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ケース-1271364⑭


KAは車を走らせて、行きで見せた様な人間しぐさをせず6時間ぶっ通しで
大阪から東京をミッション車で貫く。

途中で綿倉から電話がかかってくる

「首尾はどうだね?」
「随分と目をかけてくださいますね」
「そうかなぁ?」
「本来であればコマンド課からしかリミット内はかかって来ませんから」
「越権だとでも言うかね」
「そうは言いません、本来であれば、という話です」
「それで、何か出たかね」
綿倉の機嫌を損ねてしまった様だ

「先程まで携帯の手掛かりを追いましたが何も出ていません」
「大阪かね」
「えぇ、追加でいただいた最後の座標とその付近の監視カメラなどを確認しましたが、有力な手がかりはありませんでした」
「これからどうするね」
「明朝コマンド部と打ち合わせをします」
「サードアイでも借りたらどうだね、いちいち追跡機能の無い携帯に番号を打ち込んでかけるのは面倒なんだよ」
「サードアイのバディなんて俺には必要無いですよ」
「そういう事ではないんだが…ま、わからなければ良い、ルールを変えるまでだ」
「AIによるトラッキングが嫌いなんです」
「君の好き嫌いではないとも。そんなに0.1秒監視社会が嫌ならいっそスラムにでも住んだらどうだね」

電話の接続が乱暴に遮断された。
ライトを眩しがる様に、KAは目を細めた。


KAの回路の中では複雑な処理が行われていた。
綿倉に対しては江藤の捜査でわかる情報を小出しに明かして表向きの捜査も進めつつ
江藤の冤罪の証明の為の証拠も集めて
この暗殺事件が陰謀めいたものであるというのもおおよそ察しはついたので
その力関係での抑止になる動きも同時並行で進める
多めに用意してくれたタイムリミットの55時間も
三つを消化しながらとなると陳腐に思えた。

KAは棲家の廃屋に帰ると発電機をオンにして自分に充電器を自分の首筋に繋いだ。

東出との会話のシミュレーションが開始される
タスク処理までの時間の再計算をする為にも
電力の供給は必要不可欠だった

東出のホログラムがKAの視界に再生される

「デカいヤマだよなぁ」
「…そうですね」
「事件の輪郭を追え」
「輪郭は捉えたと思います」
「大事なのはついでだよ、ついでに何するかだ」
「…ついで?」

ホログラムを消し、意味を考える

KAは視覚情報の記録の再生を行っているが、意図的に流しているわけではなくランダムに再生していた。

たまに関連性が無いシーンが自分の捜査の役にたつ事もある、今のホログラムももしかしたら
と「ついで」という言葉に紐付けられる事象を探る

合理的な動き方をKAの回路が推奨している
とKA自身に説明をつけていた。

変化していく力関係や人間の予測可能な範囲の動きを捉えつつ
KAはその中を縫う様にして全てを繋がなければ到底時間が間に合わない事を再確認した。
「ついでを連続させる…」

あらゆる事を同時並行でする、一日でとにかく沢山の細かなタスクを処理せねばならない事が
再計算が終わり弾き出された。

KAはスリープモードに入り、そして明朝起動する。
警視庁コマンド課が扱うのは刑事一人一人が今何に着手してどこへ向かうかである。

電話でのトラッキングや報告をあまり良しとしない刑事はまだ少数とはいえ残っている。
刑事たちの中には職場に戻りも出入りもしない
そういうものも何人かはいた。
彼らにとってコマンド課は"血の通った捜査を推奨する最後の砦"だった。

KAは例に漏れず毎度警視庁に出入りし、電話で済ませる者もいる中、わざわざコマンド課の受付に行く。

ボサボサ頭、ヘッドフォンが食い込んで前髪と後ろ髪をわけている退屈そうな中年男性
彼の名前は沼渕、KAが東出を自称しだしてから、コマンド課に出入りする様になりそれからお世話になっている

「お、来ましたねぇ東出さん」
「あぁ、認証番号は」
「来るんじゃないかと思ってもう資料請求しておきましたよ」
「…助かる」
「打ち合わせブースは7番とってます」
打ち合わせブースに通される

ページにしてやく40ページのA4の冊子を持ってくる

「沼渕さん、本来は請求されてからじゃないと出しちゃいけないんじゃないか?そういうのは」
「認証番号何回も聞いてりゃそりゃ覚えますって…
不可抗力でしょ」
沼渕は意にも介さない様子で資料を読んでいく

「今日はどんなご予定で動くんスか?」
沼渕が上目遣いでKAの方をみる
KAを見る沼渕はどこか楽しそうだった。

「まず三件目の事件現場と防犯カメラ類を探してみようと思う」
「三件目っていうと、千葉の方の」
紙をめくりながら文章を読んで行く沼渕。

「ちょっと遠いですね、効率悪いですよ」
苦言を呈しているのにニヤケ顔でKAを見ている

「ま、それでも解決しちゃうんでしょうね」
「今回は難しい、証拠がないからな。それに関連性があるという線で捜査していない」
「そうなんですか?明らかに関係者が」
言いかけた沼渕を制して資料を持って席を立つ
「どこまで知ってるか聞かれるぞ」

沼渕はたった今、消されるのがどういう人物か気付いた様だった

「何と闘ってるんスかねぇ」ため息混じりにKAを仰ぐ
「監視社会になってからは、人間の純粋な狂気だよ」

目を合わさずにKAはコマンド課を後にした。
ガタが来た車に乗り込み、エンジンのカラカラという音を立てながら千葉へと向かう。

木更津は潮見に着く、監視カメラのある駐車場に停め
殺害現場の被害者宅まで歩く。
ニュースが流れた直後の殺害
関連性は警視庁の人間で、江藤との関係性があった事
江藤が口封じをした、ともっぱらの噂だったが
江藤の状況を知ってる故にそれは無いであろう事もわかっている
監視カメラがどんな家庭にどんな風にあるかを調べながら歩く

白く四角く立派な家だった
インターフォンデバイスに、左手をかざす

公務関係権限、と表示が出て鍵が開く

もう司法解剖も終わって、遺体も中にない。
ガラス張りの空間には、シリコンが発色していない
アンドロイドがあった
マネキン人形が床を眺めている様な形で空間が静止していた

空間記録も終わっていて、抜け殻、と呼ぶにふさわしい空間があった。
KAの足音だけが響く

KAの仮説を確かめる為にアンドロイドに近付く

左手をアンドロイドにかざす

「認証、こんにちは東出様、ご足労いただき、ありがとうございます」

家事用のアンドロイドが話す言葉は、スピーカーが傷んでいるのか、少し割れていた

「事件の起きた日の映像データを」
東出がUSBを取り出す

「USBに互換性がありません、映像データが破損しています」
ブツブツというノイズが混じる

「証拠が無いか、これも充分なほど証拠だけどな」
独り言を言いながら
アンドロイドを家庭内のセキュリティカメラが見えない所まで連れてくる

KAはため息混じりに右手の薬指を手元から捲り上げ
家事用アンドロイドの脊椎あたりに首根っこを持つようにして挿入した

映像ファイルが壊れているのはわかっていた
KAが調べたいのは「何時の時点で」「何キッカケで」意識が乗っ取られていたのか
だった。

コントロール型なら、周波数の関係上、近くまで犯人が来ている
現場にいるアンドロイドとコントロールする媒体で処理できるので複雑な命令も遂行可能だ
負荷もかからず乗っ取られた側の映像データを壊して立ち去るだけで良い
犯人にとっては現地に赴くリスクもあるので一長一短だ

それに比べ遠隔ハッキング型なら操作は情報通信容量の都合上。具体的に指示出来ないが自分のIPを辿らせないように出来る
メモリーを焼き切る事も出来る

KAは前者に賭けていた、自分がアンドロイドというのもあるが
証拠が完全に残らないオーダーをする為には
ある程度近付く必要があると踏んでいたからだった

どういうハッキングが行われたのか
どんな端末なのか
あるいはどういう犯人だったのか
どれかだけでもデータとして回収出来れば上々

庁内や都内で殺された分は
好きなだけ改ざんが行われるだろう
あるいは行われている、それほど時間も経っている

一番遠くのコレが犯人のアラが一番出やすいと踏んでいたのだ
何度も足繁く通えばそれもリスクだからだ

めくった右手の薬指の剥き出しの端子をアンドロイドから抜いて
「うーん、おかしい所はないなぁ」と作動してるかわからない屋内セキュリティカメラに聞こえる様に言った

セキュリティカメラの死角からアンドロイドを連れて帰ってくる

アンドロイドの腹部にあるスピーカーからシリコン皮をめくると黒い点が一つ付着していた

白手袋をしている左手でKAはそれを小さい蓋付きの皿に回収し
屋内から出た。

カメラのハッキングが行われる直前の映像は
壊れきっていなかったが
屋内の北西方向に行くたびにノイズが多く入っていた
コントロール型だったのだ

家の北西の方向の家で監視カメラを何件か探す
200m先の家に、内側の塀の上辺りに、この家の北西の角を撮影しているカメラを見つけ
そのデータを貰う。

それが終わればすぐに江藤の言っていたリリシアという会社に徒歩で向かった

15kmは離れているが、方方にある監視カメラを避ける様にしてリリシアに到着する
インターフォンを押す

「ハイ」と女性の声がした

「社長に会いたい、江藤に言われt」

言い終わる前に扉のロックが解除される

大きな倉庫の様だった
受付にも人がおらず、「4階にあがっといで」とスピーカーが聞こえた
働いているアンドロイドを数名見かけたが、倉庫に対して人数がかなり少なかった。

4階までを音を立てずに駆け上がり、古いホコリの被ったドアを開けると、そこには電動車椅子に乗り人工呼吸器をつけた白髪の女性がいた。

「それで、えらいことになってるみたいだけど…」管が口に入っている女性が喘鳴と共に話す
声帯を無理やり動かしている様だった
人工呼吸器が椅子の後ろで一定のリズムでシューッと音を立てる


「江藤さんに言われて来ました。深入りするつもりはありませんが、東洋電人の傀儡となった国の一部の人間によるクーデター、そしてその一端がこの事件です」
KAは続ける
「刑事の東出です、現在江藤さんの冤罪を晴らすために捜査をしていますが、クーデターの準備が止まらない限りは、江藤さんの身に覚えの無い殺害容疑が増えます」

車椅子の女性はKAを胡散臭そうに眺めている

「東出…東出って、あんたなんでそんなに歳を取らないんだい」

本来の東出と接触があった事をKAは今知った

「そうかい、よっぽどあの人も切羽詰まってるんだね…苦しむ顔はこの目で直接でも見たかった…でもそうかい」

女性は目を細める

「…東洋のはガメついからね、わかった。こっちでなんとかするよ。あのバカにこれきりだと伝えておきよ」

女性は白い枝の様な手を追い払う様にして振りながら言う

「早く行きな」

KAは一礼をして、車のある駐車場まで監視カメラを避けながら戻った。

海辺の街にマリンホーンが響いた。

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