ハジマリハ深い谷底から 二章 滅びの足音⑥
はじめに
そこそこ原稿の蓄積ができましたので、短期集中的に更新を再開します。
今回の更新内容全体をざっくり述べると、嵐の前の静けさというところでしょうか。
ですので、ちょっと足りないなと感じるかもしれませんが、ご了承ください。
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二章 滅びの足音⑥
草薙への報告から数十分後、特別会議室に3名の士官を引き連れ草薙さんが入室。草薙さんは私が座る事務官席の傍、ホワイトボード状の大型ディスプレイ側に立ち3名の士官はそれぞれ事務官席側のテーブル席に座った。
「――時間が惜しい。早速ですまないが、軽く自己紹介を頼む。隣にいる立花は名寄基地所属でお前達を知らないんでな」
「では、私から――稚内基地所属後方支援科長、霧島耕三一尉です」
草薙さんの言葉に三人は軽く頷き、先頭の席に座る壮年の男性が自己紹介する。見た目からすると草薙さんと同年代くらいか? やや白髪がかっている頭髪が特徴的で、そこそこ苦労をされているのかもしれない。
「同じく稚内基地所属施設工作科長、渡辺繁明一尉であります」
「同じく稚内基地所属整備科長、鍋島征二郎一尉です。よろしくお願いします」
二人も同様に態々私に視線を向け挨拶をしてくれた。二人共草薙さんを同年代くらいの男性で霧島一尉と比べるとやや若く見える。若作りが上手いのか苦労をしているのか定かではないが、相応に能力のある人間なのだろう。
「初めまして。名寄基地所属、立花郁です。階級は皆さんと同じ一尉になる予定です。草薙元三佐の副官を任命されています」
「……元三佐?」
私の不審な自己紹介に霧島一尉が怪訝そうに問い返す。辞令がまだ届いていないので、適切に表現したつもりだが、冗談に聞こえているのかもしれない。
「あー……確かに立花の表現で間違ってはいないな。つい数時間前の話だが、稚内基地は山田司令の移動に伴い、俺が臨時で基地司令の辞令を受けた。事務手続きがまだなので、手続きが正式に終われば俺は二佐になる。ここにいる立花もそれまでは二尉のままだ」
「では、山田司令は本当に名寄基地に向かわれたのですか?」
草薙さんの言葉に渡辺一尉が確認するように訊き返す。山田司令が移動したことは知ってる……という事は、この中に山田司令の元副官が居るのか?
「霧島から聞いたのだろうが、その通りだ。ごたついてしまって申し訳なく思っている」
「それは仕方ないでしょうが、この日本最北端の地が本当に戦場になってしまうかもしれないわけですか……」
草薙さんの回答に鍋島一尉が物憂さげに呟く。気持ちはわからないでもない。私だって手の込んだ演習で済むなら、どれだけ気が楽か……
「間違いなくなる。俺達で食い止めるか、時間を稼ぐかしなければ、多くの国民……いや、俺達の家族が死ぬことになる。どうする? 逃げたいなら止めやしない」
「ここで我々が任務を放棄すれば混乱に拍車がかかるだけです。敵も見ないうちに及び腰になるのは、この職業に就いている人間のすることじゃありません。逃げるならせめて敵を見てから逃げるべきです」
「俺としてもその方が助かるが、出来れば逃げずに戦って欲しいな」
渡辺一尉の冗談めいた言葉に草薙さんは不敵な笑みを浮かべ述べる。堂々と逃げる言われたら釘を刺したくなるのもわかるが――やはり、実感が沸かないな。樺太の情報が幾分か入手できれば、心持ちが変わるだろうが、現状ではそれも難しいのだろう……
「確かに、避難訓練の準備をするのか、防御陣地を構築するのか、どっちをすれば良いのか分からなくなっている状況ですからな――二佐。幻獣は本当に来るのですか?」
「――来る。だから、早急に陣地を築く。でなければ時間稼ぎにもならん」
霧島一尉の問いに草薙さんは察したのかそう断言する。察するに責任をとれと言っているのだろう。
「では、現実的な話をしましょう。あの最北端の地を我が基地だけで改造するとなると、資材も人手も足りません。どうします?」
「――立花。地図をだせるか?」
渡辺一尉の問いに草薙さんは私を見て質問する。私は頷き、端末を操作して大型ディスプレイに稚内最北端近郊の地図を表示する。
「俺の考えは宗谷岬から宗谷湾一帯に機雷を敷設。上陸地点となりえる沿岸部に地雷を敷く。その後ろに防御線を構築したい」
「二佐の戦略は理解できますが、そもそも機雷がありませんし、地雷もそれほど数は多くありません。何より防御線と言いますが、宗谷岬付近はともかく、宗谷湾沿岸部の内地に至っては平野帯と小さな山岳地帯がしかありません。塹壕線でも築くつもりですか?」
草薙さんの言葉に渡辺一尉は無茶があると言いたげに訊き返す。私は草薙さんの言葉通りに地図にざっくりとした情報を書き加える。仮に草薙さんの指示通りに陣地構築を始めた場合、完成する前に幻獣が上陸するかもしれない。いや、仮に納得できる陣地を構築できたとしても、上陸地点が外れれば意味がない。
「まあ、機雷や地雷の類は上申すれば恐らく送ってくるでしょう。しかし、海自が海上封鎖に協力してくれますかね? 我々だけでやるならば、時間的に考えても爆薬を湾内に浮かべる程度が限界でしょう。地雷は爆薬でも代用は利きます。しかし、工作科の要員は数百名程度、基地の要員を集中させたとしても重機が足りませんよ。どうしますか?」
「足りない重機は戦略機を使えば良い。穴掘りぐらいの軽作業なら十分できる。要員もこの後上申しておく。海自は俺の管轄を超えるが、上申するだけしておく。それまでは基地の要員総出で作業を行う。これでも足りないか?」
霧島一尉の問いに草薙さんが続けざまに答えていく。草薙さんが安請け合いしている上申書は私が書くことになるのだろうな。それよりも、どう配置するか……か。
「正直わかりません。明日幻獣に上陸されたらどうにもなりませんからな。陣地構築がよしんば上手くいったとして、戦力の配置はどうしますか? こちらの方が重要でしょう」
「戦力配置については案がります。発言をよろしいでしょうか?」
渡辺一尉のにべもない回答に添えるように私は草薙さんに目を向け問う。
「勿論だ。というより立花、お前は俺の参謀なんだからな」
「伺いましょう。どう配置しますか?」
私の言葉に草薙さんが頷くと鍋島一尉が促すように問いかけてくれた。
「まず、稚内最北端宗谷岬付近の丘陵地帯に2個中隊規模の戦略機を迎撃と早期警戒のために配備します。宗谷湾沿岸部付近は地雷原ですので、旧猿払村沿いの山岳地帯に戦車3個中隊配備。戦略機部隊の支援にあたらせます。基地正面の丘陵地帯には戦車戦略機混合部隊を配備。最後に基地にはありったけの特科車輛を集中配備。戦闘地域全体への火力支援にあたらせます。如何でしょう?」
「なるほど。突破された時の逃げ道として山岳地帯を利用するわけですか――ならば、宗谷湾沿岸部の丘陵地帯にも爆薬を埋めて部隊はなるだけ内陸部で戦えるようにしましょう」
私の提案に鍋島一尉が意図を見抜いたように述べ補足する。地雷の類が果たして奴らに有効に働くかは未知数だが、無ければ奴らの進軍速度が増すだけだ。
「そうだな。それが良いだろう。問題は戦力が集まるかどうか、だな」
「そうですね。できれば航空戦力も投入したいところですが、作戦本部長の方針次第になるでしょうな」
草薙さんの懸念に同意するように霧島一尉がそうボヤく。海上戦力や航空戦力の投入は我々の指揮権を大きく超えている。下命できるのは上位の階級に位置する所属師団長か作戦本部長になる。岩下司令や山田司令が上手く立ち回ってくれることに期待しよう。
「それから、これは私の我儘ですが、基地火力支援部隊の指揮を私の部下にやらせて頂けませんか?」
「お前がそうしたいなら俺は特に反対しないが、どうだ?」
「立花一尉の部下、つまり名寄基地所属の隊員というわけですか……理由をお聞かせ願えますか?」
「私の部下は皆任官したばかりのひよっ子です。死地に赴くには若すぎる。それだけです」
理由を問う渡辺一尉に私は素直な言葉を述べる。出来れば撤退させたいところだが、良い機会でもある。こんな形で戦場を経験させることになってしまったが、私が居なくても比良坂達なら上手くやれるだろう。立場が人を育てるとも言う。最悪あいつらが後退する時間くらいは稼いでみせるさ。
「なるほど。立花一尉なりの親心というわけですか、良いでしょう。私はどちらかというと作戦指揮は不得意ですので、今後のためにやらせてみましょう。万が一の責任は我々がとれば良い――よろしいですか?」
「そうだな。霧島一尉は基地に残って基地と戦線の繋ぎを頼む。俺と立花は宗谷岬方面で直接作戦指揮を執る。渡辺、鍋島両一尉は工作と基地正面の防御指揮を頼む」
霧島一尉の好意に草薙さんは頷き二人に目を向け述べた。
「了解。可能な限り準備を急ぎます」
「では、詳細な陣地構築と配置は私がやりましょう」
「無茶振りをしてすまないが皆、よろしく頼む」
渡辺、霧島両一尉はそう頷くと立礼を返す。それを見て私と霧島一尉も立礼を返し最後に草薙さんが敬礼を返し散会する。後は行動あるのみだ。