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臨界パワーモデル(3)

臨界パワーモデルを一言で表すと

 2回ほど前置きが続いたので、今回は本題に入りたいと思います。臨界パワーモデルというのは、パワーが一定の運動を継続できる時間は、反比例に似た分数関数にぴったり乗りますよという考え方です。これをランナー向けに意訳すると、ある距離でのベストタイムが分かれば、他の距離のも決まりますよという意味です。

 パワーというのは物理学でいう「仕事率」のことで、一定時間内にエネルギーがどれだけ使われているかを示します。スポーツクラブでエアロバイクに乗るとワット(W)の表示があり、これがまさしくパワーのことです。ペダルを速くこいだり、重いペダルを一生懸命こぐと上昇するあれです。

ランニングの場合はペース

 ランニングの場合は、パワーは走速度に比例するとされているので、「パワー」は「スピード」に置き換わり、スピード一定の走りを継続できる時間は、分数関数にぴったり乗りますよということになります。

 では実際の様子をグラフで見てみましょう。下記のようになります。

スライド1

 これは実際の男子陸上競技日本記録(青=2020年3月8日時点)と、それにフィットさせた限界パワーモデルの分数関数式(赤)を表現したものです。同じ距離でロードとトラックがある場合は、トラックの記録を採用しました。端っこはあまり合っていないのに対し、真ん中辺はぴったりと一致していることが分かります。

800m~5,000mの日本記録が関数上に乗る

 真ん中辺を少し拡大してみましょう。10,000、5,000、800、400mの日本記録にラベルを付けました。

スライド3

 上図のように800m~5,000mの日本記録は下記の分数関数上に上にほぼ乗っています。

T=W'/V-CV

ついに臨界パワーの値が登場

 W'とCVはこの式を実際の記録になるべくぴったり合わせるための定数で、ここでは下記の値となっています。

W'=142.84 (m), CV=6.1654 (m/秒)

 臨界パワー(ランニングの場合はペースなので、以下「臨界スピード」)とはこのCVのことであり、ここでは秒速で表しています。この値よりペースが速くなると、エネルギー代謝の状態が不安定になり、最後はオールアウトになって止まらざるを得なくなり、それこそがここでは日本記録であり、個人に置き換えればベスト記録という意味合いです。

臨界スピードの意味合い

 一方この値よりペースが遅くなると、理論上は永久に運動を続けられると仮定しています。もちろんこれは仮定の話であり、実際は上図の10,000m以上の記録のように限界があります。限界があるけれども、この関数から離れた理由は、800m~5,000mとは別のエネルギー代謝的な要因によって限界が訪れたということが推測されます。

 これは逆も似たりで、秒速がどんどん速くなると、400mあたりから別のエネルギー代謝的な要因によって限界が決まるらしいということです。だんだん距離が短くなると、エネルギー代謝だけでなく生体力学的な要因が限界を作っているのかも知れませんね。

元ネタとなる論文

 こうした研究内容を知ったのは、臨界パワーに関するレビュー論文「The 'Critical Power' Concept: Applications to Sports Performance with a Focus on Intermittent High-Intensity Exercise」からでした。この論文はハイレ・ゲブレセラシエなどエリートランナー12人の臨界スピードを割り出し、マラソンの記録との相関を分析したりしています。

 臨界スピードは数学を使った遊びのようにも見えます。ところが運動生理学上は、上に記したようにそれより上と下ではエネルギー代謝がガラっと変わる重要なポイントと考えられています。個人個人が臨界スピードを持ち、走力や調子が上がればこのスピードも上昇する関係にあります。

 式の中にはW'という定数があり、これも重要な意味があります。これはまた次回以降で。


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