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探偵討議部へようこそ 第2章 (シジュウイン・クチサトの憂鬱編)

第2章あらすじ

探偵討議部のエース、シジュウイン・クチサトには友人が少ない。ある日、彼のバイクのヘルメットが盗難されると言う事件が起こり、それをきっかけにシジュウインは、「友人とは何か」と言うことについて考えさせられるのであった。

第2章登場人物

K大探偵討議部

<二回生>
ウチムラ・リンタロウ: コードネーム「シューリンガン」。屁理屈の神。そして、「ザ・ひねくれ者」。推理をするときにパイポを回転させるという奇癖の持ち主。爽やかな変人。

ナガト・ムサシ: コードネーム「アロハ」。天才。そして、重度のコミュ障。「煩悩リスト」作成者。

シジュウイン・クチサト: コードネーム「デストロイ」。なにかと理由をつけては腰振りダンスを披露する探偵討議部のエース。第2章の主人公。友人が少ない。

オットー・ハンサム・コマエダ: コードネーム「ロダン」。類まれな筋力と美しい外見を持つ、心優しき男。暴走自転車を駆る。

<一回生>
アマハネ•マイコ: コードネーム「リョーキちゃん」。謎に対する食いつきの良い元気な女の子。

ハシモト・タダノブ: コードネーム「ハシモー」。本編全体の主人公。特に際立った能力はないが、物を記憶し、記録する事には長けている。


 「デストロイ」こと、シジュウイン・クチサトには友達が少ない。だからどうした、と本人は思っている。東京から関西にあるK大学に入学した彼には、関西弁で話しかけてくる同級生が少し煩わしく感じる。どうして初めて会ったばかりの人間にあれだけ馴れ馴れしく話しかけることができるのか、理解できない。いわゆる「愛想」というものが欠落した彼をネタ扱いして、「そこは笑うところやろー」とか、「突っ込んでほしかったわー」などといってくる輩がいるが、どうして彼らに笑うところを決める権利があるのかわからない。

 いわんや「ツッコミ」とやらはどうして必要なのだ?時間の無駄としか思えん。あまつさえ、標準語で話すと、「シジュウイン君、怒ってるん?」などと言われる。全く理不尽だ。遠慮なく大声で話す関西の人は、自分には軒並み喧嘩しているように思えるというのに。そんな彼の心情を知ってか知らずか、関西弁の自称、「友人たち」は、お節介にも最初はなんとか彼に関わろうとするが、いずれ離れていく。

 だが、中には強者もいる。彼が無視しようが、つれないそぶりをしようがつきまとってくる物好きもいるのだ。例えば、ホリ・サトシもその一人だ。最近、やれ、自分の彼女が入院しただの、一人でさびしいから飲みに行かないか、だの盛んに自分を連れ出そうとする。「鬱陶しい」とまでは言わないが、「少し自分を放っておいてくれないか」とは思う。以前の彼は、「放っておいてくれないか」をその都度口にしたものであったが、それすらも、「またまたー」、「かまってちゃんやねえ、シジュウイン君は」とか言われるに至り、諦めた。「放っておいてくれ」と言っているのに「かまってちゃん」とはこれいかに。ロジックの権化のような彼には全く理解できない。そんなこんなで、今では友人であるかのようにつるんでいる。

 この日も、BOX近くの駐輪場で、今日もホリに捕まった。
「シジュウイン君、今日こそ飲みに付き合ってくれへん?」

「悪いけど、今日はバイクだ。」

「えー、このバイクか。かっこええなあ。でもどうしたん?前から思っとったけど、この辺とか傷いってるやん。」

「君には関係ないことだ。少しヘマをしただけだよ。」

「シジュウインくんでもヘマすることあるんか。バイクはいいやん。大学においていけば。」

 探るような目線で、シジュウインの反応を見てくるが、返事は変わらない。

「クラブで後輩の指導があるんだ。そうもいかないよ。彼女も退院したばかりだろ?そばにいてあげるがいい。」

 取りつくしまのない返事に口を尖らせて去っていくホリを、シジュウインは苦笑いで見送った。

 実際、彼は一人で過ごすことが多いが、決してそのことを苦にしているわけではない。時間があるときには愛車、濃紺のDT250を駆って、モトクロスパークにでる。舗装されていない凸凹な斜面の上を、アクロバティックに走破する喜び。身体能力に優れた彼にとっては、ちょうど子供が遊園地でジェットコースターに興じているのと同じ感覚だ。時には勢い余って転倒してしまうこともあるが、それすらも楽しみの一つだ。泥んこになって遊んでいる子供と大差ない。次こそは上手く乗りこなしてやる、と思う。とりわけバイクにコダワリがあるというわけではないのだが、スピードとスリル、エンジン音の中でこうして「ただ一人」、の感覚を楽しんでいる。同じ理由で、冬には一人で山スキーに赴く。ただ一人、厳しい自然と向き合い、だれもまだ足を踏み入れていない新雪の中を滑り降りる時、、。そういう時にだけ、彼は本当の笑顔をみせる。

 「探偵討議部」の同級生たち、<シューリンガン>ウチムラ、<ロダン>コマエダ、<アロハ>ナガトの三人は友人ではないのか、ともし聞かれたら彼は笑って答えるだろう。「わからないな。」と。Aという人物がBの友人であるかどうか?それは彼のロジックの守備範囲外だ。

 ウチムラは、唯一ロジックで彼と対等に渡り合える男だ、と思っている。その共通点を除いては、彼とは相容れない点が多い。まず、極めて多弁なくせに、どこまで本音で、どこから嘘をついているのかが全くわからない。言葉数少なく、ほぼ、本音でしか語らないがゆえに軋轢を生じることが多い自分とは違う。また、「ルールは破るもの」を座右の銘にしているウチムラに対して、シジュウインはルールを守る人間だ。モトクロスパークや、人里離れた冬山の中でこそ、スピード、スリルを楽しむが、キャンパス内では速度制限10キロを頑なに守っている。当たり前のことだ。危ないではないか。「自分」は予想可能だが、「他人」は何をするかわからないのだから。

 コマエダは太陽のような男だ。シジュウインを圧倒するパワーの持ち主だが、決してそれを誇ることはない。そして、ただそこに自然体で存在し、周囲に陽性のエネルギーを放っている。その底抜けの明るさと、人の良さを眩しく思う。自分もまた、彼のように自分を飾ることなく人と向き合えたら、と思うこともある。その眩しさゆえ、自分の方からコマエダの方に一歩踏み出すことはできずにいる。そういう意味で、苦手なのだ。

 ナガトはさらに意味不明な人物だ。ウチムラによると、「探偵討議部唯一の天才」らしいのだが、単純な頭脳の優秀さ、では自分の方が上だと思っている。ナガトが天才らしさを発揮した瞬間を、自分はあまり目にしたことがない。これすらもウチムラ流のブラフではないかと疑うことさえある。なぜそんなブラフが必要なのかはわからないが。普段のナガトはむしろ内気で、人とコミュニケーションをとることが苦手な人物である。シジュウインは自分自身のことを内気だ、とは決して思わないが、ナガトのコミュニケーションが下手くそな様をみていると、なんとなく共通点があるような気もしている。だが、あのファッションセンスだけは理解できない。

 シジュウイン・クチサトは気づいていない。自分がなぜ「探偵討議部」を選んだか、と言うことに。

 生来、彼の言説はカミソリのようにするどい。空也上人像では、空也の口からホトケが次々と連なって出てきているように、クチサト上人像があるとすれば、口からメスが次々と飛び出す造形になっているはずだ。その鋭さゆえ、時に彼の言説に触れた人を傷つけてしまう。痛い経験を重ねてきたシジュウインは、無意識でそのことを避けようとして、友好的に接してくるものに対してつれない反応をしてしまうのだ。深く知る、とは傷つくことだ。

 一方、探偵討議部で交わされるやり取りはちがう。部員は討議することに慣れているし、ロジックによるやりとりを恐れない。相手の提示した謎をロジックという名のメスで切り裂き、解明することによって得られる高揚感。それこそが彼が心の奥底で求めている「他者とのコミュニケーション」なのだ。他者の話をとことんまで分解することによって、とどのつまり、相手のことをよく知りたいのだ。反面、自身が、彼だけの物語を他者に紡いでみせることはめったにない。

 彼は今、コードネーム<デストロイ>として部室に向かう。来るディベート部との部室をかけた討議に向けて、一回生の二人、「ハシモー」、「リョーキちゃん」をサポートするために。面倒臭いが、これは任務だ。そして、後輩は、嫌いでは、ない。

$$

 愛情について、彼女は一人考える、、。愛すればこそ、失う事を恐れ、お互いに言えなくなることが増えていく。不思議な事に、愛すれば愛するほどに、お互いの事を判らなくなっていくのだ。そして、ますます言いたい事、言わねばならない事が言えなくなっていくのだ。その事が、自分を、相手をも、苦しめる。その苦しみが逆説的に、愛している事の証でもあるのだ。自分はこれまで、ここまで情熱的に愛された事がなかった。自分もまた、ここまで人を情熱的に愛する事はこれから先、ないだろう。自分はとても幸せでもあり、また、世界一不幸でもある。それが、愛し、愛されるということなのかしら。彼が大人の女性になった証にとくれたプレゼント。背伸びしているかな、と思ったけれど、嬉しかった。今は壊してしまったけれど、大切に箱の中にしまってある。彼女はそれを取り出し、愛おしいものを、そして仇をみるように眺めながら、一人、愛情について考える、、。

$$

「ハシモーくんと、リョーキちゃん、どう思う?」
 初日の会合を終え、<ロダン>コマエダが笑顔で聞いた。

「どう思うって、どういうことだ?」

「どう思う?は、どう思う?やんか、、。まあ、意訳すると、ディベート部に勝てる見込みがあるかな?って感じかなあ。」
 苦笑いするコマエダ。シジュウインらしい、簡単な質問をも難しく考える返答だ。

「そうだな。俺が見る限り、リョーキちゃんのほうは問題なしだな。理解力、思考の瞬発力、創造性、、。どれをとっても一回生の域を超えている。」

「リョーキちゃん、すごいよねえ。僕が一回生の時と全然違うやんか。」

「そうだな。」

「『そうだな』って、、。」
 若干傷つく様子をみせるコマエダだが、柔和な調子は変わらない。

「じゃあ、ハシモーくんのほうはどうなん?」

「彼は様子を見ているね。ただ、箸にも棒にもかからない、というわけではない。」

箸にもとハシモーをかけたね。やるねー。」

「かけないよ。忠告しておくが、これから先も、もし俺が何かと何かをかけたように見えたら、、、それは偶然にすぎない。」
 断固としてシジュウインは否定した。その頑なさに、コマエダは微笑を禁じ得ない。

「別に、関西のノリ、少しくらい取り入れてもいいやんかー。」

シジュウインは、「俺のダジャレは、俺自身から見てもつまらんのだ。場が和んだ試しもない。」という一言で、コマエダを凍りつかせた。優しいコマエダの目頭は、若干熱くなった。

 BOXの隣の駐輪場まで歩いてくると、ふとシジュウインの顔が曇った。

「…やられた。」

「どうしたん?」
 コマエダが巨大なママチャリを駐輪場から引き出しながら聞いてくる。

「メットを盗まれた。」
 シジュウインのDT250のハンドルの部分に取り付けられたメットホルダーが何かでこじ開けられている。ヘルメットが、ない。

「あらら、これは大変だ。警察に行く?」

「高価なものじゃ、ない。警察もまともに動いてくれるとは思えないが、、。明日にでも教務には伝えておくかな。今日はもう遅い。」

 それを受けてコマエダが時計をみると、もう日付が変わりそうな時刻だ。午後6時ごろから部室での会合が始まったから、延々と6時間近くは議論していたことになる。

 シジュウインのヘルメットは、確かに高価なものではない。しかし、バイクに乗り始めた頃から使っているフルフェイスのヘルメットであり、愛着を持っている。紺のバイクの車体に合わせて、彼自身がこだわりを持って、グラデーションをつけた紫色に塗装した、この世に一つしかないものだ。自分自身の油断に、歯噛みする思いだ。

 その気持ちを抑え、「じゃあ、また明日な。」とシジュウインは何処へかと歩き去ろうとする。

「何言ってるん?もうバスもはしってないよー。君んとこ、ここから10キロ近くあるやろ?歩いて帰るには遠いって。送ってくから後ろに乗って。」
 とコマエダがママチャリの後ろを指差す。

「ちょうどいいトレーニングだ。走って帰るよ。」
 正直、あそこに乗るのはごめんだ。

「こんな時間からトレーニングもないやん。意地はらずに乗って。いいからいいから。」
 人の良いコマエダにほらほら、と半ば強引に押し切られると、さしものシジュウインも断りきれない。嫌々ながら、彼の体は巨大なママチャリの荷台の上に収まってしまった。シジュウインは遠慮しているのではなく、いやなのだ。ルールを破るのが。二人乗りは違反だ。

 情にほだされた形でコマエダの自転車の荷台に乗ったことを、シジュウインはすぐに後悔した。まず驚かされたのはその脚力。大学からかなり北のほうにあるシジュウインのアパートまでは、延々とゆるい上り坂が続くのだが、コマエダはそれをものともせずにシジュウインを乗せたままものすごい勢いで自転車を漕いで行く。いかにスピードとスリルを愛するシジュウインであろうとも、この暴走自転車っぷりには肝を冷やすこと一度や二度ではなかった。

 加えて看過できないのは尻が痛いこと。舗装路に凸凹があろうものなら、自転車は飛んだり跳ねたり。特にクッションも置かれていない自転車の荷台は、その都度シジュウインの尻を手酷く痛めつけた。彼の大切なダンス・ギミックである尻を、、。反射神経に優れたシジュウインでなければ、とうの昔に荷台から路上に置き去りにされていたはずだ。

 このような拷問を、全くの善意そのものでやってくれるコマエダ。やはり、コマエダにはかなわない、、。

 「ギイイイイイー!」と地獄の扉が開くような音がして、コマエダの巨大なママチャリが、シジュウインのアパートの前で止まった時、、。さしもの彼も虫の息、であった。これなら明らかに走って帰るほうが楽だった、、。

「ありがとう。でも二度とは乗らん。尻が割れた。

「友達やんかー。水くさいなあ。お礼なんていいよ。」
 シジュウインが勇気を奮って放った渾身のギャグをスルーし、微妙にずれた一言を残して、お人好しのコマエダは超スピードで去っていく。みるみる小さくなる背中をみて、シジュウインは思った。(友達とは、こういう関係を言うのだろうか。とりあえず明日は予備のヘルメットを忘れないようにしよう。)

$$

 翌日。大学へと向かう南行きのバスの中に、黒いジェットタイプの予備ヘルメットを抱えたシジュウインの姿があった。(なんの因果で、ヘルメットを持ってバスに乗らんといかんのか、、。ついてないぜ。)と嘆息するシジュウインであったが、当然のごとく、大学の同級生を多数バスの中に見つけることができた。これはこれで新鮮な光景だ。その中に、、。

(奴はバイク通学ではなかったかな、、。)

 大学の駐輪場で良く見るライダーの同級生も同じくバスでの通学のようだ。同じ境遇の親近感からか、シジュウインは珍しくその同級生、アシダ・マコトに自分から話しかけた。

「今日はバイクじゃないのか?」

 アシダは、同じくバイク通学のはずのシジュウインが乗っていることに面食らったのか、あるいはシジュウインが口を聞いたことに驚いたのか、
「君こそバイクじゃないんか?、、ですか?」と妙な敬語混じりの質問で返した。

「俺は少し事情があってな、、。」
 と言葉を濁すシジュウイン。それに対して、アシダは意外なことを口にした。

「バイク通学、やめたん、です。例の事故があってから、規制も厳しいしですね、、。」

「なるほど。」

 そこでブツッと会話は途切れた。例の事故、とは大学構内で最近起きた「バイクによるひき逃げ事故」のことである。女生徒一人が怪我をしたが、犯人は見つかっていない。それ以降、構内制限速度は10キロとなってしまい、広いキャンパスを移動するには不便で仕方ない。至る所に停止線が設けられ、まるで教習所の中を走っているようだ。さらに、それまではバイクは自転車扱いで乗りいれ自由、であったはずが、「構内駐車許可証」を取得しなければならないようになり、通学距離が短いとそれも降りないのだ。シジュウインは、「それがルールなら、従うまでだ。」と諦めたが、これがウチムラなら、なんだかんだと詭弁を弄してルールを変更させたかもしれない。その想像に可笑しくなり、一人ニヤリと笑う。それをみたアシダは、何か怖いものでもみたかのように、そそくさと降り口の方に移動して行ってしまった。

 だが、この短い会話はシジュウインの鋭利な頭脳にはっきりと刻まれた。

(それにしても、なぜ同級生の自分に敬語なのだろうか、、。)

 その日の講義を終え、BOX近くの駐輪場でシジュウインは又しても驚かされることとなった。

(おいおい、、。これは、、?)

 自分の愛車、DT250の前で立ち尽くすシジュウインに声をかけたのは、自転車を止めに来た<シューリンガン>ウチムラであった。相変わらず、生まれたての赤ちゃんのような無邪気な顔で、
「なにかあったのかい?」
 と聞いてくる。

「君の知ったことではないよ」
 とつれなく答えるシジュウインに、、

バイクの上に、新品に見える紺色のフルフェイスのメットが置いてあり、小脇にはジェットタイプの使い古した黒いメットを抱えている。彼女ができた、とかいうわけではないだろうね!?頭一つに二つのメット。メットの数が多いな、、。おや?メットホルダーが壊れているのは、二ついっぺんにとりつけようとしたからかい?そんなわけないよね。」
 とウチムラ。

 本当にこいつだけは、、、。どこまで状況を把握しているのか、読ませない。

 そうなのだ。この日、まるで昨日の盗難の埋め合わせをするかのように、新しい紺色のメットが、シジュウインのバイクの上に置かれていた。一体誰が、何のために?

「メットを盗られたかわいそうな俺のために、新しい紺のメットを泉の女神がプレゼントしてくれた、ということにしておくか。俺が無くしたのは古ぼけた紫だが、、。正直に言えば両方もらえるかもしれないな。」
 しかたなく、ジョークを交えて状況を説明する。

「なんと、探偵ともあろうものが、メット泥棒にあったのかい?デストロイ?」
 とジョークをスルーして、ウチムラがピンポイントで最も痛いところをつく。悪気があるのかないのかさえ、わからない。

探偵だからこそ、見つけ出すさ。
 シジュウインはジェットタイプの黒いヘルメットだけを小脇に、ウチムラに背を向けた。

「おいおい、紺のメットはそのまま置いておくのかい?」

「誰かがただそこにおき忘れた可能性を否定できない。それを持ち去ったら、今度は俺がメット泥棒だ。」

「あははは、違いない。一本取られたな。こりゃ。探偵が、被害者から、さらに泥棒に、となると笑えないなあ。一人三役だ。『シジュウイン・クチサトの冒険』とかいう小説になりそうだなあ。」
 勝手に「一本」とやらをとられ、「笑えない」といいつつさも可笑しそうに笑うウチムラに、シジュウインは振り帰らないまま、言い放った。

「ボール遊びも適当にしておけよ。コマエダじゃないんだから、アメフトなめてると怪我するぜ。」

「無論、僕はコマエダではない。探偵討議部に二人もコマエダがいたら、『ボランティアサークル』に名前を変えないといけない。ご忠告はありがたく受け取るよ。なーに。僕の方は、自分のヘルメットがちゃあんとあるから大丈夫さ。」

「ちっ」

 舌打ちしたシジュウインはBOXへ、ウチムラは実に嬉しげな笑顔でSQUAREの部室へと消えた。

$$

「デストロイ先輩、ヘルメット盗まれちゃったんですかー??」
 その日の会合で、<リョーキちゃん>が唐突に尋ねた。

 後輩にまで弱みを握られた、と思い、ついまた舌うちがでてしまう。探偵なのに、盗難被害、、。関西人なら、「おいしいネタいただきました」とばかりに触れ回るのかもしれないが、彼の美意識はそれを許さない。

「ロダン、余計なことを言っただろ。」
 とついコマエダをなじるが、自分の苛立ちは不注意だった自分に向けられている自覚はある。

「いやーー。ごめん。つい、、。構内の駐輪場であっても気をつけんといかんね。」
 とコマエダ。お人好しのコマエダに、シジュウインの失態を笑い話のネタにする気が無かったことくらい、推理するまでもなく、自明だ。

 シジュウインは大人気ない反応をしてしまったことを取り繕うかのように、、。
「ロダンも目にした通り、俺のヘルメットは、昨晩遅くにバイクのメットホルダーから強引に外されて、盗られた。俺の失態だ。しかし、問題はその後だ。何故かはわからないが、先ほど代わりに新品の紺のヘルメットがバイクの上に置かれていることを発見した。ここからどのような可能性が導けるだろうか?」
 と、あえて自分の身に起きた事件から新入生の推理を促した。これも訓練の一環だ。

「デストロイ先輩のメットは、高価なものなのですか?何か盗まれる理由に心当たりがありますか?」と、<ハシモー>。

「いい質問だ。自分で紫に塗装したもので気に入ってはいるが、市場価値はゼロ、といっていいだろう。使い古しだしな。」

「だとすると、盗む動機、としては金銭的なものは考え難いですね、、。『その時急にヘルメットが必要になった』、という可能性はどうですか?ヘルメットならなんでもよかったとか。」

「『近くで暴走族同士の抗争に呼ばれて、武装の必要が生じた』、とか『天気予報で今夜は槍が降るでしょう、と聞いた』とかか?いいね、ハシモー。俺のヘルメットでないといけなかったのか、それともヘルメットならなんでもいいのか、という視点は大切だ。今の所、その質問に確信を持って答えられるだけの材料はないが。」
 冗談めかして答えたが、後輩たちに順序立てて物事を考える癖が芽生えていることに眼を細めるシジュウイン。

「ヘルメットを盗む動機、というだけなら、シジュウインをバイクに乗せたくなかった、というのもありうるよね?バイクは危ないから、とか。」
 とコマエダ。

「バイクで走れなくするためにヘルメットを盗る、ということか?可能性としてはあるが、それならバイクそのものをパンクさせたり、壊したりする方が楽だし確実だろうな。」

それまで黙って考えている様子だった<リョーキちゃん>だったが、
いずれの可能性でも、『ヘルメットを盗む動機』としては成り立つかもしれないですけど、『新品を返す動機』の方が説明つかないですよね、、。うーん、、。ヘルメットを盗んだ人物と、新しいのをおいた人物が同一かどうか、という視点も同様に大切な気がします。盗んだ動機と、新しいのをおいた動機に関連性があるかどうか、、。同一人物であるとしたら、例えばデストロイファンが、デストロイメットを欲しくて盗んでしまったけど、バイクに乗れない先輩を気の毒に思って新品を返した、とか。ないですかね、、。」
 となんだか女の子らしい仮説を口にした。

「そんな熱心なファンで、良心もあるなら、現物を返してほしいところだ。メットホルダーはかなり乱暴にこじ開けられていた。君の言う『デストロイファン』が女性だとすると、相当な力持ちで女傑、ということになるな。」 
 シジュウインは苦笑いした。(そんなファンは、いらない、、。)

「あるいは、デストロイに新しいメットをかぶって欲しかった、という可能性はないかな?」とコマエダ。「新しいメットの方が安全だ、古いのが危なく見えた、とか。古いメットを盗んだのは、新しいのをかぶってもらうため、というのはどう??それなら、盗んだ動機と返した動機が連動するね。」
 コマエダの意見は、常に性善説に傾きがちだ。それがいいところだが、しかし、とシジュウインは、思う。危ない、危ないというが、自分の自転車が一番危ないことに気づかないのか?と。コマエダは探偵としては今ひとつかもしれないが、シジュウインにはない視点をあたえてくれることは確かだ。。

「あ!」
 <リョーキちゃん>が短い声をあげた。

「先日、キャンパス内で人身事故があった、という話がありましたねー。詳しくはわからないですけど、女生徒一人が怪我をした、とか、、。『バイクで当て逃げ』、とかいう話でしたけれど、防犯カメラの映像にも事故シーンが映っていないばかりか、出入り口の守衛によると、構内から出たバイクもない、、。まだ犯人も見つかっていない、とか、、。」
 <リョーキちゃん>はそこで言葉を一回切り、考える様子を見せた後、続けた。

「まさかその犯人が、罪を着せるためにデストロイ先輩のメットと事故の時に自分が被っていたメットを交換した、という可能性はないですか?フルフェイスのヘルメットだと、犯人の顔は見えないでしょうし。顔の代わりにヘルメットが犯人の目印になる、とすれば、、。『証拠品の押し付け』、になるでしょう?」

「!」

「まさか、、。」

 <ハシモー>、そして<ロダン>が<リョーキちゃん>の推理に驚きをみせる。だが、その驚きの内容は少し違う。<ハシモー>が<リョーキちゃん>の頭の回転の速さに驚いているのに対して、<ロダン>は、そんな悪いやつがこの大学にいるわけない、という性善説で驚いているのだ。

 しかし、シジュウインにとっては、それは検討済みの仮説である。置いてあるのが「新品のヘルメット」という点が、その構図と合わないのだ。犯人が罪をなすりつけるために置いた、とすれば、置いてあるのは多少使用感のあるヘルメットであるはずだ。

 まだ、この謎をデストロイするための材料は足りない。足りないが、こうした発想を積み重ね合うことが、討議、討論の習熟に必要なのだ。後輩の短い期間での成長に満足したシジュウインは、

「面白い推理だが、ここまでとしようか。今の所、<リョーキちゃん>の分析を借りれば、『メットを盗んだ人物と、新しいメットを置いた人物は違う』の方が濃厚だ。つまり、メットを盗まれる不注意なやつ一人がここに、たまたま俺のバイクの上に、新しいメットを置き忘れた不注意なやつもう一人がどこかにいる、という可能性だ。」
 自嘲的な薄い笑いを浮かべたシジュウインはそれだけをいうと、本来のディベート部との討議の方に、話を戻した。

 その日遅く、討論の準備を終えたシジュウインが、バイクを止めた駐輪場に戻ると、新しい紺のメットは彼のバイクの上から消えていた、、。

「出たり消えたり、忙しいことだ。紺のメット、俺が何をしたから『ボッシュート』になったというんだ。
 ひとりごちたシジュウインは、録画してあった「世界ふ●ぎ発見」を見なければ、と思い出した、、。

(<リョーキ>ちゃんの説は、これで消えたか?やはり「誰かがおき忘れただけ」、と考えるべきなのか、、。)

 シジュウインは、黒の予備メットで家路を急いだ。「フフーフン、フーフフン、フフフフフン?」と「日●の樹」を鼻ずさみながら、、。


$$

『罪』について、彼は一人、考える、、、。なぜ、自分のことをわかってもらえないのか。なぜ、悪し様に言われなければならないのだろう?『罪人』と罵られているのだろう?自分はいつでも率直に、ごまかしも、飾りごともなしの気持ちをぶつけてきたつもりだ。誰に対しても、、。それでも、伝わらない。伝えようとすればするほど、離れていく。何か恐いものでもみたような目で、離れていく、、。一番大切にしてきたものまでが、今は自分に背中を向けて遠ざかっていく。そして、判らなくなっていく、、。誓ってもいい。自分は誰も傷つけるつもりはなかった。少なくとも自分や、自分の大切な者を傷つける者が出ない限りは。それなのに、なぜいま、裁かれているのだろう。自分は裁く側の人間であったはずなのに、、。何が悪かったというのだろう?自分はどこで間違えたのだろう、、。

$$

 翌日の講義で、シジュウインはめずらしく<アロハ>ナガトの隣に席を取った。

「ナガト。」

「な、なんや、、。」
 ナガトは、悪いことをしているところを見つかったかのように驚く。いつものリアクションではある。

「連日のたこ焼きの差し入れ、ありがとう。」

「な、なんのことや?」

「とぼけるなよ。意外と後輩思いじゃないか。あれでみんなやる気になってる。」

「そ、それは催促か??催促なのか???わ、わかった。また持って行くわ。たこ焼きやな。」

 いまひとつ会話がかみ合わないナガトに業を煮やしたシジュウインは本題に移る。

「それはそうと、昨日、一昨日と君がBOXにきた時、何か変わったことはなかったか?」

「変わったことって、なんや??」

「こっちが聞いてるんだよ。一昨日、駐輪場で俺のメットが盗られた。メットホルダーを強引に壊されて、な、、、。」

「昨日お前がメット二つ持っとった話は、ウ、ウチムラから聞いとったわ。本当に彼女ができたわけではないやろな?できたなら、『煩悩リスト』入りやぞ。

 ナガトは、いわゆる「リア充」をリストアップして、誰と誰が付き合っている、といった情報を常にアップグレードしている。以前彼女に振られた時にリスト作成を決意したものらしい。その時は今のリーゼントを潔く丸めて坊主にしていたため、そのリストを『煩悩リスト』と名付けている。なんだか悲しいリストだ。髪が伸びてリーゼント復活した現在も作成は継続されているらしい。何の役に立つのやら、、。

「そのメットだが、昨日めでたく『ボッシュート』になったんだよ、、、。俺が討議部で任務を果たしている間にな、、。」

 手短に状況を説明する。遅い時間にBOXにたこ焼きを差し入れにきたナガトであれば、何かを見ているかもしれない。ナガトはしばし考える風で話を聞いている。「ボッシュート」は当然のごとくスルーされる。

「そういうわけで、一昨日あるいは昨日の夜に駐輪場付近でなにか怪しいものを見聞きしなかったか、と聞いているんだ。」

 ナガトはリーゼントをいじりながら、考え、考え、答えた。こういう時のナガトは白眼である。

「そ、そうやな。構内には遅くまで学生がウロウロしているからな、、。怪しい、かどうかは知らんが、一昨日、駐輪場でアシダはみたな。あれは何かを探しておったぞ、、。昨日に関しては、よくわからん。」

 アシダ?それはおかしい。という言葉をシジュウインは飲み込んだ。アシダはバイク通学をやめたのではなかったか?現に、バスで通学している姿を目撃し、話までした。駐輪場に一体なんの用がある?選択科目が違うため、あいにく教場にアシダの姿は見えない。アシダが駐輪場にいた、ということと、シジュウインのメットが盗られた、ということに直接関連がある証拠はないが、、。シジュウインは黙り、黙考し始めた。それを見届けたナガトは、机の下から週刊少年誌を取り出し、大切に挟んである栞を取りはずすと、絢爛たるおとぎ話の世界へと旅立っていった。

 このところ、駐輪場にはいつも驚きが待っている。

 講義を終えて、BOXに向かったシジュウインは、自分のバイクの上に、今度は見慣れぬ赤いヘルメットが置いてあることを知った、、。新品、と思われるその輝きは、「謎を解け」、と訴えかけているかのようにシジュウインの視覚を刺激した。

 シジュウインの中で、ロジックの歯車が音を立てて回り始めた。歯車と連動したシジュウインの思考機械の働きで、幾つかのパズルのピースが赤いヘルメットを中心として組み合わさり、幾つかの仮説が棄却される。歯車の鳴動に合わせて、シジュウインの腰はある時は右、次は左へとメトロノームのように揺れる。最初はゆったりと、ついでリズムにのり、動きは少しずつ早く、早く、、、。だが、まだピースが足りない、、。腰の動きは不意に止まった

 駐輪場で一人、赤いヘルメットを手に孤独なダンスを舞ったシジュウインは、
ここまで、ハーフデストロイだ。」とつぶやいた。

 パチパチパチと拍手の音がして、どこからともなく現れたのは、ウチムラだった。先ほどのダンスを観察していたのであろう。普段は厄介な男ではあるが、一人でも観客がいたことを内心喜ぶシジュウイン。そう、ダンスは本来見てもらうためにある

「推理はまとまったのかい?いつものダンスよりはキレがないように感じたね、、。こんどは赤いヘルメットか。これもまたフルフェイス、、。新品のように見えるね。出たり消えたりするヘルメットの謎、か。君のことだから、忠告はいらない、とは思うが、、。」

 ウチムラは前置きして、
「今回は君が事件の当事者だ。待っていても謎を解くための鍵が提示される探偵討議とは違う。このまま受け身でいていいのかい?自分から動く時もあるのが探偵だぜ。『探偵は足で稼げ』、だ。君の場合は『バイク』かもしれないが、、。」
 と続けた。

「今組み立てた仮説では、ロジックは穴だらけだ。この謎をデストロイするためには、確かに埋める作業が必要だ。そして、俺の推理が正しければ、どうやらこれは俺が撒いた種だ。俺が刈り取るしかない。動いてみるよ。」
 とシジュウイン。

「そうか、君が僕のことをどう思っているかしらないが、僕は君の友人のつもりだよ。一番そう見えない瞬間にも、だ。」
 と相変わらず腹の底が読めない一言だけを言い残して笑顔でウチムラは去った。 

 シジュウインは、今日は赤いヘルメットを手に、部室へと向かった。


$$

 赤いヘルメットを手に部室に入ったシジュウインをみて、<リョーキちゃん>はテンションが上がった様子で、
「今度は赤ですか!カープ祭りですか?!それとも事件ですか!?やはり置いてあったものですか?」
 と驚きの声をあげた。

「また俺のバイクの上に置いてあった。昨日の紺のメットがボッシュートされた代わりにな、、。今度は『スーパーひ●し君』、ということだ。
 とシジュウインはこれまた渾身のギャグを放つが、残念ながらだれも笑わないばかりか、またしてもスルーされてしまった。頭の中に、「『スーパーひ●し君』なら金色じゃないですか!」とかいう<ハシモー>の映像が浮かんだのだが、、。<ハシモー>本人はぼんやりと死んだ目をしている。

(こういう時、ツッコミっていうやつが必要なのだな、、。)
 と寂しい笑みを浮かべる。人生は、勉強だ。「関西ノリ」デビューは、まだ先の話になるだろう。

 あるいはアニメ好き、という評判の<ハシモー>はみていないのであろうか、あんな素晴らしい番組を。一人安楽椅子に座りながら、世界の謎に触れることができるというのに。シジュウインは、この番組を見ながら世界の謎を推理するのを至上の楽しみとしている。黒●さんのキレキレの推理には、自然に腰が動いてしまうぜ、、。

 シジュウインの夢想を打ち破り、
「いよいよ、事件めいてきたねえ、、。」
 とコマエダが少し心配そうな表情をみせる。

俺の推理を聞いてから帰りなよ。
 シジュウインは寂しい笑みを、いつものニヒルな笑みに切り替えて話し出した。

 シジュウインが話し終えた後、しばらくの静寂の後に<ハシモー>が口を開いた。

「だとすると、デストロイ先輩の立場は結構微妙、ということになりませんか?」

「全くの仮説にすぎないが、的中していればそういうことになるかもな。だが、元はと言えば原因の一つは俺にあるのかもしれない。」

「デストロイは少しも悪くないよ、、。」
 コマエダがつぶやく。本当に心配そうな表情。ありがたい、と思う。俺が一方的に苦手に感じていることもおかまいなしに、心配をしてくれる。こういうのが友人、なのだろうか、、。

「で、デストロイ先輩はこれからどうするつもりなんですかー?仮説、を証明する方法があるとすれば、、、。」

「俺は今日、このメットで少し走ってみようと思う。置いてある、ということは、乗ってみろ、ってことだろうからな、、。乗った先に何かがあるかもな。シューリンガンによると、『探偵は足で稼げ』だそうだ。そのアドバイスに従うのはシャクではあるが、奴も何かを感づいているのかもしれない。その前に、、。アロハ!」

「な、、なんや、気づいとったんか!」
 部室の木製のドアの向こう側から、話を聞いていた様子の<アロハ>ナガトが顔を出した。差し入れのたこ焼きを手に、、。(意外と律儀な奴だ。ナガトのことも、俺はよく知らないのだ、、。)

「少し頼まれてくれないか、君の力が必要だ、、。」
 シジュウインは、素直に頭を下げた。(そう、俺は今、知らず自分で作りあげた自分の殻を破らなければならない。全ての状況が、俺にそれを告げている。)

 シジュウインは一人、『罪』について考える。

 (俺は今裁かれている。俺自身の犯した『罪』によって。自分には理不尽な罰を負っているようにさえ思える。仏教における三業、、身・口・意。口の四業は妄語、両舌、悪口、綺語、だ。見れば見るほどウチムラはそのことごとくを犯しているとは思うが、俺とはおよそ無縁だ。縁があるとすれば、俺がクチサトという名前だということくらいだ。クチ繋がり、、、俺はダジャレが嫌いだ! 
 …親がどういうつもりでクチサトなんて名をつけたのか、そういえばついぞ聞く機会がなかった。聞こうが聞くまいが、俺がクチサトなのは変わらない、とそう思っていた。思えば、こういうところでも俺は、言葉が足りない。俺に『罪』があるとすれば、まさにそれなのだ。言葉足らずの『罪』。
 それでも俺は一つだけは誓える。俺が『罪』を犯したというなら、それと向き合ってやる。そして、なぜそうなったのか、とことんまで分解する。二度とは繰り返さぬように。なかったこと、見なかったことには、しない。それが、自分の贖罪だ。)

$$

 会合が終わり、心配そうな部員たちを背に、シジュウインは赤いメットをかぶって、キーを差し入れ、DT250のエンジンをかける。

 心地よいエンジン音を聞きながら、己一人、シジュウインは考え続ける。

アシダは駐輪場で何かを探していたという、、。何を探していたか? アシダがバイク通学をやめたこととの関連は? アシダは、『規制も厳しくなったし』バイク通学をやめた、といった。『規制も』、ということは、ほかにも理由があったのでは?アシダがライダーである以上、バス通学に変える理由が『規制』で十分、とは思えない。俺はあの時、もう一言、二言アシダと会話を交わすべきだった、、。あの時も、言葉が足りなかったのだ。)

 シジュウインのバイクは、駐輪場をでて、キャンパスのメインストリートへと進む。

 (『アシダもメットを盗られた』、という可能性は当初から考えておくべきだった。駐輪場を探しているようにみえたのは、他のバイクに自分のヘルメットが付いていないかと思ったからでは?規制が厳しくなった、という理由だけではなく、盗難や、バイクに悪戯されることを恐れてバイク通学をやめた、、。この仮説が正しいとすると、ある程度無差別に構内ライダーのメットを狙ったものがいる、、ということだ。)

 シジュウインのバイクはスピードを上げる。いつしか、制限速度の10キロを超え、さらに早く、早く、、。

 (構内ライダーのメットがなぜ必要か? バイクひき逃げ事故のあと、守衛によると、「構内から出たバイクはない」という話だった。ということは、構内に止めてあるバイクをしらみつぶしに調べたら、ひき逃げ犯人に行き当たる可能性があると考えたやつがいるはずだ! つまり、ヘルメットを集めたのは犯人を捜すための『首実検』に必要だったからに違いない。そもそもバイクに興味がない女性の場合、『これが事故を起こしたバイクか?』と聞かれても、バイクそのものの区別がつかない場合が多い。かといって、<リョーキちゃん>の推理した通り、フルフェイスのヘルメットをかぶった状態では、犯人の顔までははっきり見えない。ヘルメットだけが、ひき逃げ犯を示す証拠になる。そう考えて犯人を見つけ出すために、それを集めているものがどこかにいる!)

 ルールを破ることが嫌いなはずのシジュウインのバイクが、ルールを無視して夜間の構内を疾走する。DT250のエンジンが唸りを上げ、マフラーから白煙が吐き出される。停止線を無視して通過しようとした瞬間。

 シジュウインのバイクの前に急に障害物が現れた。バイクのヘッドライトに照らし出されたそれは、工事用のバリアリール。光沢のある黒と黄色のリボンがDT250の放つまばゆいライトに反射し、進路を阻む。その色が、輝きが、シジュウインに危険を告げる。

 その時、シジュウインはまるでそれを予期していたかのように前輪に素早くブレーキをかけ、体重を前方に移動した。DT250の軽い車体の後輪が浮き上がる。ついでダンスで鍛えたシジュウインの尻が激しく右に移動する。(ダンスの事を思えば、なんてこと、ないぜ。)この体重移動により、DT250は前輪を軸に90度回転し、後輪が着地してバイクは静止した。「ジャックナイフターン」。彼にしてみれば、バイクアクションの初歩の初歩だ。

 工事用のバリアリールはキャンパスのメインストリートの脇に植えられた木に結ばれていた。もう一つの断端を引いて、バイクの通行を妨げようとしたものがいる。植え込みの陰になった闇の中に。

バイクから降りたシジュウインは闇に向かって話しかけた。

「そこにいるんだろ、ホリ。でてきなよ。俺に話すことがあるんだろ?」
暗闇の中を現れたのは、予想どおり、シジュウインの「友人」、ホリであった。

$$

「やはりお前やったんか。シジュウイン。まさか、と思とったけどな、、。いったいお前はいくつメットを持ってんねん!」
 ホリの目には、あからさまな敵意が見える。あの人懐こいホリはどこへいったのか、、。それには直接答えずに、シジュウインは、

「彼女は元気なのか?」
 と声をかけた。

「どの口がいうんや!俺の彼女にあんな怪我させといて!

やはり、、。

 ホリの彼女が入院していたのも最近、「バイク事故」で女生徒が怪我をしたのも最近の出来事、となれば、事故に巻き込まれたのはホリの彼女である可能性はあった。

「お前の彼女がそういったのか?」

「なんでか知らんけどなー、あいつ、一生懸命否定しよったわ!否定するだけ怪しい、というやつや!」

「だろうな。お前は俺のことを誤解している。」

「ああ、そのとおりや。誤解しとったわ。今まではな、見た目冷たいけど、言葉がきつい時もあるけど、おもんないけど、それでも優しいやつなんかな、と思うとった。まさか、怪我させたばかりか、俺の彼女をたぶらかすようなやつとは思わんかったわ。どうやって手懐けたんや?弱みでも握ったんか?」
 まさかここまでとは、、。シジュウインの想定すらも超えてホリの中には妄想による怨念が渦巻いているようだ。

「俺はお前の彼女を怪我させたりしていない。ましてや、たぶらかしてなどない。実は名前すら知らない。
 シジュウインが話している内容はすべて真実だ。そして、名前も知らないのはシジュウイン自身の『罪』だ。だが、ホリには届かない。

「よういうわ。じゃ、なんで夜更けにお前のところに行くんや!おかしいやろ。
 この時、シジュウインの中で、足りなかったピースが揃った。

「聞け、ホリ。」
 シジュウインは初めて、自分の言葉で語り始める。

俺のバイクからメットを取り外し、持ち去ったのはお前だ。バイク事故の犯人を捜すために、構内のバイクから、ヘルメットを集めていたのだろう?『事故を起こしたバイクは構内から出ていない』のだから、、。お前は彼女に紫のメットをみせて、『事故の時このヘルメットを見なかったか?』と聞いた。俺のバイクに傷を見つけた時から、俺も犯人の候補の一人だった、てわけだ。」
 シジュウインの右の腰が突き出る。

「ああ、そうや。お前が飲みに付き合ってくれなかったからや。最初はこんな荒っぽいやり方ではなく、お前に直接確かめるつもりやったんや。バイクの傷がどうしてついたのか、な。」

「そうだ。俺はお前に、バイクの傷のことをきちんと説明しなかった。お前がサシで話そうとしてくれた飲み会にも、行こうとしなかった。お前からみれば、避けようとしているように見えたかもしれない。あの時、話を聞いてやればよかった。お前にとって本当に大事な話があるならば、部活には遅れてもよかったんだ。そうでなくとも、今まで俺に関わろうとしてきたお前に対して、俺は、バイクでオフロードを走る楽しみを話していてもよかった。その時転んだ失敗を面白おかしく語る時があってもよかった、、。お前の彼女の名前を知っていて当然だったし、バイクひき逃げで怪我をした、という話も聞いておくべきだったんだ。俺はお前の『友人』だったのだから、、。その責任は、お前に向き合ってこなかった俺にある。俺の『罪』なんだ!お前はやむなく俺のバイクのメットを盗んで、彼女に見せた。当然、彼女は否定したはずだ。彼女を傷つけたのは俺ではないのだから。」
 シジュウインの腰が左へと振れる。

「否定してたわ、怪しいくらいにな。」
 吐き捨てるようにいうホリ。

「彼女の気持ちを考えなかったのか?そのような形でヘルメットを見せられるのは初めてではなかったはずだ。少なくともそれまでにアシダのヘルメットは見せられていただろう。この先、何人の盗んできたヘルメットで、首実検をさせられるのか不安だったに違いない。その中にはお前の『友人』である俺のヘルメットも混じっているというのに、、。彼女はお前のことを責めたはずだ。」
 シジュウインの腰は、左右に、リズミカルに揺れ始める。

「俺はあいつのことを思って、あいつの仇を取るために盗みまでしたんや。『メット泥棒』となじられながらも、な。」

「お前の彼女は、、。お前を愛してるんだ。お前の犯した『罪』を贖罪しようと思った。警察沙汰にならないように、、。俺のメットは紫。翌日俺のバイクの上に置いてあったメットは紺、そして今日のは赤。その意味がわかるか?俺のメットは俺自身が塗装したものだから、同じようなものを探すことができなかった。お前の彼女は、新品で返すことで、お前の『罪』を贖おうとした。首実検でお前に見せられたヘルメットに色目が似たものを探したに違いない。彼女が探偵討議部を訪れたことも、事情を説明し、謝罪しようとしたからだ。手土産にたこ焼きまで持ってな、、。他の部員が遅くまで一緒にいたから、未遂に終わった。だが、事情を知らないお前はその紺のヘルメットさえ、持ち去った。」
 シジュウインの腰の動きはますます早くなる。

 そう、それ故の新品のヘルメットだった。ホリの彼女は、駐輪場に来て、メットを盗られた痕跡のあるバイクを探し、紺のヘルメットをおいた。姿をみせずにたこ焼きの差し入れをしてくれたのも、ナガトではなく、ホリの彼女だった。ナガトの言っていた通りだったのだ。可能ならば、シジュウインとサシで話をしたかったのかも知れない。だが、そのチャンスは訪れなかった。

 一方ホリは、シジュウインのバイクの上に紺のヘルメットが置いてあるのを見つけ、「こんなメットも持っていたんか!」と夜を待って首実検のために持ち去った。その際に探偵討議部の部室付近で、彼女を目撃したのだろう、、。それがさらなる誤解を生んだ。紺のヘルメットを突きつけ、「事故の時こっちのメットは見なかったか?」と詰め寄るホリと、否定する彼女、、。名前も知らないその子は、自分が贖罪のつもりで持って行ったヘルメットまですぐに盗んでくるホリに空恐ろしさを感じたかも知れない。その様子をみたホリは、彼女の心が離れた、と感じた。シジュウインのことを必死にかばう姿と、探偵討議部付近でみた彼女の姿が重なり、シジュウインへの疑いを濃くした、、。

「彼女はこの先、お前がどれほどの『罪』を重ねるのか恐ろしく思った。それでも、お前の代わりに贖罪するつもりだった。俺が今被っている赤いメット、それは彼女が持ってきたものであることは、証明できる。ナガトが指紋を取ってくれたからな。紺のメットは手元にはないが、やはりお前の指紋、そして彼女の指紋の二つだけが検出されるだろう。俺はそのメットには最初から手を触れてさえないからな。」
 シジュウインの腰はもはや、残像を残して唸りを上げはじめた。

「皮肉にも、彼女のリアクションで、お前は俺への疑いを強めた。紺だの赤だの紫だの、次々と違うメットが現れるのをみて、『埒があかない』と思ったのだろう。お前は実力行使にでた。夜の構内で張って、暴走バイクを突き止める、というな、、。俺でなければ、怪我をさせられていたかもしれない。そしたらバイクひき逃げ犯と同じ『罪』を犯すことになったかもしれないんだぞ。」

 自分に熱く語りかけつつ激しく腰をふるシジュウインの、あらゆる意味で滑稽と言える姿に幻惑されながら、ホリはある男の言葉を思い出していた。

「‥そんな迂遠な方法をとらなくてもいいじゃないか。実際に現場を押さえればいい。あれこれと考えても結論など出ないよ。疑心暗鬼を生じるだけじゃあないか。図星だろう、随分ひどい顔をしているぞ。」と、、。その男はバリアリールを渡し、こうも言った。「なに、君は構内に潜んで、暴走しているバイクをみたら、これで『危険だ』ということを知らせるだけでいい。相手は相当びっくりしてバイクを止めるだろうから、その場を押さえりゃ済むじゃないか、、。」

 ホリの中に、誰に対してかわからない、憤りに似たものが湧き上がった。

「そうや!結局暴走してるやないか!あんな事故があったいうんに、、。紺や赤のメットはな、俺の彼女が持ってきたものかもしれん。知らんけどな!だからと言って、お前が暴走して彼女を傷つけたわけじゃない、という証拠はどこにあるんや!彼女を脅して新品のメットを持って来させたかもしれんやろ!盗難をバラす、いうてな!

 そうなのだ。ホリが疑わしいことはわかっていたが、シジュウインが友人のホリを問い詰めることは立場的に困難だった。苦肉の策、として生じたシジュウインの暴走は、メット盗難犯を突き止めるための言わば「エサ」だった。しかし、ホリを説得しなければならない今の状況では、その「エサ」が「動かぬ証拠」としてホリを頑なにしている。それにしても、ホリの中のシジュウイン株の暴落ぶりには、さすがのシジュウインも嘆息した、、。誤解されもされたり、、。これが俺の普段の行い、ってやつなのか。

 彼女の「バイクひき逃げ」の真犯人に関しては、シジュウインは一つの確信に近い仮説を持っては、いた。だが、それを披露することが正しいのか、自分の言葉が伝わるのか、その自信が、、今のシジュウインには、持てなかった。

「その証拠は俺の記憶の中にしかない。俺を信じてもらうしか、ないんだ。」
 シジュウインのダンスは、ふいに止まった。その場には、静寂と、やりきれない気持ちが残った。

$$

 そのダンスの終焉を待っていたかのように、静寂を切り裂いてパチパチパチと拍手の音がした。「真犯人なら、僕が知っているよ。」どこからともなく現れた、<シューリンガン>ウチムラだった。

 あるいはこの男、シジュウインのダンスの一番のファンなのかもしれない。「いいものを見せてもらった。」という満足げな顔をしている。

「なんや、お前。ウチムラか。お前どっちの味方なんや!部外者はあっちへ行け!そもそもお前は関係ないやろ。」
 とホリ。

 (『どっちの味方なんや?』)その一言の違和感にシジュウインの鋭利な頭脳が反応する。そもそも、この男、都合良く現れすぎだ。

 ウチムラはすずしい顔で答えた。
「部外者じゃないよ。探偵討議部の部内者だ。シジュウインは探偵討議部の大事な戦力だからね、、。おっと、いまや僕はアメフト部か。やはり部外者だったな。失敬失敬。でも、あっちへはいかない。この場には僕が必要だからだ。」

「ウチムラ、よせ。これは俺とホリとの問題だ。首をつっこむな。」
 シジュウインも、警告する。

「そうはいかない。第三の当事者もここにいるんだ。彼女も話に混ぜてあげてくれ。」

「出ておいでよ。」
 という言葉に、ウチムラの背中に隠れていた女性が姿をみせた。ホリの彼女、ビトウ・イサコだ。

「お前、イサコ!なんでこんなところにおるんや!」と詰め寄るホリに、イサコは「ごめんなさい、ごめんなさい、、。」と繰り返す。

「イサコさんから、ほぼ事情は聞いたよ。イサコさんに話してもらうのはやや酷だから、僕の方から説明させてもらおうか。単刀直入に言えば、『ひき逃げ犯』なんて最初からいなかったんだよ。イサコさんの狂言だ。だが、それにはさてもさても相応の理由があるものと存ずる。」
 とウチムラ。

シジュウインは、
「よせ、それで十分だ。語尾を狂言にするな!何が『さてもさても』だ!立ち入りすぎだ。後は二人に任せておけ。」
 とウチムラを止める。自然な形のツッコミができたことに我ながら驚くシジュウイン。だが、ウチムラは止まらない。その右手のパイポがゆっくりと回転を始める。

「シジュウイン。今回の事件の本質を直観すると、『コミュニケーション不足』なんだ。君とホリ君とのコミュニケーション不足、そしてイサコさんとホリ君とのコミュニケーション不足。それを大げさに『俺の罪』と呼ぶかどうかは、君の自由だけどね。実際、『真実を語る』、とは難しいことだ。時には痛みさえ伴う。だが、語るべき時期が来たならば、それに背を向けてはならない。『いまがその時』なんだ。君も、ホリ君も、イサコさんも、それぞれ自分の思いを話すべき時がきたんだよ。僕は僭越だとは思ったが、その場を用意させていただいただけだ。ところで、先ほどのダンス、なかなか良かったよ。」
 ウチムラは続ける。ダンスを褒められ、本音を言えば、シジュウインはまんざらでもなかった。でも、それとこれとは別のことだ。

 ウチムラはホリに向かって語りかける。
「習慣性骨折、というのを聞いたことがあるかい?生まれつき骨が脆いために、ちょっとした転倒や打撲で骨折してしまう、やっかいな病気だ。イサコさんは、そういう病気を抱えている。」

「嘘つくのもええかげんにせえ!だいたいお前はなにを考えとるんかわからへんし、胡散臭いんじゃ!なにニコニコしてるねん!そんな場合か、ボケ!そんなんイサコから聞いたこともないし、イサコはこれまでも元気一杯やったわ。‥今までそんな事なかったやんなあ?イサコ!?」
 ホリはイサコに問いかけるが、イサコはろくに返答できない。ただ、首を振るばかりだ。

 罵られようが、ウチムラは笑顔を崩さない。
『骨形成不全症』、という名だ。重症度は人それぞれだが、イサコさんのそれは、決して重い方では、ない。正常の日常生活を送っているが、人よりは骨が脆い、骨折しやすい、という程度だ。それでも、イサコさん自身にとっては、大きな問題だ。なぜなら、骨形成不全は遺伝子変異を原因としている疾患だ。だから、ホリくん。君にその話をする決断があの時、できなかったんだ。」

 シジュウインは、己の推理が正しかった事を知った。犯人は、いなかった。防犯カメラに事故の様子が映っていないことも、構内から出たバイクがないことも、いわば当然だ。事故自体がなかったのだから、、。

「『バイク事故』があったあの日、イサコさんは転倒してしまい、骨折し、病院に運ばれた。自分で転倒しただけ、とは普通思えないくらいの大怪我だ。そこへ怪我を聞きつけた君が、血相を変えて現れた。『いったいどうしてこんなことになったんや!』ってね、、。」
 ウチムラは、ホリの声音を真似するが、お世辞にも似てはいなかった。しかし、その場の深刻さからか、それを突っ込むものは出ない。シジュウインには、今度は突っ込んでやりたくてもどうしたらいいのかわからなかった。

 幸いにもウチムラはモノマネが滑ってることを一切気にする様子なく、続ける。シジュウインは、「滑っても、堂々としていれば、いいんだよ」と自分を勇気付けてくれているように、勝手に、感じた。ウチムラの右手のパイポが激しく回転する。

 「ホリくん。イサコさんは君を愛している。愛すればこそ、話せないこともある。イサコさんのために言っておくが、君の愛情を失う事が怖くて病気のことが言えなかったのではない。君が愛情深い男であるがゆえ、今まで通りの付き合いができなくなることを恐れただけだ。なんせ、バイク事故に合わされたかもしれないと思ったら、友人のバイクでもひっくり返そうとする男だからな、君は、、。問い詰められて、転倒にしては大げさすぎる怪我をごまかすためにと、イサコさんは言ってしまった。『実は、バイクにひかれたの』と。

 ホリは愕然とした様子で、イサコのほうを見る。その瞳には、もう怒りの炎は宿っていない。代わりに見えるのは、悔恨、だろうか、、。つぶやくように、言った。

「ひっくり返そうしたんとちゃうわ、、。バイクを止めろ、いうたんはお前やないか、、、。ウチムラ。

$$

 (やはり今夜の邂逅はウチムラが仕組んだもの、ということか、、。ウチムラの手のひらの上で、二人とも踊らされていた!自分には動け、ホリには止めろ、か、、。)シジュウインの心中に口惜しさ、に似た感情が湧き上がる。『友人』とは?

「これは失敬。シジュウインが転倒する、とは毛ほども思えなかったが、少しワイルドな方法を提案したことは確かだ。実際、シジュウインの操縦技術は大したものだよ、、。ホリくん、イサコさんを傷つけた相手を許せない、という気持ちは当然だ。だが、情が深いゆえ、今回はイサコさんを追い詰める結果になってしまった。騒ぎがどんどん大きくなる様子を見て、ますます真実を言い出せない状況が作リ上げられたんだ。監視カメラが調べられ、構内の制限速度は10キロになり、停止線が設けられ、、。あまつさえ君自身はメット泥棒にまで身を落とした。それもこれも、『愛ゆえに』、だ。君も苦しかったろうが、イサコさんもずっと、苦しかった。自分を愛するがゆえに窃盗まで犯した君を見ていることがつらかったんだ、、。疑われた上にメットまで取られたシジュウインも、だがね。イサコさんがなんとか贖罪しようと、新しいメットを買って返そうとしたり、シジュウインに打ち明けようと探偵討議部室を訪れたりしたことは、シジュウインの推理のとおりだ。そのメットだが、そろそろ返してやってくれ。大事なものらしいぞ。オタッキーにも自分でグラデーションつけた色まで塗っているからな。紺と赤のグラデーション。」

 パイポの回転はここで止まった。ウチムラは一息、大きな息をつき、パイポを吸った。

 美しいパイポによる演舞にパチパチパチとすべきか、とも一瞬シジュウインは思ったが、やはりその場合では無いと思い直した。パチパチにはパチパチで返ねばならぬ、ということもあるまい。

「サトシくん、、私、、。」
 と歩み寄ろうとするイサコにホリは背を向け、
「少し一人にしてくれへんか。」
 と絞り出して、悄然と歩み去った。シジュウインにも、ウチムラにも目を合わせることなく、、。

 その場に崩れ落ちたイサコの慟哭が響いた、、。

 それを合図にしたかのように、<リョーキちゃん>、<ハシモー>、コマエダ、そしてナガトまでが暗がりから現れ、イサコの周りに輪を作った。シジュウインのことを心配して皆残っていたのだろうか?コマエダの提案で、一人にしておけないイサコを連れて、24時間開いている近くのカラクニ喫茶店に向かうことになり、その場にはシジュウインとウチムラだけが残された。<リョーキちゃん>がイサコの肩を抱きながら歩いていく。皆の後ろ姿を見送りながら、シジュウインは考える。

(あとはコマエダに任せるのがよかろう。イサコさんがコマエダの荷台に乗る羽目にならないことを祈るばかりだ。彼らの優しさが、少しでも癒しになれば、、。だが、二人は再び、分かり合えるのだろうか。)‥それはシジュウインのロジックでは回答不能な種類の疑問であった。

$$

「今回は助けられた、ということか、、。お節介もここに極まれり、ともいえるが、、。」とシジュウイン。「礼を言うよ。ありがとう。一つだけ付け加えるなら、悔しい気持ちがあることも事実だ。」

「素直に『ありがとう』、ということは、君の中のコミュニケーションに対する認識が多少変わった、と判断してもいいのかな。伝えるべきことは、伝えるべき時に伝えることだ。それがお礼とならば、なおさらだ。うんうん。なに、君は独力でほぼ真実にたどり着いていた。だが、『狂言だった』というのは、君の口からはどうしても言いづらい仮説というだけだ、、と存ずる。ホリくんが君の『友人』だけに、君からその可能性に言及することは決定的な決裂を招きかねなかったしね。代行したまでだよ。」

「だが、、。」
 ここでシジュウインは口ごもる。だが、あの二人にこういう形で真実を伝えることは、本当に正解だったのだろうか、、。自分の疑いが晴れた事は事実だが、、。

「だが、今回はあの二人にとってこれで良かったのか?君らしい疑問だ。なんだかんだいって優しい男だからな、君も、、。これは二人が付き合いを続けていく上で、いつかは明らかにされねばならなかった事実だ、ということは確かだ。今回のことはひとつの良いキッカケにはなったが、このタイミングが最良だったかは誰にもわからない。それに、、。」

「それに?」

「言ったように、僕は君の友人のつもりだが、あの二人の友人のつもりはないからね、、。最良のタイミングを見計らってあげる義理もないわけだ。」
 そこでウチムラは少し笑顔をみせた。

 改めて、この男は厄介だ、とシジュウインは思う。『友人』のバイクをひっくり返せ、と他人をそそのかす男、、。ターンアラウンド好きが昂じるとこうなるのか、、。

 すぐに真顔に戻ったウチムラは続ける。
「とは言っても、真実を暴くのは痛みを伴うものではある、、。『探偵討議』とはまた違う。『探偵討議』では、君にコンプリートリー・デストロイされた相手もせいぜいプライドが傷つくくらいで済むけどね、、。そういう嫌な役割は僕のようなひねくれ者にこそふさわしい。だが、そんな僕でも、隠しておいた真実が一つだけあるんだ。」

「?」

ホリくんのプレゼントしたハイヒール。彼女が背伸びをして履いたそれが、彼女の転倒、骨折の原因だ。病気のことよりも、むしろそれをホリくんに知られたくなくて、彼女は狂言を思いついたものと、、存ずる。愛とは時に本当に残酷で、罪深いものだね、、。」

「そうか、、。」
 シジュウインは沈鬱な表情で相槌を打つ。

「最後に一つだけ聞かせてくれ。お前は当事者でもないのに、なぜホリを疑い、事件のカラクリに気づいたんだ?俺よりも持っている情報は少なかったはず、、。」

「ああ、それは全く簡単だ。」
 ウチムラは笑顔で続けた。

「僕じゃなくても、コマエダも、おそらくナガトも君より先に気づいたはずだ。君はホリくんとここ二日は全く口をきいてないじゃないか。特に、ホリくんが君を避けている様子や何かを疑うような目線は端から見ても『なんか事情があるな』、とすぐにわかったさ。今まであれだけべったりだっただけにな、、。君のバイクのメットが盗られた。代わりに詫びるようにメットがおいてある。ホリくんがなんかしでかして、お詫びするとしたら、彼女しかないじゃないか。だから話を聞きに行ったまでだ。ナガトの『煩悩リスト』ですぐに名前もわかったよ。彼女は悩んでたみたいで、話を聞きに行くと、すぐに君とホリくんの間の誤解を解きたいから、相談にのって欲しいと言われた。君とホリくんをそそのかしたのも、そういう事情があるからだ。僕は意外と君のこと良く見ているだろ?だから、『友人だ』と言ったじゃないか。

「…」

 笑顔で自転車にまたがるウチムラを背中に、シジュウインは憂鬱な表情のまま愛車DT250のエンジンをかけ、一人さまよい歩いているであろうホリを追って、夜の闇へと消えた。

(了)

読んでいただけるだけで、丸儲けです。