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幻獣戦争 1章 1-2 不在の代償⑤

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序章 1章 1-2 不在の代償⑤

 座学室を出ると待ち構えていたのか勇司と出くわした。
「どうした?」
「まだ渡していなかったからな」
 何気なし声をかける俺に、勇司はそう言ってIDカード付きの身分証を差し出す。
「そういえば持っていなかったな」
「どうした? 階級が不服なのか?」
 俺は受け取り確認する。その様子を見て勇司は不思議そうに軽口を叩く。身分証の階級は陸将と書かれている。呼ばれていたからそうだろうが実際に見ると改めて実感するもんだ。

「いやそうじゃない。本当に陸将なのかってな」
「因みに俺はお前の部下になるので陸将補になる。が、このくらいの地位になるともう階級は関係ないだろうな」
 俺は感慨深く答える。現在の自衛軍の階級では最上位に位置している。これより上の階級は幕僚長と作戦本部長くらいしかない。しかし、そんな俺を勇司は対面なんぞ気にするなと鼻で笑う。
「そうだな。年上の……年上なのか?」
 俺は勇司の年齢を知らなかったことに気づき、思わず問いかけてしまった。

「勿論だ。今年で35になる」
「そりゃよかった。年上のあんたに敬語なんぞ使われたら気味悪くて仕方ない」
「そうか? 敬語が良ければそうしてやらんでもないぞ?」
 俺の反応が面白いのか冗談交じりに勇司は言う。
「やめてくれ。帰りたくなっちまう」
「ふはははは。なら、やめておこう」
 俺の困り顔が余程面白かったのか勇司は高らかに笑う。
「ところで、部隊編制の方はどうだ?」
「既に承認は得ているからな。もうじきお前にとって懐かしい顔ぶれが着任するはずだ。ああ、忘れていたがお前の執務室も用意しなければいかんな」
「やっぱ事務処理はあるのか……」
 勇司の言葉に俺は露骨に嫌な顔をする。将官になるとやはり事務仕事が多くなる。それは前もって経験済みであるが、昔は色んな意味で膨大な手続き処理をしたもんだ。

「そう嫌な顔するな。俺だけでは手が回らないんでな――頼むぞ、相棒☆」
 まるで、一人だけ天国にはいかせまいと地獄の笑みで勇司は言う。
「やめてくれ、その悪魔の笑顔は――笑っちまうだろ」
「はっはっは。そうだ部隊編制と言えばお前の副官人事だが、これがまだ決まっていない」
 俺がツッコミをいれると、勇司は笑いながら話したかったのであろう話題を切り出した。
「……そうか。麗奈は止めてくれ。あいつは副官向きじゃない」
 俺は少し思案して言葉を口にして廊下を何気なしに歩き始めた。時刻は昼過ぎ、15時くらいだろうか? 廊下の窓から見える外の景色は、若干日が沈み始めており夕暮れになりつつある。

「理由はそれだけではないだろう?」
「そうだな」
 俺に続いて隣を歩き問う勇司に一言頷く。副官は必要だが正直に言えばどうするべきか迷っている。しかし、俺と同レベルの技量を持つ人間を傍に置いても意味はない。
「副官で思い出したがお前、結婚はまだだろ?」
 勇司はわざとらしく質問してきた。
「そうだが、それがどうかしたか?」
「折角だから、結婚相手を副官にするのはどうだ?」
 俺は訳が分からず問い返すが、茶化したいのか勇司はそうのたまった。
「おい、気は確かか?」
「至って真面目だがね。ま、考えておくといいさ」
 馬鹿じゃねえのか。と、言い返す俺を見て勇司はこともなげに言い返す。
「副官か……正直、俺には彼女しかいなかったな」
「――水原黄泉一尉か。実のところ言うと彼女は生きている」
 俺は懐かしむように呟く。すると、勇司はさらりと有り得ないことを言ってきた。

「冗談はよせ。彼女は佐渡島で……」
「そう、死んだはずだった。が、お前が奇跡を起こした」
 辛くなり言葉を詰まらせる俺に勇司は淡々と述べる。
「どういうことだ?」
「彼女は君に力を与えるために死の直前に八百万の神々、精霊と同化したらしい」
 困惑する俺に構わず勇司は驚愕の事実を突き付ける。奇跡? 何のことだ?
「じゃあなにか? 俺があの大型幻獣を倒せたのは……」
「そう、ぼろぼろのお前に生きて欲しくて力を貸したそうだ。奇跡を起こす力をな」
「……そうか。俺はてっきり……」
 たまたま生き残ったのではなく彼女のおかげなのか。

「だが精霊と同化した彼女はお前の心に触れてしまった。そのせいで彼女は直接再会するのを躊躇った。自分の見えないところで、本当はずっと泣きながら戦っていた事に気づかされたそうだ」
「……そうか」
 勇司の情報に俺は何も言うことが出来なかった。彼女が生きていたことは嬉しい。嬉しいが、何とも言えない複雑な心境でもある。

「どうやら、副官は決まっているようだな」
「おい!」
 俺の様子に勇司は再びそうのたまった。冗談言うな。俺は彼女を副官にするとは言っていないぞ!
「これ以上何か言うのは野暮だな――連れてこよう。後は君達で解決してくれ」
「……」
 揶揄うように勇司は言う。何か手は無いか? 俺はワザと閉口して何か手段がないか思案する。

「さて、一番の難題が片付いた事だし仕事に戻るとするか」
「おい! 俺は同意していないぞ!」
 軽口を叩くように告げる勇司に俺は苦し紛れに抗議する。
「意義は認めない」
「俺は、階級が上なんだがなあ」
 俺は切り札を使うように嘯いた。ここは会社ではない。自衛軍だ。階級が上の人間には逆らうことは出来ない……はずだ。
「ほう……なら、さらに上に上申するだけだ」
「――クソっ」
 しかし、勇司はこともなげに言い返す。やっぱダメか。俺は悪態をつくことしかできなかった。この少し抜けた色男に勝つことは難しいようだ。

「はっはっは。何年裏方をやっていると思うのかね? 私に階級なんぞ何の役にも立たんぞ! はっはっは」
「なあ、どんな顔して会えばいい?」
 敗北を認めた俺が面白いのか勇司は高笑いをあげる。俺は気にせず真面目に問う。ぼろぼろに泣いて悲しんだ人間が生きているとわかったのだ。どんな顔で会えば良いんだ?
「そう深く考えなくてもいいさ。そうだ。暇なら格納庫でも覗きに行ってみたらどうだ?」
「……? 何故だ?」
 勇司は悩むなと気さくに答え言ってきた。言葉の意図が読めず俺は問い返す。

「IDカード、渡したからな」
「ああ、そういうことか。なら行ってみるか」
 勇司は手に持っているIDカードを指して答える。この後の予定が特にない俺はその提案に乗ることにした。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼する……きっかけは用意したぞ」
 そう言って軽く会釈する何かを呟きと勇司は去っていった。
 俺は気にせず軽く会釈を返し逆方向の格納庫へ向かった。
 

次回に続く


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