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ポストインターネット時代のリアルな感覚。『Nerhol 水平線を捲る』
Nerhol(ネルホル)というユニット名が面白い。アイデアを「練る」「彫る」を組み合わせた造語だという。グラフィックデザインをベースとする田中義久(1980-)と彫刻家の飯田竜太(1981-)の二人組で、2007年に活動を開始している。
特に注目されたのが、百回単位で連続撮影した人物写真の印画紙を積み重ねて、一枚ずつ彫った立体作品である。そのほか、植物を素材にした多角的なアプローチや、既存の写真・映像のアーカイヴの活用など、現代的な問題意識の下に活動の地平を広げてきた。2020年には、日本の若手アーティストの登竜門であるVOCA賞を受賞。千葉市美術館における展覧会は、未発表を含む重要作の多くを集め、Nerholという新しい才能の全容を示すものとなっていた(明日11/4マデ!)。
彼らの個性を象徴するのが「写真彫刻」というべき作品である。《circle》は2011年制作で最初期のものだ。黒い丸をリソグラフで印刷し、その紙を幾重にも重ねて分厚い束にして、刃物で彫りを入れている。遠目では明確には分からないが、近づくと「層」の形が浮き上がるという認識差が興味深い。
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《Interview / Mr. Isao Pastelin》は彼らの代表作だ。人物ポートレイトでは、「写真彫刻」の異化作用がさらに露になる。撮影時の時間の経過までを封じ込めていて、作品としては静的なのに、まるでドキュメンタリー映像を観ているような感覚があるのだ。
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植物への関心も彼らの特色である。「写真彫刻」の手法によるものが会場でも存在感を放っていた。
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植物をモチーフにした作品では、ほかにもさまざまなアプローチが興味を引いた。
木枝を3cmほどで輪切りにして継ぎ接ぎし、2つの新しい木枝に生まれ変わらせたのが《branch 1》だ。個人的には、遺伝子情報がDNAからRNAに転写される際に、不要な塩基配列を除去し、必要な部分を組み合わせる「スプライシング」を想起した。むろん、彼らは科学者ではなくアーティストだから、そこでは直感や好奇心が優勢であり、鑑賞する側も素朴に面白いと思えるのがいい。
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地中で長い時間をかけて化石化した植物である「珪化木(けいかぼく)」を床に並べた《Read the historical facts》は、時間と空間に対する彼らの考察が窺えるインスタレーションである。
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麻を混ぜた和紙から「こより」をつくり、キャンバス状に編んだ《Canvas(Nusa)》は、植物への興味と紙への関心が合一したものだ。
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既存の写真・映像アーカイヴを活用した作品群も印象的だった。その一つとして《Remove》を挙げておこう。インターネット上のパブリックドメインの動画をモチーフとした作品で、オリジナルはNASAの実験に関する映像だったが、当初Nerholは電気椅子の実験だと誤認していたという。しかしそんな偶然を受け入れながら、科学技術の進化への相対的な眼差しとして昇華した(撮影は不可でした)。
キャプションや各種インタビューを読むと、彼らは制作前からかっちり最終形を固めているわけではないようだ。リサーチを含めたプロセスで柔軟に対応しているように思える。
だからだろうか。どの作品も絶対性、一回性といった主張の強さからは距離を置き、独特の風通しのよさ、フレキシビリティが感じられ、彼らの魅力となっていた。コンセプチュアルな創作態度は一見クールだが、それでもなお紙や植物といった物理的な「モノ」へのこだわりがある。それは、ポストインターネット時代における新世代らしいスタンスなのではないか。
展示の最後、1階のホールで展開された新作インスタレーションは、枯れ葉に見立てた和紙が床一面に敷き詰められていた。スケール感と抒情の同居は、彼らの新しい境地を示している。
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この展覧会では、同館の収蔵作品が同時展示され、Nerholとの連関を浮かび上がらせていた。トーマス・ルフや李禹煥を引き継ぐ才能が、この日本から登場したことが実感できるだろう。彼らのさまざまな試みが依然、習作の雰囲気を帯びているのは、今後の躍進を予感させるものとして好意的に受け止めた。期待の才能の「今」を、ぜひ目に焼き付けてほしい。