探偵討議部へようこそ 八章 第十一話
第十一話 ダイコン大好物
宇宙の真理を知りたかった。自分を変えたかった。二日間セミナーに出て、変われる気がした。今までの自分は間違った道を歩んでいた。ようやく道が見えたのに、そこを通るには通行料がいるみたい。
二日間のセミナーで、わたしは精神的に丸裸にされた。今まで持っていたささやかなプライド、築きあげてきたものが無意味で、間違いであり、うち捨てるべきものであると知らされた。グループワークでは、お互いの生活史を振り返り、「間違ったと思う人生の選択」について披露しあった。「グループリーダー」というと聞こえがいいけれど、わたしにはほぼ権限らしいものはなかった。事実上グループの議論の流れはアシスタントたちによって誘導されていたから。
当初グループのメンバーは恥ずかしさから、「人に話しても差し支えない」程度の人生の選択の話しかしなかった。でもそれは、アシスタントの「ほんとうに変わる気があるのですか?もっとあるはずです。」という言葉で、都度やり直しをさせられる。「アイザワ」という女学生が、「自分がした高校時代のイジメで、同級生を不登校にしてしまった。」という話を披露した後から、グループの雰囲気が変わりはじめた。初めてアシスタントが「よく話してくれましたね。次はもっとよい選択ができるように変わっていきましょうね。」と暖かい声をかけたのだ。以降、参加者は徐々に「他者と共有できなかった人生の選択」を披露するようになった。
彼女のいる男性を好きになってしまい、彼女に対して陰湿な内容の手紙を送り続けた女性、両親がいない夜のさびしさから、非行や万引きを繰り返した男性、中にはエピソードを披露しながら感極まって泣きだす者、もらい泣きをする者まで現れた。
泣いている参加者たちをアシスタントは優しくハグし、「生まれ変わって、次はもっと良い選択ができるようにしましょうね。」と声をかける。参加者の間でも、男女の別なくハグし合うものが自然に出はじめた。「次はもっといい選択をしましょう。」と声を掛け合いながら。
秘密を共有することにより、グループの中には明らかに結束が生まれた。誰もが、固定観念を捨て、「マーヴェル・ベイビー」を解放し、これからはちゃんとした選択をしたい、と考え始めた。
わたしもまた、友人ができなかったこと、人との関わり方がわからないこと、それが「勉強ができる」というちっぽけなプライドから生じたものかも知れないことを語り、涙し、そしてハグされた。
いよいよ三日目、「マーヴェル・ベイビー」を解放し、無限の力を得るための正しい「選択」を教える、というその時になって初めて、「50万円」と言われた。教材費だという。ローンを組むことも出来るし、輝かしい人生を送るために必要な投資だと説得された。そうかも知れない。でも、ローンを組んだとしても、バイトでギリギリの生活をしている自分には、それを返せる当てがない。丸裸にされた後、何を身にまとったらいいのかを教えてもらう前に、金銭的な壁に阻まれてしまった。何を頼りにしたらいいのか、不安で仕方がない。
友人を誘えば、費用はかなり減額されるらしい。三日目のセミナーを終えると、さらに高次のステージに至るための講習があり、一人、また一人、と友人を誘いながらよりレベルの高いセミナーに出続ける人もいる。でも、わたしには誘える人がない。たった一人の知り合い、コマエダくんを除いては。連絡したら迷惑だろうか。セミナーは素晴らしい。彼にとってもためになる事を教えてくれると思う。それならばいいじゃないか。変わると決めたんだし、積極的にいかなくては。引っ込み思案では今までと変わらない。
高校の先生のツテを辿り、電話番号を手に入れた。これだってわたしには冒険だった。わたしは少しずつ変わっている。恐れることなんかない。同級生に電話するだけだもの。
電話番号を入力する手を何度か止め、思い直してはまた入力し始める、を繰り返し、ついに発信、、。胸が高なる。
呼び出し音が途絶える。何から話せばいい!?
「チャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカ、、、ピー!」
その「ピー!」に驚いて、反射的に電話を切ってしまった。
「‥‥‥。」
(阿波踊り???)
今のはなんだったんだろう?ピーの後に何か入れなければいけなかったの?
しばらく呆然としていると、電話の着信音がなった。かけ直してくれたんだ!
「もしもしぃ。コマエダですぅ。ちょっと車を動かしてて、電話取れなくてすみませんー。ところでどなたですかぁー。」
(コマエダくんだ!声、変わらない。のんびりした感じも、ゆるい関西弁のイントネーションも。)
「あの、、。えーと、、。その、、。コマエダくんの携帯でしょうか、、。」
(モリミズ、って言っても、自分のこと、覚えてはいないだろうな。)
「ああ、モリミズさんだね。どうしたの〜?」
「えっ?」
「あれ?その声、モリミズ・リンコちゃんじゃなかった?高校の? 同級生の???…違ったらすみません!」
(覚えててくれた!)温かいものが心に広がるのを感じる。
「あの、ちょっと話したいことがあって、、。」
「そう? じゃあ、ちょっとだけ待ってね。」
「ごめん。忙しかったよね。」
「いや、すぐ終わるから。…ヌワッ!フンヌーー!!」
コマエダくんは突如、なんとも形容しようのない声を挙げた。と思ったら、ハアハアと電話越しに荒い息遣い。
「どうしたの?『ぬわっ』って、、。」
「今言ったやん。車動かしてて。アパートの前に違法駐車されて、おばあちゃんが門から出られなくて困ってたんよ。…もう大丈夫ですよぅ。いや、お礼なんていいんですぅ。いい筋トレになりましたから。あ、あ、そんなつもりじゃ、、。いやいや。そんなぁ。悪いですよぉ。そうですか、、。なら遠慮なく、、。気をつけてー。転ばないでくださいねぇ。さよぉならぁ。ありがとうございますぅ。ダイコン大好物ですぅ。」
いや、どう言うこと?腕力で動かしてたの?しかも電話で話しながらって、ほんとにドユコト??
「で、なにかあったん?」
そう聞かれた時には、自分が何を悩んでいたのか半ば忘れてしまっていた。
(続く)