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ケース-1271364⑮



江藤は閉めた後のニューススタンドの前で日当を貰っていた。
閉め作業が終わった店主が帰ってきたのだ。

「じゃ、明日からもよろしく、朝5時にここでね」

「はい」
今は何時なんだろう、スラムに来てからは時間というものがそれ程必要でなかったので
急遽時間をいわれて自分が持っていた端末が無いのを江藤は不便に感じた
休みの日に蚤の市に行って調達する事を決めた

宿に帰ると、洞が立っていた

「もう仕事決めたんかいな」
洞は嬉しそうにサングラスの位置を直す

「はい、元締めがなんか…怖い方らしいですが」

「気にせんでええ、話すほどでもない、なんかあったらすぐ詰所きい」

「ありがとうございます、それで」

「あぁ、決まったで、住む場所…場所と鍵だけでも、とおもて来てん。いけるか?」

洞に連れられるがままスラムの西側まで歩く
街頭は無いが、明かりは道のわきの家家に灯っている。
襲われた形跡の無いコンビニエンスストアや一軒家などが立ち並び、暫定市民線より向こう側の様だ

西は経済状態が良い印象を受ける

「治安良いんですね」
今日一日歩きっぱなしだった洞も立ちっぱなしだった江藤も、息をきらせながら歩く
洞も少し息が上がっている

「基本的にはな」

「というと」

「改造人間ってのは仕事の為に体を改造してる
痛み止めやら暴走抑制剤を打って生活をしてる
たまに薬が効かんくなったり、ウッカリ飲み忘れて
暴走発作が起こるヤツが出るから
基本的に線の向こう側に済まれへん
抑制剤が効かんくなるのも正直個人差がすごいから
住民自体がピリピリしとるんや」

少し咳払いをして洞が続ける

「暴走が怖くてホームレスも寄り付かん、改造も違法、抑制剤も違法、それに巻き込まれて死んでも事故と同じ扱いや、このエリアで歩いてる時にデカい音とか叫び声聞こえたら、物陰に身ぃ隠しや?」

二人とも汗だくになりながら
開けた公演の様なエリア、トレーラーハウス群のある公園に着く

「ここの…125やから…あっこやな」

洞がメモとマップを照らし合わせながらトレーラーハウスの間を歩いていく

「中入るか?」
「いえ、場所は覚えました、今日は宿に」

「そうか、ほんなら俺急ぎの用事あるからここで解散で」
「洞さん!」
「ん?」
「時計って借りられます?」

洞はつけていた腕時計を投げてよこした。アナログ式の腕時計だった

「やろか?」

「いえ、2日後に返します」

洞はそれを聞くと、さらに西側へそそくさと歩いていった
江藤は宿に戻る

昼の時間帯は仕事があるので動けない
腕時計では流石に起きられるかわからないが
とにかく、緊張感を緩めずに寝る事にする
自然と宿へと急ぐ足は早くなった
途中道端でつまづいて、今日は服薬を忘れていた事を思い出した。
早く帰って5時前には仕事に行かなければ
新しい生活が始まる、全てを失なって5日目。

色んな事がすごい速さで過ぎ去って
自分の元の形がわからなくなってくる
KAは元気にしてるんだろうか
上手くいってるのだろうか
考えても仕方のない事がグルグルと渦巻く
自然と杖をつく手も歩く速度も早くなった

宿に着き
すぐに薬を飲んで、椅子に座って寝た
起きられるか心配だったのだ
今日の事を振り返る間も無く意識が途切れた

目が開く。
江藤は覚醒ざまに立ち上がる
ふくらはぎのつっぱりが消えている

朦朧とはしているが、とにかく早く着替えて、午前4時半にはニューススタンドに来ていた。

ターコイズ色の三輪の貨物車が荷台色々積んで来ていた

淀んだ目でタバコをふかしている男が運転席に乗っている。

「5時に来るはずのヤツか?名前は」
「…三橋です」江藤は自分で名乗った偽名を一瞬忘れていた
「住んでる所は」
「今日から西側のエリアです」
「聞いていた情報だ、よろしくな、俺はXH-75だ」

…アンドロイドだ。型の古くなったアンドロイドの中には市井に紛れ込んで暮らしているKAの様なものもいる。

どうやって流れて来たのか知る事は出来ないが
店主の言っていた"喧嘩を売って良いことがない元締め"はこのアンドロイドのような人ならざる者も沢山傘下にいる、と予測がついた

「さっさと降ろせ」
「…?」

江藤がどれを降ろしてどれを降ろさないのかわからないまま荷台の前で荷物をアワアワと覗き込んで立っているとXHが降りて来た。

「この、Sって書かれてる箱だ、Sは全部降ろせ」
SはSouthだろうか他にはNとEがある
とりあえず降ろす荷物がわかったのでそそくさと降ろす

「じゃあな、新人」

三輪の貨物車が走っていった

しばらくすると砂を踏む音が聞こえて
店主が来た

まだ空も明るくなっていない時間はその音がクリアに聞こえた。

荷解きを終えて廃棄の食品や飲み物が出た
「これ、好きな時に食べて良いよ」と店主は言ったが
江藤がニューススタンドを選んだのは新聞や情報が手に入るからだった。

早速廃棄のサンドイッチを食べながら新聞記事を読む
そもそも電子媒体でのニュースがオーソドックスなので
紙は情報が遅い
三日前の江藤が容疑をかけられている事件が載っていた

「アイツもか…」

今回の件で自分を支えてくれていた人間は炙り出され、証拠が出ない不審死として
処理されていく。
わかりきっていた。
だから派閥を作らなかったのだ、裏切りや、疑いを持ち笑顔を浮かべるのは
江藤の気質には合っていなかった
東出の前でしか、自分らしい自分を出せなかった事を思い出し
少し胸が痛んだ。

「日が昇るよ、僕より売ってくれるんだろ?」

店主はAR端末を目につけながら言う

「なんかありゃ言ってくれ」

「ARで何を見てるんですか?」
「オンラインカジノだよ…これさえなけりゃあここでニューススタンドもやってなかった」

江藤のあまり眠れてないニューススタンドでの仕事が始まった

今江藤にとって始まったのと同じ日の夕方

KAは千葉から再度警視庁へと車を走らせ
ラボに来ていた。

「この黒い物質を調べて欲しい」
四角いプラスチックの小さな小箱に入っているのは
被害者宅に赴いた時に見つけた黒い小さな点。

スピーカーに付着していたものだ。

ラボにいるのはアンドロイドがほとんどで
調べるのに数分とかからなかった。
認証番号を読み取り、誰もKAを東出とは疑わなかった。

飛び散った血、これは被害者のもので
コレが付着するならば家庭用のアンドロイドはかなり近くにいないと成り立たない事がわかった

記憶が消去され、短波でジャックされた家事用アシスタントアンドロイド


このアンドロイドにさらに細かな鑑定やシミュレーションを依頼すると
綿倉にも情報が握られてしまう
KAは少しフリーズした

江藤にかかる冤罪の証拠を見つけても握り潰される可能性がある。

データを受け取りラボを後にする。
車を飛ばして自宅にしている廃ビルに到着し、急いで充電器を記憶内の東出とのシミュレーションを始めた。



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