苦手なのかも知れない。
教会の中へと迎え入れて
椅子に座る。向かい合わせで座れないのが逆に助かった
教会の中は静かで、明かりも2つしか灯ってなかった。
相当暗い。
座った後、互いに言葉を何から始めるべきか
迷っていた。
口火をきったのは亜城だった
「那篠は、同じ潜入先で一緒だったんです
それまでは地元は一緒だけど、洞のめちゃくちゃやるのを二人で止めたりしてました。
市、市崎が自警団を正式な部隊にして金が貰えるって話をしなければ洞は多分ヤンチャなままのデカいチンピラだったと思います
その時から私を含めた洞の周りは、アコギな商売をしなくて良いしスラムでの暮らしがマシになる、と
本気で組織としてやっていこうとしました。
那篠は自警団ごっこが好きだったみたいで
街を歩くのは好きでした。
ですがちゃんとした仕事としての潜入は苦手でした
気に入られるのもあまり得意じゃなかったし
人間の夜明けでも、実行部隊という
テロの最前線にいました。
私は計画部隊というサポート部署で、被害を最小限にする為に、ピンポイントで、実行部隊が捕まらない様に計画を練っていました」
「…」江藤は那篠がどんな人なのか、うっすら見えて来ていた。
「毎回怪我して帰って来て、潜入だってバレちゃいけないのに、すぐに私の所に来て包帯巻けだの痛み止めあるかだの…アイツいなかったらもっと上手く潜入出来るのにって思う事も沢山ありました。
手のかかるヤツだったんですよ…」
哀しく笑う亜城
「それで人間の夜明け解散の最後から二つ目、ラスト二個目の実行部隊での任務で
エネマンカインド社の支店の端末にバグを送り込む任務があって…
夜にあまりひとけが無い支店での任務でした。
その支店に行った時、別の警備会社の人間が偶然通りかかりました。
目撃者から犯人が特定されるのもよくある事だったので
殺害しろと指示が出たんですが
那篠は断りました。
私にだけ理由を教えてくれて
スラムで見た事あったヤツだったって言ってました
それから数日して那篠は再教育センターというのに連れていかれました
再教育センターは改造人間に投与する薬などを人体実験する施設で
無事に出たって聞いた人はいなかった。
それで、しばらくしたら、那篠は脱走した
と風の噂で聞きました。
脱走する様な器用なヤツじゃないんです。
モヤモヤしながら過ごしてました。
そしたら警官が傾れ込んで来て、本拠地が潰されて
解散命令が出ました。
捕まった時に潜入調査だとわかって、すぐに解放され、洞の所に戻りました」
ポツリポツリと亜城が思い出を語る
「那篠が口封じに殺せなかったスラムの子が、スラムで教えてくれたんですよ『東京の方で歩いてるのを見た』と」
亜城は鼻を啜り始めた
江藤は、なんと声をかけて良いか全くわからなかった
普段の交渉や言葉を使うやりとりが得意なのが嘘の様だった
何も出てこない。
スラムに来てから特に、嘘で着飾る人間がいないから言葉を使うという得意なことが江藤の中で衰退してしまっていたのかも知れない
何も言えず、ただ教会の内部の灯りの灯った部分の壁を見ていた。
「さっき詰所に行った時に、洞がいて、どっか遠くの仕事貰おうと思ったんです。洞が書類探しながら、江藤自身は関係あらへんのとちゃうか?謝ったか?って言ってね…まさか外に立ってるとは思わなかったけど」
亜城は少し笑った
「命からがら逃げて来て、助けていただきここに着いて、この身体にも生きてきた時間がある、と痛感させられた」
江藤の口から言葉が漏れる
「何が出来るかはわかりませんが、いただいた身体の分、ワシの思う誠意で生きていきたいと思います」
江藤が言葉を言い終わる前に亜城は立ち上がってドアの方へ向かう
「そういうのが違うんだって。おやすみ」
亜城は泣いていた。
ドアが閉まって、おやすみなさい、と閉まったドアに江藤はつぶやいた。
しばらくして酔いが覚めたので、泊まらせて貰っている歓楽街の方へ杖をつきながら歩いていく。
シスターは「詰所で寝たら?」と優しく提案してくれたが
詰所には洞がいる、亜城さんを泣かせてしまったというのもあるが
それを話すとまた洞は抱えてしまうだろう
数時間は、何も起こらない方が良いなぁ
と江藤は思った。
「那篠さん、アンタならなんて言ったんだい」
夜の道を歩きながらそんな独り言が出る。
まだ歓楽街は賑やかなので、午後10時くらいだろうか。
光の中に、トボトボと江藤は消えていった。