ケース-1271364④



全国指名手配から三日目の明朝2時
東洋電人の空輸ドローンは大阪の空域に入った

「着陸で骨を折るヤツもいる」と亜城

目についた動かなさそうなものにしがみつく江藤

ドローンの高度調整、傾き補正、の、不規則なプロペラ音が聞こえ
横風に流されながらも音が小さくなっていき
土っぽいところに着陸した。

浮遊感と衝撃音、
身体は打ったが、思った程痛くは無かった。

亜城は自分の左太ももを拳の内側で叩きながら
内側の留め金を外した。

ドアが開く
肩掛けカバンと杖を掴んで、江藤は外に出た。

コンテナを運んだドローンは発光しながら飛んでいった。

夜のしんとした空気、見晴らしがよく、遠くの道路が見えていて少し山の方にあるのもなんとなく江藤にはわかった。
月明かりも手伝ってライトのない所も明るく見えた。
この場所は運送会社、砂利道の駐車場に何台かトラックも止まっていることから江藤はそう察する。

「亜城」

遠くから声が聞こえた。
トラックを照らしているライトでシルエットしか見えないが、かなり体格の良い男性だった。

トラックの奥には黒い乗用車。

「ありがとう、わざわざ」亜城が顎で"来い"とジェスチャーする

「おいおいこりゃあ…」江藤の顔をみて体格の良い男は立ち止まる。
近くに来たおかげでスーツを着ている事、肌が浅黒い事、坊主頭であることが江藤にもわかった

様子がわからないので江藤は会釈をする

「死んでたわ、那篠」
「じ、じゃあこいつは」
「…脳移植を受けたんだって」

江藤はまずい!と思った、しかし逃げるには見晴らしがよく、武装もしていない。
武器を勧めてくれたKAに偉そうに垂れた講釈を思い出して言わなきゃ良かったと後悔した。

「て事はなんだ…本人じゃないのか」
「そうみたい、でも私たちについては明かしてるし、知ってたわ組織」
「じゃあかなり上の?」
「ええ。エトー」

「はい」

「肩書き名乗るか名乗らないかはアンタに任せる」
「名前、言ってしまっておるが」
「あっ」

体格の良い男は笑う

「そういうところあるんだよ、コイツは」

そして続ける男

「それで、エトーさん、組織について知ってるって上でどうかと思うんだが、スラムまで乗ってくか?」

「車は…乗れん」

亜城が口を開く
「大丈夫よ、車内のカメラは直してないでしょ?」

「そんな暇は無いからな」どこか誇らしげな男

「IDチェックのあるポイントは避けて、スラムまで行ける?」

「朝飯前だよ…5時には着く…ちゃんと朝飯前だ」

「助かった…エトー、ついてきて」

言われるがまま車に乗る

車は大型の乗用車だが運転席と助手席、後部座席以外は席が畳んであった。
大きな荷物を搬入する様な印象を受けた。
エンジンがかかり、長らく車に乗ってなかった事を思い出した。

「そんで、エトーだっけ??」

「なんです?」

「何故脳の移植を?」男がバックミラー越しに聞く
体格が良く、はち切れんばかりのスーツを着て、バックミラー越しに少し下がった細めのメガネが見えた

「脳は、今85歳でね、定年を過ぎても、制度を敷く前に身体を変えて、声紋認証に対応出来るようにしました
ドナーが見つかったので何も知らぬまま脳移植をね」

「おじいさんみたいな喋り方」

「ええ、まぁおじいさんですので」

助手席の亜城が寝てるのを確認して、体格の良い男はヒソヒソ声にする

「こいつも、脳みそは男なんです」

嬉しそうにいう

「そんなバカな」
「ジョークですとも」
「でしょうな」

男はニヤニヤしている。
江藤はコイツもその組織の人間なのか、あるいは亜城と仲が良いだけの支援者なのかわからなかった。

「名前…言ってませんでしたねすみません」
「いえ、無理に言わなくても」
「市崎(イチザキ)です。下の名前はもう少し仲良くなってから」
「江藤です」

何処となく茶化そうとする所や会話を面白くしようとするのが、東出によく似ているなと思った。

おそらくKAに頼んだメモの事についてがなされていれば、あと一日で色々と変わる。

「今何時ごろですかな?」江藤は市崎に聞く

「4時半です…ん?」
市崎の形相が変わる

「今しがたの東京のニュースなんですが」
ついにきたかと江藤は思った

「全国指名手配されてますよ?」

「存じております」
「殺したんですか?」
「いえ」
「…妙な所が多いニュースでしたね。大量殺人ならわかりますが一人を殺して、犯行に及んだ映像は無いけど、全国指名手配ですか」
「鋭い。ハメられたんです、一部の出世を狙う輩からね」

「警察ってのも楽じゃあないですね」

違和感が江藤を襲う
普通警戒する様な話が、世間話の様に受け入れられている
警戒心を解くのが得意なのか、あるいは薄く警戒心を張って、ポーカーフェイスが上手いだけなのか

「警戒しないんですか?」江藤は自分でも訳のわからない質問をしたなと戸惑った

少し市崎は考える

「自信がありますからね」
「じ、自信?」
「この自動運転車をわざわざハンドルの手動に切り替えて運転していて、コースは自分で選べます。
それに後部座席のドアについてもここのボタンで開けられますし
運転技術もそれなりにあります…」
「つまり…いつでもつまみだせるぞと?」
「危険だったり、気に入らなければ」
市崎は微笑む

江藤は神妙な面持ちで市崎と目を合わせている

「サービスエリアによります、何か買いましょうか?」市崎が言う
「私コーヒーとガム」亜城が起きた
「ガムは朝ごはんじゃないですよー」と市崎
「良いから買ってフルーツ系のガム、ドローンコンテナで胃がヤバいの」亜城の寝起きはあまり良くない様だった


「江藤さんは?」市崎が目をやる
「あー、それでは水を、あと何か、炭水化物で」
「ガムでも良いですか?」市崎が冗談を言ってる顔をする

「いや…」江藤が否定する前にドアを閉めて市崎は笑顔で出ていった。

「江藤さんは胃は大丈夫?」ぶっきらぼうに亜城が聞く

「不思議なもんで」

「ハッ」鼻で笑われた

そこから数分面白い会話もなにもなく車内で過ごす亜城と江藤。
もしかしたら見えてなかっただけで亜城は寝てたのかも知れない。
交代でトイレに行った。二度と歩けないと思っていた公共の道や施設だが
監視カメラについては山から郊外ということもあってか避けられる程度にしかなかった。

江藤も出来るだけ一直線でトイレと車を速やかに往復し、静かな密閉空間に戻ってきた。数分後、明るそうに市崎が帰ってくる

「はいガム!はいコーヒー!はい水!はい焼きそばパン!はいおにぎり!はいスムージー!わーいスムージーだ!嬉しいなあ!ありがとうスムージーおじさん!はっはっはー礼には及ばんよ!」

市崎のテンションは高い。
ラジオでもこの時間帯ならこうは行くまい、モソモソと配られた食料を食べる。

相変わらず、亜城は口数が少ない。

「出しますよ」車のエンジンがかかる
少し向こうの空が明るくなっている。

「エトーさん」
「なんでしょう」
「スラムについたらどうするんですか?」
「…えぇ、スラムに着くのが目的でしたので、めっぽう何も考えておりませんでしたな」
「勿体ない!色々見れますよ?」
「色々?」

亜城が起きて話を聞いていたのだろう

「エトーは一旦、ボスに面通しする」
市崎の空気が変わる
「必要あるか?」
「少なくとも、結果の報告には行く。今回の任務の顛末をね。その時にコイツいたら説明しやすいじゃない」
「そしたら江藤さん、すみませんが」市崎が申し訳なさそうに言う

「なんでもおっしゃってください。恩があります。
お役に立てる限りは、やらせていただきます」

「やっぱり人殺してないですね!!今の発言!」市崎が茶化す

茶化しはしたが、目の奥の奥が笑っていなかったのを江藤は見逃さなかった

「もうすぐスラムの近くの駐車場です
監視カメラとIDチェックはあの辺りはもうほぼ無いので
警戒しなくて大丈夫ですからね」

指示キーを出して、一方通行の連続を右へ左へ曲がっていく。
立体駐車場に入っていく黒い乗用車。

立体駐車場の壁はラクガキが多い。
おそらく監視カメラが全然無いのだろう、というのがわかる。

「着きました」市崎はエンジンを停止させる。

「エトー、こっちだ」亜城は荷物をとってそそくさと歩く

江藤は市崎に一礼し、杖をつきながら亜城を追いかけた。

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