探偵討議部へようこそ⑥ #4
前回までのあらすじ
S大へ向かう車の中、熱くディベートについて語る<リッキー>ことマスモト・リキ。しかし、ヒデモーはベルトと靴を持ってきていないことに気づいたしまったため、上の空であった。
「な、、、なんですって、、、!」
ようやくマスモトの頭が現実に追いつき、脳内で忙しく「場合分け」が行われる。今から引き返して忘れ物をとる時間はない。以下の選択肢から次の行動を選ばねばならない。
1) ヒデミネが抽選会にでない。
これは却下だ。新人戦の抽選会で、新人の顔見せが一つの会の主眼でもある。自分一人が出る事になると、まるで出たがりで新入生のことを無視しているかのように誤解される。
2) ヒデミネがジーンズで出る。
これも却下だ。新入生の教育が行き届かなかった結果、新入生自身に恥をかかせているように見える。後輩思いの自分としては、将来ある一年生に恥をかかせたくない。
3) 自分のベルトをヒデミネに貸し、自分がベルトなしで出る。
これは避けたい。避けたいが、1)2)よりはマシな選択には思える。ただし、自分は最近お腹が出てきており、スーツのズボンの留め金を止めるとかなり苦しくなる。このため今は一番上の留め金を開けて、ベルトで調節している。たこ焼きの食べ過ぎだ。お腹を引っ込め、留め金を止めてなんとか乗り切るしかないが、抽選会の後の立食で油断すると、留め金が飛び、今度は自分のズボンが落ちることになる。さすがの後輩思いの自分でも、代わりに自分のズボンが落ちることだけは避けたいと正直に思う。
4) なんとか道すがら紳士服の店をみつけ、そこでベルトを買う。
これが可能なら、理想的選択肢、と言える。しかしながら、すでに遅刻寸前だ。さらに、記憶にある限り、ここからインターチェンジの間には紳士服の店はない。改めて探すのはリスクが大きすぎる、、。涙をのんで却下だ。
ここまで考えて、マスモトに天啓のように、第5の選択肢が浮かんだ。
5) 自分の胸に飾ってあるチーフを割いて、ヒデミネのベルト代わりにする。
(ふふふん。常に紳士の身だしなみとしてポケットチーフを身につけているわたしならではの選択肢ですね、、。)
だが、次の瞬間マスモトの心が凍りつく。今日のチーフは、晴れの日のチーフ。大事な大事な、探偵討議部長、ヤマダ・ハナコからのプレゼント、唐草模様のチーフではないか。これを割いてヒデミネを助けることは、自分の身を割くことに等しい。そうするくらいなら、自分のズボンが落ちた方がマシだと思えるくらいだ。
だが、自分と同じくらい後輩思いのヤマダ・ハナコからみたとき、「チーフがもったいなくて、後輩のズボンが落ちました。」は確かに論外だが、「チーフがもったいなくて、自分のズボンが落ちました。」はセーフだろうか?
(ハナコさんならば、、ハナコさんならば、、躊躇なく、自分の大事なチーフでも割いて後輩に与えるかもしれませんね、、。)
脂汗をかき始めるマスモト・リキ。目が据わってきている。
その様子をみて、ますますヒデミネは申し訳なく思う、、。
「あの、、あの、、マスモト先輩?」
「ノ、ノープロブレムです、、。な、なんの心配もいりません、、。ヒデミネくんに恥をかかせるようなことは、しませんよ。わたしは誇り高きK大ディベート部部長、リッキー・マスモトなのですから、、。うおおおおおおおおーーー!!!」
赤信号で停車したドミンゴの中で、マスモト・リキは雄叫びをあげるや胸元のチーフを取り出し、それに噛みついた。左手で引っ張って引き裂こうとするマスモトと、飛びついて止める助手席のヒデミネ。チーフはビリビリと音を立て始めている。
「先輩。そのチーフは!それだけはダメです!!僕のズボンなんか、落ちてしまえばいいんです!」
「いいえ。それはなりません。君のが落ちるくらいなら、わたしのズボンこそ、落ちるべきです!」
ドミンゴの運転席と助手席で、半分裂けたチーフを引っ張り合いながら、二人はオイオイと泣き始めた。赤信号で偶然隣に止まった軽トラの作業員が、口をあんぐり開けてみている。
青信号となり、ドミンゴは走り出す。そのとき、二人は二人ともに、各々のズボンが落ちる覚悟をきめていた。二人とも無言の、「漢の決意」、であった。
(続く)
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