見出し画像

ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー⑪

縦書き版はこちら

※著作権等は放棄しておりませんので、転載等はやめてください。Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited.(当サイトのテキスト・画像の無断転載・複製を固く禁じます。)

一章 継承者ーー⑪

「失礼します。お呼びでしょうか基地司令」
 そう宣言して基地司令官執務室に入室すると、基地司令はデスクで書類に目を通しているのか、一枚の書類を握ったまま停止していた。何かあったのか? 不穏な空気を感じ取り私はデスク前に立つ。
「……お呼びでしょうか? 岩下司令」
 私は敢えてもう一度そう声を掛ける。岩下藤兵衛一佐。名寄基地司令官の任に着く軍人的思考より官僚的思考がやや強い人で、マネジメント能力の高い人だ。
「……これに目を通してみろ」
「よろしいのですか?」
 岩下司令はそう言うと握っていた書類を差し出し、私が受け取ると、椅子を反転させ背を向けた。
 受け取った書類にはこう書かれていた。 

『幻獣侵攻における非常警戒態勢を発する。当該基地においては速やかに迎撃態勢の構築を急がれたし』

「これは……本当ですか?」
「俺も冗談だと思ったよ――だから、東北要塞に詳細を問い合わせた」
 懐疑的に問う私に岩下司令はそう答えこう続けた。
「これは、東北要塞村井作戦本部長から直接聞いた情報で、恐らく間違いではない。本部長いわく、本年7月にスラビア連邦と東部方面軍団の共同防衛基地であった、ロブスク基地が幻獣の大攻勢にあい壊滅。スラビア連邦軍と東部方面軍団の残存戦力は、戦力を再編しつつ撤退。その数日後連絡と絶った。さらにその数日後、ニーヤ防衛線に幻獣を観測。今までに見たことがない大攻勢に、防衛線も数日持たなかったそうだ。ニーヤ防衛線の生き残り曰く、『まるで大津波が目の前に立ちふさがっているようだった』と、この報告を受けたネフラスカ監視基地は、樺太防衛基地に対し緊急迎撃態勢を打電。樺太半島に三重の防御陣地と配備している海空軍を集結。迎撃態勢に移行。それがつい数週間前の話だそうだ」
「それで――現在は?」
 私の問いに岩下司令はさらにこう続けた。

「つい数日前、ニーヤ防衛線を突破した戦力かどうかはわからんが、レフカ沿岸部に幻獣を観測の報を最後に連絡が途絶えている。恐らく戦闘に入っているのだろう。村井本部長は所定の手続きに従って関東要塞に連絡。関東要塞は近く緊急閣議を招集するらしい」
「それで、非常警戒態勢というわけですか……岩下司令。何故私にこれを?」
「俺は、どちらかというと現場よりも裏方の方が得意な人間だ。だから、この基地で経験豊富な知見持つお前に意見を求めた。それが理由だ」
 私の問いに岩下司令は椅子を戻し私に目を向け答える。
「正直に言うとだ。こんな日は来ないと思っていた。幾ら前線に近いとはいえ、何事もなく日々を終え順当に昇進するとな……作戦本部長の椅子が見えていたんだがなぁ。しかし、事が起きちまった。こうなると俺の能力では対処しきれん。恐らく、村井さんも内閣の連中も現実味を感じていないだろうよ」

「はあ……」
「そんな困った顔をするな。もっと困っている俺まで不安になっちまうだろ」
「――失礼しました!」
 書類を返し困り顔で頷く私に岩下司令は困った笑みを浮かべ言う。そんな返答に困るようなことを言われてもなぁ……
「冗談だ。そんな事よりもお前の意見を聞きたい。どうする?」
「そうですね。岩下司令の言う通りなら、樺太への応援は無意味でしょう。それよりも稚内基地に北海道管内の戦力を可能な限り集中させ、この基地は兵站の集積地として利用し稚内が突破された時に備えるべきです」
「なるほどな。お前も草薙と同意見か――わかった。俺の一存では全ては動かせんから、まずは俺の一存で動かせる部分を動かすとしよう。立花二尉。貴官ら戦略機小隊は速やかに稚内基地に移動。草薙の指揮下に入れ」
 私の意見に岩下司令は納得したのかそう命令を下す。既に草薙さんにも相談しているのか。となると稚内基地はせわしくなくなっているだろうな……間に合えば良いが。

「了解。この事は部下に伝えても宜しいでしょうか?」
「勿論だ。演習だと嘘を吐くわけにもいかんだろ?」
「まあ、そうですね」
 冗談交じりに言う岩下司令に私は素直に同意する。あいつらの実践がこんな形で来るのは大いに不本意ではあるが。最悪、あいつらだけでも逃す算段考えておかないといけないな……
「うむ……なあ、立花。今回の件、どうにか出来そうか?」
「わかりません。ひょっとすれば他国と同様に滅亡の時が来たのかもしれません」
 岩下司令の問いに俺は無常な私見を述べる。前線を知っているが故にある意味、終わりが来たかと錯覚してしまう。散って行った仲間も私もその終わりを防ぎたくて戦ってきた。その事実は今も変わりはない。

「そうか……まあ、悲観しても始まらんか。ひょっとしたら樺太の連中がどうにかしてくれるかもしれん。まずはそれに期待するとしよう。では、戻って良いぞ」
「了解。準備に入ります」
 岩下司令の期待の言葉に私は敬礼して背を向ける。さて、私はどう説明したものかな。
「うむ――ああ、そうだ。戦略機と人員は好きな連中を連れていけ。整備班と主計課には俺から伝えておく」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「うむ。頼んだぞ」
 背中越しに伝える岩下司令に、私はドアの前で振り向きそう答え、もう一度敬礼して退室した。

次回に続く


いいなと思ったら応援しよう!

伊佐田和仁
よろしければサポートお願いします。頂いた費用は創作活動などに使わせて頂きます。