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ハジマリハ深い谷底から――一章(ひとまとめ版)

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一章 継承者

 世界大戦の終わりは平和ではなかった。世界規模で行われた人類史上最大の戦争は、ラング帝国の敗北という形で一応の終わりを迎える。戦いに疲れた人々は、ようやく訪れた安寧に胸をなでおろし、失った友、肉親に涙し別れを偲んだ。

――が、それも永くは続かなかった。世界大戦から10年余り過ぎ、人々が戦いを忘れ始めた頃、それは現れる。
 ……幻獣、後にそう呼称される化け物はかつてラングと呼ばれていた国から発生した。唐突に現れた化け物は人類を襲い、世界に三度目の試練が訪れる。人類は化け物相手に三度目の世界大戦を始め、あらゆる手段で化け物と戦った。天使、妖精、獣、神話に馴染みのある姿をする化け物が幻獣と呼称され始めた頃、故郷を投げ出され、失い、より多くの同胞、家族を失い人類は敗北の極致に達する。幻獣の無限とも思える物量に誰もが滅びを悟り、諦観し抗う意味を失っている中、転機が訪れた。

 神、或いは精霊と呼ばれる上位存在の介入である。上位存在は諦めかけていた人類に手を差し伸べ、人類は幻獣に抗う術を得て再び立ち上がる。
開戦から70余年、人類はその数と生存領域を減らしながらも懸命に戦い続けていた。

  何故自分なのだろうか? 何故生き残ってしまったのだろうか? 多くの友人、同胞、仲間が散ったあの日、自分も同じ運命を辿ると思っていた。しかし、現実は異なる結末。生き残る事に必死だったかと言うと、疑問が沸いてしまう。戦う事に必死で気づいたら無事だったというだけ。
 生きる事は戦いだ。そう理論づけるなら、あの日、私は誰よりも生きるために戦った自負がある。それは同じように生き残った人間皆がそう思っているだろう。しかし、そうでないのなら、私は何故生き残ったのだろうか?
 たまたま運に恵まれただけなのか? それとも、神々は私にもっと苦しんで死ねといっているのだろうか? 仮にそうなら、知らないうちに神々に祟られてしまったのか? もしそうなら悔い改めるから許して欲しい……がそうじゃない。

 つまるところ、自分でもわからないから理由が欲しいのだ。生きている理由を。でないと、黄泉路に旅立った同胞達に託された願い、想いの意味がなくなる――ああ、そうか。

《私は死ぬ理由が無かったから生き残ったのか》

 
『そうか! 私は死ぬ理由を探しているのか……』

「……寝てしまっていたか」
 椅子に座ったまま軽く体をほぐし状況を確認する。ここは自衛軍北海道名寄基地。戦略機市街戦演習指揮所。正面に備え付けられている複数のモニターは、演習中の戦略機と演習場全体の様子を映している。演習する小隊の部隊長はこの指揮所で監督するのが日常で、演習中に不測の事態や事故防止のためではあるが、殆ど稀なケースなため只の観戦ブースと化している。そのため室内も20畳程度の広さで私が座る指揮席の他は長机と椅子くらいしかない。因みに指揮席といってもアナウンス用のマイクスタンドと通信機器がある程度で特別な事が出来るような席ではない。多少皮肉るなら、壁側に備え付けられているモニター群を、ダイナミックに観戦する席。そんなところだろうか?

「……平和、なんだろうな」
 誰も居ない室内を見渡して言葉を漏らす。演習場は本来、複数の部隊が広大な領域を区分けして利用するもので、一つの部隊が占有するものではない。この指揮所も演習中の部隊の接触や事故を防ぐためにあるもので、本来なら複数人の部隊長が詰めていなければならない部屋だ。実際前線に近い基地では部隊長間のコミュニケーションや競い合いの場でもあった……だが、本土ではそうなってはいないらしい。

「まあ、実機で訓練する方が珍しいのかもな」
 モニターに目を向け訓練に励む90式戦略機を見て私はそう呟く。戦略機はパイロットの生命(霊)エネルギー(力)を使用して稼働する。言い換えるなら人間を電池とする機動兵器。動かせば動かす程使用者の寿命が縮んでいく。無論、このパイロット負担は非人道的で、この要素を最小化させるべく現在も研究が進められている。そのため、マイナーチェンジが凄まじくパイロットの負担は減少傾向ではある。それを差し引いても、頻繁に乗りたくないと思う人間が、本土では多数派なのかもしれない。それ故にシミュレーター訓練が盛んなのだろう。

「とは言っても、乗り慣れておかないと実戦で死ぬ事になるからなあ」
 と、私は困り気味に呟き天井を見上げる。この辺が前線帰りと、そうでない人間の差なのかもしれない。大陸の向こうでは、今も幻獣との一進一退攻防が繰り広げられている。任官した人間はその現実を知っているため、殆どは後方勤務を希望する。前線に行く人間は、軍上層部の裁量で特に優秀な人間が選抜されるか、私のように、よくわからない義侠心に囚われた人間が任地に赴き、大多数は手紙となって帰還する。私のように任期を終え本土に帰還できる人間は少なく、帰還したらしたで、前線の光景がトラウマとなり、立ち直るのに時間を要する人間も多い。或いは戦死した仲間達の想い(呪い)を引継ぎ、囚われたまま、戦い続ける羽目になる人間も居る。私もまたその内の一人で、私の場合は部隊が全滅。私自身も負傷。任期もまじかであったため、少し早い本土への帰還となった。

「後は頼む……か」
 仲間に託された言葉を口にすると、その瞬間が脳内をフラッシュバックする。取り戻す事が出来ない後悔が胸に去来する。仲間の殆どは平和を望み、故郷に思いを馳せ死んでいった。多くの人間の日常を守る。その使命感にも似た感情が、前線で戦う私達を駆り立て、炎となって消えていく。叶えることが出来ない夢が、新たな人間を前線に駆り立て、平和を維持するための燃料となる。この虚しさが、どうにもならない現実が、今の私を形作っている。天涯孤独の私にとって、かつての仲間が守りたかった宝物で、戦う理由でもあった。でも、実際は守られ託されてしまった。生きる理由を失い、死ぬ理由も失った。だから今生きているのだろう。

「どうだ? 新人共の様子は?」
振り向くと、緑の軍服をまとった兄貴分のような雰囲気が漂う、壮年の男性が入り口扉前に立っていた。
「草薙三佐! いつこちらへ?」
 私は慌てて立礼しようとするが、草薙三佐は片手で軽く制止すると、私の隣に立ちモニターに目を向けた。草薙信義三佐、私が前線で戦っていた頃お世話になった方で、当時の階級は一尉で中隊を指揮されていた。私の小隊も三佐の所属で、三佐は右も左もわからない私達に、頼れる兄貴分的な立ち位置で接してくれていた。私よりも先に任期を終え、本土に帰還後、現在は自衛軍稚内基地副司令を任されている。

「昔の通りで良い立花。お前に敬礼されると背中がむず痒くなる」
 草薙三佐は、そう言ってモニターに目を向けたまま軽く苦笑する。
「そう言われると、懐かしい限りですね」
「聞いたぞ……寂しくなったな」
「――ええ。皆良い奴でした」
 草薙さんの言葉に私は哀愁を漂わせ頷く。わざわざ私達の事を調べてくれたらしい。

「良い奴、ね。俺から言わせれば情けない奴らだ。お前に荷物だけ持たせて逝っちまいやがって」
「皆、草薙さんほど気合が入っているわけじゃないですからね」
「なら、生き残ったお前は、俺と一緒で気合が入っているわけだ?」
 困り気味に答える私に、草薙さんはモニターに目を向けたままそう問う。モニターの先では、戦略機同士の市街戦が繰り広げられており、廃墟と化している建物の所々にペイント弾の塗料が付着。反撃している90式戦略機の細部に付着している古い塗料が連戦を物語っている。

「ふっふふ。どうでしょうね。どっちでもないから生き残れたのかもしれませんよ?」
「ふふふ、そうか……お前の顔を見て少し安心した」
 苦笑気味に言う私に草薙さんは目を向け軽く笑みを溢し言った。
「……すいません。帰還した時に連絡を入れるべきでした」
「かまわんさ。司令部に問い合わせた時、時間が必要だと察したよ」
「……」
「それで、どうだ? 新人共を部下に持った感想は?」
 沈黙を返す私に草薙さんは気を遣うように問う。私が引き受けた部下達は、上層部内でかなり注目されているらしい。

「そうですね。5人全員極めて優秀です。稀に見る逸材なんでしょうね」
「お前もその感想を持つとは、噂は本当のようだな」
 べた褒めに近い私の評価に、草薙さんは興味ありげに感嘆する。
「どんな噂です?」
「今期司令部が最も注目している人材だそうだ。特に比良坂……比良坂機はどれだ?」
 私の問いに草薙さんはモニターに目を向け訊ねる。
「比良坂なら、今防戦している90式が比良坂です」
「ほう――って随分と一方的だな」
 モニターを指差して答える私に草薙さんは怪訝そうに言う。まあ、廃墟を盾に集中砲火を受けている90式戦略機の映像を見れば、誰でも怪訝な顔をするだろう。

「4対1ですからね。袋叩きにされない方がおかしいですよ」
「……何故4対1なんだ?」
 事も無げに答える私に、草薙さんは振り返り眉間にしわを寄せ問う。まあ、客観的に見たら只の苛めだよな……
「こうしないとあいつの訓練にならないからです。正直驚きですよ。チームを組ませたら必ず勝利する。どう組み合わせてもです」
「必ず勝利する……となると士官学校時代の逸話も本当という事か?」
「それは聞いたことがあります。比良坂が所属したチームは何故か必ず勝利する。でしょ?」
「そう。それだ。眉唾ものだと思っていたが、あながち間違っていないのかもしれないな」
 驚き交じりの声で答える私に、草薙さんは期待と興奮が入り混じった声で頷く。正直私が混じっても結果が変わらないのには、驚いたというより恐ろしさを感じた。無論一対一なら撃破できる自信はあるが、好んで戦ってやろうとは思わない。

「神の祝福でも受けてるんですかね?」
「それはわからんが、有能であることは確かのようだな――でっ話してみてどうだ?」
「そうですね。例えるなら風林火山ですかね」
 やや興奮気味に聞いてくる草薙さんに、私は腕を組み少し考える素振りをみせ答える。5人の人となりを分かりやすく端的に表すなら、この言葉が一番妥当だ。

「風林火山?」
「ええ。織田と柴臣が共に風と火で小野が林。比良坂は山で徳田は影といったところですかね」
「なるほどな。織田と柴臣が前衛、小野と比良坂が真ん中。徳田が後衛といった感じか」
 私の説明に草薙さんは具体的な言葉で咀嚼する。実際5人で動く場合は、草薙さんの言葉通りのスタイルになる事が多い。織田と柴臣がやや暴走気味で、比良坂が上手く手綱を握っているように見えるが、振り回されている部分もある。その辺りは今後私が補強してやればあいつらは最高のチームになるだろう。

「そう言えばあいつらの配属が同じなのは上の意向ですか?」
「いや、どうも裏で仕組んだやつがいるらしい」
 素朴な疑問を口にする私に、草薙さんは困った口ぶりで述べる。草薙さんが調べても確実な証拠は得られなかったという事か……
「裏……なら、家柄からして徳田かもしれませんね」
「だろうな。あいつの家系は政財界に太いパイプがある」
 私の推測に草薙さんは同意するように補足する。徳田信康。国内屈指の軍事メーカーを持つ、徳田財閥の一族に列なる男。何故そんな人間が軍人で居続けているかは知らないが、味方にすれば頼もしい存在であることは確かだ。

「我々が強請れば階級ぐらい上げてくれそうですね」
「そうだな――この際頼んでみるか?」
「冗談ですよ。どんな理由があるかは知りませんが、徳田には徳田なりのルールがあって、その範疇でやった事じゃないんですかね?」
「今時軍事メーカーの倅が、義侠心に駆られて軍人になるなんて考えられないからな」
 冗談交じりに言う私に草薙さんは現実的な言葉を口にする。
「ええ。恐らくあの中で、誰よりも前線の現実を知っているはずです」
「……そうだな」
 私の現実味を帯びた言葉に、草薙さんはやや哀しい口振り頷く。そう、知らないわけがない。自企業の売り上げが、軍からの発注数が何を裏付けているか、解らないわけがないのだ。徳田位の歳ならば、身内はその意味を教え説得を試みているはず。徳田はそれを跳ね除けこの場に居る……きっとそのはずだ。

「話を戻しましょう。織田は血の気が多い性格ですが、指揮官適正も高いです。柴臣も似た性格ですが補佐よりの性格ですね。自分から動くよりも他者のサポートが得意みたいです」
「なるほどな。小野と徳田はどうだ?」
 話を無理やり戻した私に、草薙さんは話題をあわせるように質問する。前線の話を続けても、行き着くところは上層部の批判だ。私達の立場では話を続けても意味はない。
「性格的には二人共穏健。ツッコミ係といった感じですかね。ただ、小野は比良坂以外には一定の距離を置いているみたいですね。徳田は……たぬきですな」
「ふむ。なら、注目の比良坂は?」
「――大器、ですかね」
 草薙さんの興味津々な問いに私はそう答える。

「大器?」
「中身のない大きい器ですかね。あいつ軍人になった理由が無いんですよ」
「……ない?」
 私の回答に草薙さんは不審げに問い返す。そう、軍人として非常に優秀な比良坂には、既に軍人を続ける理由が無いのだ。それが器と表する理由。あいつに軍人以外の生きる目的のようなものができれば、あいつは間違いなく軍を辞めるだろう。
「あいつに軍人になった理由を聞いたら、『祖父になれと言われたから』って答えたんです。その祖父も、士官学校に入学した時期に亡くしてるようで、今は私と同じ天涯孤独。いや、あいつの場合は、知己の仲間が傍に居るから語弊がありますね」

「それが何故大器になるんだ?」
「あいつに器の広さを感じるんですよ。こいつに中身が入ればきっと大きな偉業を成し遂げてくれる。話しているとそう感じるんです」
「なるほどなぁ……覚えておく。お前も知っているかもしれんが、あいつらの同期はこぞって優秀らしいな」
 好意的な私の言葉に草薙さんは満足気に頷き補足する。なるほど。あいつら以外も優秀なのか。まあ、中心に比良坂がいれば、有り得ない可能性ではないか。

「恐らく、比良坂のせいでしょうね」
「そうなのか?」
「比良坂は常に戦略を意識した思考をしています。手持ちの選択肢で最善を追求する。恐らくその思考が、士官学校の頃いかんなく発揮され、結果他のひよっ子達よりも比良坂達の同期が、一つ抜きんでた能力を得ている理由なんだと思います」
「戦略を意識する?」
 不思議そうに問う草薙さんに私は頷きこう答えた。

「私はまだあいつらと知り合って、日が浅いので間違っているかもしれませんが、比良坂と話していて感じたことです。例えば、どうしても達成しなければならない課題があったとします。しかし、手持ちカードでは奇蹟を起こす以外選択肢がない。普通ならそこで奇跡を信じで挑むか、諦めるかいずれかを選択するでしょう。しかし、比良坂の場合はそれがない。それが試験であれば、あいつはカンニングすら選択肢に含めた作戦を検討する。チーム戦ならば、仲間能力を引き上げる。あるいは相手チームを弱くする努力をする。まあ、性格的にいわゆる外道を全否定する傾向ですが、必要なら躊躇しないでしょうね。それが戦略を意識するという意味です」
「なるほどな。好意的に見るなら、あいつの同期は、教官と比良坂に鍛えられたという事か」
「比良坂には、それが出来るだけの基礎能力が、入学前に備わっていたという事でしょう。その点だけについて言えば、私はあいつに憐みに似た感情が沸いてきますよ」

「軍人家系の性……いや、俺達が知る比良坂の一族だとしたらあり得る話か」
「確認する気はありませんが、この国で有名な比良坂一族、最後の一人なんでしょうね」
 草薙さんの指摘に私はあり得る可能性を口にする。自衛軍がまだ日本帝国軍だった頃、陸軍にその名を馳せた男が居る。比良坂駿一郎――世界大戦の折、日本を講和に導いた功労者の一人であり、公式には記録が抹消されている稀代の名将。その人の血縁ならば、士官学校入学前に教育を受けていても不思議ではない。

「……俺がひよっ子だった頃、比良坂という苗字の上官に世話なったことがある。その人のおかげで、長い事生き残れて今に至るが、その上官も最後は殉職した。ひょっとしたらその人の忘れ形見なのかもな」
「本人に聞かれてみれば?」
 かつての恩人に胸を馳せる草薙さんに、私はそう問いかける。あいつにとってもコネを作るいい機会になる。軍人を続けるならば、多少なりとも、上部の人間にコネが無ければ、例え戦地帰りでも、私のように体よく使い潰されるのがオチだ。

「いや、いずれ話をする機会が来たら会話のネタにでもしておくさ」
「今されないので?」
 会う気のない草薙さんに、私は敢えてそう訊ねる。出来れば会って欲しいところだが……
「ああ。お前の顔を見たかっただけだからな。さて、そろそろ俺は戻る。邪魔をしたな」
「いいえ。そのうち機会があったら、飲みにでも行きませんか? 勿論、草薙さんのおごりで!」
 草薙さんはそう言うと、モニターに一度目を向けた。私も席から立ち上がり、同様にモニターに一度目を向け、冗談交じりに軽口を叩く。モニターの向こうは比良坂機の90式戦略機が、信介機の90式戦略機と鍔迫り合いをしている。午前中から何度か見た光景だ。

「ばーか。偶にはお前が俺を労え……またな」
 草薙さんは私に目を向け苦笑交じりに言うと、軽く手を振り私の敬礼を待たずに退室していった。
「――さて、こっちもそろそろ切り上げるか」
 再び一人となった私はそう呟き、振り直って演習の終了を告げるべく、デスクのマイクスタンドとスピーカーのスイッチを押した。
 

 「はっはっは! いやあ、今日も快勝だったなあ!」
 嬉しそうに白米を頬張りながら喋る信介に、俺はうんざりする。訓練終了後、塗料まみれにした機体を格納庫に戻してから、俺達立花小隊は、いつも通り食堂で夕食を共にしていた。ここ数日いつもこんな感じで、整備員には小言と言われ、信介や秀吉からは笑い者にされる始末。4対1で袋叩きにしているだけなのに、よくもまあ笑えるものだ。
「気分が良いのは結構でござるが、信介殿はしょっぱなに、やられっぱなしではござらぬか?」
「うるせえ。勝てばいいんだよ。勝てば!」
 隣の席に座る信康が、不快気味にツッコミをいれるが、信介は気にせず反論する。
「そうっすよ。チーム戦なんだから、勝てば何でもいいんすよ。まあ、信介さんはちょっとやられるの早すぎっすけど……」
「んだとテメエ! お前の援護が遅せえから俺がやられるんだろ!」
「そんな事言ったって信介さん、突撃するの早すぎなんすよ。援護する身になってくださいよぉ」
 信介の暴論に、信介の隣席に座る秀吉が、さりげなく不満を漏らすように述べる。俺からすれば、二人共突撃が早すぎるんだがな。

「まあまあ。二人共仲良くやられてるんだから、おあいこですよ」
「左様。訓練の勝利は特攻係の尊い犠牲で、成り立っているのでござる。従って個人戦で見れば、信介殿達は負け続けているのでござるよ」
 二人の漫才に俺の右隣に座る一樹と、信康がさりげないツッコミをいれる。毎日賑やかな事だ本当。名寄基地の食堂は、厨房スペースと飲食スペースが一体化していて、飲食スペースは、長机と椅子が配置されている。厨房スペースは、入り口側に設置されていて、入口でトレイを受け取り、厨房でメニューを頼み、料理を受け取って飲食スペースで食事する流れだ。自衛官ならば無償で食べられるので、基地住まいの隊員の多くは、食堂で食事を済ませる事が多い。因みに俺は肉野菜炒め定食、信介は焼肉定食、秀吉は焼き魚定食、一樹は親子丼、信康は生姜焼き定食を食べている。
「ちょっとぉ! チームに貢献しているのに、その言い方はないんじゃないんすかね!」

「見つけた! どうしてくれるんですか! 信介さん達のせいで今日も残業なんですよ! アタシ今日合コンだったのに!」
 秀吉がへそを曲げる様な口振りでぶーたれると、後ろから女性の非難じみた声が聞こえてきた。ああ、多分この声は中山か?
「げっ中山!」
「げっじゃない! 何なんですか! 子供が泥遊びしたみたいな機体の汚しっぷりは!」
 信介の嫌そうな反応に、怒りの声をあげる中山は、片手に持ったトレイを信介の隣席に置き陣取る。中山(なかやま)恵(けい)三尉。戦略機整備班所属の女性で、男勝りな性格にスポーティな髪型が似合う小柄の女性。配属が同時期だったという事もあって、話す機会が多い……が、大体は小言だったりする。

「どうしてくれるんですかぁ! このまま婚期逃したら貴方達のせいですからね! 本当もう最悪ですよ!」
「お前みたいなじゃじゃ馬、誰も付き合わねえよ」
「ナンですってえ!」
「痛い痛い! 耳を引っ張るな!」
「ちょっと落ち着きましょうよ。また見られてますよ?」
 二人の痴話げんかじみたやりとりに、一樹が周りを見つつたしなめる。確かに近場に居る人間から、奇異の目を向けられているが、仲がいいと思われているのだろうか?
「はぁ……ここ最近、班長が嬉しそうに貴方達の機体を見て、ニヤついているんですよ。『ああ……今日も残業かぁ。やっぱ整備楽しいなぁって』あの人、前線帰りの人らしいから、戦略機触れるのが嬉しくて仕方ないんですよ」

 恥ずかしくなったのか、やや頬染めつつ信介の耳から手を放した中山は、ぼやくようにここに来る経緯を述べ、夕食に手を付け始めた。メニューはちゃんぽんか、手早く済ませるためか?
「そうだったのか」
「ええ。普段本当にやる気がない人らしくって。実際、あの人の下についてから生気が抜けたような印象があったんですよ。別に私は定時であがれてたから気にしてなかったんですけど――貴方達が実機で演習を始めてからは、元気百倍、やる気万倍! みたいな感じで、気合が入りまくり過ぎて、みんな迷惑というか、戦略機弄れるのがまんざらでもないから、雰囲気変わり過ぎなんですよ」

 俺が相槌をうつと、中山は所属の整備班班長について語り始める。なるほど。使用していなくても、定期メンテくらいはあるだろうが、本格的に整備をすることはほぼ無い。そういう事だろうか? 演習であっても使用すれば、外装だけでなく内部機構にもそれなりの消耗が発生する……俺達が夕方頃に帰還していれば、残業にもなるか。
「気持ちはわからんでもないでござるが、小隊長の方針でござるからなぁ……某らではどうにもできないでござるよ」
「できるでしょ! もうちょっと演習で手を抜いて貰えれば、機体のダメージもそんなにひどくならないのよ!」
 困り気味に言う信康に、中山は鋭くツッコミ夕食を口に運ぶ。俺達の機体はそんなに深刻なダメージを負っているのだろうか?

「そうは言ってもねえ……」
「何故俺を見る?」
 信康の代わりに、何故か一樹が夕食を食べながら困り気味に呟く。俺のせいなのか?
「いや、別に手を抜いてって言ってるわけじゃないよ?」
「楽しそうだなお前ら」
 一樹の問いと同じタイミングで後ろから声が聞こえ、振り向くと立花小隊長がトレイを持った立っていた。
「小隊長! 敬――」
「良いよ。そのままで――ところでさっき整備班長とちょっと話をしてたんだが、いつも済まないな中山三尉。わざわざ残ってくれてるんだろ?」

 俺の言葉を制止して、小隊長は一樹の隣席に座り中山に声を掛ける。立花郁二尉。俺達戦略機小隊の上官であり、前線帰りの経験豊富な小隊長だ。
「えっ!? いや、そういうわけじゃ……私も戦略機に興味があるというか、後学のためというか……」
「なんだよおめぇ! 小隊長には随分しおらしい事言ってんじゃねえか! 合コンじゃなかったのかよ? ああ!」
 申し訳なく言う小隊長に、中山は照れ隠しのつもりか頬を染め答えるが、信介がその仕草をマジマジと見て、揶揄うように言う。おいおい、火に油を注ぐなよ……

「うるさいわよ! あっそうだ! アンタ達も責任とって整備に付き合いなさいよ!」
「ええっ! 俺もっすか!? ちょっとぉ信介さんとばっちりっすよ!」
 イラっとしたのか、中山は箸で信介と秀吉を指して声をあげるが、思いもよらないとっばちりに、秀吉は非難の声をあげる。信介とセットみたいな感じで見られてるからなぁ……俺達にまで飛んでこなくて良かった。
「いやっちょ、俺達が参加する意味あるのか?」
「まあ、いないよりマシじゃないのか? 折角だし行ってこい。俺達はお前らの残った仕事引き受けといてやるよ」
 困惑気味にボヤく信介に、小隊長が逃げ道を塞ぐように提案する。多分、小隊長は後学のためだと思っているんだろうなぁ。小隊長たまに天然じみた発言するからなぁ。

「――ヤッタあ! ありがとうございます! 立花二尉! ほらっさっさと食べる!」
「ちょっ……チっわーたよ」
「ええええ。信介さん白旗揚げるの早すぎですよぉ」
 小隊の了解を得て、中山は嬉しそうに言うと夕食を食べ進め、その様子に信介と秀吉はしぶしぶ了承。同じように夕食を食べ進めていく。
「それじゃ、先に行ってるわよ。逃げたら……わかってるわよね?」
 手早く食べ終えた中山は早々に席を立ち、去り際、二人に念を押すように声を掛ける。
「安心しろ。逃げやしねえよ……はぁ、ツイてねえな」
 中山の言葉に信介は夕食を食べ進めながら答え、追い払うように箸を振り小さくぼやく。その仕草に中山は不満げに口を尖らせるが、敢えて何も言わずそのまま去っていた。

「そのセリフ、俺のすっよ」
「まあ、誰かさんが比良坂殿を高笑いするからでござるよ」
 ボヤく信介に秀吉が嫌そうにツッコミをいれると、信康が因果応報と言わんばかりに二人を指摘する。
「まあ、頑張って」
「俺は……喜べばいいのか?」
「ふざけんなヨ。じゃ、行ってくるわ」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ」
 俺と一樹の微妙な言葉に信介は軽く反論すると、夕食を食べ終え足早に席を立たつ。それに追随する形で、秀吉が不満を漏らしながら後を追い二人は食堂から去って行く。騒がしさの中心だったメンバーが去り、食堂にやや静けさが戻った。

「最近食堂が騒がしいと聞いてたが、お前らだったんだな」
「ご迷惑になっていましたか?」
 夕食を食べながらポツリと呟く小隊長に、俺は遠慮がちに問う。小隊長は野菜炒め定食を頼んでいるようだ。
「ん? ああ、別に悪い意味じゃないさ。それよりも明日からしばらくは実機訓練を控えるつもりでいるんだが、何か希望あるか?」
「小隊長、もしや整備班からクレームがきているのでござるか?」
「んー、当たらずとも遠からずだな。基地司令から、整備班の超過時間が著しく増大してるから、ちょっと控えろと連絡がきた」
 夕食を食べながら問う信康に、小隊長はこともなげに答え夕食に箸をつける。

「こう言っては何ですけど、基地司令意外と目が広いんですね」
「――なるほど。基地管理は査定に響くのか」
「お前、本当によく気づくなぁ……まあ、概ねそんな所だろうな。立場上ヤメロとは言えないから、控えろと言ってくるわけさ」
 当てずっぽうな俺の言葉に、小隊長は驚いたように言葉を漏らす。一樹の皮肉から何となく思っただけだが、基地司令ともなると、細かいところまで査定される事になるわけか……管理職は大変だな。

「ここのところ戦略機ばかり乗り回してござったからなぁ――いっそヘリや戦車を乗り回すでござるか?」
「仮にそれを採用したら、俺が基地司令に譴責されるだろうな」
 信康の思いがけない提案に、小隊長は苦笑交じりに答える。まあ、ヘリや戦車まで乗り回し始めたら、整備班の負担はさらに増大するだろうな。
「まあ、整備班の負担減らせって言われるのに、信康君の提案だと、喧嘩売ってるようなもんだよね」
「そうは言うでござるが、シミュレーター訓練は大人気でござるからなぁ。今更好んでやろうとは拙者は思わぬでござるよ」
「お前の心情は兎も角として、小隊長何故私達にこのような提案をするのでしょうか?」

 つまらなそうに言う信康をしり目に、俺はもっともな疑問を投げかけた。そもそも俺達が希望して良い問題ではないはずだが?
「まあ、お前らが完成されすぎているからな。俺としてはどう補強してやろうか? 目下それが悩みでな」
「完成されすぎている?」
「この基地に配属された他のひよっ子と違って、お前達は能力的にはほぼ完璧に近い。実戦でも十分通用するだろうな」
 俺の疑問に、小隊長はまるで誇っていいぞ、と言わんばかりに評価を述べる。そうなのか? 俺達が完璧とは言い難い気もするが……

「はあ……」
「そんな困った顔をするな。恐らくお前達は何れ前線で戦う日が来る。それぐらい優秀だし上層部からも注目されている。俺としては、お前達が使い捨てにされないようにしてやりたいわけさ」
「前線、でござるか」
 小隊長の言葉に信康が表情を曇らせ呟く。信康は前線の何かを知っているのかもしれないな。
「お前達をビビらせるつもりはないが、北海道の先、ラシア大陸は地獄だ。俺達の明日のために、多くの人間が今も死んでいっている。それがこの世界の現実だ。だから、俺が持ちうる能力と見識を、出来るだけ多く伝えておきたい。お前達と比良坂に、だ」
「何故俺なんでしょう?」

 小隊長の言葉に俺は意味が分からず問い返す。俺だけ別枠なのは何故だ?
「何だろうな。お前には人に期待させる何かがある。そう感じるからだろうな。これから先多くの人間と関わって――ああ、そうか。部隊指揮してみるか?」
「部隊指揮……面白そうですね」
 唐突に閃いたのか、急に話題が変わる小隊長に一樹が食いつくように述べる。部隊指揮? どうするのだろうか?
「確か演習系のシミュレーションは――割と自由に使えるはずだから、後で申請を確認してみるか……よしっ準備が整い次第シミュレーションによる部隊指揮訓練をするぞ」
「了解」
 思い出すかのように述べる小隊長に、俺は素直に同意する。シミュレーションか……どんな演習になるのだろうか?

  懐かしい夢を見た。最後の家族、祖父が亡くなった日の事だ。10畳の居間に敷かれた布団に眠る祖父の横に、俺は何も出来ずただ座っているだけだった。数日前から体調を崩し懸命に看病を続けていたが、祖父の体調は快方に向かうことなく眠り続けていた。往診に来ていた医者が診察した時は、快調だったというのに容体が急変したのだ。

「……あまり、良い人生ではなかったなぁ」。
「ごめん……祖父ちゃん」
 目が覚めたのか、しわがれ声でポツリと呟く布団に横たわる祖父に、当時の俺は自分の事だと思い、目覚めた祖父に目を向け咄嗟にそう声をかけていた。
「違う……違う。早とちりするでない」
 祖父はそんな俺の言葉に驚き、柔和な笑みを浮かべ、しがれた手で俺の頭を撫でそう答える。

「……娘に先立たれ、婿入りしてくれた息子に先立たれ、婆様にも先立たれてしもうた……本来なら年長者であるワシが、一番先のはずじゃというに……神様という奴は本当に残酷じゃ」
 俺の頭を撫でながらそう嘆き、目を見開き祖父は俺を見る。
「すまんなぁ。お前が任官するまで見守ってやりたかったが……どうも無理のようじゃ」
「祖父ちゃん……」
 申し訳ないのかしわがれ声で囁く祖父に、幼かった俺はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ずにいた。何となく今わの際だというのが分かってしまい、俺は悲しくて……悲しくて、一人になるのが嫌だった。

「すまんなぁ……婆様もワシも、お前に戦う術しか教えてやることしか出来なかった……世が世なら、もっと他の道があったというに……本当にすまん」
 そんな俺に、祖父は俺の頭から手を放ししわがれ声で謝罪する。そんな祖父に俺はただ黙って首を横に振るしか出来なかった。
「……幻獣に倅を、娘を殺されておるというに、お前まで士官の道に進ませてしもうた……のう、舞人。ひとつ約束してくれんか?」
 祖父はしわがれ声でそう続け手を差し出す。俺は手を握りこう訊ねる。

「何を?」
「――■■■(長生き)■、■■(してくれ。)■■。ワシと同じくらいな……この先、お前は一人になる。じゃが、ワシらは何時もお前の傍に居る……見えなくとも、忘れるな……生きる事を諦めるんじゃないぞ……ワシらの可愛い――」

《――可愛い、孫よ――》 

「……爺ちゃん。俺はどうすれば良いんだろう?」
 目覚めた俺はベッドから半身を起こす。爺さんが亡くなったあの日、爺さんはとても大事なことを残してくれたような気がする……爺さんは何を残してくれたのだろうか?

 指揮所演習室の使用許可がおりてから数日、私は意外な惨状にどうするべきか悩んでいた。名寄基地の演習室は幾つかの個室で用意されており、各部屋10畳程度の広さがある。部屋内は中央にタッチパネルと一体化した盤上テーブルと椅子が配置されており、それぞれの席には操作用の端末が付属。俺が陣取る指揮官席は室内入口側に位置しており、比良坂達は、それぞれ部屋の左右対面で話せるように別れて席に着き、シミュレーションに励んでいる――が、思っていたより酷い状況に陥っていた。

 シミュレーションはシンプルに幻獣が物量で攻めてくる内容で、5人にはそれぞれ小隊を率いてもらい、中隊規模で演習をさせている。地形は名寄基地近郊に似せているため迎撃に利用できそうな地形はあるはずだが、利用するまでもなく全滅している。それも、織田と柴臣が無茶な攻勢をかけ真っ先にやられ、比良坂達が防戦でじり貧となり、結果全滅。こいつら実は仲が悪いのか? 私自身妙な疑念が沸き、解決策が見当たらず状況を見守っている……どうしたものか。

「――信介殿、いい加減命を粗末にするのは辞めるでござるよ」
 シミュレーションが終わり、再起動が掛かる中痺れをきらしたのか、テーブル右側席に座る徳田が声を掛ける。
「俺は命を粗末にしてるんじゃねえ。お前らの援護が遅いからこうなってるだけだ!」
「何を寝ぼけたことを言っているでござるか! これが実戦なら其方は死んでいてもおかしくないでござるぞ!」
 徳田の向かい側席に座る織田の言葉に徳田が怒りを滲ませ声を荒げる。
「うるせえ! 俺は死なねえ! 演習だからやられてるだけだ!」
「信康さんの言う通りですよ! アニメの主人公みたいな事言ってないで、真面目にやってくださいよ信介さん!」
 徳田と織田のやりとりに柴臣がツッコミをいれる形で会話に参加する。ここ数日見てきた光景だ。私が収めるべきなのか? 比良坂は何故沈黙している? お前はこの程度なのか? 違うだろ?

「信介殿、其方の能力は高く買っているでござるよ。しかし、仲間と連携する事を覚えなければ、ただ死ぬだけでござる」
「そうすっよ。毎度毎度、合わせる方の事も考えてくださいよ!」
「うるせえ。お前らが俺に合わせれば解決するだろうがよ!」
「――この中隊の隊長は舞人だよ。君じゃない」
 織田の我儘にも似た言葉に、徳田の隣席に座る小野がややキツメに指摘する。小野も織田の行動に思うところがあるようだ。
「だから俺に指揮権を寄こせって言っているんだよ。そうすりゃ問題の殆どは解決する!」
「嫌だね。君に渡しても碌な事にならないよ」
「……てめえ、いつもいつも――」
「――なあ、お前ら実は仲が悪いのか? 違うと思っていたんだが?」
 小野と織田が場外乱闘を始める素振りを見せ、私はわざとそう問いかけ二人の行動を制止する。そのまま結果が出るまで放置しても良かったが、時間の無駄でしかない。

「仲が悪いというか、織田殿と柴臣殿は我らと元々仇敵関係でござったからなぁ……」
「仇敵というか、信介さんが勝手にライバル視してるっすからねぇ」
 そう暴露する徳田の言葉に、柴臣が困ったような口振りで補足する。織田と柴臣は別班だったわけか。そうすると、逆にこの小隊に集めたのか興味がわくところだが……そう思い私は徳田に目を向ける。
「こうやってつるむ様になったのって大学入ってからだよね」
「左様。高校というか、出会った頃はそれはもう酷かったでござる」
 小野の懐かしむ言葉に徳田が私の視線の意図に気づき同調するように言葉を紡ぐ。

「ちょっ――お前ら待てよ!」
「そうなんすよね。俺はそうでもなかったんすけど、事あるたびに副隊長に因縁ふっかけて、その度に華麗に負けちゃうし、最後の方は噛ませ犬コンビって言われ始めて大分迷惑したんすよね」
 唐突に暴露し始める流れに、非難の声をあげる織田を遮り、柴臣がかまわず話を続ける。織田が妙に恥ずかしそうにしているが、懐かしい思い出と言うやつじゃないのか?

「本当に何でも因縁つけて、何でもありで妨害工作してくるから皆迷惑してたよねぇ……でも、徳田君の時もそうだったけど、舞人、全部視ぬいちゃからなぁ。特に体育祭の時は本当笑っちゃったよ」
「――ばっ! 俺が悪かったから、その話だけは止めてくれぇ!」
 懐かしむように喋る小野に旗色が悪くなったのか、織田が頬を赤く染めながら断末魔をあげる。何が暴露されようとしているんだ?

「そうそう、俺はやめた方が良いって止めたんすけど、信介さん副隊長達の昼食に薬盛ったりして――もう、見事に返されちゃって……臭かったなあ」
「あの時は舞人が食べるなって皆に言って事なきを得たんだけど、教官達も巻き沿いくらってて面白かったなぁ」
「――はっはっはっは! あれは痛快で御座ったなあ。教官達の何人かトイレから出てこれなくなったのも可笑しかったでござるが、騎馬戦の最中に織田殿が派手に漏らしたのは、生涯忘れないで御座ろうな」
「馬役やってた俺達は堪ったもんじゃなかったすよ。本当! 戦う前に騎馬が崩壊するするし、大便まみれになるわ。本当最悪だったっす」

「ぶっはははは。お前ら面白い事やってるな。ははははは!」
 柴臣達の唐突な暴露に、私は堪らず笑い声をあげてしまう。騎馬戦の最中に腹を下すとは、語り継がれる不名誉な歴史になっているだろうな……
「まあ、とれる手段が限られていたからな。俺はそこまでしないだろうと信じてたんだが……本当にやられるとは思わなかったよ」
「舞人殿は念ためと言っていたでござるからな。しかし、本当に楽しかったでござるな……織田殿お陰で」
 思い返すように言う小野の隣席に座る比良坂に徳田が懐かしむように続ける。

「俺は――ちょっと辟易してるがな」
「まあ、織田君は兎も角、部活の助っ人祭りだったもんね」
「しかも全部それなりに活躍しちゃうから、女の子からモテモテで羨ましい限りだったっすよ! 本当嫉妬に狂うっすよ!」
「あははは。でも、舞人かなり迷惑してたんだよ?」
「まあな……」
「……なあ、そろそろ演習に戻らねえか?」
 困り気味に答える比良坂に続いて、さらに居心地が悪くなっている織田が遠慮がちに提案する。触れられたくない過去を暴露されて、さぞかし居心地が悪いだろうな織田は……しかし、どうする気でいるんだ? さりげなく視線を比良坂に向けると、比良坂は端末を凝視していた。期待しているぞ……

「それもそうでござるな――織田殿、あまり調子に乗るともっと広げるでござるよ?」
「てめぇ、脅す気か!」
「はぁ、信介さん。また負けるっすよ」
「あははは――それで、舞人どうするの?」
 徳田達の軽口は軽く笑い受け流し、小野は比良坂に目を向け問いかける。
「ん? 何がだ?」
「ただやられていたわけではないで御座ろう?」
 小野に目を向け問い返す比良坂に、徳田が核心を突くように訊く
「ああ。そっちの事か、小隊長。編成は自由にしてよろしいですか?」
「かまわんぞ。条件は変えるなよ」
「了解――秀吉。信介のカバーに専念して良いぞ。お前達のフォローは俺がする。一樹は俺のフォロー。信康は全体のカバーを頼む」
 私の回答に比良坂は頷き、柴臣に目を向け指示する。もしや、織田と柴臣を攻撃に専念させる気か?

「――本当に良いんすか?」
「お前の動きが鈍かったのはこっちのフォローを念頭にいれていたから、だろ?」
「そっそうっすけど」
「だから、しなくて良い。お前らの持ち味を生かせ。それ以外はこっちで何とかする」
「……おい、本当に良いのかよ?」
「お前の意図は理解しているつもりだ。だから、もう少し持たせろ」
 遠慮がちに問う柴臣と織田に対して、比良坂は二人の意図を汲んでいるかのように注文する。もしかすると、ここ数日のシミュレーションの敗北は、こいつ戦略を決定づける材料だったかもしれないわけか。この後が楽しみでもあるが、この演習はやっておいて良かったかもしれないな……

「……おう」
「委細承知。本領発揮でござるな」
 大人しく頷く織田の態度に察して、徳田は空気が変わったかのように頷き端末を弄り始める。
「了解。編成どうする?」
「信介と秀吉は突撃力を増やせ。後は任せる」
 小野の問いの意図を察して、比良坂は分かりやすい注文を織田達にする。なるほど二人に全力で良いと言っているわけか、どんな編成になるだろうか?

「了解っす」
「おう!」
「編成を弄ったら再開するぞ」
「了解」
 二人の同意に続き私がそう宣言すると、比良坂はそれに頷きそれぞれ部隊編制を弄り始める。

 しばらくして比良坂達の再設定が終わり、盤上のシミュレーションが再起動を開始。盤上のデータが初期化され、再構築されたシミュレーションマップのおよそその中心部に、初期拠点と比良坂達を表す緑色のマーカーが出現。俺は自席の端末から各隊のマーカーを覗き見る。織田は90式戦略機30機のみの編成。柴臣は90式戦略機20機に89式戦略機を10機混ぜている。まさか、普通科支援用の戦略機を火力に使う気か? 比良坂は90式戦略機25機にMLRS3両と自走榴弾砲を2両混ぜた編成……火力支援を念頭においているわけか。小野は戦略機20機に自走榴弾砲10両か。小野は比良坂達の支援を中心に考えているな。徳田は戦略機10機にMLRS20両――これは中隊全体への火力支援か……各小隊の編制から勘案すると包囲殲滅の形が出来れば合格ラインだろう。

 シミュレーション環境はさっきと同じ名寄基地近郊。左右を山脈に挟まれた回廊上の地形で、比較的地の利を得やすくなっている。エネミーで幻獣は赤色マーカーで表示。集団で稚内方面より南下してくるだけだが、問題はその数だ。シミュレーションでは幻獣の戦力は10万。構成はランダムにしているがこちらの約666倍。どうやっても踏みつぶされるだけだ。現実なら奇跡も何も起きない兵力差だが、それを覆せる可能性を見せてくれ。奇蹟の一端を。

 私の無遠慮な期待の中、シミュレーションが静かに幕をあける。初期拠点から離れた5つの小隊は、敵の侵攻ルートである中央兵地帯を避け、左右の山岳地帯方面に移動。左側山岳地帯に織田、柴臣、比良坂のマーカー。右側の山岳地帯に小野と徳田マーカー。それぞれ身を潜ませ、敵の侵攻を待つ構えだ。これまでのシミュレーションで見た光景だが、どう変わる?

 敵の侵攻が織田隊の有効射程に差し掛かる刹那、徳田隊より攻撃が開始される。MLRSによる面制圧だ。これにより敵マーカーは左側山岳地帯へ索敵を開始。中心より左よりに移動を始めるが、右側山岳地帯に潜む織田隊が突撃を開始。それに続いて柴臣隊突撃援護を開始。柴臣隊の89式戦略機が織田隊の攻撃より先に攻撃を始め、敵マーカーは粛々と反撃を開始するが、反撃よりも早く織田隊の攻撃が始まる。左右からの砲火に敵マーカーは二手に別れようとするが、比良坂隊と小野隊のMLRSと自走榴弾砲による支援砲撃により、敵マーカーは3つに別れ、左右の山岳地帯と正面の兵地帯へ進撃を開始。応戦を始める。敵マーカーが3つ別れた段階で小野は、火力支援を継続しつつ比良坂側に移動を開始。比良坂隊は織田柴臣隊を支援しつつ、敵マーカーの一つを引き離すように緩やかに後退。敵マーカーは見事に分断され、徳田隊はMLRSと戦略機隊を切り分け、ひたすらに敵を山岳地帯深くに引き釣り込み、別れたMLRS隊は比良坂小野隊と織田柴臣隊が対峙する敵マーカーに対して、支援砲撃継続。織田柴臣隊は二方向に別れクロスファイアを形成。比良坂小野隊も同様にクロスファイアを形成。見た目では包囲網の形成には至ってないが、徳田の火力支援も加わり、三方向からの攻撃は半包囲に近い火力を実現していた。相応の戦力があればこのまま勝ってもおかしくはない。しかし、兵力差からくる敵マーカーの反撃は凄まじく、徐々に圧され始め、織田柴臣隊の壊滅を皮切りに、時間差で比良坂小野隊も壊滅。最後に逃げ回っていた徳田隊が壊滅しシミュレーションは終了した。

「お前ら、やればできるじゃないか」
 これまでのシミュレーションより長時間、圧倒的劣勢で戦線を維持し続けられた5人に対して、私は素直に称賛する。相応の戦力があればきっと勝てていただろう。そう思える手ごたえを感じた。
「やはりこの戦力差は如何ともしがたいでござるなぁ……」
「まあ、それなりに手ごたえを感じる演習ではあったよね」

 シミュレーションを終えた徳田と小野が、シミュレーションマップを見たまま、それぞれやや不満のある感想を漏らす。恐らく、勝ちたかったのだろうな。
「……なあ、山岳地帯から平地帯正面に攻撃しながらお前らと合流出来ていたら、勝てたか?」
「その場合は、最後に仲良く押しつぶされて終わっていただろうな。敵の分断は方針としては正しかった。しかし、包囲殲滅を実現するだけの戦力と火力が少し足りなかった」

 徳田と小野とはうってかわり、問いかける織田に比良坂は渋く答える。比良坂の見解は適確で同時に残酷でもある。この場合、最も理想的な戦術は、攻撃しつつ逃げ続けることだろう。それを実施した場合、ベース拠点を破壊されてシミュレーションは終わってしまう。

「そうっすよねぇ……副隊長はどれくらい戦力が必要と感じました?」
「理想は5個師団。用意できない場合は少なくとも5個大隊程度の戦力は必要になる。奇蹟を起こせるならもう1中隊あれば、状況はもう少し好転しただろうな」
 比良坂に目を向けそう問う柴臣に、比良坂は困り気味に答える。そう、自分達の階級ではない物ねだりでしかなく、かといって上申すれば用意してくれる戦力でもない。即ち。現実にこのような状況に陥れば自分達に待っているのは死、のみ。それがわかるから比良坂は困っているのだろうな……

「そうっすかぁ――こんな感じになったら皆逃げましょうね」
「まあ、ある意味柴臣の言葉が一番正しい選択ではあるな」
 冗談交じりに言う柴臣に私は軽く同意する。勝てない相手と戦うのは戦略的には正しくはない。私達軍人は勝てる条件に敵を誘い込み勝つのが仕事だ――それができていたなら、私は一人になる事も今こうしている事もなかっただろうな……

「さて、今日はこの辺にしておくか」
「――失礼します。立花二尉。基地司令がお呼びです」
 私がそう宣言すると、タイミングよく演習室のドアが開き、基地司令付の副官がそう声を掛けてきた。何だろうか? 特に目くじらを立てられるような事はしていないはずだが?
「では、片づけは自分達がやっておきます」
「すまん。では行ってくる」
 比良坂の配慮に私は軽く謝罪して副官と共に部屋を後にした。

 「失礼します。お呼びでしょうか基地司令」
 そう宣言して基地司令官執務室に入室すると、基地司令はデスクで書類に目を通しているのか、一枚の書類を握ったまま停止していた。何かあったのか? 不穏な空気を感じ取り私はデスク前に立つ。
「……お呼びでしょうか? 岩下司令」
 私は敢えてもう一度そう声を掛ける。岩下藤兵衛一佐。名寄基地司令官の任に着く軍人的思考より官僚的思考がやや強い人で、マネジメント能力の高い人だ。

「……これに目を通してみろ」
「よろしいのですか?」
 岩下司令はそう言うと握っていた書類を差し出し、私が受け取ると、椅子を反転させ背を向けた。
 受け取った書類にはこう書かれていた。

『幻獣侵攻における非常警戒態勢を発する。当該基地においては速やかに迎撃態勢の構築を急がれたし』

 「これは……本当ですか?」
「俺も冗談だと思ったよ――だから、東北要塞に詳細を問い合わせた」
 懐疑的に問う私に岩下司令はそう答えこう続けた。

「これは、東北要塞村井作戦本部長から直接聞いた情報で、恐らく間違いではない。本部長いわく、本年7月にスラビア連邦と東部方面軍団の共同防衛基地であった、ロブスク基地が幻獣の大攻勢にあい壊滅。スラビア連邦軍と東部方面軍団の残存戦力は、戦力を再編しつつ撤退。その数日後連絡と絶った。さらにその数日後、ニーヤ防衛線に幻獣を観測。今までに見たことがない大攻勢に、防衛線も数日持たなかったそうだ。ニーヤ防衛線の生き残り曰く、『まるで大津波が目の前に立ちふさがっているようだった』と、この報告を受けたネフラスカ監視基地は、樺太防衛基地に対し緊急迎撃態勢を打電。樺太半島に三重の防御陣地と配備している海空軍を集結。迎撃態勢に移行。それがつい数週間前の話だそうだ」
「それで――現在は?」
 私の問いに岩下司令はさらにこう続けた。

「つい数日前、ニーヤ防衛線を突破した戦力かどうかはわからんが、レフカ沿岸部に幻獣を観測の報を最後に連絡が途絶えている。恐らく戦闘に入っているのだろう。村井本部長は所定の手続きに従って関東要塞に連絡。関東要塞は近く緊急閣議を招集するらしい」
「それで、非常警戒態勢というわけですか……岩下司令。何故私にこれを?」
「俺は、どちらかというと現場よりも裏方の方が得意な人間だ。だから、この基地で経験豊富な知見持つお前に意見を求めた。それが理由だ」
 私の問いに岩下司令は椅子を戻し私に目を向け答える。

「正直に言うとだ。こんな日は来ないと思っていた。幾ら前線に近いとはいえ、何事もなく日々を終え順当に昇進するとな……作戦本部長の椅子が見えていたんだがなぁ。しかし、事が起きちまった。こうなると俺の能力では対処しきれん。恐らく、村井さんも内閣の連中も現実味を感じていないだろうよ」
「はあ……」
「そんな困った顔をするな。もっと困っている俺まで不安になっちまうだろ」
「――失礼しました!」
 書類を返し困り顔で頷く私に岩下司令は困った笑みを浮かべ言う。そんな返答に困るようなことを言われてもなぁ……

「冗談だ。そんな事よりもお前の意見を聞きたい。どうする?」
「そうですね。岩下司令の言う通りなら、樺太への応援は無意味でしょう。それよりも稚内基地に北海道管内の戦力を可能な限り集中させ、この基地は兵站の集積地として利用し稚内が突破された時に備えるべきです」
「なるほどな。お前も草薙と同意見か――わかった。俺の一存では全ては動かせんから、まずは俺の一存で動かせる部分を動かすとしよう。立花二尉。貴官ら戦略機小隊は速やかに稚内基地に移動。草薙の指揮下に入れ」

 私の意見に岩下司令は納得したのかそう命令を下す。既に草薙さんにも相談しているのか。となると稚内基地はせわしくなくなっているだろうな……間に合えば良いが。
「了解。この事は部下に伝えても宜しいでしょうか?」
「勿論だ。演習だと嘘を吐くわけにもいかんだろ?」
「まあ、そうですね」
 冗談交じりに言う岩下司令に私は素直に同意する。あいつらの実践がこんな形で来るのは大いに不本意ではあるが。最悪、あいつらだけでも逃す算段考えておかないといけないな……

「うむ……なあ、立花。今回の件、どうにか出来そうか?」
「わかりません。ひょっとすれば他国と同様に滅亡の時が来たのかもしれません」
 岩下司令の問いに俺は無常な私見を述べる。前線を知っているが故にある意味、終わりが来たかと錯覚してしまう。散って行った仲間も私もその終わりを防ぎたくて戦ってきた。その事実は今も変わりはない。

「そうか……まあ、悲観しても始まらんか。ひょっとしたら樺太の連中がどうにかしてくれるかもしれん。まずはそれに期待するとしよう。では、戻って良いぞ」
「了解。準備に入ります」
 岩下司令の期待の言葉に私は敬礼して背を向ける。さて、私はどう説明したものかな。
「うむ――ああ、そうだ。戦略機と人員は好きな連中を連れていけ。整備班と主計課には俺から伝えておく」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「うむ。頼んだぞ」
 背中越しに伝える岩下司令に、私はドアの前で振り向きそう答え、もう一度敬礼して退室した。

 翌日、私は5人を名寄基地作戦会議室に集めた。作戦会議室といっても、座学用のプロジェクター設備に、長机と椅子が置かれている簡素な部屋にすぎず、普段はミーティングに使われる程度の会議室だ。

 私は、部屋の講義用の操作卓で、話す予定の資料をまとめながら5人の集合を待つ。本来なら、昨日岩下司令から与えられた命令と情報を伝えるだけで良いが、俺が受け持っているのは通常の部隊員ではなく、尻が青いひよっこ共だ。幾ら優秀であっても復習しておくべき情報もある。そう、敵である幻獣の情報だ。改めて伝え、思い出してもらわねばならない……自分達がボーイスカウトの類ではなく、軍人であることを。

 しばらくして、朝食を終えた比良坂達が会議室に入室してきた。比良坂達は操作卓正面の席に左奥から比良坂、小野、徳田、柴臣、織田の順で並び敬礼。私が敬礼を返すと同時に着席する。
「おはよう。今日はお前達に通達がある」
 私は操作卓から5人に目を向けそう述べる。
「通達……任務ですか?」
「――まさか……」
「徳田君何か知ってるの?」
「えっ? なんすか? 戦略機乗り回しすぎたんすかね?」
「いや、それは関係ないんじゃねえか?」
 私の言葉に5人はそれぞれ違う反応を見せるが、徳田だけは察したような顔をする。もしかすれば、親族から何かしらの情報を得ているのかもしれないな……

「――昨日、基地司令より『幻獣侵攻における非常警戒態勢』が発令されたとの連絡を受けた。俺達はこれより稚内基地に赴き警戒任務にあたる」
「……我々に詳細を知る資格はありますか?」
 軽く咳払いして通達する私に、比良坂は多少勘案して述べる。驚くかと思っていたが、思いの外冷静のようだな、比良坂は……破顔している織田と徳田に比べると、だが。

「いや、待たれよ! 比良坂殿。その質問の意味を理解されているでござるか?」
「軍人としての責務を果たす機会がやってきた。それだけじゃないのか?」
「いやっ、えっ? 何で副隊長冷静何すか? もうちょっとびびるところじゃないんすかね?」
 苦悶に顔を破顔させたまま問う徳田に、比良坂は何食わぬ顔で答え、さらに驚いている柴臣が懐疑的な問いを投げかける。
「……うーん。立花隊長。その任務に拒否権はありますか?」
「まあ、そうだよな。一応拒否権は使えんのか? この場合?」
 三者三様に反応を返している隣で、小野と織田がもっともな質問をする。まあ、逃げたいという人間を無理に連れて行くわけにも行かないが、その場合は面倒な仕事が増えるな。

「確かにお前らの反応は当然だ。まだ新兵だからな。こんな任務は本来熟練者が優先して引き受ける類のものだ。仮に、拒否するなら隊は解散。穏便に済ませるなら辞表提出になるぞ」
「当然でしょうね。懲戒免職にならないだけマシでしょう。お前らはどうするんだ?」
 私の回答を比良坂はごく自然に受け止め4人に問う。こいつはなぜこうも冷静なのだろうか? 徳田達の反応がごく普通の反応のはずだが……幼少期の教育がこいつをここまで冷静にさせているのだろうか?

「言うまでもないけど、舞人が行くなら僕は行くよ」
「……信介さん、どうするっすか?」
 いつもの調子で答える小野に柴臣は逡巡して織田に目を向け問う。一蓮托生というわけか……
「俺か? 俺は……比良坂が行くならついていく」
「其方達死ぬかもしれないのでござるぞ! わかっているのでござるか!?」

 苦渋に満ちた顔で回答する織田に続いて、目を覚ませと言うかの如く徳田が声を荒げる。ああ、そうか。こいつ私が今から伝える情報を知っているのか。だから、こうも抵抗するのか……友達想いなんだな。
「信康。お前はどうするんだ?」
「――えっ?」
 冷静に問う比良坂に徳田は虚を突かれたかのように訊き返す。
「そうだよ。僕らの不安を煽ってないでちゃんと答えなよ」
「いや、ちょっ何で某が悪者になっているのでござるか?」
「いやまあ、確かに、別にまだ戦闘になるとは決まっているわけじゃないしなぁ」
 小野の鋭い指摘に徳田がたじろぎはじめ、冷静さを取り戻した織田がそう呟く。確かにその通りだが、私の経験上間違いなく戦闘になる……が、敢えて今言う必要はないな。予想を口にしてしまえば、未来が訪れてしまうかもしれない――私だってそうならない事に期待したい。

「あんまり深刻になんなくても良いじゃないんすかね? 人間死ぬときは死ぬし。副隊長が居れば事が起きても生きて帰れるっすよ――無敵の英雄(ヒーロー)なんすから!」
「茶化している時では――はぁ……某の負けでござる。確かに比良坂殿が居れば生きて帰れそうな気がするでござるな」
 深刻な雰囲気を和ませるよう言う柴臣に、観念したのか徳田はため息交じりに述べる。

「なら、全員参加で良いか?」
「はい。詳細をお聞かせ願えますか? それと秀吉。次妙な事言ったら殴るからな」
 念を押す私の問いに、比良坂は頷き問い返しつつ柴臣を恫喝する。比良坂は英雄と呼ばれるのが嫌らしい。
「ちょっ理不尽っすよ副隊長!」
「あーあ地雷踏んじゃったね。秀吉君」
「和むのは良いが、そこまでにしてくれ。話を進めるぞ」
 柴臣と小野の言葉に私は空気を引き締めるように述べ、手元の端末を操作してプロジェクターを起動。部屋正面に用意したスクリーンに、樺太からラシア大陸沿岸部の地図を映しだした。それに反応して5人もスクリーンに目を向ける。

「岩下司令からの情報はこうだ。今年の7月、スラビア連邦と東部方面軍団の共同防衛基地であったロブスク基地が、幻獣の大攻勢にあい壊滅。基地を放棄して撤退していた残存戦力は、その後方にあるニーヤ防衛線に辿り着く前に消息を絶った。恐らく全滅したのだろう。さらにその数日後、ニーヤ防衛線に幻獣を観測。同様の大攻勢に防衛線も数日で崩壊。防衛線の残存戦力はネフラスカ基地に通報。樺太防衛基地は緊急迎撃態勢に移行。現在樺太で防衛戦闘が実施されている事が予想され、東北要塞は近く内閣に緊急閣議を招集するらしい」
 私はそう喋りながら、順に地図上の基地に、マーカーと幻獣の侵攻ルートを書き足していく。

「岩下司令からはこう伺っているが、徳田。お前ひょっと俺達より詳しいか?」
「それは……」
 徳田に目を向け問う私に、徳田は答え辛そうに言葉を濁す。やっぱりか、そうすると、いよいよ奴らとの戦闘が現実味を帯びてくる……どうしたものかな。
「なあ、信康。俺はお前の答えをまだ聞いてないが、どうするんだ?」
「別に良いんじゃねえか? 退職しても。俺達は責めねえよ」
 答え辛そうにする徳田に、比良坂と織田がそれぞれ目を向け、それとなく背中を押すような口振りで述べる。私も無理強いする気はない。誰だって戦いたくないし逃げれるなら逃げたいに決まっている。逆に、私のようなありもしない使命感を感じて戦うこと自体が珍しいのだ。

「――比良坂殿、某は其方に見抜かれたあの時から、其方に身命を捧げると誓ったのでござる。其方は拙者の主なのでござる。その主が行くと言っているのでござる。何の迷いが御座ろうか! 拙者皆と共に奈落の底まで付き合い申す!」
「なんすかね。信康さんの武士語を聞いていると、冗談なのか本気なのかよくわからないっすよね」
「秀吉殿ぉ。某至って真面目でござるぞ」
 徳田の歌舞伎じみたセリフ回しに、柴臣が冷ややかにツッコミをいれる。まあ、こいつらにはこいつらの歴史があって今に至っているわけか。いつか聞いてみたいものだな。こいつらの訓練生時代を……

「わかった。なら、知っている事があるなら教えてくれ」
「あいわかった。某の情報網というより、試験期間中の天照による樺太の観測結果によると、既に幻獣に半島の半分近くまで幻獣に侵攻され、戦線は北海道側に縮小しつつあるでござる。投入されている航空海上戦力も50%近くが失われ、某の家族曰く突破されるのは時間の問題だろうと……」
 比良坂の問いに、徳田はやや躊躇いがちに情報を公開する。天照。現在国連で改良が進められているGPSシステム一種で、その改良を引き受けているのが徳田の軍需財閥というわけか。なるほど、軍より先行した情報を受け取れるわけだ。ということは、一応東北要塞にも、情報は提供されているとみて良いだろうな。

「そうか……わかった。まあ、どの道お前達には、後方の基地守備に回れるように働きかけるつもりでいた。だから、お前達が戦うのは俺達が敗れた後だ」
「――それは、稚内基地で再編制されるという事でしょうか?」
 私の言葉に比良坂が怪訝な顔で問う。合流してみないとわからないが、恐らくそうなるだろうな……
「多分な。私の元上司が稚内基地には居る。その人はそれなりに仕事を押し付けてくる人だから、お前らに飛び火しないようにはするさ――いざとなったら逃げろよ。お前らはまだ死んで良い人間じゃない」

「それは、小隊長も同じです。死んで良い軍人なんていませんよ」
 私の親切心にも似た言葉に、比良坂は被りを振って答える。世界が滅びかけている状況でそんな簡単に軍人は死ぬわけにはいかない。しかし、現実は湯水の如く死んでいく……避けられない運命なのかもしれない。世界が滅ぶのは。
「いかんな。徳田の調子にあてられてしまったか……」
「とりあえず信康。悲観禁止な」
 私の冗談に続いて織田が冗談交じりに徳田を指さす。
「なっ、ちょっ某は……まあ、今回は引き下がっておくでござる」
「話が逸れましたが、小隊長。我々はこれからどうするのですか?」
 反論したそうな徳田がぐっと堪える中、比良坂が話を戻すように質問する。

「戦略機に乗って速やかに稚内基地に赴く。岩下司令からは好きにしてかまわないと言付かっている。従って専属の整備班と90式戦略機を持っていくが、その前にまだ伝えておく情報がある」
 比良坂の質問に私はそう答え、プロジェクターの映像を切り替え、3種類の幻獣、タウロス型、オーガ型、蜘蛛型を映す。
「この幻獣がどうしたんすか?」
「今更だろうが、復習みたいなもんだ。タウロス型は鬼が巨大化したような姿をしているが、動きは鈍重。ただ、相応の火力を有しているから気を付けろ。蜘蛛型は言うまでもなくハエトリグモのような姿をしている。だが、こいつ厄介な点は小型幻獣のキャリアーという点だ。おまけに長距離の機関砲を有している。大体は群体の先頭に陣取っている事が多い。可能な限り優先的に撃破しろ。小型幻獣は普通科の連中でも荷が重い。出させない事に越したことない。最後にオーガ型だが、牛の化け物であることは見たらわかるが、こいつらは俺達戦略機乗りの最優先ターゲットだ。機動力が尋常じゃなく、戦車の火砲を食らっても止まる事はない。こいつらは、群体の最後尾に陣取っている事が多いが、一度突撃を始めたら防御陣地が、恐ろしく簡単に粉砕される。機動力が劣る車両の類は撃破する以外なす術がない」
 柴臣の問い無視して私はそう解説する。

「今さらではありますが、こいつらに海上は意味がないのでしょうか?」
「恐らくな。水上を普通に歩いているんじゃないか?」
 比良坂の質問に私はそう仮説を述べる。どの幻獣も陸上生物を模している。海中を歩いて渡るか、水上を滑走するかのどちらかなのだろう。樺太が既に戦場になっているという事がそれを裏付けている。
「でも、どうせならもうちょっと可愛げがあって欲しかったね」
「何か? 水が苦手とかか? だったら島国はある意味無敵じゃねえか」
 小野の冗談に織田が苦笑交じりに言う。まあ、気持ちはわからんでもないが、その場合は恐らく空を飛んでくるだろうな……

「こんな所だ。では、各員私物をまとめ次第、ハンガーに集合。揃い次第稚内基地に向かう」
『――了解』
 私がそう告げると5人は立礼。会議室からの退室を確認して、私は機材の片付けに入った。さて、稚内基地は今どうなっているだろうか? 戦力が集まっていれば良いが……

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伊佐田和仁
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