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幻獣戦争 1章 1-3 嵐を呼ぶ天才ひとまとめ版

2023.04.06『幻獣戦争』より発売

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序章 1章 1-3 嵐を呼ぶ天才ひとまとめ版

 翌日、俺は一樹と食堂で朝食を共にしていた。勇司の準備が終わるまでは一樹も暇らしい。本来なら俺も書類仕事などの隊務をやらねばならないはずだが、編制中のせいか隊務の話が何も来ない。まあ雑務がないことはうれしいが、無駄飯ぐらいのようでちょっと居心地が悪いのも事実だ。

 食堂は厨房と飲食エリアが一体化しており、飲食エリアは長テーブルと椅子が並べられている程度の簡素な造りとなっている。利用法は入口にトレイが用意されているのでトレイを持って好きな食材を選ぶか、厨房にメニューを伝えて作ってもらう形式だ。自衛官であれば無償で食べられるため、隊務が終わった後食事をして帰る隊員も多い。

 俺達は厨房から朝食を受け取り、空いている飲食エリアのテーブルに陣取って朝食を食べ始めた。
「今日はどうしますか?」
「何も決めていない」
 席の対面に座る一樹が朝食を食べながら問う。俺も同じように朝食を食べながら答える。因みに朝食は、ご飯と味噌汁におかずが焼き魚の定食で、一樹は目玉焼きとソーセージがおかずの定食だ。

「私も非番ですからねぇ……そうだ! シミユレーターで訓練でもしませんか?」
「そうだな。勇司からも言われているしな」
 俺は一樹の提案を受け入れた。勘を取り戻せとか言われていたしな。
「勘が鈍っているようには思えませんがね」
「おいおい、4年乗っていないんだぞ」
 一樹の嫌みを俺は苦笑交じりに軽く返す。正直に言えば今一樹と模擬戦をしたら勝てる気がしない。

「その割に幻獣撃破してるでしょうに。他の隊員が聞いたら嫌味に取られますよ」
「本当そうよね」
 一樹が冗談っぽく言うと唐突に女性が会話に割り込んできた。俺は声のした左隣へ振り向く。
 視線の先には日本人と思えない金髪ロングストレートに碧眼の女性が立っていた。

「うん? たまたまだと思うがな」
「おはようございます神代博士。珍しいですね」
 俺が少し驚きつつ答えると、知り合いなのか一樹はそう挨拶する。
「ちょっと気分転換にね。隣良いかしら?」
「俺か? 別に構わないが」
 神代博士と呼ばれた女性の問いに俺は朝食を食べながら答える。

「ありがとう。貴方が比良坂舞人陸将なのかしら?」
「そうですよ」
 博士は朝食を乗せたトレイをテーブルに置き座りながら質問する。視線を外しちょうどご飯をかきこんでいた俺の代わりに一樹が同意してくれた。
「なにか用か?」
「初めまして、よね? どんな人なのか興味があったのよ」
「なるほど。ぱっとしない根暗で拍子抜けしたんじゃないか?」
 俺は視線を博士に向けあっさりと答える。興味ねぇ……逃げた人間の何処に興味が湧くんだ? 俺の淡白な対応に博士は一瞬驚くがすぐに笑みを戻す。

「すみません。彼、初対面の人にはいつもこうなんですよ」
 一樹が慌ててフォローをいれ苦笑いする。
「――そうなの?」
「さあな」
 俺は雑に返し朝食を食べる。正直なところ人となりを探りに来る人間はあまり好きではない。その手のタイプは大体相手の弱みを見つけ優位に立とうとする人間が多い。

「警戒されてるのかしら? 別にとって食うつもりなんてないんだけど……まあ、いいわ。そんな事より貴方達、午後から実機で訓練してみない?」
 博士は仕方がないとあっさりと受け流してそう提案してきた。実機?
「使える機体があるのか?」
「なるほど。その口ぶりだと実機テストの段階のようですね」
 俺が思わず訊き返し博士を見ると、一樹は何かを知っているのかそう言葉を口にする。俺達の様子に博士は満足げに微笑んだ。

「ええ。何とか2機組みあがったわ。丁度、使う本人達が暇そうだから声をかけたのよ」
「なるほどな。機体は結局どれを使うことになるんだ?」
 ニヤリと笑みを浮かべる博士にそう問いかけ、俺は朝食に視線を戻し食べる。

「10式よ」
「なるほど、噂は本当だったようですね」
 博士の答えにやはり何かを知っているのか一樹が頷く。
「噂?」
「ええ。新型の神霊機関が開発されていたらしいという噂です」
 疑問の視線を向ける俺に一樹はそう応じた。

「ご明察。新型の動力に装甲も装備も新しくして色々用意しているわ」
「一般論だが、信頼性に欠けてないよな?」
 自慢げに話す博士に俺は当たり前のことを訊き返す。この手のタイプの天才? が自慢する試作機は大抵爆発するのがお決まりだ。吹っ飛ばされる方はたまらない。

「それを貴方達に評価してもらうのよ」
「わかった。午後に格納庫で大丈夫か?」
 自信があるのかしたり顔で言う博士に俺は軽く承諾し確認する。丁度良い暇つぶしにはなるだろう。
「ありがとう。それで問題ないわ! それじゃよろしく!」
 俺の了承が余程嬉しかったのか博士はそう答えると足早に去って行った。

「……ご飯食べずに行きましたね。博士」
「なんだ、面白い博士じゃないか」
 全く手を付けられていない朝食を見て一樹は唖然とする。俺も同じく可哀想な朝食に目を向け言葉を漏らす。一樹と同じ献立か。
「そうですよ。何でも創造の神をその身に宿した天才。巷では創造の魔女とか揶揄されていますけど、至ってかわいい女性です」
「確かに美人だったな。さて、準備運動に行くか」
「そうですね。行きましょう」
 一樹の感想に軽く同意して、朝食を終えた俺達は神代博士の分のトレイも片付けて食堂を後にした。

 自衛軍芦屋基地。北九州に位置するこの基地は九州要塞第二戦闘師団の根拠地であり、東南ラシア方面の国境防衛の要衝でもある。この日、桜井朱雀、井上霞、星野真那の3名は、基地の中でも特にセキュリティレベルの高い特別会議室に呼び出されていた。

 特別会議室とは、機密レベルの高い情報を外部に漏らさないために作られた会議室で、防諜は勿論、基地内のネットワークからも独立している部屋である。中は至ってシンプルな造りとなっており、広さとしては40平米程度で専用の長机と椅子が長方形状に配置されている。
 3人は部屋の後方に位置する席に座り、呼び出した人間を待っていた。

「副司令、何の用だろう?」
 席の一番左に座る、何処か優し気な雰囲気を漂わせるスポーティな髪型の朱雀が呟く。
「ここ最近で何かやらかした記憶はないが……霞はどうだ?」
「あたし? えっと……多分バレてはいないと思うけどぉ……」
 朱雀に続き真ん中に座る、ややキツメの雰囲気を漂わせるショートカットの真那が呟き、一番右に座る、ふんわりとした雰囲気を漂わせる、セミロングの霞が不穏当な言葉を口にする。

「うーん。ここに呼ばれたという事は相当な何かだと思うけど……なんだろう?」
「おう。そろっているな。関心関心」
 会議室に入ってすぐいつもの3人が居る事に俺は安堵する。まだ情報は伝わっていないようだ。朱雀の言葉から察するに呼ばれた理由を探してたところだろう。俺はあいつらと対面になるように席に着く。

「あっ、けいれー」
「そのままで良い」
 堅苦しいことが嫌いな俺は立ち上がろうとする朱雀達を制止する。
「副司令、僕らに何か重要な任務でもあるのでしょうか?」
「そういう類のものじゃないから安心してくれ。情報が情報だからここに来てもらった。言っておくが井上がくすねている弾薬の件でもないぞ」
 俺が冗談交じりに言うと、井上はビクッと肩が揺れ顔を赤く染める。

「あはは……バレちゃってましたかぁ」
「お前さん、巧妙にやっているつもりだろうがわかりやすすぎるんだよ。天宮の心配をしたいのはわかるがな」
「霞の件じゃないなら何でしょうか?」
「ああ。それなんだが、お前さん達のボスが復帰したらしいぞ」
 星野の問いに俺はそう言ってやった。こいつらは比良坂の元部下、と言うか教え子と言うべきなのか?

「ボス? ……えーと、一樹隊長なら確か鹿屋基地に赴任していたはずですが?」
「おいおい。そいつは冗談か? それともお前らの教官と言ってやった方がわかりやすいか?」
 朱雀の的外れな言葉に俺はそうツッコんでやった。まったく星野みたいなこと言いやがって。

「はっはっは。副司令、冗談はやめてください。あの人は復帰しませんよ」
「復帰してくれたら嬉しいですけどぉ――教官はもう戦えるような状態じゃないですよ」
「二人の言う通りです。だいいち誰が説得したんですか?」
「お前ら、先日合志で発生した幻獣の件は知っているか?」
 三者三様の反応に俺はある種納得する。うちの司令と同様で、あいつもやる気を失う事件が多すぎたからな。

「はい。また麗奈ちゃんが要塞の弾薬庫空にしたって。それとどういう関係が?」
「それなんだよ。どうも運悪くあいつが居たらしくてな。たまたまその時にボス幻獣を撃破したんだとさ」
 霞の言葉に俺はそう補足する。

「――っ!? いやでも、それでも復帰はしないと思うんですがどうしたんですか?」
「入ってきている情報によると、どうも情報部が一枚噛んでいるらしい。まあ、詳しい話はともかくだ。お前さん達を呼んだのは他でもない。あいつの元に行ってやれ」
 朱雀の言葉を軽く流して俺は3人の背中を押す。辞令は直ぐに届くだろうが待たなくても良い問題だ。

「いやでも、そんな急に抜けてしまったら隊務に支障をきたすのでは?」
「バーカ。お前ら3人が抜けた穴くらい面倒見てやると言っているんだ」
「わかりました。心遣い感謝します! 二人共行きましょう!」
 俺の言葉に井上が素早く立礼する。こういう時だけは判断が的確だな、こいつ。

「そうだ。こういう時は井上くらい素直で良いんだよ。それに俺としては穀物庫をあらすネズミを厄介払い出来て有難い限りだしな」
俺がそう皮肉ると井上は顔をまた赤くする。まったく、こいつは揉み消す方は堪ったもんじゃないんだぞ。

「ありがとうございます副司令」
「心遣い感謝します!」
 朱雀と真那が続いて立礼する。
「ああ。早く行ってやれ。戦略機も持っていって構わんぞ」
 俺がそう付け加えると3人は頭を下げ退室していった。

「本当に世話の焼ける奴らだったな……しかしまあ、あいつはいつやる気を出すかな」
 英雄の再登板。これが意味するところは人類にとって吉なのか、あるいは凶なのか。それを知る術は俺にはない。ただ、俺達自衛軍に大きな変化をもたらすのは間違いない。ひょっとすれば俺達も忙しくなるかもしれない。

「まあ、俺はいつも忙しいか」
 俺は誰も居なくなった部屋でボヤキ部屋を後にした。 

 朝食を終えた俺達は、格納庫に隣接されているシミュレータールームの更衣室でパイロットスーツに着替え部屋に向う。入ってすぐ俺は使用状況を確認する。シミュレータールームはゲームセンターに似たつくりで、部屋の中央に観戦スペースと使用状況が確認できる大型モニターが配置してあり、その両脇に個室型のシミュレーターが部屋の奥に向けて設置されている。モニターを見る限り両脇に1基ずつ空いているようだ。

「じゃあ、やるか」
「ええ」
 俺は隣の一樹に声をかけ、一樹もそれに応じお互いに反対側のシミュレーターに乗り込んだ。入ってすぐ操縦席に着座してシートベルトを着け起動スイッチを押す。モニターに電源が入り一樹が通信コンタクトを入れてきた。俺はコンタクトを受諾。するとモニターの一部に一樹が表示される。

「モードはどうしますか?」
 モニター越しに一樹は質問する。シミュレーターは戦略機の操縦を学ぶもので、簡単に言うとFPSゲームでもある。
「実践レベルで良いんじゃないか?」
「わかりました。最高レベルでやりましょうか」
 俺は程々で良いという意味で頷く。しかし、ワザと誤解しているのか一樹はあっさりとそうのたまう。

「おい!」
「せっかくですからどちらが最高スコアを更新するか競いましょう」
 俺の抗議を無視して一樹はさらにそう続けた。
「おい、ふざけてるのか? 勝負なるわけないだろ」
「さあ? それはやってみないとわかりませんよ」
 やけくそ気味に言う俺の意を介さず、一樹は問答無用と通信を切った。クソっ、これは死ぬ気でやらないとまずい。

 数秒後、設定が終わったシミュレーターは静かに起動。モニターに戦場が表示される。機体はどうやら10式で場所は市街地廃墟のようだ。本来なら完熟訓練には持ってこいのはずだが……俺は機体の動作確認を行う。多少ぎこちないが自分の意識通り動いてくれている。しかし、この状態でやるのか……

 兵装は頭部三十ミリ機関砲、携行火器は二十四ミリチェーンガンと一六〇ミリ滑空砲に近接戦闘用の74式近接用大太刀、左腕部にはシールド兵装ではなく、砲身を短くした一二〇ミリ滑空砲がついていた。なるほど、盾は甘えらしい。一樹め! 唯一救いなのは市街地で隠れることが出来ることくらいだ。俺は基本動作の確認を終え、モニターに映る戦域図に目を向ける。戦域図に映る敵性反応は、諦めたくなる量が表示されておりこちらに群がって迫ってきていた。

「だよなぁ」
 俺はため息交じりに呟く。気を取り直して近くの相手から倒すべく機体を突撃させた……結末を言ってしまうと、俺達は午前中すべての時間を使ってシミュレーターのスコアを更新した。

 突撃してまず小型幻獣のキャリアーである蜘蛛型幻獣を中心に撃破。チームで戦っているわけではないので、残念な事に敵は自動的に自機に集まってくる。尋常じゃない砲火にさらされ、廃墟を盾にしつつ次々と現れる幻獣を撃破していった。

 通常のシミュレーター設定だと弾は無限なのだが、当然そういうわけではなく補給もなにもない。一歩間違えれば幻獣にタコ殴りにされてしまう。最高レベルというのはそういう設定なのだ。そりゃぁ必死にもなる。
 兵装の弾が切れたら躊躇なく幻獣にぶん投げ、大太刀に切り替え向かってくる幻獣を斬り捨てていく。

 大太刀にも耐久が設定されたようで、数十体程タウロス型幻獣を斬り捨てたところで大太刀もご臨終となり、予備の大太刀でオーガ型を蹴散らしていく。このオーガ型は武器を持っているのでその武器を奪うためでもあった。オーガ型が持つ武器はこん棒や斧が多いがないよりマシで、自分の兵装が尽きたら敵の兵装を奪いながらひたすらに戦った。

 しかし、当然敵は射撃をしてくる。辛うじて避けてはいるものの砲火の爆風と衝撃波は、ダメージという形で機体全体に蓄積し、近接戦は当然腕にダメージが蓄積する。そんな状況で徐々に蓄積したダメージが片腕をもぎ飛ばすが、構わず残っている腕で幻獣を斬り捨て続けた。最終的に両腕が無くなったところで、戦闘不能判定がなされシミュレーターは止まった。

 シミュレーションを終えた俺は汗だくで、しばらくシミュレーター内でぐったりしていた。多少落ち着いたところで外に出て中央の観戦スペース前に顔を出す。と、なぜか人だかりができており、観戦していた訓練中のパイロット達は一斉に俺を見る。

「お疲れ様でした。比良坂陸将」
 その集団の中にいた一樹がわざとらしく俺に声をかける。すると、観戦していたパイロット達は一斉に敬礼。俺は気にするな。と、手を振った。
「――疲れたぞ」
「でしょうね。でも、スコア更新していますよ」
 歩み寄ってきた一樹に言うと一樹は笑みを浮かべモニターのスコアを指した。スコア表示には1位と2位が3位と二桁開いたスコアが表示されていた。1位と2位は俺達か?

「まあ、明日には新しいスコアが更新されるんじゃないか?」
「多分、誰も更新できないと思いますよ」
 興味がなかった俺は疲れ気味に言うが、一樹は肩をすくめ観戦していたパイロット達へ目を向ける。つられて見るとパイロット達には明らかに焦りの色が伺えた。

「そんなに驚くことか?」
「そりゃ驚くでしょ。だって、ブランクあるんですよ貴方」
 俺は一樹に目を向け訊くと嫌味っぽく一樹は言う。
「そうか? だったら昔より練度が低くなっているという事だな」
 俺は疲れていて言葉を選べるほど頭が回らなかった。俺の言葉に一樹は肩をすくめる。何か言いたそうだが、言わない方が良いと判断したのだろう。

「いや、人材不足、なんだろうな」
「そう言うことにしておきましょうか。博士と合流する前にお昼にいきましょう」
 俺は辛うじてそう取繕うと一樹は苦笑交じりに述べ、モニターに映る時計を指す。時刻は丁度昼時を迎えようとしていた。

「そうだな」
 俺は頷き一樹と共にシミュレーションルームを後にした。 

 食堂で昼食を終えた俺達は再び格納庫へ戻り、神代博士を探す。博士達は格納庫搬入口付近に居たようで、塗装が施されていない戦車形態の10式戦略機と、スタッフに指示を送る博士の背中が遠くからでもわかった。俺は忙しそうな博士を見つつその後ろにあるテスト機に目を向ける。本来の10式より多少大型化しているようだが、90式ほど大型ではない。しかし、移送車両に乗せていないのは何故だ?

「博士! 準備の方は大丈夫ですか?」
 隣にいる一樹が博士の背中に声をかける。博士はこちらに気づき顔を向けた。
「ええ、もうちょっと待って頂戴。今最終チェックと準備しているところよ」
 博士は手短に答え、別のところに指示をするのかそのまま去っていった。

「あれだな、まさに作り立てな感じだな」
「10式の試験やっていた頃を思い出しますよね」
 俺の言葉に一樹はそう懐かしむ。
「そうだな」
 俺にとってその思い出はまだ心を抉る要因でしかなかった。しばらく時間を持て余していると、再び博士が帰ってきた。

「おまたせ。早速だけど乗って頂戴」
「わかった。しかし、どうするんだ?」
 博士はそう言って新型の10式を指すが、俺は計画を訊ねるつもりで聞いた。

「これから大矢野演習場に行くわ」
「なるほど、乗って持って行けということですか」
 博士の意図を察してか、予想外の回答に一樹は苦笑いを浮かべる。これはあれか、運ぶついでに操縦に慣れろという事か。中々に鬼畜なこと言う女傑だな……
「そうよ、一石二鳥じゃない?」
 子供が妙案を思いついて褒めて欲しいような笑みを浮かべ、博士は俺達に訊き返してきた。

「そうだな。さすが天才だ」
「兵装はこっちで運搬するから現地で合流しましょう」
 こちらの思いを察することなく告げると、脱兎のごとく博士は消えていった。俺達はため息をつき新型の10式に乗り込んだ。

 結局俺達は基地航空管制に連絡を取り人型へ形態を変え、空路で大矢野演習場まで向かうことにした。そのまま公道を走ることも考えたが、道路を破壊してしまう可能性が高い。この階級になって、道路破壊というくだらない事案で激怒状態の本部長に呼び出され説教をくらうのは避けたい……あの人説教は長いからな。それに、道路を使う場合別組織への連絡も必要なる。それらを考えると空路が無難だという意見で一樹と一致。俺達は整備区画から滑走路に移動して大矢野演習場に出撃した。

「しかし、空路で行くと僕らの方が先につきそうですね」
「そうだな、早めについて休ませてもらおう」
 道すがら一樹が無線越しに語り掛けてきた。俺は無線越しに答えモニターの計器類をチェックする。

「なんだ。こいつはまだ天照に繋いでいないのか」
 俺は天気の確認をしながら呟く。演習場付近は晴れのようだ。
 天照とは正式には全地球型広域戦略情報共有管制システムと呼ぶ。GPSを大幅に改造して開発されたもので、衛星に精霊が宿っており戦況や地理、戦域情報を軍全体レベルで共有することが出来るシステムだ。

 開発したのは国連ということになっているが、実際の所は日本が改造を引き受けており、八百万の神々が宿っているため天照という名が使われている。
「そうですね。現地で繋ぐのではないでしょうか?」
「そうか……一樹、この前の合志で発生した幻獣の浄化作業は終わっているのか?」

 相槌する一樹に俺はそう確認する。幻獣が現れた地域は厳密に言えば幻獣の残滓で汚染されている。そのままの環境でも生活はできるが、時間を置くと幻獣の発生源となる。幻獣に汚染された地域は、別名悪しき夢の由来通り悪夢に苛まれる地域と変貌する。放置しておくと幻覚や幻聴に侵された人間が発狂して自殺するなどの狂乱がおきて、最終的にそれらを糧として再び幻獣が出現する。しかも、残滓と化した幻獣は発生源よりも離れた場所に移動することもあるため実に厄介なのである。

 そのため戦闘終了後、霊的な能力持った俺達とは違う封魔部隊と呼ばれる専門の部隊が、祭壇を作り祝詞をささげ祈祷。精霊の力を借りて浄化するのだ。

「それが……まだ手が回っていないそうです。そうそう、貴方が撃破した幻獣が居た地域は浄化の必要がなかったみたいです」
「俺が祝詞を加えて魔弾にしたからか」
 バツが悪そうに答える一樹に俺は仮説を述べる。
「使われた弾頭が新型で、魔弾の威力を格段に上昇させてしまったのではないのか。と封魔部隊はそう分析しているようです」
「なるほどな。それで手が回っていない地域というのは麗奈の方か?」
 一樹の情報に俺は頷き訊き返す。

「そうです。熊本県中心部に近かったせいで被害が酷く、祈祷より復旧を優先して欲しいと県からの要請で一旦おかれている状況です」
「殲滅したからといって放置していても良いわけじゃないんだがな」
 一樹の回答に俺はそうボヤく。何となく嫌な予感がするな……
「報告されている要塞の観測レベルだと、周辺の幻獣警戒レベルは3との事です」
「そうか。まだ安全という事か……その情報に期待しておこう」
 察して報告する一樹に俺は一言付け加え頷く。

 軽い雑談をしている間に大矢野演習場が見えてきた。演習場に着き管理棟傍の野戦演習場に俺達は着陸。管理部隊に問い合わせする。
 予想通り神代博士達がおらず、俺達は合流するまで休憩することにした。大矢野演習場は言葉の通り演習場で、他の基地と変わらない作りではあるが、管理部隊が隊務を行う管理棟。射撃演習を行う平地地帯の野戦演習場と、教育隊が自活演習で利用する森林地帯の自活演習場が区画分けされている。管理棟は基地の中央部にありその東側区画が野戦演習場で、中央部北西側区画の森林地帯が自活演習場となっている。

 程なくして博士達を乗せた車両群が着いたようで、続々と野戦演習場に車両が侵入してきた。こちらが既にいる事に気づいているのか、俺達の機体の傍に横付けしていく車両に乗るスタッフ達は迅速だった。博士が無茶を言ったのか、演習場を管理している部隊も準備に駆り出されているのが機体のコックピットモニター越しでもわかる。しばらくして機体に通信コンタクトが送られてきた。

 受諾し回線を開くと博士がコックピットモニターの一部に表示される。
「お待たせ。こっちに機体をもってきてちょうだい」
 準備を終えたのか、博士がそう指示してきた。俺達は、野戦演習場に急遽設営された仮設ベースのテント傍に横づけてされている運搬トレーラー近くに機体を待機。機体から降りて博士達の居るテントへ出向いた。

「てっきり後ろをついてくると思っていたわ」
 テントに来て早々博士は俺達にそうのたまう。
「ははっ、さすがに道路破壊しながらここまでくるわけには行きませんよ」
「失礼ね、大丈夫なように設計してるわよ」
 俺の代わりに隣の一樹が笑いながら答えるが、博士はそう言ってぶーたれる。

「知っているか? 公道を走るにはナンバープレートが必要なんだぞ。あんたの新型10式にナンバープレートはついているのか?」
「何よそのくらい! もみ消せばいいじゃない!」
 わざとらしく待機している新型10式を指さして言う俺に、博士はそうまくしたてさらに拗ねるそぶりを見せる。

「おい、あんたはそれで良いかもしれんが、もみ消す側はたまったもんじゃないんだぞ。俺はあんたらの代わりに、『比良坂君! 君はその階級になって道路交通法も守れないのかね?』とか、田代さんに嫌味を言われて、ぼろくそに説教されたくないね」
 俺は肩をすくませ本部長のモノマネをしてみせた。

「あははは、本部長ならそう言いそうですね」
 俺のモノマネが面白かったのか一樹は笑いながら同意する。
「――その様子なら試験を始めても大丈夫そうね」
 何かを気にしていたのか、俺の反応に含むように笑みを浮かべ博士は言う。

「ああ。俺達はいつでも良いぞ」
「そういえば、新型の呼称は決まっているのですか?」
「まだよ。何か案があるかしら?」
 気になっていたのか一樹が訊くと、博士は問い返して俺を見る。
「……ミカヅチでどうだ?」
 少し考え俺はそう提案した。74式の呼称はカグツチ、90式はミヅチ、10式はノヅチと来ているからな。

「オッケー。それを採用しましょう」
 博士はあっさりと同意する。
「では、名前が決まったところで試験は何をするのですか?」
「兵装一式よ。今から換装するから楽しみにしておいてちょうだい」
 改めて質問する一樹に博士はニヤリと笑みを浮かべ答える。

 新型10式ミカヅチの換装作業が終わり、早速俺達は射撃試験に移った。外装は乗ってきたミカヅチの本体に、大型のスラスターが付いたバックパックが背中に取り付けられ、足回りも通常のスラスターに代わり、装甲付きのスラスターが取り付けられ、足回りが大幅に分厚く強化されている。腰回りにはスラスターから伸びた新デザインの一六〇ミリ滑空砲が2丁装備され、胸や腕周りにも増加装甲が追加。腕にはオプションパーツが取り付けられるようにアタッチメントが増設されている。極めつけは両肩部に装備されたガトリング砲だ。かなりの重量増加だが、推進力は装備がない時のおよそ3倍に上昇している。さらに新型神霊機関のおかげで、動力も旧来の10式ノヅチの10倍を超えている……道理で色々装備がつけられるはずだ。

 俺はコックピット内でスペックを確認しながら、トレーラーに置かれているオプションのライフルを受け取る。形状はアサルトライフルに似ているが、砲身の所々にマズルブレーキのようなものがつけてある。これは一体?
「それじゃ、装備の説明に移るわ」
 通信コンタクトを送ってきた博士がコックピットモニターに表示され、俺は一樹と回線を共有し清聴する。

「まず、脚部には新型装甲のスラスターを取り付けているわ。これで従来の3.25倍推力が増大、増加装甲のおかげで推進剤もたっぷり詰め込めているから、従来の機体より長距離長時間の稼働を実現しているはずよ。次に背中のスラスター付き大型バックパックだけど、これも新型装甲を採用しているから頑丈よ。ついでに脚部スラスターに推進剤を供給できるようにもなっているわ。で、武装だけど今回は新型弾頭用に改修した一六〇ミリ滑空砲とサーマル式三十ミリガトリング砲を取り付けているわ。最後に今回持ってきたアサルトライフルなんだけど、これはレールガン、電磁加速砲よ」
 博士は嬉々として解説する。正直こんなものぶっ放していたら、反動と衝撃波で機体は勿論付近にいる隊員達にも被害が出るだろうな。

「なるほどな。新型神霊機関の動力と精霊、神々の加護で諸問題をクリアしているわけか」
「ご明察。勿論貴方達に負担が行かないように工夫しているわ」
 俺の回答に博士は満足げ頷く。
「なるほど、術式を刻印しているのですね」
「そういうこと。だから製作は今のところ私達にしかできないわ。じゃあ、射撃ポイントに移動して頂戴」

 察したように補足する一樹に頷き、神代博士は伝えると通信を切った。俺
達も通信を切り機体を野戦演習場の射撃地点へ移動をさせる。といっても殆ど目の前で、仮設ベースに配慮した距離を取るというのが正しい解釈だろう。射撃位置につき俺と一樹機共に電磁加速砲を構える。しばらくして、

『射撃はじめ!』と神代博士のアナウンスが流れ、両機はその合図を受け射撃を開始。

 すさまじい音響と威力で目標地点の地形が変わっていく……まるで山をドリルで削っているようだ。射撃終了後、急速に砲身が冷却され蒸気を放出する。凄まじい熱が出ている事がコックピットモニター越しでもわかる。電磁加速砲の試験を終え次に実施したのは腰部の一六〇ミリ滑空砲だ。

 これは両機ともに1発のみ射撃を実施した。新型弾頭の威力はすさまじく射撃地点の斜面に穴が空き地すべりで地形が崩壊。最後に肩部のサーマル式のガトリング砲の射撃を実施。これもすさまじい音響と威力で射撃地点の地形を無残な姿へと作り替えた……後で管理部隊から苦情が来そう、いや間違いなくくるレベルだ。

「お疲れ様。良いデータが取れたわ」
「すごい威力だな」
 通信を入れてきた博士に俺は一樹と通信を共有させ驚嘆する。

「そうですね。これなら今まで以上に幻獣を蹴散らせるような気がします」
「でしょう。そうだ。フィードバック送るから天照に繋ぐわよ」
 一樹の感想に神代博士は嬉しそうに言って、両機を天照に繋ぐ操作をする。しばらくして懐かしい声が帰ってきた。

「天照へのコンタクトを確認……味方識別であることを確認、受諾します。おかえりさない。比良坂陸将」
 接続を確認した連動しているナビゲーションAIが俺を迎えてくれた。
「早速で悪いが、周辺の幻獣警戒レベルを確認してくれ」
「了解。確認します……当座標において幻獣濃度の上昇確認。まもなく警戒レベルに達します」
 俺の指示にナビゲーションAIは事務的に回答する。

「ちょっと! この辺で幻獣なんて確認してないわよ!」
「これは、中心地から幻獣が流れてきたと見るべきですかね?」
 博士の奇声を尻目に聞いていた一樹は俺にそう確認してきた。
「だろうな。他に演習している部隊はいるか?」
 俺が一樹に確認をとるとコックピットモニターに戦域図が映し出される。

「ちょっと待ってください」
「照会中……新規訓練部隊が前期野外訓練中です」
 一樹の言葉に被せるようにナビ―ゲーションAIが戦域図にマーカーを加え答える。
「こっちでも確認しました。間違いないです」
「直ちに撤収命令を出してくれ。俺達はこのまま応戦準備だ」
 裏がとれたことを確認して、俺は改めて一樹と博士に指示する。当たってほしくないことは当たるもんだな……

「了解、伝えます。要塞への応援要請は?」
「間に合わないだろうが要請してくれ」
「こっちも準備するわ。戻ってきて頂戴」
 俺達はそれぞれ答え通信を切り機体を仮設ベースへ移動させた。

  舞人達が新型10式ミカヅチの試験中、九州要塞中央作戦司令室では幻獣警戒レベルの上昇が確認され情報収集が行われていた。

 九州要塞中央作戦司令室は、部屋の正面に専用の大型モニターが設置されており、部屋全体は上段と下段の区画に分けられている。上段の区画は作戦指揮官とその幕僚達専用の区画で、部屋の中央に作戦会議専用の大きなミーティングテーブルと、その周りに連絡要員として詰めている士官の席が用意されている。下段の区画は、作戦指揮に必要な情報収集を行う司令室付き士官専用の区画となっている。

「――状況は?」
 司令室にやってきた私は短く近くの士官に問う。
「はい。現在、大矢野演習場付近で急激な幻獣濃度の上昇を確認。天照の解析では演習場後方、西原村付近に幻獣の先遣集団が出現すると予測されています」
「西原村か……また都市部に近いな。出現ポイント付近の住民に避難命令をだせ。近くにいる基地部隊は避難誘導に当たれ! それから要塞各部署に防衛基準態勢1を発令!」
 素早く敬礼する士官に私が指示すると、士官は自席の端末ではすぐさま情報伝達に回る。

「遅れました」
 同時にやや遅れて若本君が司令室に入ってきた。
「来たか。若本君、すぐに出撃できる戦略機部隊は?」
 遅れてきた若本君に振り向き私はそう訊ねた。
「……ありません。部隊再編が裏目に出ました。戦略機部隊の出撃には時間が必要です。先に機甲部隊の準備を急がせています」
「そうか、そちらの指揮は任せる。海上と航空に支援準備を急がせろ!」
 苦虫を噛み潰したような素振りで答える若本君に、私は頷き新たに近くの士官に指示する。

「了解」
「本部長、小野一樹一佐から応援要請が来ています」
 士官の一人が応じると違う士官が報告を上げてきた。
「今準備していると伝えろ。それから神代博士達に撤収命令を出したま――いかん。演習場には比良坂君達以外に演習をしている部隊が居たな?」
 その報告に私はそう返答するが、はっとなり別の士官に確認する。不味いぞ……

「教育大隊が前期野外訓練中です。そちらには比良坂陸将が既に指示を出しています」
「そうか。無事に離脱してくれると良いが……」
 士官の報告に私は心配交じりに呟く。こんな形で実践を経験する羽目になるとはな……
「天照より通知! 幻獣が20分後に出現する可能性大!」
 その心配も束の間、下段ブロックの士官から報告があがり、正面の大型モニターに表示されている戦域図の情報が更新される。戦域図は大矢野演習場を中心とした周辺一帯を映しており、敵味方のマーカー周辺地域の非難状況、気象などあらゆる情報が表示されていた。

「いかんな。有明海に展開中の艦隊はどうなっている?」
 幻獣の出現が予想より早いことに焦りを感じた私は別の士官にそう質問する。
「現在、哨戒中の第3艦隊が大牟田市沖合を南下中」
 振り向き答えた士官は、同時に中央の大型モニターに急行中の艦隊情報を更新する。

「ぎりぎりだな。出撃準備中の航空部隊は準備が完了次第そのまま待機。いざとなれば付近一帯を焼き払う!」
「やむを得ませんな。準備が終わった車両から出動! 合流地点は熊本赤十字病院総合グラウンドだ。臨時指揮所を設け到着次第木山川沿いに車両を展開させろ!」
 私の檄に頷くと若本君は別の士官にそう指示する。

「本部長、桜井朱雀二佐より緊急通信です」
 さらに別の士官が私と若本君に報告をあげてきた。
「中央の大型モニターに回してくれ」
「90式戦略機臨時第1小隊出撃準備完了。これより比良坂陸将の援護に回ります」
 私が応じると、大型モニターに映された桜井朱雀二佐が敬礼して報告する。

「桜井君! 来ていたのかね!」
「はい。お久しぶりです本部長。今さっき着いたばかりです」
 私が驚き交じりに応じると桜井君は軽く微笑み答えた。
「来て早々てんやわんやですまないな、桜井」
「ほんとそうですよ。とりあえず僕と星野と井上が何とか出撃できますので、臨時小隊を編制して応援に向かいます」
 見ていた若本君がバツ悪そうに応じると、桜井君はそう答え2名の通信を繋ぐ。

「久しぶりの再会が戦場ってロマンチックですよねえ」
「ああ、実にワクワクするな」
 新たに大型モニターに表示された井上君と星野君はそう同意する。二人共元気そうで何よりだ。 

「では、桜井朱雀二佐、星野真那二佐、井上霞二佐、君達臨時第一小隊は比良坂陸将達試験部隊と合流後、神代博士達撤収の護衛を頼む。後続部隊が君達と合流後、再び臨時編制を実施し比良坂陸将達を援護。以降は彼の指示に従ってくれ」
「待ってください。僕達が撤収の護衛に回ったら陸将達はどうするんですか?」
 そう命じる若本君に桜井が2人を代表して訊き返す。

「やむを得んが、踏ん張ってもらう。これは俺の予想だが、恐らく君達が合流したことによって、護衛に回っているはずの小野一樹一佐が戦線に戻れるはずだ」
「――だろうな。陸将は粘り強い人だからな」
 若本君の予想に星野君が察したよう意見を述べる。彼の事だ撤退しろと言っても聞かないだろう。

「僕としては一緒に退避してきていてほしいなあ」
「そうねえ。それが一番でしょうけど、あの人はそう言う事出来なくなった人ですものねえ」
 若本君の言葉を察してか桜井君とさらに井上君が残念そうに嘆く。我々の心配をよそに彼はいつだって状況を理解して最大限出来る無茶を実行する。多くの隊員はそんな彼の姿を見て奮い立つ。だからこそ彼は英雄と呼ばれるのだ。

「ところで、君達が来ているという事は水原も一緒ではないのか?」
 若本君は恐らく居たであろうもう一人の女性について訊ねる。彼女も呼んでいたのか。
「水原黄泉一佐なら――逃げましたよ。臨時指揮所の指揮をするって」
「なるほど、賢明な判断だな。攻撃部隊の砲撃準備が速やかに済めば彼の援護が出来る」
 不満げに言う桜井君に、不穏な空気を感じた私は話を切り上げるよう割って入った。今はそれどころではない。

「そうだと良いですけど。では、出撃します」
「あの人たちの問題だというのに、まったく……」
 桜井君の応対に苦笑すると星野君も同じく敬礼して通信を切った。
「あのぉ、麗奈ちゃんは出さないんですか?」
 二人が消えたことを確認して、井上君が気になっていたことを質問してきた。

「天宮麗奈一佐はまだ謹慎中だ。当分出す予定はない」
「……そうですか、でも、その方が良いかもしれませんね」
 私の代わりに若本君が短く答えると、察したか井上君は頷くと敬礼して通信を切った。
「――良いのかね?」
「はい。実をいうと出撃してほしいのですが、ここで出してしまったら後で比良坂に何か言われても弁明できませんからね」
 通信が終わったことを確認して私が訊くと、若本君はそう答え肩をすくめた。

 防衛基準態勢1が発令され、要塞より準備が整った16式機動戦闘車、10式戦車、99式自走榴弾砲、MLRS車両が続々と熊本赤十字病院総合グラウンドへ向け移動を開始。集結先の熊本赤十字病院総合グラウンドには、周辺住民の避難誘導にあたっている部隊の一部が臨時指揮所を設営。その中には指揮を執る水原黄泉一佐の姿があり、到着した機甲車両は順に木山川沿い展開。住民の避難誘導と、部隊の出動が重なる混乱の最中攻撃態勢を整えつつあった。 

 九州要塞で幻獣出現の報を受けた私は朱雀君達と別れ、熊本赤十字病院総合グラウンドに敷設された射撃指揮所を訪れていた。事は一刻を争う。迅速に攻撃陣地の形成と地域住民の避難を終えなければ彼が危ない。
「住民の避難状況は?」
 仮設されたテントの中の入り口近くに陣取る私は、テーブルに設置した無線機器を使い各所と指示連絡をするために詰めている士官達に向け問いかける。

「まだ全体の3割程度です」
 私の傍近くにいた士官が手短に報告を返してきた。
「幻獣の襲来までもうそんなに時間は残されていないわ。手が空いてる者は住民避難の応援に回して、急がせなさい」
私がそう応じると士官はすぐさま無線機器を使い連絡を始める。
「水原一佐、水前寺地区の――」
 テントの奥側の席に座る別の士官が続いてそう声をかけてきた。
「応援を2名回して、タンスの脇に落ちてると伝えて」

 直ぐに私は制止して即答する。老婆がペンダントを探している光景が視えたからだ。この体、人間を辞めた影響で私は様々な能力を得ている。あの日、彼と共に戦って死んだ佐渡島で私は彼を助けるため精霊と契約を果たした。命の替えても、何としてでも彼を援けたかった(たすけたかった)。その求めに応じてくれた精霊の力を行使して、私は彼の助けになる事が出来た。しかし、精霊と契約した結果、私は触れるつもりがなかった彼の心に触れてしまい、彼は私達を失った喪失と悲しみで心に深い傷を負っていた。それだけなら慰める事もできたが、それよりも彼はずっと心中で幻獣と戦い続ける事に対して悩んでいた。

《――いつか、本当に守りたい仲間達を失うかもしれない》

 佐渡島でそれが現実となり、彼はとてつもない後悔に苛まれていた……そんな彼に対して、私はどんな顔をして会えば良いか分からなくなった。私が傍で支えたところで彼は立ち直れる状態――いや、隣に行ってしまったら彼はまた無理をする。それが今度こそ取り返しのつかない事態を招くかもしれない。

 そう思うと私は怖くなった。彼を失うのが怖くて仕方が無くなり……私は彼の前から姿を消す事にした。その決断が良かったのかは、私自身、よくわからない。けれど、時が流れ彼は再び軍に戻ってきた……いや、戻されてきたと言うべきかもしれない。いずれにしても、弱りきっている彼を今度は私が守る番だ。かつて彼がそうしてくれたように……

「一佐――水原一佐、よろしいですか?」
「――何かしら?」
 問いかけられた士官に平静を装いつつ応じる。そうだ、今はこんな事を考えている状況ではない。
「はい。木山川沿いに展開している車両の配置はどうしますか?」
「そうね……10式戦車を軸に間に16式機動戦闘車を配置。自走とMLRSは布田川沿いに一部を配置して、間に合わない車輛は要塞から直接断続的に砲火を集中出来るようにして頂戴」
 私に目を向けながら問う士官に答え士官は『了解』と、頷き連絡を始める。

「一佐、よろしいですか?」
 また後ろから別に士官に声をかけられ、私は振り向き入口傍に居る士官に目を向ける。
「この子が避難の際に保護者をはぐれたようなのですが……」
 士官は困り顔で手を繋いている幼い少女に目を向け言ってきた。
 士官の隣で泣きそうな顔をしている少女の頭に私は手を置く。
「両親なら第3避難施設よ。この子を心配しているから早く言ってあげなさい」
 視えた映像と声を聴き私は士官に微笑み告げた。

「……了解!」
 士官は少女から手を放し敬礼すると、少女を抱きかかえ足早に去って行った。その光景を私は微笑ましく見送る。
「一佐! 神代試験隊……いえ、比良坂陸将達が現地に踏みとどまるそうです」
「何ですって!」
 先程問いかけてきた士官が新たな情報を伝えてきた。私は驚きながら詳細な状況を知るため、指揮所奥に座る士官に足を向け、別の士官が指揮所中央のテーブルに地図を敷く。大人しく神代博士達を退避してくれて構わないのに――彼はいつも無理をする。誰もそんな事を望んでいないのに……

 自衛軍えびの基地。鹿児島県と宮崎県の県境に位置するこの基地は、九州要塞第3戦闘師団の根拠地であり、第3戦闘師団は主に九州南部と南太平洋方面の警戒と防衛を担っている。
この日俺は珍しく執務室に戻る途中に声をかけられた。

「師団長、急報です!」
「めずらしいな。どうした?」
 執務室へ繋がる廊下で呼び止められ俺は振り向き問いかける。相手は副官の鷲谷一佐だ。
「熊本県西原村方面に幻獣出現との報告です」
「またか……規模はどの程度だ?」
 肩で息をしている一佐が落ち着くのを待ちながら俺は問う。こいつが走ってきたことは余程の事だとなのだろう。一佐は片手に持っていた一枚の報告書を差し出しこう言った。

「天照によれば軍団規模だと推測されています」
「軍団規模!? もしや、敵の大攻勢……か?」
 俺は受け取った報告書に目を通す。あがってきている報告によれば、大矢野演習場近辺に幻獣の出現が予想され、九州要塞は防衛基準態勢1を発令。熊本赤十字病院総合グラウンドに仮設指揮所、木山川沿いと布田川沿い攻撃陣地を形成するようだ。

「――ん? 戦略機部隊は稼働しとらんのか?」
「それが、部隊再編中のため準備が遅れているそうです」
「……再編ついでに休暇を与えてしまったといったところか」
 俺の問いに一佐は伝わってきている情報を報告する。俺は顎に手をやり今後の展望を思案する。

 仮に軍団規模の幻獣が出現したとして、現状の九州要塞の戦力で封じ込められるか? いや、封じ込めて殲滅してもらわねば困るが……
「師団長。事態は一刻を争います戦略機部隊の応援を送っては?」
「そうだな。急ぎ――いや、増援はダメだな」
 一佐の提案に俺は同意しかけるが冷たく告げる。現状だと増援を送るのは最善とは言えない。

「――!? 師団長は仲間を見捨てるおつもりですか!?」
「ああ、見捨てる。それよりも熊本県との県境に3重の防御陣地を形成しろ」
 激高する一佐に俺は冷静に命令を伝える。仮に応援を出して間に合えば良いが、間に合わなかった場合、戦力の逐次投入となり、潰走する部隊に巻き込まれて戦力を無駄に失う事になる。本人達は浪漫に酔いしれて満足して死ねるかもしれないが、只の馬鹿な行いでしかない。

「師団長!」
「……貴官も俺の地位に就く気があるなら、もう少し俯瞰的に物事を見れるようならんといかんなぁ」
 俺の意図をいまいち理解できていない一佐は不快気な顔をする。気持ちはわからんでもないが。

「……どういう意味でしょうか?」
「仮にだ。応援をだしたとして応援部隊が間に合わなかったらどうする?」
「それは……しかし、今から出せば間に合うかもしれないじゃないですか!」
「貴官の気持ちはわからんわけではない。だがなあ、間に合わなかった場合、戦力の逐次投入となり戦力を無駄に失うことに繋がりかねない。となれば、今我々が出来る最良の行動は、潰走する部隊の撤退を支援できるように状況を整える事だ」

「……なるほど。次善の策を講じるわけですか、わかりました。急ぎ通達します!」
 俺の考えを理解したのか一佐は納得気に答える。
「頼んだぞ。それから、第3警戒ラインに展開している海上艦隊を第1警戒ラインまで後退。航空にCAPを要請をしておいてくれ」
「――了解!」

 俺の指示に一佐は素早く走り去っていた。多少越権行為ではあるが後は向こうが連絡してくるだろう。その時話せば良い。俺は執務室に戻り自分のデスクに腰を降ろす。この基地の執務室も基本的には要塞の執務室と変わらない造りになっている。違う点があるとすれば、デスク右壁側にコミュケーション用のスクリーンがある点だろう。

 デスクに腰を降ろして直ぐ備え付けの電話が鳴り受話器を取る。
「――どうした?」
「海野海将と城島空将から通信が入っております」
「わかった。こちらに回線を回してくれ」
 連絡を寄こしてきた士官にそう告げ、俺は電話に用意されている赤いボタンを押し受話器を戻した。すると、デスク右側にあるスクリーンに白と青の制服を着た壮年の男性達が映しだされる。

「要件は分かっています。緊急事態とはいえ越権行為をお許し願いたい」
 俺は襟を正し映し出された二人のそう謝罪する。第3戦闘師団というより自衛軍の軍統制は実は少しややこしい統制なっている。戦闘師団自体は陸海空の戦力をまとめた構成となっているが、実は陸海空それぞれの部隊において三者三様のトップが存在しており、部隊全体を動かす場合、事前の協議が必要となる。1個にまとまっているようで現実はまとまっていないのだ。

「状況は伺っております。それよりも警戒ラインを下げてしまって大丈夫でしょうか?」
 スクリーン左側に映る白い制服を着た海野海将が問いを投げかける。
「仮にですが、要塞の戦力が潰されてしまった場合、幻獣は南下してくる公算が高いでしょう。現在万が一に備え県境に防御陣地の形成を急いでいますが、幻獣が南下してきた場合自ずと海上戦力の支援が必要になります。ここはやむを得ないでしょう」
「いえ、馬場陸将の意図は理解しております。我々が問題視しているのは、メリア連合がこれを機に攻めてこないかと言う点です」

 俺の言葉にスクリーン右側に映る青い制服の城島空将が見解を述べる。確かに可能性としてはあるが、奴らにそこまで戦力を割く余裕があるだろうか? 中央の連中に国連軍と言う形で侵略行為を実施している連中が、こちらに目を付けてくることは可能性としては低い。

「確かに可能性としてはないわけではないでしょうが、現在の情勢下では限りなく低いでしょう。仮にですが、奴らが攻めてきても相手は人間です。化け物どもよりも楽な相手だと思いますよ?」
「はっはっ、確かに連中を相手にするより遥かにマシですな」
 俺の皮肉に海野海将が軽く笑い言う。

「なるほど。陸将の方針は理解しました。しかし、何といいますか、中央の連中は面倒な統制が好きなようですな」
「こんな事なら、第2戦闘師団のように指揮統制を試験的に統合してしまった方が良かったかもしれませんなあ」
 城島空将の言葉に俺は素直に頷く。確かに同じ地位の人間が雁首揃えて話し合うのはあまりにも非効率。一人の指揮官に幕僚として加われば済んでしまう問題だ。

「それをすると中央の官僚共はお得意の政治闘争と言いますか、階級の上げ下げをしないと気が済まないのでしょう」
「奴らが現実を見ていないのはいつもの事です。しかし、本当に応援を送らなくても宜しいのですか?」
「確かに防御陣地を形成した上で応援を送るのが最良です。ですが今回は時間が足りない。奴らの襲来が明日なら私も応援を送る事に反対はしません。が、恐らくこうしている間に戦端は開かれているでしょう。それを考えますとやはり遅い」

 城島空将の指摘に俺は冷静に答える。そう、既に遅いのだ。襲撃が明日ならまだやりようはある。恐らく第2師団の連中も似たようなことを考えているだろう。
「歯がゆいですな。援護の一つすら出来ないとは」
「何、事態をそう深刻に捉えなくても良いでしょう。私はこれでも楽観視してましてね。化け物殺しが何とかしてしまうと思っているんですよ」

 悔しがる海野海将に俺は軽く微笑み言う。そう、化け物殺し。近年数々の戦場で勝ち続けた比良坂が現場にいるのだ。どういう経緯で復帰したかは知らないが、幻獣共があいつを倒せる可能性は低いと俺は思っている。
「化け物殺し……なるほど、比良坂殿に期待しているのですな」
「ええ。対幻獣戦において奴ほど適確に勝利してきた男はいませんからな」
 城島空将の言葉に俺は頷く。

「では、我々はあくまで保険ということですか」
「そうです。無用の心配かもしれませんがね」
「はっはっは――では、我々も無用の心配に精を出すこととしましょう」
 海野海将は軽く笑い言うと通信を終えた。
「では、我々は万が一に備えAWACSも同行させておきましょう」
 城島空将はそう言葉を残し通信を終えた。
 二人が居なくなり俺は椅子に体を預け天井を見上げる。
「万が一……か。頼んだぞ比良坂」 

 有明海第2師団所属第3艦隊旗艦戦艦日向。幻獣襲来の報を受け艦隊は大牟田市近くの沖合を南下していた。
「――はあ、なんだってまた僕が乗艦している時にやってくるかなぁ」
「司令!」
 僕のボヤキに、隣の副官席に座る日向艦長磯崎一佐が非難の声をあげる。芦屋基地へ帰還する途中、僕らは幻獣襲来の報を受け、要塞からの応援要請に従い艦隊は支援可能域に急行しているところだ。

「先輩の口車に乗って乗艦するもんじゃなかったなぁ……」
「はっは。何といいますかこんな時でも司令は相変わらずですねえ」
 僕のボヤキに艦長の隣席に座る砲雷長山崎三佐が苦笑する。そう、幻獣襲来の報を受けて僕は艦橋からCICへ移り状況確認中の最中。磯崎艦長が目くじらを立てるのもよくわかる。

「ま、いつも通りということさ。それより状況を教えてくれ」
「はい。現在、大矢野演習場付近一帯に急激な幻獣濃度上昇が確認され、天照の解析では演習場後方、西原村付近に幻獣の先遣集団出現の予測がされています」
 CIC司令官席に座る僕の問いに磯崎艦長が報告すると、席正面にある大型スクリーンに状況を詳細にまとめた戦域図が表示される。

「これに対して、要塞司令部は熊本赤十字病院総合グラウンドに仮設指揮所を設営。幻獣出現ポイントに対し、火力を集中できるよう木山川沿いと布田川沿いに機甲戦力の展開を急いでいます」
「――戦略機はどうした?」
 磯崎艦長の報告に則って戦域図が更新される。木山川沿いと布田川沿いと九州要塞に機甲戦力を示すマーカーが追加され、大矢野演習場に緑のマーカーが追加された……援護目標? なんだこれ? 

「それが……部隊再編中のため出撃準備が遅れているらしいです」
 僕の問いに磯崎艦長は困ったような口振りで答える。はあ? 再編? そんな事初耳――そう言えば田代さんがそんな事言っていたなあ……あっ、てことはこの援護目標は……

「なんとまあ間の悪い事で。ところであの援護目標は誰なんだい?」
「撤収中の神代博士達試験部隊と訓練部隊なのですが、どうやら比良坂陸将も現地に居るようでして、演習場で交戦すると報告があがっています……」
 何となく予想がついている僕に、磯崎艦長はややバツが悪そうに答える。ああ、やっぱり彼か。

「何で大人しく後退しないのかなぁ……」
「司令……敵は軍団規模と予想されています。規模から考えて後退を具申されては如何でしょうか?」
 頭を掻き困り気味にボヤく僕が珍しいのか、磯崎艦長は遠慮がちに提案してきた。

「彼にそんな事言っても無駄だよ。現地で踏みとどまって即応すれば、した分だけ予想される1次被害を低減、あるいは限りなくゼロに抑えられる。それを理解しているから踏みとどまるんだよ。まあ、そんな事をしたら敵の集中砲火で十中八九死ぬだろうけどね」
「……」

 ため息交じりに答える僕に、磯崎艦長は指示を待つかのように閉口する。CIC内の隊員全員の視線が僕に集まっているかのような錯覚を覚え、僕はまた大きく息を吐く。考えてみたら、沖縄の時も彼はたった一人の逃げ遅れた隊員を助けるため、誰もやらない無茶をやってのけた。その彼が復帰したという事は、軍が無茶をするという事を指している。つまり、田代さんが本気になったという裏返しでもある……いや止そう、今はこんなこと考えている場合じゃないな。

「全艦最大船速……いや動力機関を壊して構わないから全速力で主砲有効射程海域まで急行。近接防御兵装以外の全ての兵装を攻撃に回せるようにしてくれ」
 僕は自席の無線を手に取り全艦に通達。といっても旗艦を含めて3隻の編制だ。火力としては少し心許ない。

「了解! 砲雷長。RAM、シースパローの設定変更急げ!」
「了解!」
 僕の指示に磯崎艦長と山崎砲雷長が頷き、CICに詰めている隊員達は空気が変わったことを認識する。

「……間に合えば良いが」
 1次、2次攻撃には間に合わなくとも、3次攻撃には間に合わせなければ彼らの生存が危ぶまれる。無線を戻し僕は小さく呟く。彼の身を案じて。
 同時刻、俺達は神代博士達と合流して整備と補給を受けていた。幻獣の出現まであまり時間は残されていないだろう。補給が終わり次第、神代博士達には一樹と一緒に撤収してもらおう。二機だけでは守り切れない可能性がある。

「一樹、訓練部隊の撤収はどうなっている?」
 俺はコックピット内で回線を繋ぎ一樹に問う。
「大分てこずっているみたいです」
「そうか……仕方ないな。演習場全域のスピーカーに繋いでくれ」
 コックピットモニターに表示され返答する一樹に頷き、俺はナビゲーションAIに指示。恥ずかしいがやるしかないな。恐らく欺瞞情報だと疑っているのだろう。

「了解。天照を中継して繋ぎます――どうぞ」
 ナビゲーションAIの報告を聞き、俺は一度深呼吸する。
『私は比良坂舞人陸将だ。聞こえているか訓練隊員諸君! 連絡は受けていると思うが、君達の近くに幻獣が出現しようとしている。速やかに訓練大隊指揮所に合流、撤収を開始せよ。これは演習ではない! 疑心暗鬼になるのは分かるが、君達は自衛軍軍人であり上官の命令に従う義務がある! 速やかに行動し撤収を開始せよ。心配するな! 君達が速やかに行動すれば誰も死にやしないし君達自身も絶対に死なない!』
「よし、後は監視と報告を頼む」
 演説を終えた俺はナビゲーションAIに改めて指示。

「了解」
 ナビゲーションAIはそう答え、コックピットモニターの隅に最小化してある戦域図に訓練部隊の撤収状況を更新する。
「中々にいい演説でしたね」
 演説を聞いていた一樹が冷やかすように言って笑みを浮かべる。
「よしてくれ恥ずかしくなる。それよりも一樹。補給が終わったら一旦博士達の護衛に回ってくれ」
「了解。でも、ぎりぎりまで貴方の支援に回りますからね」
 俺の指示に一樹は軽く頷き応じる。俺のことを心配しているのか……ありがとう。

「二人とも補給終ったわよ」
 無線越しにそう言って神代博士が俺達に回線を繋いできた。
「了解。装備はこのままなのか?」
 俺は回線の設定を切り替え、コックピットモニターに一樹と並列表示された博士に訊ねながら、機体ステータスを表示して確認する。見る限り試験の時と兵装があまり変わっていない。

「ええ。今回はおまけも付けておいたから我慢して頂戴」
 博士は頷きそう付け加え、近接用長刀つき大型楯の画像をコックピットモニターに表示する。
「新型装甲で作られた長刀と楯よ。楯は表層に結界のような力場を発生させている代物だから、大抵の攻撃は防げるはずよ。持って行って頂戴」
「わかった。感謝する」
「僕の分はないようなので、両手に電磁加速砲をもちます」
 そう解説する博士に俺が礼を述べると、一樹は支援に徹するつもりなのかそう発言した。

「そうしてくれ」
「幻獣濃度さらに増大! 出現します。座標を戦域図に更新します」
 俺が頷くと同時にナビゲーションAIが急報を告げる。コックピットモニターに拡大表示された戦域図には、水平距離で演習場から20キロ離れた西原村山中に敵勢勢力が新たにマッピングされている。

「……訓練大隊まだ撤収途中か。一樹、野戦演習場にでて制圧射撃を敢行するぞ。訓練大隊の撤退を支援する」
 注意を引く必要があると判断した俺は短く指示する。
「了解」
 一樹は頷くと通信を切り機体を移動させ始めた。
「あたし達も撤収するわ」
「ああ。一次砲撃終了後一樹を其方に回す。管理部隊と仲良く撤収してくれ」
「了解よ。それじゃ要塞でまた会いましょう」
 俺の言葉に博士はそう答え通信を切った。

 俺は先行した用意してくれた装備を受け取り、一樹に合流するべく新型10式ミカヅチを発進させた。 

 一樹と合流して野戦演習場平原地帯に出た。俺達は持っている装備を一旦地面におき、両腰部の新型一六〇ミリ滑空砲のグリップを握り、射撃体勢に入る。弾倉には先ほど検証が終了した試験弾の制式版が装填されている。

「天照より情報を受信――幻獣出現を確認。映します」
 ナビゲーションAIは報告すると戦域図を縮小更新。続いて現地のライブ映像をコックピットモニターに表示する。中型幻獣が続々と現出している。先行はタウロス型が多いようだが――こちらを向いていない!

「まずい、進路は市街側だ。こちらに注意を引き付ける。砲撃開始!」
 俺は無線で一樹に指示する。
「目標、敵幻獣集団。データリンク照準による砲撃準備完了」
 ナビゲーションAIの事務的な報告を聞くと同時に俺はトリガーを引いた。
 並列している2機の一六〇ミリ滑空砲4門が火を吹き、敵幻獣集団へ向け攻撃が開始される。

「それにしても、たった2機で面制圧とか笑えませんよ。本当」
「そうだな。本当なら試験を終えて帰投していたはずなんだがなあ」
 無線越しにボヤく一樹に俺は無線越しで軽く愚痴る。
 最中、2機の射撃が先行して出現している幻獣集団に着弾。大規模な爆発を伴い敵集団の左翼が消滅。爆発の規模が大きく、時を待たずしてあまり減衰していない衝撃波がこちらまで到達。衝撃波で機体が揺れる……注意を引けたんじゃないか? 俺は手ごたえを感じる。

「敵集団、市街地への前進を止めこちらに進路を向けました」
 ナビゲーションAIが報告を述べ戦域図の情報を更新する。更新された情報を基にさらに俺達は射撃を敢行。見る見るうちに敵性マーカーが消失していく。しかし、これで終わる幻獣ではない。ライブ映像が更新され、出現地点から新しいタウロス型幻獣が現出。タウロス型幻獣集団は、こちらに気づき生体ミサイルで応戦を開始。

「肩部サーマルガトリングでミサイルを迎撃!」
 せまるミサイルを目にすぐさまナビゲーションAIに指示する。サーマルガトリングの自動射撃が開始され、生体ミサイル群を迎撃。撃破されたミサイルの爆発と衝撃で粉塵が舞う。コックピットモニターの視界が土塵まみれになるが、構わず滑空砲による射撃を継続。
 爆発音が鳴りやまない中、訓練隊員を乗せた兵員輸送車が演習場より移動を開始。どうやら無事撤収してくれそうだ。

「訓練大隊の離脱を確認。敵集団の砲撃停止を確認」
「よし。一樹、博士達を頼む」
 ナビゲーションAIの報告を聞き射撃を止め、無線越しで一樹に連絡する。
「了解。死なないでくださいね」
 一樹は無線越しで答えると、射撃を止め機体を後退させ神代博士達との合流を急いだ。

「さて、正念場だな。機体チェック」
「機体ステータスを更新……戦闘継続に問題なし。新たな敵集団を補足」
 機体チェックを終えたナビゲーションAIは、報告するとモニターに映る戦域図を更新する。
「演習場正面か……主力か?」
 俺は新型一六〇ミリ滑空砲を収め、地面に置いた楯と電磁加速砲を装備する。更新されている戦域図では、訓練大隊と神代博士達一団も無事大矢野演習場から離脱して要塞へ向かっている。今現在この場にいるのは俺の機体のみだ。

「西原村方面に新たな敵集団、タウロス、蜘蛛およびオーガ型が出現。こちらに向けて前進中」
「正面敵集団の解析を頼む」
 ナビゲーションAIの報告を聞き、俺は改めてそう指示する。
「了解……………解析終了。敵集団に指揮官型幻獣の反応を確認。天照へ情報を転送。敵集団出現までおよそ300秒」
 解析を終了させたナビゲーションAIの報告を受け俺は思案する。このまま踏みとどまるか、撤退するか……5分後には新たな敵集団が来る――敵を固めてしまったほうが砲撃する側は楽か。

「このまま敵を引き付ける。弾はいくら残っている?」
 決断した俺はナビゲーションAIに問いかけ、機体ステータスをコックピットモニターに表示する。
「サーマルガトリングは残り40%、一六〇ミリ滑空砲残り15、電磁加速砲4000、以上です」
「一六〇ミリ滑空砲はそちらで打てるか?」
 更新された機体ステータスを見ながら俺はナビゲーションAIに確認する。

「可能です。兵器換装用サブアームを使用して射撃できます」
「わかった。正面敵集団が出現したら正面に全火力を集中する」
 ナビゲーションAIの回答に俺は端的に指示する。西原村方面の幻獣への対応は後回しだ。
「了解。緊急回線で通信がきています――繋ぎます」
 ナビゲーションAIが通知すると回線が開かれ、懐かしい女性の顔がコックピットモニターに表示された。彼女を見るのは実に4年振りだ……が、昔と違い髪の色が黒からやや緑がかっている。

「こちらは臨時第一砲撃大隊です。これからそちらに進行中の幻獣に対し面制圧を実施します。その隙に貴官は後退してください」
「ありがたいが、展開中の君の大隊には戦略機はいるのか?」
 懐かしい女性に俺は訊ね返す。砲撃すれば幻獣は大隊へ反応する。こちらは逃げられるが、その結果部隊に被害が出てしまったら注意を引いた意味がない。

「まだ到着していません」
「ならダメだ。後退はできない。そちらが壊滅する。砲撃は有難迷惑だな」
 懐かしい女性の回答に俺は首を横に振る。いつもこうだ、こちらの気も知らずに自ら命を捨てにいこうとする。勘弁してくれ。
「ふざけないで頂戴。貴官が死んでしまったら頑張った苦労が水の泡よ」
「ふざけているのは君だ。その口振りだと民間人の退避がまだ終わっていないだろ? そんな状況で市街地へ侵攻させるわけには行かない」
 キレぎみに言う懐かしい女性に俺は冷静に指摘する。

「市街地から西原村付近までは距離があるわ。こちらにはまだ時間的余裕がある。何とでもなるわ。貴官の方が危険だというのがわからないの!?」
 あくまで後退しろと言う懐かしい女性は声を荒らげ言う――ああ、そうか。彼女の顔を見て思い出した。そうだったな……俺は死んでいった仲間に一人でも多くの人を守ると誓い戦い続けていたんだ……だったら、尚の事引けないな。

「敵、蜘蛛型幻獣の砲撃射程内に入ります。正面敵集団出現まで後120秒」
「わかってないのは君だ。水原! 君達は準備が完全に整うまでそこで見ていろ!」
 ナビゲーションAIの報告を聞き、俺は水原に吐き捨て通信を切る。すぐさま楯を構え機体の回避運動を行う。

「回避プログラム作動。サーマルガトリングによる近接防御は無用だ」
「了解。回避プログラム作動――敵砲撃着弾まで3、2、1――弾着!」
 俺の指示にナビゲーションAIは頷き、カウント終了と同時に砲火の雨が降ってきた。楯を弾着方向へ構え俺は右へ、左へ機体を回避させ場所を変更。楯のおかげか着弾した砲弾の爆風と衝撃波が不思議と機体へ伝搬する事は無く、加えて楯に砲撃が直撃しても機体へ何も振動が伝わってこない。

 かなり強力な楯のようだ。周辺の地形が変わっていく中、後退しながら俺はどう戦うべきは悩んでいた――直後、砲撃がまた止んだ。戦域図を確認すると、市街地方面からの支援砲撃で攻撃していた幻獣集団が消滅しはじめている。
「はやまったなクソっ! 砲が向こうにむくぞ!」
 俺は舌打ちしながら、コックピットモニターのライブ映像で砲撃を受けた幻獣群を確認する。土煙で何も見えないが、恐らくまだ残っている――いや、出現する。戦域図の敵勢マーカーの表示がそれを裏付けていた。

「敵幻獣の攻撃力減衰、正面幻獣集団が出現します」
 ナビゲーションAIが無情にも新たな報告を告げてくる。
「二つの幻獣集団を攻撃できるよう位置に移動する。一六〇ミリ滑空砲で西原村方面への砲撃を継続してくれ」
 俺はそう指示して、丁度対角線上2集団を射程に捉えられるよう機体の移動を開始。同時に、タウロスとオーガ型が混じった新たな敵集団が大矢野演習場を目指し南下。コックピットモニターのライブ映像を拡大確認すると、最後方に青色のオーガ型を確認。今回の指揮官タイプはオーガ型のようだ。
 俺はサーマルガトリングと電磁加速砲を敵正面、先頭集団に向ける。

「一六〇ミリ滑空砲射撃開始します……正面敵集団まもなく有効射程」
 ナビゲーションAIの報告と同時に、戦域図に映る正面敵集団マーカーが有効射程内に侵入。俺はトリガーを引いた。放たれたサーマルガトリング砲と電子加速砲は、凄まじい勢いで正面敵先頭集団を霧に返し霧散させていく。が、それも数十秒の出来事ですぐにサーマルガトリングは弾薬を消費尽くした。やがて電磁加速砲も弾切れとなり、余っているサブアームで予備の弾倉と交換を開始。攻撃の手が止むと、正面の敵集団は新しい幻獣が出現させ増殖。こちらを押しつぶす気だ。

 まずいな――やはり指揮官タイプを潰さないと意味がない。だが、どうやって進路を開く?
「一六〇ミリ滑空砲残弾ゼロ。西原村方面の幻獣市街地へ転身を開始」
 ナビゲーションAIが無情な報告を告げ戦域図の情報を更新する。駄目か。時間稼ぎにもならん――俺は突進してくるオーガ型を電磁加速砲で霧片に変えながら迷っていた。優先すべきことは分かっている。指揮官タイプの撃破だ。しかし、敵が多すぎて近づけん!

「第二戦闘師団所属第3艦隊より入電。そこを動くな。です」
 ナビゲーションAIの報告に俺は首を傾げた。どういう意味だ? しかし、直ぐにその疑問は氷解する。砲弾とミサイルの雨が正面に展開する幻獣集団にめがけて降り注いだのだ。
「艦砲射撃か!」
 海上艦隊からの砲撃の雨が、敵勢力圏に降り注ぎ、凄まじい勢いで戦域図に映る敵勢マーカーを消していく。しかし、それも数秒の事ですぐに新たな集団が出現してくる。

「要塞司令部に連絡。西原村方面の敵集団に火力を集中してくれ!」
 俺がナビゲーションAIに指示していると、戦域図にこちらに向かってくる味方マーカーが表示されていることに気づいた。
「お待たせしました。正面の敵は僕らで押さえます」
 詳細を確認する間もなく、一樹が無線越しに語り掛けてきた。
「了解。要塞司令部に通知します」

 ナビゲーションAIの報告を聞き、俺は機体を一樹機達に向け直接確認する。一樹の機体と、その後方に見慣れた90式戦略機ミヅチが3機こちらに向かってきていた。
「頼む。私は指揮官タイプに突撃する」
「親交を温めたい所ですが、了解です」
「教官、ご武運を」
「教官、水原さんと仲直りしてくださいね」
 俺が短く無線で応じると、無線越しに合流した90式戦略機ミヅチに乗る3人のパイロット達は好き好きに応じる。教官? 聞いた事がある声ばかりだな……

「正面敵集団、砲撃を開始」
 俺は気になり確認をとろうとしたが、そのタイミングでナビゲーションAIが報告してきた。
 まずい、砲火に巻き込まれる!
「なんとかしろぉ!」
「了解。シールド障壁を最大レベルで展開」

 俺の無茶ぶりにナビゲーションAIが応じ、機体を反転させ楯を正面に構え後方の4人を庇うように立つ――同時に盾が結界のようなエネルギーを放出。バリアに似た形で5機の機体を包み込んだ結界は、幻獣の砲撃を完全に遮断する。砲撃が終わると結界は完全に消滅。
「楯エネルギー残量ゼロ。防御結界消失」
 行動を終えたナビゲーションAIが事務的に報告する。

「聞きたい事もあるが、時間がない頼むぞ」
 俺はほっと胸を撫でおろし無線越しに4人に告げ、機体のスラスターを点火させブーストジャンプで敵指揮官タイプへ肉薄する。上空を無理やり通過する俺に反応する幻獣はこちらを狙い撃ちしてくる。

 激しい砲火が集中するが、それを防ぐように4機の支援砲撃が敵幻獣集団に直撃。激しい砲火の応酬と爆発の中、無傷で指揮官タイプに肉薄できた俺は電磁加速砲を構える――が、相手の反応が早く、青いオーガ型は、腕から生体ミサイルを生やし発射するとこちらに突撃を敢行。

 まずい! 咄嗟に楯を構えスラスターを点火させ機体を横にスウェー。青いオーガ型の突撃をいなす。しかし、追ってきたミサイルが楯に着弾。衝撃が機体を襲いコックピット内が揺れる。が、側面に回り込んだ俺は構わず電磁加速砲のトリガーを引く。

 青いオーガ型の反応は素早く、辛うじて直撃を避け片腕が吹き飛ぶ。しかも、構わず青いオーガ型はこちらに突撃を敢行! 瞬く間に距離を詰められ斧を振り下ろす。俺は楯でその一撃を凌ぎ、バックステップで距離を置き電磁加速砲を青いオーガ型に投擲。青いオーガ型は気にもとめず斧で電磁加速砲を薙ぎ払う……それが誘導された動作とも気づかずに。

 僅かな隙が出来た俺は逃さず盾から長刀は抜き放ち、スラスターを点火して最大加速で間合いを詰める。青いオーガ型は異常な間合いの詰まり方に驚き行動が止まる。それを逃さず俺は長刀で胸部に光るコアごと斜めに斬り捨てた。

 斜めに斬り裂かれた青いオーガ型は、切り口から青い霧光を噴出させながら霧散していく。

 指揮官タイプが撃破されたことにより残っていた幻獣群は行動を停止。少しずつ霧となり消滅していく。が、それを見守るほど自衛軍は甘くなく、容赦なく砲火の雨を降らせ続ける。やがて戦域図から敵勢マーカーが完全に消失すると、戦闘終了の合図を告げるように砲撃は止み迎撃作戦は終了。
 俺は投擲してへし折られた電磁加速砲の回収を終え応援に来た一樹達と合流。九州要塞へ帰投した。 

ここまでお読み頂きありがとうございます! 

次回に続く


2023.04.06『幻獣戦争』より発売

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伊佐田和仁
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