髄膜炎とカルバペネム系抗菌薬
髄膜炎の初期治療にカルバペネム系抗菌薬は妥当か?この議論で必ずと言っていいほど話題にあがるのが、日本神経学会が出している「細菌性髄膜炎診療ガイドラン2014」である。今回は神経内科医ではなく、感染症内科医の立場から少しこの問題を掘り下げてみる。
細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014
まずは、一つ一つ問題を整理していく。このガイドラインで、免疫能が正常と考えられる16-50歳未満の項目に、「日本における肺炎球菌の耐性化率は高く、肺炎球菌性髄膜炎成人例の8割がペニシリン非感受性菌である。」とある。この点から、「カルバペネム系抗菌薬であるパニペネムベタミプロン(PAPM/BP)またはメロペネム(MEPM)を推奨する」としている。また、免疫能が正常と考えられる50歳以上の成人例、慢性消耗疾患や免疫不全状態を有する成人例など、すべてのカテゴリーでカルバペネムの使用を推奨している(セファロスポリン系の推奨も記載あるが、並列でカルバペネムの使用を推奨)。
次にこのカルバペネム推奨となった解説・エビデンスを見ていく。記載内容をまとめると下記の通りである。
①日本はペニシリン非感受性肺炎球菌、BLNAR産生H.influenzaeが多い
②抗菌薬選択の規定因子は、Local factorを加味した抗菌薬の活性(MIC)、と髄液移行性である
③カルバペネムは頻回・高用量の投与で髄液内で高い抗菌活性を示す
④PRSPのMIC90は、PAPM/BPが最も低値で、次にMEPMとVCMが続く
⑤BLNAR産生H.influenzaeのMIC90はCTRXが最も低く、次にMEPM、PAPM/BPとCTXが続く
⑥VCMの使用増加によるVCM耐性菌の頻度が上昇すると予想
⑥以上から、MICが低く、耐性菌までスペクトラムがあり、髄液移行性が比較的良好なカルバペネム系抗菌薬を推奨とした
IDSA(米国感染症学会)含めた海外ガイドライン
2004年IDSAのガイドライン含め、細菌性髄膜炎の初期治療としては、CTX(or CTRX)+VCM(±ABPC)が選択されるのが一般的である。その理由としては、シンプルである。
①一部小児を除いて肺炎球菌が起因菌として最多である。
②CTRX or CTXへの耐性菌に対してVCMを併用(ほぼ100%感性)
③Listeria monocytogenesのカバーが必要であれば、ABPCを併用
もちろん場合によっては、カルバペネムを使用すべき例はある。しかし、ESBL産生菌の関与が強く疑われる場合やCTRXで一般的にカバーが弱いGNRの髄膜炎を疑った際など使用は限定的である。
実臨床ではどうか??
ガイドラインの治療法が標準治療となることがほとんどであるが、世界標準から外れていないかを知ることも重要である。今回示した日本の細菌性髄膜炎治療における推奨は、カルバペネムfirstととらえられてもおかしくないと考えている。
では実臨床ではどうか。感染症内科医としては、正直カルバペネムを初期治療で選択する症例はかなり少ない。スタンダードなCTRX+VCM±ABPCで治療を開始することが大半を占める。もちろん地域の耐性菌の状況も加味しての選択である。
まず、S.pneumoniaeのJANISのサーベイランスをみてみると、日本のガイドライン作成当時である2013年のCTX感受性はMEPMよりも良好である(表1. 88.1% vs 84.8%)。最新の2021年のデータも同様の傾向である(表2. 88.9% vs 75.0%)。ここから、肺炎球菌の感受性を理由にカルバペネムを推奨するのは無理がある。さらに、MICに関しては、「MICのみを比較してMIC低い方がより効果が高い」というものではないので、そもそも論点がずれていると感じる。また、VCM耐性の肺炎球菌の懸念は最もなことであるが、MEPM使用による耐性菌出現の問題も大きく、一概にVCM使用を避ける理由にも弱い。極めつけは、CTRXでも耐性菌に対してのカバーを広げるために初期治療はVCM追加が必要とされるが、MEMPを使用するのであれば尚のことVCM併用が必要という話になる。VCMを避けるためにMEPMを使用するという議論が成り立たなくなってしまう。
以上のことから、細菌性髄膜炎の初期治療の日本のガイドラインの推奨には疑問点はあるが、しっかりと何を目的に使用している抗菌薬なのかを理解して使用することが重要である。背景・臓器・微生物を考慮したうえでの抗菌薬選択が望まれる。
※菌名はイタリックでの記載が一般的ですが、イタリックに変更できなかったためそのままの記載としております。